営業妨害は駄目だぞ。いくら好きでもダメなものはダメなんだ。


 花恋ちゃんのストーカー騒動は未だ解決には至らなかった。なんせ犯人の逃げ足が早く確保にまでは至らなかったのだ。そうこうしているうちに花恋ちゃんのバイト期間が終了したので、夜遅くに出歩くことも減った。帰りが遅くなるときは蓮司兄ちゃんが責任持って花恋ちゃんを送り届けると言うし、あとは様子見ってことになった。


 私も試験があったりで花恋ちゃんのストーカー騒動に介入している暇がなくなったので、全て蓮司兄ちゃんに任せた。その後花恋ちゃんや蓮司兄ちゃんも試験や卒論で忙しくなり、連絡が途絶えがちになった。それはきっと何も起きていないからであろう。

 後期試験を終えた後は長い春休みに突入した。



「せんぱーい! 早く早く!」

「……やっぱり大の男が耳つけるのは」

「大丈夫ですよぉ! すごく可愛いです!」


 大学祭後夜祭のビンゴゲームでゲットしたネズミの国へのパスポートを活用して私達は旅行にやってきていた。夢のある世界で私は早速付け耳を購入すると、先輩にもこもこクマ耳を付けてあげた。私はガールフレンドクマのリボン付きミルクティー色付け耳を装着している。

 先輩は付け耳を恥ずかしがっているが、そんな彼の腕を引っ張って何枚も自撮りした。はぁかわいい。めちゃくちゃ可愛い。

 おっと、先輩を愛でるのは後だ。時間は有限。私は先輩の手を引くと駆け出した。

 いざ、夢の国へ!


「あやめ、そんなに急がなくとも…」


 先輩が後ろからたしなめてくるけど、私ははしゃぐ心が抑えきれなかった。

 カラフルな色に溢れた園内はまるで異世界だ。幼い頃に両親に連れられて訪れたときのワクワク感が蘇ってきた。私は子どもに戻った気分になって楽しむことにした。


「ゴーストメリーの山賊屋敷は13時40分受付開始ですって」

「じゃあ先にクマ太郎のはちみつ地獄に行くか。ここ入りたがっていただろ?」


 待ち時間が長いアトラクションを予めファストパスで予約しておいて、先に空いているアトラクションへ向かう。

 私は先輩と恋人繋ぎして終始ニコニコ笑顔だった。それは先輩も同じで、私を愛おしそうに見つめてくれている。どこからどう見てもラブラブバカップル、私と先輩の絆は誰も裂けまい…!


「ままぁ、あの人なにぃ?」

「シッ、見ちゃいけません!」

「いやねぇ、若いのに…」


 私と先輩がネズミの国の地図を広げて一緒に眺めていると、ヒソヒソとうわさ話をする声が聞こえてきた。無邪気な子どもの声に紛れた、大人たちの不審感マシマシの声。

 夢の国で不審者ですか。夢の国だって言うのに現実に戻すんじゃないよ…とその噂の渦中になっている人物を見て私はピシリッと固まった。

 一人の人物がマスコットキャラにピッタリくっついていたのである。


 その人物は頭にもふもふクマ耳を頭に付けていた。マスコットキャラの背中の後ろに身を隠しているつもりなのだろうが、こちらからはすべて丸見えで、不審感バリバリである。背後では「スタッフに声掛けようか…」と園のスタッフに声をかけようとする来園客もいて、通報されかかっているではないか。

 この夢の王国の主であるネズミーは営業妨害をしてくるその不審者を背中から引き剥がそうとしているが、不審者はしがみついて離れない。これが幼い子供なら、周りも「あらあらネズミーが好きなのねぇ」とほのぼのできるが、その人物は21歳になる男性である。その姿は痛々しいだけだ。

 引き剥がす、くっつくの攻防を繰り広げている一人と一匹(?)はドタバタと暴れまくって、悪い意味で目立っている。そうなれば、私の隣にいる先輩も注目するわけで……

 彼は失望した眼差しでその21歳男性を見下ろしていた。


「…間、お前何してる」


 名前を呼ばれた21歳男性はピクリと肩を揺らし、ギギギ…と首を動かした。先輩の顔を見て、その後私を視界に映した瞬間、わかりやすく顔を歪めた。


「……チッ」


 なんと、私を見た直後に舌打ちをしたのだ。


「私の顔見て舌打ちしないでください」


 いくらなんでも失礼だぞ。


「ネズミーの人が困っているだろう、止めろ。恥ずかしいやつだな」


 先輩は少々乱暴な動作でネズミーから間先輩を引き剥がした。それに間先輩がイテェと漏らしていたが、無視である。

 ネズミーの中の人はプンプン怒っているようだが、周りに子どもたちがいるので声は出さずに、怒っている仕草でお怒りの気持ちを表明している。


「知り合いです。きつく叱っておきますんで…すみませんでした」


 この21歳男性が赤の他人だったらどれだけ良かったでしょう。ここへは夢を見に来たのに、なぜ現実に直面しなければならないのか。

 先輩は一ミリも悪くないのに、高校時代の同級生のために頭を下げている。


「橘、お前なにす…」

「お前も頭を下げるんだ…!」


 先輩は、文句を言ってこようとする間先輩の後頭部を掴んで頭を下げさせていた。私も一緒に頭を下げる。私も何も悪くないのに。

 ていうか間先輩、自分が今どういう状況かわかってるの? なんで私らが頭下げて謝罪しなきゃならないのよ。

 プリプリ尻尾を左右に揺らしながらネズミーが去っていく。それを確認した私達は間先輩の腕を掴んで建物の陰に引きずり込んだ。


「何なんだよお前ら! いっつも俺の邪魔しやがってぇ!」

「馬鹿かお前は! 警察の世話になりたいのか!? 今さっきのは完全なる営業妨害だぞ! 恥をしれ!」


 噛み付いてきた間先輩に対し、亮介先輩が怒鳴り返す。正論すぎて間先輩に同情できない。なんたってあんな行為を働いていたのか。トチ狂ってマスコットキャラに求愛するようにでもなったのか?


「うるせぇ! 俺はただ花恋を見守るために来ただけであって、さっきのネズミには全く興味ねぇんだよ!」


 …花恋ちゃん?

 その単語に私と先輩は目を合わせた。


「あの野郎と花恋が旅行に行くって話を聞きつけた俺は…居ても立っても居られなくて…!!」


 拳を握りしめてわなわな震える間先輩。

 同じ女性に3回失恋しても未だに諦めないその粘り強さ、どこからそのエネルギーが湧いてくるのだろう。私は間先輩に対して脅威を抱いてしまった。


「お泊りとか花恋に限ってそんな……花恋はきっとあの野郎に言いくるめられたんだ! …俺はずっと花恋を見てきたんだ。花恋だけを!! なのに田端蓮司の野郎は!!」

「いや、花恋ちゃん楽しみにしてましたよ。そのためにバイト頑張ってたし……」


 私が蓮司兄ちゃんを庇う発言をすると、間先輩からギッと睨みつけられてしまった。間先輩の中で花恋ちゃんは天使かなにかなのか。彼氏とお泊りなんかしない奥手な女性なのか。

 …申し訳ないが、その理想は少々気持ち悪いぞ。花恋ちゃんは蓮司兄ちゃんとラブラブなんだ。従兄を庇うみたいだが、蓮司兄ちゃんは花恋ちゃんに無理強いなんかしない。大切にしていると思う。


「…これまでのストーカー犯はお前か…間」


 間先輩の言い訳を聞いた亮介先輩は無表情になってしまっていた。死んだ目で彼を見下ろす先輩の声は感情を窺わせなかった。

 ん? ……ちょっと待てよ、今何と言った?


「人聞きの悪い! 俺は花恋を見守っていたんだ!」


 聞き間違いだと思いたかった。

 だけど先輩の予想は大当たりだったようだ。間先輩自ら容疑を認めたのである。

 ……じゃあ、花恋ちゃんがバイトしている期間中追い回していたのは……この間先輩だというの…?


「…つきまとい行為は立派な犯罪だ。お前の行いで本橋がどれだけ怯えていたかわかっているのか?」

「俺が花恋に危害を加えるわけないだろ!?」


 ストーカーってみんなその意識がないらしいね……。被害者がどれだけ怖がっているか想像できないみたいだ。想像力欠如しているんだなきっと。

 私はゆっくり目を閉じ、走馬灯のように思い出していた。そう、始まりの出来事を……

 高校生だったあの頃……私が妨害みたいなことをしてしまったから、間先輩が道を誤ってしまったのか…攻略対象がストーカーに成り下がるとは…堕ちたものだ…。

 そもそも俺様生徒会長・間克也は、私の中でそこまで好きなキャラじゃなかった。それでも生徒会役員の中ではマシな位置だったんだけどねぇ……やめてくれ、私の中の乙女ゲームの美しい記憶を汚さないでくれ……


「正直に自供するんです。自首したほうが罪は軽くなります」

「うるせぇな! 大体お前は何なんだよ! 俺と花恋の周りをいつもいつもチョロチョロしやがって!」

「チョロチョロしてるのはお前だろ、間」


 諭そうとする私を怒鳴りつけてきた間先輩を亮介先輩が冷たく指摘する。先輩はもう軽蔑を通り越した感情を間先輩に向けてしまっている。正義感の強い彼には間先輩の行動が許せないのであろう。

 もともとあの頃から風紀委員会と生徒会は仲が悪かったけど、更に仲が悪くなっていく気がするよ。


「チッ」


 間先輩はイライラした様子で舌打ちをしていた。これでもお坊ちゃんなんだよなぁ。柄悪いなぁ……


「しかたねーな」


 その言葉に私はぱっと顔を上げた。

 素直に自首する気になったのかと思ったのだが、彼の表情は一ミリたりとも反省しておらず……期待した私が馬鹿だった。

 俺様はどこまでもゴーイングマイウェイだった。

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