更にオマケの番外編

元ヒロインに迫る魔の手。許さないぞ、卑劣なストーカーめ。


「最近、人に見られている気がするの」


 花恋ちゃんのその言葉に、私はガキッとお箸を噛み締めてしまった。怖くなって周りをキョロキョロと見回し…カフェテリア内にいる人達が私達を見ていないことを確認すると、ホウッとため息をひとつ吐いた。

 大学は短い冬休みに入った。休み明けしばらくしたら後期試験が行われる。私と花恋ちゃんは一緒に勉強しようと図書館に入ったのだが、休憩中に彼女からそんな話を持ち出された。なにも身構えていなかった私は動揺する他ない。


「…それは、どういう…?」


 私は声を潜めて問いかけた。彼女は眉を八の字にさせてため息をついた。なかなか困り果てている様子だ。


「あのね、私バイト始めたの。蓮司さんが今年で大学卒業するから、その前に卒業旅行がてらどこかに旅行しようって話になったから短期のバイトを始めたんだけど……」


 花恋ちゃんの勤め先はファンシーショップだそうだ。飲食店や小売店はガラの悪い客もいるから止めたほうがいいと周りに言われたそうで、女性客の多いそのお店で3ヶ月間バイトをすることにしたそうだ。


「慣れないことばかりで最初は必死だったからあまり気づかなかったんだけど…」


 最初はなんともなかったそうだ。

 …いや、最初からなんか起きていたかもしれないけど、仕事に熱中していた花恋ちゃんは気づかなかっただけなのかもしれない。

 仕事にようやくこ慣れし出した頃になって、違和感をおぼえるようになったそうだ。


「…視線…っていうのかな? …誰かに見られているような気がするの」


 その言葉に私は眉間にシワを寄せる。

 かわいい店員さんに惹かれて、どこからかストーカーでもしているのか…? 花恋ちゃん少し前に大学でもつきまとい行為されていたらしいし、あり得る…!


「蓮司兄ちゃんには話したの?」

「うん…バイトの送り迎えできるときはしてくれるけど、毎回って訳にはいかないから…」


 ──それに、蓮司さんがそばにいる時には不可思議なことが起きるの。


「この間は誰もいなかったはずの場所でいきなりゴミ箱が倒れたし……どこからかうめき声が聞こえてくるの……」


 花恋ちゃんの話は少々オカルトチックになり始めた。これは霊能者案件だろうか……


「…一人で歩いているときは後ろからひたひた足音が聞こえるんだけど、私が立ち止まったらその足音も止まるの。勇気を振り絞って振り返ると、後ろには誰もいない…だけど直前まで誰かがいたはずなの」


 乙女ゲームの元ヒロインは幽霊すら虜にする魅力の持ち主なのかな。こんな真冬に怖い話とか少々時期外れな気もするが……目の前の彼女はものすごく怖がっている。なので冗談だろうと笑い飛ばすのは気が引けた。


「け、警察には話した?」

「うん…だけど話を聞いてくれるだけ。パトロール強化すると言われたけどそれだけだったし…」


 まぁ警察もなにか起きなきゃ手を出せないってスタンスだからなぁ。もどかしいな。

 きっと花恋ちゃんは怖くて仕方ないはずだ。私も勘違いおじさんに付きまとわれたことがあるので気持ちはよく分かる。私は自分になにができるか考えた。考えに考え、ある一つの方法を思いついたのである。




「そんなわけで、蓮司兄ちゃんがいないときは私が送り迎えすることにしたから」


 そう、私が思いついたのは、花恋ちゃんの送り迎えをすることであった。女ひとりで歩くよりも余程安全だと思うのだ。花恋ちゃんのバイトは毎日ではない。私が出動するのも毎回ではない。あくまで花恋ちゃんの彼氏である蓮司兄ちゃんが不在の時のみ。夜の散歩ついでの護衛だと思えば、遂行できると思うのだ。


「…お前ね、また危険に首突っ込もうとして…亮介君心配させんなや」


 いいアイディアだと思ったから蓮司兄ちゃんに報告すると、呆れた様子で返された。心外だな全くもう。私は友達が困っているから、それをどうにかしてあげたいだけだよ。


「大丈夫だよ! 私には爆音防犯ベルがついているから!」

「そういう問題じゃないんだよ。何かあってからじゃ遅いんだぞ」


 蓮司兄ちゃんがなんかうるさいけど、もう決定事項だから。


「何かあってから遅いのは、花恋ちゃんの方だよ! ちょっと日和見すぎでしょ! 警察が動かないなら、こっちでなんとかするしかないでしょ!」


 四六時中蓮司兄ちゃんが守ってあげられるわけでもない。それならば私がなんとかせねば!

 私が拳を握ってフンッと鼻息荒く決意表明している横で蓮司兄ちゃんがなにか言っていたけど、私には何も聞こえない。

 そんなわけで早速花恋ちゃんの護衛をすることになったのだが……


「…なんで先輩がここにいるんですか…?」

「……蓮司さんから連絡もらったからな…全くお前は」

「んぎゅう」


 花恋ちゃんのバイト先のテナントが入ったショッピングモールの従業員専用出口前で待っていると、そこに登場したのは彼氏様であった。

 なぜ、ここにいるんだと驚愕していると、彼は私の顔半分を手で掴んでほっぺたを潰した。私は潰れたカエルみたいな声を上げる。なんだか彼氏様は半ばあきらめかけたような、怒っているような顔をして私を見ている。


「ひぇんぱいも、来てくれひゃんれすか?」

「お前一人に護衛を任せたら一緒に被害にあうのが目に見えてるだろ」


 てっきり一緒に花恋ちゃんを守り隊を結成してくれるのだと思ったのに、先輩は私も一緒にストーカーに襲われるだろうから来たと言うではないか。

 そんなことない。私はそんな抜けた女ではないぞ。いつだって周囲に目を配って危険を察知しているはずである!


「あやめちゃん!」

「あ、花恋ちゃん」


 バイトを終えた花恋ちゃんが従業員専用出入り口から出てきた。彼女は私を目に映すと嬉しそうに笑っていた。そして隣のト○ロ…ではなく先輩を見ると、一瞬目を丸くし、その後すぐになにか納得した様子で一人頷いていた。


「橘先輩はあやめちゃんの護衛で来てくださったんですね」

「来たからには本橋も無事送り届けるから安心しろ」

「心強いです。ありがとうございます」


 …ちょっとまって。花恋ちゃん今聞き捨てならない発言があったぞ…まるで私が狙われているかのように……私はそんな狙われるような人間ではない。ちょっぴり粘着人間ホイホイなだけであって…決して、そんな……

 私は先輩の腕をちょいちょい突いて、物言いたげな目で見上げるも、先輩は「お前は自覚しろ」と私のおでこを指で突き返して来たのである。



 時刻は夜の22時半過ぎ。ショッピングモール閉店後の時刻まで働いていた花恋ちゃんを送るべく、彼女の下宿しているマンションまで3人で並んで歩く。

 花恋ちゃんと私はおしゃべりしながら、先輩は聞き役に回っていた。……いや、違うな。先輩は周りの気配を探っていたのだ。現に先輩は気配を消して、不自然にならないように周りに怪しい人影はないか探っているもの。先輩がいるとどんな暗闇でも胸張って歩けるぞ。どんと来い状態だ。花恋ちゃんも同様で怖がった様子もない。男の人いると安心感倍増だよね。わかる。


 ──ピタッ

 背後で先輩が立ち止まった気配がした。

 私と花恋ちゃんも立ち止まって後ろを振り返った。先輩は背後を注視していた。なにか気になることがあるのだろうか、自動販売機から漏れている明かりに照らされた道を引き返そうと踵を返していた。

 その時だ。

 ──タタタタタッ

 誰かが駆けていく音が確かに聞こえた。


「……どうやら、今日も居たみたいだな……暗くて容姿までは確認できなかった」


 暗いから足元しか見えなかったけど、恐らく同年代の男だ。相手は高価な靴を履いていたが、若者に人気のブランドだった。と先輩は言った。

 追いかけて捕まえようにも、逃げ足が早かったと先輩は申し訳無さそうにしていた。追いかけたら女二人をこの場に残すことになるし…と躊躇してしまったのだろう。


「いいんです。相手が逆上して橘先輩に危害を加えてしまったら大変ですもん」


 花恋ちゃんは首を横に振って笑っていた。

 気丈にしているが、きっとこの中で一番恐怖を感じているはずだ。この時間になると人気も少なく、寝静まった家もあるだろう。叫んで助けを求めるにも誰かが助けに来てくれるわけじゃない。いざ犯人と対峙したところで、声が出るか、足が動くかと聞かれたら、不安なところである。


「花恋ちゃん、今晩私泊まっていこうか?」


 花恋ちゃんの下宿先は女性専用マンションだ。オートロック式だし、家も二重鍵を採用しているが怖いだろう、恐ろしいだろう。

 だから一人で怖くないように泊まっていくことを提案したが、花恋ちゃんは首を横に振っていた。


「うぅん、大丈夫。あやめちゃんにこれ以上迷惑はかけられないよ。今日だって本当は試験勉強している時間なのに、私の護衛させちゃって申し訳ないのにこれ以上甘えられない」


 彼女がそう言うなら仕方ない。

 何かあったら連絡して、と私が言うと花恋ちゃんは弱々しく笑って頷いていた。


「私は今もあやめちゃんに守ってもらってばかりだね」


 情けないな、と落ち込む花恋ちゃん。

 そんな、悪いのはストーカーなのに! 何故彼女がここまで気を使わなきゃいけないのか! 怖くて仕方ないのは彼女なのに!

 もどかしい。私にできるのはここまでなのか…!

 許すまじストーカー! 覚えておけ、今度こそ捕まえてやるからな……!


 花恋ちゃんが住んでいるのは女性専用のマンションだ。男性が入れるのはマンションのエントランスまで。日中はコンシエルジュがいるが、今の時間はオートロックだけがここの住人を守っている。

 私は玄関まで花恋ちゃんを送り届けると、彼女が内から鍵とドアブロッカーを掛けたのを確認したのち、その場を離れた。私がマンションから出ると、外で待っていた先輩は辺りを警戒していた。


「怪しい人いました?」

「…いや、さっきので逃げてしまったみたいだ」


 警戒するその姿がもう既に警察官みたいだ。

 カッコいいと内心惚れ直したのは言うまでもない。

 しかし今は「先輩カッコいい…しゅき…」と呑気なことをいっている場合ではないのだ。


「一応蓮司さんにも連絡報告しておく。…しかし犯人がどこの誰だかわからないからな…」

「同じ大学の人、もしくはバイト先の花恋ちゃんに好意を抱いた人間…はたまたスーパーとかコンビニで見かけて……いろんな可能性がありますよね。花恋ちゃんは美人さんですもん。探せば腐るほどストーカー発見できますよ…」


 美人で評判だった私の母も若い頃相当モテたのだけど、変なのも引き寄せていて苦労したそうだ。なので今回花恋ちゃんの話を母さんに話した時、母はひどく同情していた。

 同じ学校や職場ならまだ理解できるが、会話したことない、名前も知らない相手にストーカーされることもあって、そういう相手は常識が通用しないそうなのだ。その時は家族や信頼できる当時の会社の上司に助けを求めて事なきを得たそうだが、本当大変だったみたいで、父さんと出会うまでは極力目立たないように地味にして生きていたと聞かされたときは驚いた。

 花恋ちゃんも母さんも自分の美貌を利用するタイプではないので、その辺難しいよね。自分の美貌で男を誑し込むくらいしたたかな女なら生きやすいだろうに。


 私は先輩に家まで送り届けられ、しょんぼり気味に家に入ると、風呂上がりの我が美貌の弟と遭遇した。和真は濡れた頭をタオルでワシャワシャしながら私を出迎え、開口一番こう言った。


「おかえり。明日試合だから唐揚げ作って」


 どういうお出迎えの仕方なのだろう。

 疲れて帰ってきたお姉ちゃんに対する発言とは思えない。


「なんで今言うの?」

「材料は用意してる」


 そうじゃない、そういう意味じゃない。何をどうして材料さえあればいいでしょって思ったの?

 この唐揚げ星人め……。大学生にもなってお姉さまに唐揚げを作ってもらおうとして……


「ていうかまた林道さんがお弁当作ってくるんじゃないの?」

「姉ちゃんの唐揚げのほうがうまいもん」


 それ、林道さんの前で言うなよ。私に八つ当たりが飛んでくるから。


 和真は問答無用で私の背中をグイグイ押してくる。連れて行かれる先は台所である。疲れたからお風呂に入って休みたいんですけど。

 しかし暴君カラアゲはそんなことお構いなしに、冷蔵庫に封印されし徳用鶏もも肉を私の前にどーんと突き出すのだ。


「……口頭で教えてあげるから、和真が作りなよ」

「何度やっても姉ちゃんの味にならないからヤダ。姉ちゃんの唐揚げじゃなきゃ力でない」


 試合に負ける。とまで言ってのける。

 いや、私の唐揚げをそこまで好いてくれるのは嬉しいが、それとこれとは別問題であってだな……


「前日から仕込んだ唐揚げは倍美味しい」


 期待に満ちた和真の視線。

 私に押し付けられる鶏肉。


 私は、やっぱり弟を甘やかし過ぎなのかもしれない。

 仕込みはやってあげるから、明日の朝の揚げ作業は自分でやりなさいよ、と言って仕込みをしてあげたのに、翌朝自分でジュワジュワ油で揚げるまでをしてあげていた。

 よくない、これは弟のためにはならんぞ…。


「んまい」


 揚げたそばからつまみ食いする和真を見ていたら、何も言えなくなった。だってものすごく美味しそうに食べているのだもん。



 その日以降も花恋ちゃんの護衛を蓮司兄ちゃんと交代で行ったけど、犯人確保には至らず……蓮司兄ちゃんと花恋ちゃんが2人きりで帰宅していると必ずと言っていいほど怪奇現象みたいな事が起きるとかで、花恋ちゃんはすっかり怖がってしまったのである。

 ゴミ箱蹴飛ばすストーカーって何なの? うめき声をあげて関心をひこうとするストーカーって? 相手にしてほしいの? 捕まえてほしいの?


 その割には花恋ちゃんのバイト先のお店で接触してくるわけでもないらしく、ますます謎は深まっていくのであった。

 一体、ストーカーは誰なんだ?


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