ペット大歓迎・温泉旅館へGO! withマロンちゃん【前編】


「あやめさん! これは一体どういうことなの!?」

「…どういう、とは」


 突然アポ無しで家まで押しかけてきた陽子様はお怒り気味であった。私はその勢いに圧されてのけぞる。

 彼女の手にはスマホ。そこには何か写真のようなものが……あ。それは…ネズミの国で5人並んで撮影した記念写真……


「……間先輩とお揃いみたいになっているのがお気に召さないのでしょうか…?」


 …花恋ちゃんあたりから写真を入手したのであろうか。未だ婚約関係である間先輩と陽子様が犬猿の仲とはいえ、婚約者がよその女とお揃いでネズミの国に来ているのを知ってお怒りなのであろうか……


「そう! …あの男に先を越されるなんて…ましてやお泊りで旅行ですって!?」


 彼女はハンカチを噛みしめる勢いで悔しがっている。お泊りで旅行……なんか語弊があるな。


「いや、間先輩は花恋ちゃんをストーカーしに来てですね」

「一緒にアトラクション回ったのでしょう!?」


 陽子様の勢いは収まらない。私はぐっと黙り込んだ。…全部ではないけど、一部は…そうだね。

 だけど宿泊先は違ったし、帰るときはバラバラだった…そもそも間先輩がどこに泊まったのかも謎だ。


「私はあやめさんと旅行へ行ったことないのに、あの男に先を越されるなんて!! 許せないわ!」

「……。いえ、一緒に旅行をしたわけじゃなくて」

「同じことなのよ!」

「そうですか」


 プンスカプンプンと怒る陽子様はなぜだか私と旅行に行きたいらしい。


「こうなっては私もあやめさんと一緒に旅行しなきゃ気が済まないわ……! あやめさん! マロンちゃんも行けるように、ペットも泊まれる旅館に行きましょう!」


 そんな。いきなりだと困るんですけど……この間ネズミの国行ったばかりでお金がない…。春休み中はバイト頑張るつもりだけど、給料日は来月ですし……


「もちろん誘ったからには費用はこちらで全て負担するわ」

「そんな悪いですよ…」


 ペット可の旅館って割高でしょ? いくらお嬢様の陽子様とはいえ、お金は有限だ。お金出してもらうのは申し訳ない。申し出をやんわりお断りしようとしたけど、陽子様の押しは強かった。


「遠慮は無用よ。でないと私はあの男に負けたことになってしまうの…!」


 彼女の目はマジだった。

 間先輩と競っているつもりらしい彼女にはその程度の費用軽いものらしい。陽子様の中では決定事項のようで、話はコロコロ転がっていき……春休み期間のとある日、私は陽子様&マロンちゃんとともに一泊二日の温泉旅行に行くことになったのである。



■□■



「急いで作らせたのだけど……」


 陽子様のお宅の高級車に乗せてもらい、宿泊先の旅館に行くまでの道中、マロンちゃんの写真がプリントされた白のTシャツを渡された。私はそれを見て悟った。

 うん、旅行中これを着ろってことだよね。マロンちゃん用のTシャツも用意されていて、キャリーケースに入っているマロンちゃんはもうすでに着用しているようであった。

 うん…そんな気はしてたし別にいいよ……事前に汚れてもいい服を着てきたし…。私が犬バカ飼い主みたいに見えちゃうのは仕方ないのかな…


 旅行先を教えてもらったときに、その旅館は動物好きの支配人が運営するペット連れ歓迎の旅館で、動物たちのことを考えて作られた施設であると聞かされた。

 そこには併設のドッグランがある。旅館の支配人が運営するドッグランだが、宿泊客以外のペット連れも利用できるようになっている。小型犬エリアと、中型・大型犬エリアで仕切られており、ワンちゃんがのびのび走り回れるようになっているそうだ。

 ペットトリミングサービスやマッサージサービスに加え、ペット専用の温泉があったりとユニークな温泉旅館らしいのだ。


 費用を負担させた申し訳無さとか、急なお誘いへの戸惑いとか色々複雑ではあるものの、ペット歓迎の旅館というものがどういうところなのか興味があって楽しみではあった。


「いらっしゃいませ。これはこれは勅使河原様! いつもご贔屓にしてくださりありがとうございます」

「急な予約で申し訳ございません。今回もよろしくおねがいしますね」


 旅館の支配人が直々にお出迎えしてきた。陽子様はヘビーユーザーみたいで、めちゃくちゃペコペコ頭を下げられている。

 まぁペット歓迎の旅館って数少ないもんね。


「にゃーん」


 頭上で猫の鳴き声が聞こえたので見上げると、ロビーのキャットタワーに猫団子ができていた。結構いっぱいいる。猫はザリザリと肉球を舐めたり、体を伸ばしたりと自由気ままにロビーをうろついている。飼い主の姿は見えない。…猫は自由だな。


「わうっ」

「ワンワン!」


 ペット歓迎のこの旅館に訪れるメインペットは犬と猫だろう。ドスッと太ももに何かが突進してきた。視線を下に向けると、目をキラキラにさせた犬2匹だ。良い筋肉をつけたドーベルマンと、ハスキーと見間違えてしまいそうなアラスカンマラミュート。

 毛並みも艶も最高。これは育ちの良さそうなワンちゃんである。


「こら! 小太郎だめよ!」

「スモモ、そっちじゃないよ!」


 慌てて飼い主さんがリードを引っ張っているが、犬たちは言うことを聞かない。私は手に持っていたキャリーバックから手を離してワンコたちの顎をコショコショと撫でてあげる。すると彼らは嬉しそうに目を細めているではないか。


「すみませーん、いつもはこんな事ないのに…」

「お気になさらないで、彼女は犬に好かれる体質で、彼女自身もそれに慣れているので」


 何故か私ではなく陽子様が説明していた。

 間違ってないけど、間違ってないけどさぁ……

 部屋に案内されるということでロビーから離れると、犬たちが名残惜しそうな鳴き声を上げていた。旅行先でも犬に好かれる私はどんな徳を積んできたのだろう。人生最大の謎は深まるばかりである。




「うわぁ、広い…」

「散歩ではあまり走らせてあげられないから、定期的に自由に駆け回れるここに連れてきてあげているのよ」


 流石愛犬家の陽子様である。

 ドッグランスペースも犬の大きさによって分けてしまえば、気兼ねなく走れるもんね。柴犬のマロンちゃんは中型犬に分類されるので、大型犬・中型犬スペースに入る。

 さっきロビーで会ったドーベルマンやアラスカンマラミュートが追いかけっこして遊んでいる。あの二匹と比べるとマロンちゃんが小さく見える。だけどマロンちゃんは中型犬なのである。


「あらっ!? そこにいるのはもしかしてあやめちゃん!?」


 遊ぼうアピールをするマロンちゃんの相手をしていると、背後から聞き覚えのある声がした。振り返ってみるとそこには近所の加藤のおばちゃんの姿。そしてこちらへと突進してこようとするも、繋がれたリードに阻まれているボーダーコリーのタロくんの姿も……


「おばちゃん! おばちゃんもこの旅館に泊まりに来たの?」

「違うわよ、ここのドッグランに犬友会の人達と来たの! ここ広いスペースがあるからね」


 そうなんだ。そう言われて、ぐるりと見渡すと、以前一度お邪魔した犬友会のメンバーたちがいた。飼っている犬のサイズに合わせて、二組に別れて行動しているみたいだ。

 頑丈なフェンスで仕切られた向こうの小型犬エリアに、キング・チャールズ・スパニエルのココアちゃんもいた。彼女もこちらに入りたそうだが、彼女は小型犬なので駄目なのだ。私がフェンスに近づくと、ココアちゃんはこっちに手を伸ばそうとしている。しかしフェンスが障壁となって届かない。


「今日のお洋服も可愛いね、元気そうで良かった」

「キャン!」


 彼女も元気そうだ。彼女の飼い主さんは初対面ではビシビシであった警戒心が今はないのか、数メートル離れた場所から私とココアちゃんの再会シーンを眺めている。

 遊ぼうアピールをしてくるココアちゃん。しかしここはドッグランだ。犬の社会性を身につけるために、犬同士親しくなるべきなのである。


「お友達と遊んでおいで」


 そう声を掛けてみたが、ココアちゃんは私がその場から立ち去っていく気配を感じ取ったのか、「キャウキャウ」とまるで「行かないで、一緒に遊ぼうよ」と声を掛けてくるようであった。

 その鳴き声にちょっと後ろ髪ひかれたが、今日はマロン姫を接待する役目があってだな…宿泊費を飼い主に負担させているので、その愛犬に尽くすのは当然のことだと思うのだ。


 陽子様にリードを離されて自由の身になったマロンちゃんがこっちに来たので、私は彼女を誘うように走って逃げた。マロンちゃんもそれに乗って軽やかに駆けてくる。

 とはいえ、すぐに追いつく。マロンちゃん足速いなぁ。流石狼のDNAに最も近い柴犬である。


 私とマロンちゃんの追いかけっこに触発された他のワンコたちも一緒になって追いかけてくる。今着ている服が土だらけになるのを覚悟して、全力で彼らのお相手をして差し上げたのである。

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