文系と理系の進路選択〜パンク系リケジョとクソ坊主の遭遇〜【後編】
「ちょっと先輩! 私の体重が2キロ増えたことを周りにバラしたんですか!? ひどいです! サイテーです!」
「そんな事言ってない! 大して変わらないから大丈夫だ。俺は今くらいが好きだぞ」
いつもいつも先輩ったら私のお腹揉みしだくから、私が太ったことに気づいていたんだ! そうだよ、秋の味覚の誘惑に負けて太ったさ! だけどそれを周りの人にバラさなくてもいいじゃないか!
先輩の馬鹿! もうお腹揉ませてあげないんだから!
「そんな事言って、私が力士みたいになったらデブって言うんでしょ! 甘やかさないでください!」
恥辱に耐えかねた私は、先輩をタコ殴りにする。だけど両手を先輩に掴まれて捕獲されてしまった。
先輩は私に顔を近づけると眉をひそめた。なんだよ、イケメンな顔しても許さんからな!
「待て、お前完全に酔っ払ってるな?」
「酔ってませんもん! すいません! カシスオレンジください!」
「カシスオレンジではなくて水をください」
叫んだら身体が熱くなってきた。何か飲みたい。通りすがりの店員さんにお酒の注文をすると、先輩にキャンセルされてしまった。
店員さんは私ではなく先輩の注文を受け取り、グラスいっぱいの冷えた水を持ってきた。私はカシスオレンジだと言ったのになんで水なんだ!
酔ってないと言っているのに、先輩の手ずから水を飲まされた。酔ってない…私は全然酔ってないぞ…
「相模先輩、お話は後で聞きますから、席に戻っててくれませんか」
「カシスオレンジくださ〜い!」
「あ、今の注文キャンセルで」
全然酔ってないのに先輩がお酒を飲ませてくれない。こんなにハキハキ喋る酔っ払いがどこにいるというのだ。先輩はひどい。私に酒を飲ませろ。
店員さんを呼ぼうとボタンを押そうとすると、先輩にホールドされた。その流れで蛍ちゃんがボタンを遠ざける。なにこの連携プレイ。二人して私にお酒を飲ませないつもりね!?
「相模さーん、どうしたんですかー?」
「あっ橘さぁん、ここにいたんですかー?」
「…その女の子誰ですかー…?」
私が先輩の腕の中で「カシスオレンジがないなら巨峰サワーでもいい!」と訴えていると、先程の肉食系女子大生たちが個室を覗き込んできた。先輩のことを捜しに来たのであろうか。
女子の一人からジロッと見られたので、私も見返した。おうおう姉ちゃん、ここにいるイケメンは私の彼氏だぞ。ぶん取る真似は野暮ってもんよ。
「…あやめ、あんた目が据わってるよ。本当、これ以上飲まないほうがいいよ」
「私は酔ってない。全然」
ナナまで飲むなという。みんなしてひどい。
「あの子、橘の彼女」
「えぇっ彼女いたんですか!? ショック〜」
「ていうかここってぇ、結局何のサークルの集まりなんですかぁ?」
多分私を睨んできたJDは亮介先輩狙いだったのだろう。渡さんぞ、私の彼氏だ。
私は先輩の胸に抱きついた。それを誤解した先輩が「あやめ、眠いのか?」と声を掛けてきたが、違う。
眠くない…全然……全然眠くない……ふわぁ、先輩の胸の筋肉が暖かくて……
「K大学理工学部の集まりだよ。サークルじゃないんだ」
「理工学部!?」
先輩のマッスルでウトウトしかけていた私は、JD達の悲鳴混じりの声にハッと目を覚ました。
「じゃあ皆さん理系なんですね♪ 私、文系だから理系の人に憧れますぅ」
理工学部の男子学生に向けて媚びを売るように話しかけてくる女子学生。先輩が彼女持ちだとわかると別の男に切り替える、その早さよ。
「女の人もいるんですね、女の人で理系って珍しい」
世間一般で女子は文系、男子は理系が多いという偏見はあるが、理系が得意な女の子はたくさんいるよ。私の所属学科は3割ほど女子がいるのだよ。文系と比べたらそりゃあ偏りはあるけど、珍しいってほどじゃないよ。
「ははは、女で理系とかモテないよ。男より頭のいい女とか可愛くないじゃん」
「えぇ…? そんなことないですよ…頭のいい女性カッコいいじゃないですか…」
肉食系女子軍団の中にいた1人がクソ坊主の発言に引きつった顔をしつつ、理系女子をフォローしていた。あの子いい子だな。
そうだ、そのクソ坊主の性格の悪さに気づいて、賢いあなただけでも逃げてくれ。
そもそも文系にだって頭のいい子はたくさんいるぞ。なんだその、文系女子は頭が悪いみたいな意味を含んだ言い方。めちゃくちゃ女性蔑視発言じゃないか。だからあんたには彼女が出来ないんだよ。
「…理系の人間は世間一般では、論理的思考でものを考え、多面的な視覚から判断する事が多いので、表現豊かな文系の方からしてみれば、冷たくて硬い思考の人間であると受け取られるかもしれませんね。…文系の男性からしてみたら、可愛げのない女に見られるかもしれません」
メニュー表を眺めて我関せずを貫いていた蛍ちゃんだったが、今までの会話を全て聞いていたらしい。クソ坊主に向かって淡々と言い返していた。
クソ坊主はそれに反応して、わかりやすく顔をしかめていた。
「…は? なにそれ、文系のこと馬鹿にしてんの?」
馬鹿にしたのはあんたのほうだろうが。なに自分の発言を棚においてんだよ。私はクソ坊主を睨みつけた。
蛍ちゃんはクソ坊主の発言に対して、不思議そうな顔をすると、首を横に振っていた。
「いえ、文系の方は幅広い知識をお持ちですし、理系の学生よりも色んな経験をすることが出来ますので、柔軟な思考をお持ちの方が多いと思いますよ」
そうなんだよなぁ。理系は忙しすぎるんだよ。課題も多いし、一コマでも授業を逃すと後が大変だ。他の経験を積む時間が捻出できないから、考え方がカチコチに偏る傾向にある。
反面、文系学科は時間の融通がきくので、バイトもしやすいし、サークル参加やボランティア活動もしやすい。なので充実した大学生活が送れるとも言える。学業以外の経験を積むチャンスが有るのは文系学科の方だ。
蛍ちゃんの言っていることは理解できるし、正しい。文系のその辺は純粋に羨ましい。
「そ、そんなことないですよ、だって理系は就職に有利じゃないですか。…文系なんて大した仕事ありませんもん…」
先程の女の子がしょぼんとした様子で口を挟んできた。どうしたんだろう。彼女ももうすぐ就職活動に入る文系の3年生なのだろうか。なにか不安に思っていることでもあるのであろうか。
蛍ちゃんは彼女の言葉に目をパチパチさせていた。そして宙を見上げて何かを思案していた。多分、相手がセンシティブになっているから傷つけないように発言する言葉を考えているのだろう。
「…文系の人のほうが圧倒的にコミュニケーション能力は高いんですよ? 社会に出るあたって必要不可欠なスキルかと」
「会社にとって絶対に必要なのは技術系の社員よ。理系の仕事は理系にしか出来ないもの。求められるのはいつも理系」
「…そもそも学ぶ科目が違いますからね。何もわからない人間には技術系の仕事を任せるわけには行きませんよ」
でも、と蛍ちゃんは前置きする。
クソ坊主が理系女子をディスる場だったのが何故か、蛍ちゃんの進路相談室に変わっているのはなんなのだろうか。
「ものを売るために働いてくれる人がいないと、私達理系の仕事は無駄になるんですよ。営業も企画も広報も、他の職種だって決して欠けてはいけない職種です。どんなにいいものを作っても、売って流通する人がいないと意味がないんです。……あなたの頑張り次第ですよ。自分が就く職業にどれだけ誇りを持てるか、あなたの心の持ちようです」
めっちゃいいこと言ってる…! 蛍ちゃんカッコいい! 言われた女の子もなんだか感動しているようにも見える。
そうだよ、文系にだって大切な役目があるんだ。確かに強みというものはないかもだが、ゴリゴリの理系と違って文系は携われる仕事の範囲が広いんだ。
私達理系は大学生活の間に研究成果を出して、就活でアピールしないといけないから決してらくらく内定できるわけじゃないんだよ。頑張っているのは文系だけじゃない。理系だって頑張ってるんだよ!
うんうんと私が頷いて蛍ちゃんに同意していたら、その頭の振り方が激しかったせいか、クラっとめまいがした。
「ほら言ったろう。もう今日は飲むな」
「ちがう、お酒は悪くない」
「はいはい。水な」
また水を飲まされた。私は酔っていないのに先輩が信じてくれない。
目の前ではその女子学生が蛍ちゃんにメッセージアプリのIDを聞いている。その横からクソ坊主がそれに便乗しようとしているが、女子学生に「ちょっと無理です、ごめんなさい」ときっぱりお断りされていた。わかったかクソ坊主。口は災いの元なんだぞ。
よくわからないが、蛍ちゃんに新たなお友達候補が出来たようだ。
今日は蛍ちゃんにスポットライトが当たり、彼女の株が爆上がりしていた気がする。蛍ちゃんのいいところを知る人が増えて嬉しい。
「先輩、蛍ちゃんカッコいいですよねぇ」
「そうだな」
結局先輩は最後まで交流会の飲み会に同席して、お開きの時間には一緒に帰宅した。
クソ坊主の追い出し会は放置しておいてよかったのかなと思ったけど、剣道サークルのお姉様方も、亮介先輩が理工学部交流会に合流したタイミングで帰っていったらしいので、みんなバラバラと自然解散していったらしい。クソ坊主の人望の厚さがうかがえる結果である。
なんだかんだで、後輩たちはここまで付き合ってくれたのだからクソ坊主は感謝したほうがいいと思う。彼は女の子の連絡先を1件もゲットできずに悪態つきながら帰っていったそうである。
「ねー先輩、これから先輩は受験に向けて忙しくなるじゃないですか」
「そうだな」
「私も頑張りますから、一緒に頑張りましょうね」
隣を歩く先輩の手をしっかり握って、私は先輩を見上げた。先輩は私の目を見て笑い返すと、私の手を握り返すことで返事を返してくれた。
きっと先輩の夢への道は平坦なものじゃない。なんたって市民を守る仕事だ。楽なわけじゃない。命に関わることすらあるんだ。心折れて辞める人だって少なくない大変な仕事だ。
私がどれだけ先輩の支えになれるかはわからないけれど、離れていても私は先輩の隣にいたい。先輩は1人で頑張るんじゃない。私と一緒に頑張るんだ。
「私も就職に向けて、色々と考えていかなくてはですね」
「やっぱり食品系を目指しているのか?」
「もちろんですよ。いつか私が開発に携わった商品を先輩に食べさせてあげたいです」
私達の未来はまだわからない。
わからないから、夢のために努力するのみだ。
大丈夫。寂しくても、きっと耐えられる。私は先輩の夢を応援すると前から決めていた。その覚悟は出来ている。
私は待つ。待てるはずだ。
…だけど今はまだ、先輩のそばにいたい。
「…忙しくなって会えなくなる前に沢山デートしたりイチャイチャしましょうね」
先輩の腕に抱きついて甘えると、先輩がピタリと足を止めた。つられて私も足を止める。どうしたんだろうと不思議に思って彼を見上げると、彼は私をじっと見下ろしてきた。
…その目を私は知っている。肌を重ねている時にいつもそんな熱い瞳で私を見つめてくるから。見つめられている部分に熱が集まって、お酒とは違う理由で身体が熱くなってきた。たまらなくなって、絡めていた腕に力を込めると、私も彼の瞳を見つめ返した。
すると先輩は、聞き逃してしまいそうな掠れた声で静かに尋ねてきた。
「…うちに来るか?」
「……そういうの聞かないでください。恥ずかしい」
聞かなくてもわかっているくせに。
私は先輩の首に抱きついて、先輩にキスをねだった。私の欲しがっているものを先輩はすぐに与えてくれたけど、足りない。
……たくさん与えられても、きっと足りないんだ。
どんなにたくさんキスしても、どんなにきつく抱き合っても、ドロドロに溶けそうなくらい愛されても、もっと先輩が欲しいって欲が出てしまうんだ。
先輩の部屋に入ると、私達は絡み合うようにしてベッドになだれ込んだ。気の早い先輩が私の服を玄関から脱がしていくものだから、廊下からワンルームのベッドまで、服が点々と落ちて道が出来ている。
だけど今はそれを拾いに行く余裕なんてない。先輩しか見えていないから。先輩も同じ。私を求めているのが伝わってくる。
「先輩…好き」
私を抱く先輩の腕の力が増して苦しくなったけど、その苦しささえ今は愛おしい。彼と肌を重ね合わせると、幸せで苦しくなって泣きたくなるんだ。
このぬくもりも感触も、私だけのもの。先輩の腕に抱かれるのは私だけの特権。
私は先輩に愛されていると、世界一幸せな女なんだとうぬぼれてしまうのだ。
今は彼の腕の中で幸せを噛み締めていたい。会えなくなる時間分、私をたくさん愛してほしいんだ。
そしたら私は寂しくてもきっと耐えられるはずなんだ。…先輩もきっと私と同じだと思うから。
今はたくさん抱き合っていたいんだ。
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