わんわん物語の主人公になったけど、ヒロインって何したらいいの?【つー】


 話は少し前に遡るが、2年生に進級した時、うちのクラスに珍しい編入生がやって来た。

 それはそれは可憐な女の子で、はじめて見たとき度肝を抜いた。どこかで見たことがあるような、既視感のようなものがあったが、彼女は私のことを知らないみたいだから気のせいかな。


「えっ田端さん保護犬活動してるの!?」

「うん、小学生の頃から。とは言っても頭数制限があって、保護預り期間中2・3頭程度しか引き取れないんだけどね」


 私の友人の美希ちゃんと親しくなったその美少女・本橋花恋さんとおしゃべりすることとなり、彼女が家で犬を飼っているという話を聞いたので私も話の流れで保護犬活動をしていることを話してみた。

 すると彼女はものすごい話に食いついて来た。


「あやめちゃんすごいんだよ。犬に関しては専門家顔負けの知識量だし、名前や顔出しはしてないけど、ペット雑誌の躾コーナーのインタビューに答えていた事あるし」

「いやいやいや、そんな凄いことじゃことないよ」


 ホームページにペットの躾で困ってますって問い合わせがあったとき、飼い主さんがうちの近くまで来れそうであれば、行きつけのドッグラン内で躾指導してあげたりしている。見返りとして指導料代わりにお気持ち程度の寄付金を頂いているんだ。

 そういう細かい活動をしていたら噂を聞きつけたという雑誌記者から取材されたんだよね。名前とか写真は出してないし、言われなきゃ分かんないことだし。


「えぇー! すごいねぇ!」


 なのだが本橋さんは瞳をキラキラして私を褒め称えてきた。

 美人さんにこんなにキラキラした視線を向けられるってそう無いことだよね。…ちょっとドキッとしちゃった。危うく恋に落ちてしまうところだったわ。


 美希ちゃんと親しいこと、犬を飼っているという共通点があったこと、そして本橋さん自身が大人しめな性格なこともあり、私達は自然と同じグループになった。

 言っちゃなんだが、私は犬に人生をかけている。言ってしまえば地味系女子。そんな私がキラキラした本橋さんと並んでいいのかと恐れ多くなるが、本橋さんはどう思っているんだろう。

 なんか女子って、自分と似た感じの女子とつるむじゃない。私みたいな犬にしか興味ない女と一緒にいても平気なのかな…って。


 それに彼女の行動を見ているとまたもや既視感を覚えるのだ。彼女が特定の男子生徒、男性教諭と接触する度に何かが脳裏をよぎる。

 ……でも私が何かを思い出そうとすると、靄がかかってなんだったかわからなくなっちゃうんだけどね。


「おう、コロ、ワン達元気か?」

「眞田先生、私の名前は田端です。あとわんちゃんたちは元気ですよ」


 今しがた、なにもない廊下でずっこけた本橋さんを抱きとめて、慌てる彼女に注意していた保健室の先生がすれ違いざまに私の頭を撫でてきた。

 保護犬の散歩しているときに先生と遭遇して、私が保護犬活動しているのだと言うと、毎月個人的に寄付してくれるようになったパトロンである。

 眞田先生は大の犬好きで、特に柴犬が好きなのだそうだが、先生は一人暮らしだからと飼うのを遠慮しているみたいだ。


 そしてコロという名は、眞田先生の亡き愛犬柴犬(♂)の名前だと彼の従妹だという同級生に教えてもらった。どうもその柴犬と私は顔が似ているらしいのだが、私は納得していない。誰が柴犬か。


 ……大人で余裕があって、優しいようで一番の難攻不落…柴犬……うっ、頭が……

 この眞田先生見ていても何かを思い出しそうになるのに、寸前で忘れてしまうのだ。本当に何なのだろう。



■□■



 保護犬たちのお友達になれるかも、と本橋さんが愛犬のコーギーを連れて我が家までやってきた。

 初めて見るお客さんに最初警戒していた保護犬たちだが、本橋さんの優しい雰囲気と、コーギーの田中さんのマイペースな性格に警戒心を解いて一緒に遊んでいた。


「あ、お邪魔してます」


 本橋さんがどこかに声を掛けていたので私が振り返ると、弟の和真が無視して玄関に向かっていた。


「コラ和真! 挨拶には挨拶を返しなさい!」


 お客さんに対して失礼だぞ! と注意したのだが、反抗期の弟は無視して靴を履いている。


「きゅーん…」


 保護犬の1頭が和真のいる玄関まで駆け寄り、縋るように鼻を切なく鳴らしたが、弟はぴくりと肩を揺らすだけで、拳をギュッと握りしめると玄関の扉を開けて出ていってしまった。ピスピスと鼻を鳴らす保護犬の後ろ姿が切ない。

 あー、多分私達の目があるから、わんちゃんをモフれなかったんだな。弟の反抗期は意地を張っているだけにも思えてきた。


「弟くん、機嫌悪いのかな?」

「最近反抗期でねぇ。なんだっけ。この間のテストでガクリと成績が落ちたんだっけな? 中学の時は何もしなくても出来たけど、高校ではそうは行かなくなったみたい」


 挫折を味わって腐っているんだろう。詳しく話を聞こうにも今のように無視されるし、もうお手上げである。

 あまりにも目に余るようだったらとっ捕まえてぶん殴る所存だが、今の所は服装が派手になって、反抗的な態度を取るにとどまってるんだよなぁ。うちの高校はそこまで服装に厳しくないので、風紀委員に捕まって注意されたとしても、親呼び出しとかはされない。だからそのままになっていると言うか。

 犬の前で声を荒げたり、暴力をふるったりは全くしないから、どこかで冷静さは維持しているみたい。そのため私も様子見している感じである。


「よし! 気分転換にドッグランに行こう! 本橋さん、手伝ってくれる?」

「うん!」


 今日は保護犬たちの動画を撮影する予定だ。彼らの里親になるであろう人たちへの営業活動である。どれだけ保護犬たちが可愛く心優しい子たちかを動画内でプレゼンできるかが焦点となる。

 カメラを回しながら、保護犬たちのリードを持って家を出ると、そこで幼馴染とばったり遭遇した。


「あれ? 本橋? あやめの家に遊びに来てたのか?」


 幼馴染の山浦大志である。のっぽな奴は彼女と一緒におうちデートにしけこもうとしているらしい。


「山ぴょんカメラの中に入ってこないで。編集が面倒くさい」

「知らねーよ。カメラばっか見てないで周り見て歩けよ。ずっこけるぞ」


 私はそんなドジっ子じゃないやい。

 私が保護犬活動している事を昔から知っている山ぴょんは私の足元にいるわんちゃんを1頭1頭撫で、最後に目をキラキラさせている田中さんに辿り着いた。


「…本橋の飼い犬?」

「うん、田中さんっていうのよ」

「田中……あぁ、うんかわいいな」


 本橋家のネーミングセンスに突っ込みたそうだったが、そこまで親しくないので当たり障りのない返事をした山ぴょんは田中さんのわがままボディを撫でていた。


「…大志、もう行こうよ」

「はいはい…じゃあな」


 山ぴょんの今カノは何やら警戒した様子で彼氏の腕を引っ張っていた。どうしたんだろう。何度か私と会話したときはとてもフレンドリーだったのに……再び、私の脳裏に既視感が蘇る。

 嫉妬深い彼女、ライバル……攻略対象……ヒロイン?


「……?」

「どうしたの、あやめちゃん」


 本橋さんが心配そうに私の顔を覗き込む。私ははっとして「なんでもない」と笑顔を作った。

 私は山ぴょんたちに別れを告げると、ドッグランまでの道をお散歩していったのである。


 行きつけのドッグランは駅前にあった。地下のドッグランと高架下のドッグランの二種類あって、雨でも晴れでも利用できる作りとなっている。今日は天気がいいから高架下でも大丈夫そうだな…


「花恋じゃないか」

「あ、間先輩!」


 保護犬たちがお花を摘んでいたのでそれを待っていると、本橋さんに声を掛けてくる男性がいた。

 それは我が校の生徒会長であった。某男性雑誌のメンズモデルに出られそうな整った顔立ちのその男は何故かスーツ姿だった。日曜の今日に何故スーツなのだろうと私は思ったのだが、彼は本橋さんしか眼中にないらしい。私は保護犬たちのうんちを拾いながら彼らの様子を観察していた。


「こんなところで何してるんだ?」

「先輩こそ。スーツ姿よくお似合いですね」

「父の仕事の手伝いをしているんだ。将来に向けて俺も色々学ばなくてはいけなくてな。大変だけど、将来のためだ」


 ……何故だろう、妙に鼻につく。

 いやお父さんの手伝いするのは偉いんだけど、俺すごいだろって言外に含んでいそうでなんか心がざわざわするんだ。


「わぁ、偉いですね! 頑張ってください!」


 本橋さんは素直な子なので、素直に称賛している。それに気を良くしたらしい生徒会長はフッと、キメ顔で笑っていた。


「ここで会えたのもいい偶然だ、どうだ? これから俺と」

 ショー…


 ぼたぼたぼた…と仕立てのいいスーツに生暖かい液体が振りかけられる。


「……っ!!?」


 足にじんわりほっこりぬくもりを感じた生徒会長はぎょっとした顔で足元を凝視した。

 食パンのような物体が短い片足を上げて、用を足している光景を見た彼はその整った顔を崩した。


「ぎゃあああああ!!」

「あっコラ田中さん! 駄目でしょう!」

「本橋さん。水とタオルがあるから応急処置を」

「ありがとうあやめちゃん!」


 もしものときのために常備していたタオルとペットボトルに入った水道水を差し出すと、本橋さんは慌てて生徒会長のスーツの裾にかかったおしっこを処理しはじめた。

 なぜ急におしっこしたんだろう、田中さん。ご主人に近づく男が気に入らなかったのかな…そう思って、生徒会長を哀れんでいると、私の視線に気づいた会長からきっと睨まれた。

 何見てんだよ、ってか。それは失礼しました。



「──ふん、あなたの下心が漏れていたから、飼い主を守ったのでしょ。いい様だわ」


 小馬鹿にしたような声は背後から飛んできた。私を睨んでいた生徒会長の視線は私の背後に向かい、先程よりも更に険しい顔で睨みつけていた。

 誰だろう、と思った私もその視線を追う。


 後ろにいたのはオレンジ原色の大柄の花が描かれたおしゃれなワンピースを着用したキレイなお姉さんだった。彼女の足元にはこれまた育ちの良さそうな柴犬がいて、その子は私の方へと飛んでいこうとわっふわっふと興奮した様子でいた。


「陽子…てめぇ何故ここにいる」

「それはこちらのセリフだわ。何故折角の休日にあなたなんかと遭遇しなきゃならないのかしら」


 どうやら生徒会長のお知り合いらしい。関係性はわからないが、とても仲が悪い様子。

 2人はギギギと睨み合っていたが、リードに繋がった柴犬が暴れるものだから、女性の陽子さんという方がちらりとこちらを見た。私を見て、私の足元でお行儀よく座る保護犬2頭を見た彼女のくっきりした瞳が更に大きく見開かれた。


「夏空くんと歌ちゃん!?」


 彼女は一瞬で生徒会長から興味をなくし、私の足元にいる保護犬たちに近寄ってきた。私はその勢いに引いてしまったが、保護犬たちの名前を知っているということは、動画の視聴者さんなのかもしれない。もしかしたらSNSのフォロワーさんかもしんないけど。

 今保護している子達は雑種なので、見る人によってはすぐにわかっちゃうのかな。


「あ、あなたはまさかアヤさん…?」

「えぇと…まぁ、そうです」


 ひねりがないが、本名のあやめと、前世の名前の綾から取って、アヤと名乗って保護犬活動をしている。その名を知っているということはやっぱり視聴者さんなんだな。


「動画やサイトをいつも見させてもらってるの! 私よりも年下なのに本当に偉いなって思ってて…少額だけど寄付もさせて頂いてるの!」

「ご支援ありがとうございます」


 応援してくれている熱烈な視聴者さんだった。美人なお姉さんに熱い握手をされた。なんかいいことありそうだ。


「ここで会えたのもなにかのご縁だわ。そこのドッグカフェでお茶をごちそうさせて頂戴な!」

「あ、どうも」


 お姉さんの勢いに押されて目的地のドッグカフェに入ったが、一緒にやってきた本橋さんに生徒会長はどうしたのかと聞くと、クリーニング代を渡そうとしたが、立ち去ってしまったとのこと。

 彼女は「怒らせてしまったみたい…」としょんぼりしていたが、生徒会長はお金持ちの息子って噂だし、クリーニング代くらいケチケチしないと…思う。

 学校で会ったときにもう一度謝罪してクリーニング代出したらいいんじゃないかなと本橋さんにフォローしておいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る