裏で繰り広げられる攻略行為。新たな転生者が猛威を振るう。

あやめ大学2年の7月頭辺り。

6話続きます。

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 真夏の日差しが降り注ぐ午後、私は近所の図書館で勉強をしていた。今日は大学の図書館が蔵書の整理だとかなんとかで閉館のお知らせが出ていたため、最寄りの県立図書館にやって来たのだ。

 朝からぶっ通しで勉強して疲れたので休憩がてらカフェテリアで昼食をとっていると、少し離れた席に座っていた人と目が合った。


「あ」


 その人物は愛しの彼氏様によく似ている顔立ちだが、雰囲気が少し異なるメガネ男子・橘兄である。法科大学院生である橘兄も図書館に勉強に来ていたらしい。

 私は広げていたお弁当を簡単に片付けると荷物を持って橘兄のところに駆け寄った。


「お兄さん! 奇遇ですね」

「君も来ていたのか」

「ウチの大学の図書館が休館なんでここで勉強してました。今月末に大学の前期試験があるのにひどいですよね」


 橘兄の前に座るとお弁当を再度広げて、昼食を再開した。橘兄はコーヒーを飲んでいるようだが、お昼ご飯は食べたのであろうか?


「…お兄さん、ちゃんとお昼ご飯は食べましたか?」

「…食欲がなくてな…」

「だからちょっと顔色悪いんですね。空きっ腹でコーヒーは胃を荒らす原因になるからなにか食べたほうがいいですよ」


 今年は暑いもんね。うちでも母さんが夏バテ気味で食欲が無いみたいだもん。

 橘兄は軽く頷いて返事をしていた。


「…今日は1人か?」

「そうですよ? 私だっていつも先輩と一緒にいるわけじゃないんですよ?」


 今日の先輩は同じ学部の友達と勉強会なの。そこに私が割り込んだら邪魔になるでしょうが。

 橘兄はそうかと呟くと、疲れた様子でため息を吐いていた。


「あれだったら、栄養ドリンク飲んだほうがいいかもしれませんよ。あとバナナとかリンゴとか…」

「…あやめさん、質問なんだが…」


 夏バテでも何かを食べたほうが良いとアドバイスしていると、何やら深刻な顔をした橘兄が質問したいとか言ってきた。橘兄のその様子がどうも引っ掛かって、私は食事する手を止めた。

 沈んだ顔で彼はこう尋ねてきた。


「…亮介は未だに高校受験失敗のことを引きずっているのだろうか?」

「…は?」


 藪から棒になんだ。高校受験と言うと…約6年前の?

 …何年前の話をしているの。


「…いやそんな事ないですけどね。なんだかんだであの高校に入れて良かったって言ってましたもん」

「そうか…」

「なんですか? 何か気になることでもあるんですか?」


 何故今になってそんな事聞いてくるのか。亮介先輩はもう大学3年だし、夢に向かって日々努力してるよ。そりゃあ私立の高校の方が色々学べただろうけど、今更悔いてもしょうがないよ。先輩はその失敗をバネにして大学受験をクリアしたのだ。もう引きずってはいないだろう。


「…昨日、見知らぬ女子高生に話しかけられたんだ。高校受験失敗したんでしょう? と」

「……はい?」


 エリート街道を突き進んでいる橘兄に喧嘩を売るような発言をしたJKとな? なにそれ、どんな流れでそんなこと言われたの?


「登下校中に君と亮介の母校近くの駅をよく通るんだが、電車に乗っていた時にあそこの高校の制服を着た女子高生に突然声をかけられて、さっきの言葉を言われたんだ」

「…すいませんよく状況が把握できないんですけど…」


 電車に乗っていた橘兄は突然見知らぬ女子高生に開口一番にそんな事を言われたそうだ。流石にそんな事言われるのは気分が良くなかったので、高校に連絡を入れようと思って相手の名を尋ねたそうだ。

 すると…


『あなたの良いところは私が全部わかってるわ。私はどんなあなたでも好きだから』


 …と言われたそうだ。

 今しがた初めて会った相手からそんな事を言われても、全く説得力がない。意味がわからない橘兄はしばし呆然としていたらしい。その女は意味ありげに微笑むと、電車を降りていなくなったそうだ。


 なんかそのセリフに聞き覚えがあるなぁ……

 私の勘違いでなければ、あの乙女ゲームで、ヒロインが風紀副委員長にかける言葉だったような……選択肢がいくつかある中の一つがそんな台詞だったよね? だけどそのセリフはシナリオ中盤辺りに掛けるセリフだったような…


「それがあまりにも気味悪くて…亮介のやつが遭遇していないと良いのだが」

「…暑くなってきたんで、頭のおかしい人が出没したんですかね」


 私にはそう言うしかできない。だってその女子高生に心当たりがない。多分、私と同じ乙女ゲームの記憶のある人間なのだろう…

 高2のときに林道さんも似たこと(ヒロイン役乗っ取り未遂)を和真にしてきたけど…全然効果無かったみたいだし、多分放置しても大丈夫な気がする。…だけど心配なので先輩に思い当たるフシはないかだけ、確認しておこう。



■□■



「昨日さ、あの人みたいな変な女に声かけられたんだけど」

「あの人って?」


 あれから数日後の朝、大学に行く前に自分のお弁当を作っていると、そのおかずの唐揚げを狙って張り込んでいた和真が横から声をかけてきた。

 …あの人ってどの人よ。


「林道さんのこと。…だいぶ前に、俺のことを理解してるみたいな発言してきたことがあって、気味悪かったんだよね。この間の女は同じ高校の後輩みたいだったけど、リボンの色は1年だったし…全く見覚えなくてさ」

「…そっか」


 和真の口から林道さんの話題が出るのは珍しいな。…最初の印象が最悪じゃないの林道さん。

 今も腐らずに、道場通いして和真にアピールを続けているようだが、まだまだ進展は見られない。前よりは和真と仲良くなってるようには見えるけど、彼らの恋の行く末は想像できないな。


「あっちが勝手に自己紹介してきたけど、やっぱり知らないやつだし。その名前を植草に聞いたら、保健室の先生に言い寄っている姿を見たことがあるって返ってきた」


 紅愛ちゃんに聞いたのか。なんだかんだで連絡とりあってるんだな。ていうか眞田先生にも言い寄っているのか。えぇ、何してるのその1年…


「…なんて人なの?」

せき深藍みらんだったかな」

「…知らないなぁ」


 今になって同じ転生者疑いの人間が現れるとは。しかも私の気のせいじゃなければ、全員に粉をかけようとしているように見える…ゲームでは逆ハールートはないけど、現実では出来ると思っているのかな…。もしも先輩が女子高生にふらっと行ったらどうしよう。

 …どんな子なんだろう。その関深藍って女の子は…


 和真は当然のような顔をして私が作った唐揚げを強奪していった。多めに作ったからいいけど…あの「自分で作る」宣言は一体何だったのだろうとお姉ちゃん疑問に思っています。もう大学生なんだから自分で作りなさい。


 その後大学で午前の講義を受けた後、お昼を食堂で一緒にとる約束をしていた先輩と合流したので、例の女子の事を質問してみた。


「いや? 今の所それらしい女子生徒には声を掛けられていないが…」

「無事ならいいんですけど…」

「…疑うのか? 何処の誰かもわからない怪しげな女子高生と俺がどうこうなるとでも?」


 この間橘兄から例の話を聞かされた後に、先輩へメールで質問してみたら折返しの電話で否定された。むしろ変なのに絡まれた橘兄のことを心配していた。

 しかしその返事を聞いても私は心配なのだ。こうも転生者疑いのJK出没回数が多いと…和真は嫌なものは嫌だとハッキリ言える性格だけど、先輩はお人好しな部分があるから心配なのだ。


「だって…」

「またあの1年坊主に変なこと吹き込まれたんじゃないだろうな?」


 それはサークルの後輩の長篠君のことを言っているのだろうか? 相変わらず絡んでくるけど、彼はいつもあんなノリなのでもう放置しているよ。

 先輩は隣に座っている私の両頬を手で挟んでぶにゅっと潰してきた。先輩もしかして長篠君のことで妬いているのかな? やだなぁ、そんな心配せずとも私は先輩のことが大好きなのに〜。

 私がニコニコと笑っていると「何を笑ってるんだ」ともっと頬を潰された。なんで。


「今日もイチャついてんな。暑くねーの? お前ら」


 今日も炭水化物ばかりのメニューを頼んできた大久保先輩は私達の前に座って昼食をとり始めた。とんこつラーメンに餃子にチャーハン…炭水化物って美味しいよね…わかる。私も体重気にしないでそのくらい食べたいわ…

 大久保先輩といえば、彼もゲームでは攻略対象だった。しかも二番目に難易度の高いキャラ位置。大久保先輩も嫌なものは嫌と言えるだろうから大丈夫だと思うけど…念の為に聞いてみようか…


「あのー、大久保先輩…つかぬことをお伺いいたしますが、ここ数日の間に謎の女子高生から変なこと言われたりしませんでしたか?」

「ん? あの女のこと知っているのか?」

「…健一郎もその女子高生に遭遇したのか」


 まさかのまさかである。この様子だと例のJKは全員に声を掛けているのだろうか? …えぇ、もしかしてわざわざ大学や行動範囲を調べて会いに来たの? …ちょっとそれは怖いな。

 

「てことは亮介もか?」

「俺じゃなくて兄さんが被害に遭った」

「あぁ、似てるもんなお前ら兄弟。メガネしているかしていないかの違いだけだし……何処から聞き出したのか知らねーけど…マジ気味悪ぃわ」


 大久保先輩は和真と同じ反応をしていた。顔をしかめていたのは、その女子高生に言われたことで気分を害したのであろうか。

 何を言われたのかは教えてくれなかったが、乙女ゲームのヒロインのセリフと同じことを言われたんじゃないかと私は予想していた。ゲームのシナリオに彼らが高校1年の時に起きた女子生徒暴行事件の事で、被害者を救えなかったと大久保先輩が自戒し続けているのをヒロインが宥めるというイベントがあるのだ。


『事件はあなたの責任じゃない。悪いのは加害者です。あなたは十分に責務を果たした。…それ以上自分を責めないでください』


 ゲームではそんな事を言っていたような気がする…。だけど在学時期が全く違う、しかも初対面の人間にこれを言われたらドン引きしかしないよね普通…

 大久保先輩も和真も全くなびいた様子がない。むしろ気味悪がっているから、亮介先輩も引っかかることはないのかな? とは思ったけども、その女子高生のアグレッシブな行動力に別の意味で心配になってきたのであった。



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