賢い犬種だというのは知っていたが、どうにも強情なワンコだな。
あやめ大学1年秋口の話。
3話ほど続きます。
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「ウァンッ」
「タロくん久しぶりだねー」
「あやめちゃん今帰り? 大学には慣れた?」
「いやー講義についていくので精一杯ですよ〜」
ご近所さんとそこの愛犬タロくん(ボーダーコリー♂)に偶然会ったので、私はタロくんをワシワシ撫でながらご近所さんである加藤のおばちゃんとおしゃべりをしていた。
「この間はタロのためにおやつ手作りしてくれてありがとうね。大変だったでしょう?」
「いえいえ喜んでくれて、こちらとしても嬉しいです」
お行儀よくおすわりしているタロくんの健康具合を確認すると、目の潤みも鼻の状態も良好。今日も元気そうである。
「そうだ、あやめちゃん日曜暇かしら? 犬友の集まりがあるのよ。広いドッグランのある隣町のペットカフェに行くの。きっとあやめちゃんと一緒ならタロも喜ぶと思うのよね。一緒に来ない?」
まさかのお誘いに私は3秒位固まってしまった。
犬友の集まりって犬を飼っている人たちの交流会でしょう? なぜ私…喜ぶからって…おばちゃんとタロくんはいいだろうけど、他の人からは犬飼ってないのになんで? って思われちゃうよ。間違いなくわんわんハーレム形成するから、「うちのワンちゃんなのに」って飼い主さんたちから嫉妬買うかもしれないし。
「あー…いえ、私犬飼ってませんし…それにちょっと先約があって…」
「あらそう…残念だけど仕方がないわね…」
タロくんは犬友の集まり、ドッグランという言葉に反応したようだ。尻尾をパタタと楽しげに揺らし、キラキラした目で私を見上げてくるが、今からじゃないよ。君が行けるのは日曜日だ。
「そうだ、その犬会で配れるように、お菓子作ってあげようかタロくん」
タロくんの顔をワシワシしていると、何だか彼はワクワクした様子である。
「あらいいの? 勉強大変じゃない?」
「お菓子作るのが息抜きになりますんで大丈夫です。何匹くらいワンちゃん来るんですか?」
「ありがとうね、えぇっと…」
おばちゃんには、よく産地直送農産物をおすそ分けしてもらっているので、そのお礼も兼ねている。
おばちゃんは携帯を取り出すとピコピコボタン音を鳴らしていた。スマホは苦手だからと未だにガラケー愛用しているようである。メールと電話さえできれば問題ない人はそれで十分事足りるよね、料金安いし。
「今の所15匹くらいかしら」
「じゃあ1匹1枚で計算して、予備分まで作っておけば十分ですね」
他の人もおやつを持ってくる可能性はあるし、そんなに沢山はいらないであろう。この間おばちゃんに貰ったさつまいもでなにか作ろう。時期が時期だから干し芋もいいけど時間が足りない……ビスケットが一番かな。
その会話をしたのが水曜日の夕方である。
私とおばちゃんの足元でタロくんが落ち着かなそうにうろちょろしていたのが印象的であった。
日曜日の朝、私が土曜夜に作っておいたワンちゃん用のおやつを小分けにして、紙袋にまとめて入れたものを加藤のおばちゃんの家にお届けした。その際に家の奥から駆けてきたタロくんが、犬用バリアを飛び越えて私に突進してきたことを付け加えておく。
「こらタロ!」
らくらく跳躍していたよ。何のためのバリアなんだろう。尻尾を千切れそうなほど揺らして私を歓迎するタロくんは、叱責するおばちゃんの声が聞こえていないようだ。
タロくんは朝からハイテンションであった。
「今日いい天気で良かったね、楽しんできてねタロくん」
後ろ足で立ち上がったタロくんは私の膝にすがりついてきた。きれいな毛並みをワシワシ撫でているとタロくんは気持ちよさそうに目をつぶっていた。
…タロくんが油断したその隙におばちゃんが両手を広げてタロくんの体を捕獲する。
「ワウッ!? ワワワワン!」
「じゃあね」
「ありがとうね〜こらタロッ暴れないの!」
私が手を振って加藤家を後にしようとすると、タロくんが必死に吠え始めた。おばちゃんの腕から逃れようと暴れているが、おばちゃんのほうが一枚上手である。がっしり捕獲している。
今日は遊びに来たんじゃないんだ。おやつを届けに来ただけなんだ。ごめんよ。この後彼氏が家まで迎えに来てくれるんだ。今日は先輩とデートの約束があるのだよ…ごめんね…!
悲痛な声で引き留めようとするタロくんの声を背にして、私は罪悪感とともに家へ帰っていったのである。
──その一時間後のことだ。
『ワンッ!』
『こらっタロ! あやめちゃんは行かないのよ!』
家の外で加藤のおばちゃんが騒いでいる声が聞こえてきたのだ。デート前の身だしなみチェックをしていた私は鏡から顔を上げて立ち上がると、様子をうかがうために窓際に移動した。
レースカーテンを開けてみると、うちの家の前でタロくんがストライキを起こしていた。おばちゃんはリードを引っ張って動かそうとしているが、タロくんは地面に寝そべって動かない。
……もしかしてタロくんは私もドッグランに行くものだと思いこんでいるのではなかろうか…もしそうだとしたら、おやつを持っていったのはまずかったかな。
慌てて階下に降りると、玄関の扉を開けた。私が家から出てきたとわかると、タロくんは元気よく立ち上がって「ワフッ」と鳴いていた。まるで「遅いよ!」とでも言っているかのようだが、違うの、違うんだ、タロくん…
「ほらタロくん、ご主人を困らせちゃダメでしょ? おばちゃん、車に乗せたら良いのかな?」
「ごめんねあやめちゃん、出かける前だったんでしょ?」
ちょっと卑怯だが、車に一緒に乗るふりをしてタロくんとおばちゃんを車に乗せる作戦に切り替えた。
タロくんは中型犬。抱えて無理やり乗せることはできるが、暴れられたらかなり大変だろう。彼を騙す形にはなるが、きっとドッグランに到着したら友達のワンちゃんたちと遊ぶのに夢中になるはずだきっと…!
加藤のおばちゃんの家まで、私がリードを引っ張ってタロくんを連れて行く。タロくんは素直に誘導されていた。
おばちゃんが解錠した車の後部座席側の扉を開けてタロくんに乗るように促すと、タロくんは大人しく車に乗った。そのまま車の中にあった移動用キャリーケースにタロくんを入れて、その扉をしっかり施錠する。
「ワウッ!?」
「ごめんねタロくん。楽しんでおいで」
「ワワワワン! ギャウッギャヒーン!」
タロくんは賢い。私が車を降りようとする仕草を見せるとすぐに自分が騙されたことを悟っていた。
私を引き留めようと必死に吠えている。その声の悲痛なこと……胸がズキズキ痛んだ。
「こらタロ! ご近所に迷惑だから吠えないの」
「キャヒーン! ギャウウ、キャーン!」
永遠の別れというわけじゃない。また明日にでも再会するかもしれないというのにタロくんは永遠の別れのごとく鳴き叫ぶ。
加藤のおばちゃんの叱責する声が彼には届いていないらしい。キャリーケースの閉ざされた扉を開けようとがつがつとぶつかっている。カシャカシャとタロくんの爪がケージの扉にぶつかって、爪が剥がれてしまうんじゃないかと心配になる。
「……」
彼のそんな様子を見ているとなんだか可哀想になってきてしまった私は、ポケットに入れていたスマホを取り出した。
「…あ、もしもし先輩? …あの、実はですね…」
私のお迎えのために今こっちに向かっている彼氏様に電話をかけた私はこの事情を話した。先輩はすぐそこまで来ていたようで、加藤家前まで足を運んでくれた。
駐車された車の中で、悲痛な声で叫ぶタロくんの姿を見て、私と同じ心境に至ったようだ。タロくんはキャリーケースから出ようと必死に扉を爪でカシャカシャしたり、唸り声をあげてキャリーケースに歯を立てようとしている。そんなタロくんを見ていた先輩は苦笑い気味で頷いていた。
「いいぞ、このまま見送るのはなんだか可哀想だしな」
「ここまで来てくれたのにすみません…」
本当に申し訳ない。
こんなことなら昨晩のうちにおやつを持っていっておけばよかったのに…デートは延期か……
「あっ、そうだ、あやめちゃんの彼氏くんも一緒に来たら良いじゃないの! ちょっとしたデートになると思うわよ!」
「いや、わんわんハーレムになって、会話どころじゃなくなると思います…」
「いいから、ふたりとも乗って乗って!」
加藤のおばちゃんは名案を思いついたとばかりに、私達の返事を待たずに乗るように促してきた。
だがちょっと待てよ。ワンちゃんの群れに私が入っていったら、ボロボロの姿になること間違いなしである。
「あの、その前に着替えてきてもいいですか?」
デート用の洋服をワンちゃん達にボロボロにされたらかなわん。私は一旦家に戻り、破けても構わない洋服に着替えてきた。
先日陽子様から献上された柴犬フード付きのマロンちゃんとのツーショットプリントシャツだが、もうすでに前回ワンちゃん達によって袖をボロボロにされた為、どんなに破けようと大いに構わない。それに歩きやすいスニーカーとデニムパンツでワンちゃん対策をしておく。
こうして先輩とのデートは急遽、加藤のおばちゃん達、犬友の会一同(※知らない人たち)の愛犬たちと会う事へと変更となったのである。
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