宇宙一可愛い娘と、小憎たらしい馬の骨と【後編・田端真人視点】
『ぼくが目になろう!』
舞台の真ん中でかしこいお魚役のあーちゃんが元気よく宣言している。その凛々しさといったら…
あーちゃんは本来、モブである赤いお魚役だったのだが、劇当日に主役の子が体調不良でお休みしてしまったため、急遽あーちゃんが代打で出ることになったのだ。選ばれた理由はあーちゃんがそのクラスで二番目に身体が小さかったからである。
急ごしらえとは思えない、あーちゃんの堂々たる演技。今見ても感動する…!
「どうだ、あーちゃんのこんな勇ましい姿を見たことがないだろう…これがお父さんと馬の骨…君との差だよ!」
画面の中で、マグロから逃げるべくチョロチョロ動き回るあーちゃんを目で追う橘君に自慢すると、彼はちょっとだけムッとした顔をしていた。ちょっと口が滑っただけじゃないか。
橘君はおもむろにスマホを取り出すと、画像を引っ張り出してきた。
「…これは去年の大学祭での写真です。あやめさんのサークルではハワイアンカフェを出店していて大繁盛でした。そんな中で僕のためにあやめさんが作ってくれたロコモコです。…とても美味しかったです」
「…はぁ…っ!?」
写真にはロコモコを手に持ったあやめが橘君とぴったりくっついて笑顔で撮影している。
…そんなのお父さん知らない…! ロコモコなんてオシャレなもの、お父さんにはごちそうしてくれたことないじゃない!
「これは一緒にスキーへ行った時の写真です。2人で雪だるまを作りました」
「……」
そういえば去年出かけてたね。スキー旅行に…。2人が雪だるまを囲んで笑顔で写っていた。
雪だるまかぁ……楽しそうだね。
「こっちは2年ほど前に水族館に行った時の写真ですね。彼女はカブトガニを持っています」
写真の中であやめは両手にカブトガニを持っていた。
他にも水槽を眺めるあやめや、イルカショーにはしゃぐあやめの写真を見せつけられた。
水族館…とっても楽しそうだ。
何だ…何なんだこいつは…画像フォルダを見せびらかして…自慢か? 俺の知らないあーちゃんが楽しそうに…馬の骨と……!
「これが友人一同で海に行った時の写真で、カツオノエボシを発見して…」
「送れ! 一つ残さず全て送れよ!」
自慢してくんな! 俺へのあてつけか! ちょっと意地悪しただけじゃないの、なんでやり返してくるんだよ!
「お断りします。これは僕だけが知っている特権ですから」
「なんだってぇ!?」
「お父さんはあやめさんの小さな頃から、僕の知らない彼女のことをたくさん知っているじゃないですか。不公平だと思います」
キリッと真顔で何を言っているんだろうかこの若造。
俺はあーちゃんのお父さんなんだぞ。不公平なんてあるか。
「何を馬鹿なことを行っているんだ君は。あーちゃんのお父さんたる俺にはその権利があるんだよ。俺以上にあーちゃんを愛している人間はこの世に存在していない!」
「それは違うと思います。お父さんは先程から自分のほうがあやめさんを愛していると断言されていますが、僕だってそうです。本気で彼女を愛しています」
…どうしたんだ橘君、珍しく反論してきたな。
さては対抗意識を燃やしているんだな? 俺がそれで怯むとでも思ったのか。まだまだだな。俺の娘愛をまだまだ理解しきっていないな…!
俺を越えようなんざ100年早い…!
「それで? あやめと仲良く写真撮影していることでアピールになったと思ってんの? どうせなら原稿用紙50枚くらい、あやめへの想いを綴ってほしいんだけどな」
「お父さんいい加減にして、恥ずかしいでしょ」
母さんは黙っていて。俺はこの馬の…橘君に勝ちたいんだ。俺のほうがあーちゃんを大切に想っているという実感がほしい…!
橘君は口を一文字に引いていたが、すぅっと息を吸い込むと、口を開いた。
「あやめさんは料理上手です。この間サークルでパンを作っておすそ分けをしてくれましたが…それのどれも美味しかったです。僕のサークルメンバーも絶賛していました。試合のたびにお弁当を作ってきてくれて…本当に自慢の彼女です」
…な、なんだよ、そんなのお父さんだって知っている! お父さんに初めて手料理を振る舞ってくれたんだぞあーちゃんは!
「あやめさんは努力家です。自分の夢を見つけてそれに向かって努力しようとするところに好感を持てます。僕の夢を応援してくれていて……お互い目指す方向は違いますが一緒に頑張っていこうとする彼女の隣にいるのは居心地がいいです」
そうだ! あーちゃんは口では「和真よりも勉強できないし」と自分を卑下することがあるがそんな事ない。確かに和真は地頭がいいが、娘だってがんばり屋さんで、いつだって努力している。
バイトをしているのも、学費とか生活費で迷惑を掛けるからと気を遣っているのも知っているし、多忙な理系の学業もしっかりこなしていることをお父さんは知っているぞ! うちの娘マジ頑張り屋さん!
「あやめさんは…お人好しなところもあやめさんの魅力です。変な人間に絡まれようと、真摯に向き合おうとするので目が離せませんが、それが彼女の性分なので…それにあやめさんのそういう性質に惹かれる人間がいるのも知っています」
うんうん、そうなんだよ。
あーちゃんは困った人を放っておけない性分でね…だから変な人に好かれるのも知っている。
だけどその代わりに心根の優しいひとも周りに集まってくるというのもお父さんは知っているぞ。
「あと犬に好かれるあやめさんは寄ってきた犬達に全力で相手してあげていてとても優しいですよね。楽しそうに戯れている姿が可愛いです」
そう言って橘君はスマホで撮影した、犬に囲まれたあやめの写真を見せてきた。犬に埋もれて、あやめの姿が全く見えないがいつもの事である。
「あの子昔からそうなのよねぇ。前世で犬とご縁があったのかしら。そういえば亮介君にこの話したことあったかしら?」
おかしそうに笑っている母さんがあやめの犬エピソードを語り始めた。
お隣のアスターから始まり、実家のクロ、町内だけでなく隣町の犬たちまで好かれて懐かれているあやめ。
…うちでは犬を飼っているわけじゃないのに、あやめは犬を飼っている飼い主さんと顔見知りである。犬を飼っていないのに、犬友の集まりに誘われてしまったと困惑していたのも知っている。
躾のなっていない犬も、暴れん坊で飼い主を困らせている犬も、あやめの手にかかればただの可愛いわんちゃんに様変わりだ!
…あやめは犬にとっての魔性だ。認めたくはないが、あやめは罪な女なのだ。
だが動物は人の心がわかるという。きっとあーちゃんが心優しい子だからわんこたちもあーちゃんを好きなんだ!
犬だけじゃんという反論は聞かない。別に他の動物に嫌われているわけじゃないからいいだろう。
…なんだか彼の本音を知ることが出来て、ちょっと親近感が湧いたぞ。今までただの馬のほ…今時の大学生だと思っていたが、ちゃんとあやめのことを理解しているじゃないか。
「…あやめの小学校時代の写真とか映像も…見る?」
「ぜひ」
なんとなく、あやめ大好き同士という仲間意識が芽生えた俺は、我が子の秘蔵アルバムを持ってきて橘君に説明してあげた。
わんぱくなあやめと泣き虫和真の話を橘君は興味深そうに聞いていた。聞き上手な彼のせいでついつい話に熱がこもった。
俺は幼少時のわが子についての説明に夢中になっていて気づかなかった。
…あやめが帰宅していたことに。
「父さんも母さんもまたそんな物見せてるの!? ありえないんだけど!」
ガサ、バサッと音を立てて買い物袋を床に落としたあやめは俺と橘君の座っているソファまで速歩きで近づくとアルバムを取り上げてしまった。
その顔はゆでダコのようである。
「本当に何してるの!?」
「この橘君に、お父さんのあーちゃん愛を教えてあげていたんだ」
なんだかあやめが怒っている様子だったが、お父さんは別に悪いことをしているわけじゃない。娘をかっさらう小憎たらしい橘君をもてなしてあげていたんだと自信満々に説明したのだが、あやめは余計に怒ってしまった。
「そんな事を自慢しなくていいよ! 恥ずかしいでしょ! 先輩も断っていいって言ったじゃないですか! ていうかうちに来るとか何も聞いてないんですけど!」
「大丈夫、可愛かった」
「大丈夫じゃない!」
あやめは1人でカッカと怒っていたが、怒っているのはあやめ唯一人。
「…お邪魔してます…」
「あら蛍ちゃんいらっしゃい」
あやめと一緒に家に入ってきたあやめの大学のお友達、谷垣蛍ちゃんはビニール袋を持ち上げてこちらを窺うように眺めていた。
「蛍ちゃん、その袋はなに?」
「あやめちゃんが唐揚げをごちそうしてくれるって言ってくれて。…でもお取り込み中みたいだから私帰ったほうがいいですか?」
「大丈夫よ。落ち着くまでこっちでお茶飲んでましょ。…そうだ蛍ちゃん、この間は酔っ払ったあやめを送ってくれてありがとうねぇ。ほんとこの子ったら成人してるってのに…」
母さんが蛍ちゃんの手から袋を受け取るとそれを冷蔵庫にしまい、テーブル席に誘導していた。テーブルの上を見ると俺が先程まで食べていた食べかけの朝食は既に撤去されていた。
そうなんだよ、蛍ちゃんは実にしっかりしたいい娘さんだ。派手な見た目を裏切る真面目な女の子で、本当にいい子。あやめは人を見る目があるなと我が娘ながら誇らしい。
「ひどいです、あっくん時代の私は見ないでほしいのに」
「そんなおかしいことはないだろ。この頃もあやめはあやめらしいなって微笑ましくなったぞ」
「もう! 先輩のばかぁ!」
両親と友だちがいる前で平然といちゃつく彼らをどうやって引き剥がそうかなと唇を噛み締めていると、そこに「ただいまー」という息子の声が。
ついさっき道場に行ったはずの和真が帰ってきたのだ。息子はリビングの戸を開けて開口一番に言った。
「唐揚げできた?」
その言葉にあやめはデレデレした顔から一瞬で困惑した顔に変わっていた。
「さっき会ったばかりだよね? そんなすぐには出来ないよ!? ていうかあんた稽古は?」
「唐揚げ食べてから行く」
あやめの作る唐揚げに目がない息子は道場での練習よりも唐揚げを優先したらしい。
「今日は蛍ちゃんに食べてもらうために作るって言ったでしょ?」
「ん。鶏肉買って来た」
「じゃああんたも一緒に作りなさい! 私は飯炊きババァじゃないのよ!?」
「だって姉ちゃんの味と一緒にならねーもん」
唐揚げ大好きマンの登場によってバカップルはイチャイチャをやめた。俺は密かに和真へグッジョブを送る。
唐揚げコールに圧されたあやめは唸りながらキッチンに向かっていた。ブツブツ言っているが、和真の分まで作ってあげるのだろう。
橘君が娘を想っているのはわかる。
そして自分が認められないのは、やっぱり娘離れ出来ていないせいだというのもわかる。このままではよろしくないというのは頭ではわかっているんだ。だけどどうしても父親としてのサガが…
ああぁ、あーちゃーん! お父さんは一体どうしたら良いんだ! 胸が張り裂けそうだよ!!
「お父さん」
「だから君にお父さんと呼ばれる筋合いは…!」
心の中で叫んでいると、橘君にお父さん呼ばわりされてイラッとした。
やめて、その呼び方地味にダメージ喰らうんだから!
だけど橘君は俺が拒絶していることお構いなしにスマホを掲げていた。
「僕とアドレス交換しませんか? …写真送りますよ」
「……う、うん…」
ちょっとドキッとしちゃったじゃないの。動揺した俺はそれをあっさり了承してしまった。
おじさんにメアド聞いてどうするつもりなのこのイケメン。誰かとメアド交換とかいつぶりだよ。言っておくけどおじさんにはイケメンは通用しないよ? おじさんを籠絡しようたって無駄なんだからな!
晴れてメル友になった俺と橘君は、あやめの知らない所にてメールで交友を深め、あやめの話題や写真を共通点として徐々に距離を縮めていくことになったのである。
これが、彼の戦略とは知らずに。
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