わんわん物語の主人公になったけど、ヒロインって何したらいいの?【すりー】


「きゅいんきゅいん」

「……!」

「意地はってないで撫でてあげたらいいのに。歌も夏空ももうすぐ里親さんのところに旅立つんだよ?」


 夏休みに入っても反抗期続行の和真は未だに家族の前で保護犬たちを構ってあげない。

 ひと目のつかない場所では構ってあげているのに、家族がいるとそっけない態度を取るもんで犬たちが困惑している。縋るように鼻を鳴らされ、和真が罪悪感に襲われている様子がみえる。


「く、くそ…っ」


 和真は悔しそうな顔をして、保護犬たちを撫で回しはじめた。まるで禁断症状に襲われたみたいに。

 保護犬たちは嬉しそうにはしゃぎ、おもちゃを持って和真の周りに集まっている。


 それを見ていた私は思った。和真の反抗期は思ったよりも早く終わりそうな気がする。そんな予感がしていた。



 夏はとにかく熱中症が心配だ。

 なので早朝と日が暮れた後アスファルトの熱さを確認してからの散歩をしている。

 散歩中の保護犬たちの首には光る首輪をつけ、私も光る腕輪を装着して、存在を主張するようにしているのだが、通行人からはエレクトリカルパレードみたいに光ってると無断撮影をされる。

 だがいいのだ。わんちゃんたちの無事が最優先だから。晒し者が何だ、好きに笑うが良い。


「暑いねぇ、お水のもうねぇ」


 途中でわんちゃんたちに水分補給をさせる。駅前の噴水広場、ここは今の時間涼しくていい感じの清涼スポットなのだ。湿気でムワムワしているのは変わらないが、気分的な意味で涼しい気がする……一番は冷房の効いた部屋が涼しいんだけどね。


「あれ、あやめちゃん?」


 噴水の近くでわんちゃん達との散歩風景を撮影していると声を掛けられた。その人物は私服姿の本橋さん。どうしたんだろう、彼女の家近くの駅はもっと先なのに…


「今の時間散歩してるんだ?」

「うん今の時期暑いから……私が言うのは何だけど、本橋さんの親が心配してると思うから、あんまり遅くまでうろつかないほうがいいよ?」

「えへ、姉弟揃って同じこと注意されちゃったな」

「…?」


 姉弟揃って?

 苦笑いして自分を恥じているような感じの本橋さんの発言に私は首をかしげる。


「さっき変な男の人達に絡まれてたんだけど、あやめちゃんの弟くんに助けてもらっちゃったんだ」

「和真に? あいつどこにいたの?」

「ここの奥まった裏通りのゲームセンターの前」

「まーた非行ごっこしてんのかあいつ…」


 反抗期続行中の弟はこの時間になってもゲーセンで遊んでいるらしい。しかし困っている女の子を庇ってあげることからして、完全に悪には染まりきっていないのだな。私は呆れつつもホッとした。


「和真君にもあやめちゃんと同じように注意されたんだ」

「そうだよ、本橋さんは可愛い女の子なんだから人の倍以上気をつけなきゃ」

「それはあやめちゃんもでしょ」

「大丈夫。私は地味だし、それに勇敢なボディーガードが付いてるもん」


 一緒にいるのは中型の成犬2頭だ。不審者も流石に狙わないだろう。それに私は足の筋肉には自信があってね、ダッシュで犬たちとともに逃げてみせるよ。


「あやめちゃん可愛いのに…」

「それはともかく、早く電車に乗ってお家に帰りなさい」


 女の子特有の可愛いの応酬はいいから帰りなさい。

 私が促すと、本橋さんは肩をすくめて「はぁい」と返事をした。


「弟くんにありがとうって伝えておいて」

「わかった」


 駅の構内に向かう彼女を見送りながら、私はぼんやり考えていた。

 本橋さんは不思議な子だ。

 可愛くて性格良くてドジっ子で……そこにいるだけで華があって、人を惹きつける魅力にあふれている。それに至るところで目立つ男性とよく絡んでいて……まるで少女漫画のヒロインみたいな子だ。

 そう思って私は眉間にシワを寄せた。


「ん? ヒロイン…?」


 フッとなにかの記憶がよぎった。しかし、何もなかったかのように消え去っていく。

 なんだろう。私は何を思い出せていないのだろうか。



■□■



「田端、ちょっといいか」


 突然下校途中の電車の中で声を掛けられた。すわナンパかと思ったら、高校の先輩であった。相手は風紀委員会の副委員長である橘先輩。

 真面目が制服を着てると言ってもいい、素行良好な私に何の用だろうか。私が首を傾げると、「隣座っていいか?」と私の隣を指してきたので、どうぞと答えた。

 そして隣に腰掛けた先輩は重々しく口を開いた。


「…田端和真のことで話したいことがあるんだ」


 弟のこと? 私が訝しんでいると、橘先輩は言いにくそうに話しはじめた。


「田端の弟が今つるんでいる奴らのことを知ってるか?」


 その問いかけに私は首を横に振る。

 和真は反抗期中なのでそういう事をあまり話してくれないのだ。姉弟といえど何でも話し合うわけでもないし。


「相手は素行が悪くて、何度か警察沙汰を起こしている。俺が田端和真に風紀指導として話をしようとしても聞かないが、姉からなら素直に話を聞くかもしれないと思ってな」


 橘先輩は弟の和真を心配してくれて忠告をしてくれたのだろうが……和真の反抗期はまだ終わってないのだ。

 つい先日母さんに対してあまりにもひどい態度をとったので、軽くゲンコツして説教かまして怖がらせちゃったので、そのせいで素直に聞いてくれないかもしれない。

 それに……


「んー…うちで保護してる犬の世話をするようになったから大丈夫かなとは思ってるんですが」


 夜遊びとか服装違反とかその辺の悪さを置いておいて……和真は人を傷つけたり、物を壊したりということに手を出していない。

 だから落ち着くのも時間の問題なんじゃないかなぁと私は思うのだ。私も親も弟を見放しているわけじゃない。その都度向き合う努力をしているし、和真もたまにバツの悪そうな表情を浮かべているので心の底では自分のことダサいなぁって思い始めてんじゃないかな…という希望がね。


 私の考えに橘先輩は不思議そうな顔をしていた。


「保護? 犬?」


 あ、食いつくのそっちなの。


「私、小学生のころから保護活動していて…これ私の保護活動動画です」


 いい機会だ。橘先輩にも保護活動布教しよう。それで先輩のつてで理解者が増えたらラッキーである。

 私は自分のスマホを取り出して自分が作成した動画を音無しで再生すると先輩に見せた。先輩はちょっと驚いて少し身を引いていたが、動画内で無邪気にはしゃぐ保護犬たちの姿を観ると、硬かった表情が徐々に緩みはじめた。


「可愛いでしょう。この子たち」


 さては先輩も犬好きだな。意外な共通点があって私は嬉しいですぞ。


「…亮介?」

「…兄さん」


 そこに水を差すように声を掛けてきたのは黒縁細フレームのメガネをした男性だ。

 ……おや? 橘先輩に似ているなぁ……


「どうも、後輩です」


 私は軽く挨拶して頭をペコリと下げたのだが、橘先輩のお兄さんはちらりとこちらを見ただけだった。挨拶せんのかい。


「亮介…常日頃から言っているだろう。お前は受験生なんだ。今することは恋愛ではなく勉強だ。お前の行動一つで俺にも迷惑がかかるとわかっているのか」


 その言葉に私も橘先輩も一瞬何のことかわからず沈黙した。

 …んんん、恋愛?

 いやいや、今日まともに話したばかりの相手とそんな馬鹿な。お兄さんは私達のなにを知っているというのか。


「兄さん、俺と彼女はそういう間柄じゃない」


 すかさず橘先輩が否定する。私もその横でうんうんとうなずいてみせた。


「どうだかな。お前はただでさえ落ちこぼれなんだ。中学の時のことを忘れたのか?」


 しかしお兄さんは説教モードに入って弟をこき下ろしていた。

 なにやらお兄さんは誤解しているらしい。私と先輩が交際中で、いちゃついているように見えたらしく……今年受験生である弟の心配をしているらしいが、言い方がとにかくきつい。


「だから後輩ですって。弟さん、そういう関係じゃないって言ってるじゃないですか。なんでちゃんと話を聞かないんですか?」


 一方的にマシンガンのように言いくるめるのは悪手だぞ。決めつけて責め立てるなんて以ての外である。


「男女が並んでいたら必ず恋が生まれるとか思わないほうがいいですよ。橘先輩のお兄さんは恋愛脳ですか?」


 私の指摘に橘兄弟の間から音が消えた。


『〇〇駅、〇〇駅降り口は右側です…』


 最寄りの駅についた。

 私は立ち上がって橘先輩のお兄さんに一瞥ついでに「へっ」と鼻で笑ってやると、橘先輩に声を掛ける。


「先輩、私ここの駅なので。お疲れさまでした。さようなら」


 すちゃっと手を上げると、「俺もここの駅だ」と返された。そうだったの、知らなかった。

 微妙な空気感の橘兄弟と共に同じ駅で下車した後は自然解散のつもりでさくさく歩いていたのだが、橘先輩が家まで送ると申し出てきた。


「大丈夫ですよ先輩、私はこう見えて脚が速いんです」


 痴漢にあっても問題なしです! そうアピールしてみたのだが、橘先輩の表情は浮かない。


「悪かったな、兄が」


 暗い表情で謝罪されて、私まで気分が暗くなりそうだった。橘先輩はご家庭が複雑…なのかな? 折り合いが悪いのかな?

 再びフッとなにかを思い出しそうになった。……ストイックでイケメンで優秀なのにどこか自信のない攻略……

 思い出せない何かを無理やり思い出そうとしたらズキッと頭が痛む。


「…田端? どうした」


 私がこめかみを押さえて痛みを我慢していると、先輩が心配そうに声を掛けてきた。

 やめよ、思い出そうとしたら余計に混乱しちゃうし。

 私はニッと笑顔を作ると、橘先輩を見上げた。


「うちの犬見ます?」

「え…」


 せっかく家まで送ってくれたんだ。

 躊躇う先輩の腕を引いてうちに出迎えると、玄関までお迎えにやって来た子犬たちを紹介する。


「さっき見せた動画の子たちは里親さんのもとへ旅立ってしまって…。この子達は最近迎えた子なんです。野犬の子なのですが人懐っこいので旅立ちも早そうなんです」


 はじめて見たお客さんにも歓迎モードの子犬たち、橘先輩は目を白黒させていたが、子犬の可愛さに表情を緩めていた。

 先程までお兄さんとのことでものすごく悲しそうな複雑な表情を浮かべていたので、先輩の表情がほころんだところを確認できてホッとした。お兄さんとは一緒に暮らしてるっぽいし、あのまま一緒に帰るのも気まずかっただろう。うちで和んで落ち着いてから帰ればいいと思うのだ。


「…誰だね君は」

「お、お邪魔してます…橘と申します」


 ムッスリとした声がリビングに繋がる廊下の向こうから聞こえてきたと思えば、そこには仕事帰りの父さんがしかめっ面で突っ立っていた。


「あ、父さん今日は早かったんだね」

「あやめ、その男の子はどこの橘君かな」


 リビングで子犬まみれになっている先輩を睨みつけた父さんは硬い声で尋ねてきた。


「学校の先輩で、和真の素行を心配して話しかけてくれた風紀委員会の橘先輩だよ」


 と説明したのだが、何故か父さんは橘先輩を警戒していた。じっとりした視線で先輩を観察していた。

 先輩を引き止めるつもりはなかったんだけど、母さんが一緒に食事しましょうと先輩をお誘いし、一緒に夕飯を食べた。普段は私は食卓で和真と並んで座るので、自動的に和真の席に橘先輩が座るはずだったのだが、何故か父さんが私の隣に座ってきた。そして橘先輩をしっかり見つめて、何やら念を送るというよくわからない事していた。先輩は終始肩身が狭そうであった。

 彼には正直申し訳ないと思っている。


 彼氏じゃないと説明してるんだが……何故どいつもこいつも恋愛に結びつけたがるのか。私にはわんわん物語ヒロインとしての、そして虹に託された使命があって恋愛どころじゃないんだが。

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