攻略対象の風紀副委員長に拾われたけど、柴犬ってなにしたらいいの?【後編】
「あやめちゃん、おやつ食べる?」
「キャワンッ」
おやつ食べる食べる!
お母さんはパパ上と同じく忙しいお仕事をしているので、帰ってくるのがいつも遅い。たまに私のためにおやつを買ってきてくれる優しいお母さん。私はしっぽを振って彼女の元へ駆け寄った。
お手おかわりをすると、お母さんが私の大好きなササミジャーキーをくれた。美味しい。美味しいけど、これすぐに無くなるんだよね。
「あっ、母さん、おやつのあげ過ぎは体に良くないんだ。悪いんだけど控えてくれないか?」
「…こんなに喜んでいるのよ? 一日一回位いいじゃないの」
「学校の先生があやめのことを気に入って餌付けしてるんだよ。それであやめは」
お母さんがくれたおやつに夢中で齧りついていると、身体を持ち上げられた。「キャヒッ」と変な声が出たけども、犯人はお構いなしに私のお腹まわりを揉みしだいた。
きゃー! なにするのヤダー! ご主人のエッチ! 馬鹿! ズーフィリア!(※動物性愛者のこと)
「ほらこの辺り。前はなかった脂肪がついているんだ」
「そうなの…残念だけど病気になったら怖いものね…じゃああやめちゃん、今日はお預けね」
ご主人に無体されている間に、食べかけのおやつをお母さんが回収してしまった。ひどい! 食べかけだったのに…ご主人のケチ!
キャワキャワと吠えて文句を訴えていたが、ご主人には伝わらなかった。むしろうるさいと言われた。私は傷ついた。
私は部屋の隅っこで丸まって、ご主人の事を無視することで遺憾の意を表明した。
■□■
「あっあのわんちゃん、橘先輩の飼い犬だよ」
「毎日迎えに来てるんだよね。忠犬ハチみたい」
私は高校の正門前でおすわりをしてご主人を待っていた。通り過ぎゆく女子高生たちにかわいい~と言われるのも中々悪くない。
「コロ、おやつ」
「キャン!」
保健の先生が言い終える前に私は反応した。おやつ! おやつ! 学校がお休みの昨日も一昨日もお預けされたから、今日を楽しみにしていたの!
保健の先生がわんこのおやつと書かれた袋をガサガサと音を立てて開けているのをじっと見つめて待っていると、背後から「こら!」と怒られた。反射でしっぽを隠してしまう。
「びっくりした…脅かすなよ橘」
「先生、大変申し訳無いのですが、ウチのあやめにおやつをあげるのをしばらく控えていただけませんでしょうか」
「えー…これを楽しみに学校に来ているのに…」
先生何のために学校に来てるんだよと、どこかで冷静な自分が突っ込んでいたが、犬の本能が全面に押し出されている私は、おやつ禁止令が出されて、この世の終わりを感じていた。
なんでよ! おやつ食べさせろよ!
ご主人に吠えて異議申し立てをしていたのだが、ご主人は私の腹回りを揉み始めた。
やめて、いくら私が犬でもセクハラよ! おまわりさんここにズーフィリアがいます! 柴犬フェチですよこの男子高生!
「ほら見てくださいよ。あやめは確実に太ってしまったんです。病気になって短命になってしまったら、先生だって悲しいでしょう?」
「そうだったのか…コロコロして可愛いと思っていたけど、デブっていたのか。悪かったなコロ…」
ご主人によって辱めを受けた私に対して保健室の先生は悲しそうな目を向けていた。ちょっとまって、その手元のおやつは先生食べないでしょ! だって犬用だもん! 私が食べる、食べてあげるよ!
ご主人の手から逃れて、おやつの袋に飛びついたのだが、私はご主人に捕獲されて怒られた。
「全くもう、お前はしばらく外出禁止だ!」
私はご主人の小脇に抱えられてそのまま帰宅させられた。なにこの荷物感。
おやつ、私のおやつ…!
キャヒ~ン…と私はか弱い遠吠えをした。
■□■
お散歩お散歩嬉しいな!
ご主人とお散歩をしていたら、どこからか香ばしい焼きたてのパンの香りが漂ってきた。私はパン屋のあるその方向に行きたいと意思表示したが、ご主人はしっかりリードを掴んで離さない。
パンいい匂い〜ねぇ、ご主人パン買ってよー。
「ほら、あやめ帰るぞ」
「グルル…」
「唸っても駄目だ」
やだぁーパン〜パン買って買って買って〜。
私は散歩ストライキを起こして、道路の上に寝転がった。グイグイとリードを引っ張られるが、私は梃子でも動かない。パンを買ってもらうまでは帰らない…!
ブンブンと首を振って抵抗していると、スポリとリードが抜けた。これはチャンスだ。私は素早く起き上がると、パン屋目掛けて駆けていった。
「あっ! こら待て!」
背後から呼び止めてくるご主人の声は聞こえるけど、パン屋さんまで誘導してやるんだ!
自由の身になった私の脳内は9割パンのことを考えていた。あそこのパン屋さんワンちゃんネコちゃんが食べられるパンも販売してるって私知っているんだからね!
ボスッ
「うわっ!?」
あ、いけない。知らないおじさんにぶつかっちゃった。ゴメンねおじさん。パンのこと考えてて注意散漫になっていたの。スーツ姿のおじさんは仕事帰りのようだ。お疲れ様です。
おじさんは驚いた顔で私を見下ろしていたのだが、私と目が合うと感激した様子で手を伸ばしてきた。その動作には無駄がなく、私は易易とおじさんに捕まってしまった。
「キャワッ!?」
「お前ひとりかー? うちの子になるか!」
デレデレしたおじさんは猫なで声で私に話しかけてきた。さっきまで疲れた中年サラリーマンだったのに、今じゃ生き生きとしている。すごい変わりようだな。
…なんだ。ただの犬好きのおじさんか。柴犬フェチかな。されるがまま頬ずりされていると「あやめっ!?」とご主人の慌てた声が聞こえてきた。
私がその声に反応して振り返ると、ご主人はこの状況が把握できずに私とおじさんを交互に見比べていた。
大丈夫だよ、私もよくわかっていないから。
「あの…すみません、うちの犬を捕まえてくださったようで…」
恐る恐るといった様子でご主人がおじさんに声をかけた。おじさんは頬ずりするのを止めて、訝しげにご主人を見上げていた。
夢の時間を邪魔されたかのような、おじさんの反応にご主人は怯んでいる様子である。
「…君は?」
「えと…その柴犬の飼主ですが…」
「…もうこの子はうちの子です…犬違いじゃないかな?」
「えっ!? あ、ちょっと!」
「あーちゃん、おうちに帰ろうねぇ〜」
私は変なおじさんに抱っこされて、何処かへと連れ去られそうになっていた。子犬の私はご主人に助けを求めてキャウキャウと鳴くしか出来ない。
ご主人が慌てて奪い返そうとするが、おじさんは急に男泣きし始めた。
「もう…家に帰っても反抗期の娘と息子しかいないし、母さんは元気ないし…あーちゃんだけが俺の支えなんだよ…!」
やべぇ。出会って数分で私の存在が支えになっている。このおじさん大丈夫か。更年期障害か何かかな。子供の反抗期とちょうど被ると大変だよね。
ご主人はおじさんに引いている様子であったが、落ち着くように促し、おじさんの話を聞いてあげていた。
…2人の会話の内容は割愛するけど、なんとこのおじさん、不良系攻略対象のお父さんだった。娘の名前と同じ柴犬との出会いに運命を感じたらしい。
どういうことよ。普通は複雑な気持ちになるだけじゃないの?
おじさんは時折橘家にやって来ては、私の遊び相手をしてくれるようになった。たまに自然な動作で家につれて帰ろうとするところ以外はいいおじさんだ。さり気なくパパ上と仲良くなっている。おじさん同士積もる話があるのだろう。
不良攻略対象のことに関してはご主人が自分の後輩のことだからと尽力しているみたい。
だけど私犬だから、詳しい話よくわからないや。解決するといいよね。
「じゃあお邪魔しました」
「田端さん、あやめは置いて帰ってくださいね。セカンドバックみたいな持ち方してますけどバレてますから」
今日も小脇に抱えて持って帰られそうになっているところを、ご主人に救出された。
犬が好きなら、田端家でペットとして犬を迎えたらいいのに。動物が嫌いな家族がいるのかな?
■□■
食っちゃ寝して、散歩してたまにおやつ貰って、怒られたり褒められたり…私は犬生を謳歌していた。
多分私の前世は人間だったんだけど、今は犬としての本能に引きずられていて、結構この犬生楽しく過ごしていたりする。
だけどそんな生活は長く続くはずもなく…
とある日の夕方頃、私は家でお祖父ちゃんお祖母ちゃんと一緒に夕方ニュースを見ていた。
外から耳慣れた音が聞こえてきたので、私は素早く反応した。犬用ソファを飛び降りて私は廊下を駆ける。玄関のドアが開かれる前からスタンバイしてお出迎え体制を整えた。
ガチャリ、とドアノブが動き、外の光が玄関に差し掛かった。私はいつものようにご主人に飛びつこうとしたのだが、しなかった。
何故かって…そこにはご主人と、ご主人と同じ高校の制服を着た女の子の姿があったのだ。セミロングヘアでスタイルのいい、目鼻立ちの整った可愛い女の子だ。
…え? …誰?
「あやめ、ただいま」
「あっこの子があやめちゃんなんですね! 私ずっと会いたかったんですけどタイミングが合わなくて〜」
あっ、この子多分ヒロインちゃんだ…だって美少女だし! それにしてもゲームのアニメ絵イメージから、三次元の実物を見て即座にわかるってどういうことなんだろうね…
それで…なぜヒロインちゃんが家に来たの? 私は不思議に思ってご主人を見上げた。…すると彼は照れくさそうに微笑み、ヒロインちゃんの手を取ったのだ。2人は笑い合ってこう言った。
「彼女ができたんだ」
「よろしくね、あやめちゃん」
その言葉に私は愕然とした。
私は犬だ。しがない柴犬でしかない。私とご主人の間には種族という名の壁が立ちはだかり、私達は決して結ばれる運命ではない。
前世の私はあの乙女ゲームが大好きだった。だからそのキャラたちがくっついて幸せなはずなのに…
「キュヒンッ」
「…あやめ?」
ひどい…私を弄んだんだ…あんなこと(お風呂に入れたり)こんな事(お腹を揉んだり)しておいて…
この浮気者〜!! 他の女の子と付き合うだなんて、ご主人の馬鹿!
もうよその子になってしまうからね! 眞田先生か陽子様、はたまた田端家の犬になってしまうんだから〜!
「あっ! あやめ!? どこにいくんだ!」
開いた扉の隙間から無理やり這い出ると、私は彼の制止の声を振り切って駆けていった。
ひどい、ひどい、私はあなたのためにおやつを我慢したのに、辱めも甘んじて受けたというのに…!
なぜ、どうして…
走馬灯のように、ご主人と出会ってからの出来事が蘇ってきた。
ご主人と出会ってからずっと幸せだったのに…こんな終わり方だなんて…私が、私が人間だったらこんなことには…!
「なんで私は人間じゃないのー!!」
「!?」
隣でビクリと震えるなにかによって私は目が覚めた。
私は天井に向かって腕を伸ばしていた。カーテンの隙間から漏れる朝日に照らされた自分の肌色の腕を見て、自分が今まで夢を見ていたのだとわかった。黒い肉球はないな、うん。
「夢…」
「…変な夢でも見たのか…?」
横から聞こえた声に首を動かすと、寝起きの彼の顔があった。夢の中の高校生だった彼よりも幾分か大人っぽくなった彼…
「……ご主人」
「は?」
「…わ、私人間ですよね!? 柴犬じゃないですよね!?」
「…まだそれ気にしていたのか?」
…ご主人じゃない。彼は私の彼氏だ。
いかん。柴犬の呪いが、夢の中で私を柴犬にさせていた…恐ろしい……
少し考え込んでいる内に冷静になれた。昨晩私は先輩の家に泊まって、同じベッドで一緒に眠っていたのだ。
「…自分が柴犬となって、先輩の実家で飼われている夢を見たんです」
私が夢の内容を話すと、先輩は起き上がって、訝しんだ表情で私を見つめてきた。
「先輩は私のご主人でお世話をしてくれるんですが…犬だからといって好き勝手にあんな事やこんな事をしてくるんですよ!」
「待て、お前の中で俺はどれだけヤバい奴なんだ」
「普段先輩が私にしてくることですよ! それに私を散々弄んでおいて…彼女を作ってしまうんです!」
思い出したら悲しくなってきた。
花恋ちゃんは今や私の従兄とお付き合いしているし、所詮は夢。私の深層心理の中には乙女ゲームの記憶が根強く残っているのであろう。それと柴犬要素が組み合わさった結果の夢だ。
「裏切られて悲しくなった私は橘家を飛び出して、陽子さんか眞田先生に飼ってもらおうと逃げている最中で目が覚めました…」
ドヨン…と凹んでいると、グシャリと先輩の大きな手が私の頭を撫でてきた。
「…なぜそんな夢を見たのか俺にはなんとも言えんが、所詮は夢だ。あまり深く考えるな」
「…辛いからぎゅってしてください」
私は先輩の胸に飛び込み、ベッドに押し倒した。ボスリと音を立てて倒れた私達の身体の重みによってベッドが鈍い音を立てて軋んだ。
「…おい」
「二度寝です。次はいい夢を見ます」
「今寝たら起きるのが昼過ぎになるぞ…」
先輩のクレームは聞かない。先輩は諦めたのか、私の背中を擦ってくれる、先輩の胸の音を聞いていたら、どんどん睡魔がやってきて…私は眠りに落ちた。
次は夢を見ないでスッキリ目覚めることが出来た。どうせなら幸せな夢を見たかったけど、先輩の腕の中で目覚めるというのも幸せなことだから今回はこれで満足することにする。
私は人間だ。柴犬には非ず。
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