柴犬ブルーな1日。

あやめ大学1年ホワイトデーのお話。

ーーーーーーーーーーーーーーー


「田端さんは犬タイプよね〜」

「えっ?」

「でも犬タイプってー、好きって気持ちを面に出しすぎるところがあって、相手の負担になって振られやすいんだってぇ。もっと駆け引きしたほうがいいよ? …あたしは猫っぽいってよく言われるんだぁ」


 最近新しく入ってきたパートさんにいきなりそんなことを言われた。その人が私より6歳年上だからか、タメ語で話しかけてくるが、従業員としては私のほうが先輩だ。親しげ…と言えば聞こえはいいが、年下だからと舐められている気がするのは気のせいだろうか?


「そういえば田端さんの彼氏ってカッコいいの?」

「…カッコいいですよ」

「彼氏だから、多少は美化されちゃうよねー。そうだ、あたしの旦那の写真見るー?」


 いや、完全に下に見られてるなこりゃ。私の彼氏はかっこいいんだよと念押ししたいけど、写真見せろと言われたくないので流しておく。この人に見せたら先輩が減ってしまう。それと、その人の旦那の写真は別に興味ないので丁重にお断りしておいた。

 パートのおばちゃんが入院しちゃったから、その穴埋めでこの人が入ってきたけど…なんだかなぁ。仕事やる気がないのか、接客態度が良くないんだよね…しかも面倒くさい仕事を人に押し付けるし…


「すいませーん、あたしバイトなんでぇ、わかりませーん」

「…は?」

「もっ、申し訳ございません! 代わりにご用件をお伺いいたします!」


 私が裏で作業していると、その人がお客さんを困惑させていたので、慌てて表に飛び出て謝罪した。

 …この人何件クレームになりそうな仕事すれば気が済むの? 社員や店長に注意されてもヘラヘラして反省しないし、私はこの人の代わりにお客さんに怒られるし…

 お願い、パートのおばちゃん…本当はゆっくり静養してほしいけど、早く回復して復帰してくれ!



■□■


「おう、コロ久しぶりだな。元気にしてたか?」

「…どうもお久し振りです。眞田先生」


 修羅場だったバイト終わりに1人で街をぶらついていたら、高校の保健室の先生と再会した。私服の眞田先生を見たのは初めてだったので、声を掛けられた時、一瞬「誰?」となったが、塩顔イケメンなフェイスを見ていたらすぐに思い出した。眞田先生は白衣のイメージが強すぎるんだよ。


「…先生のお家ってこの辺なんですか?」

「いや、家は学校の傍。今日は約束があってな」


 そう言いながら私の頭をワシャワシャ撫でるのはやめてほしい。私は大学生になっても柴犬なのか。私は人間なのに…

 …約束…先生の手には綺麗な紙袋が提げられていた。見た感じお菓子っぽいな。そういえば今日はホワイトデーである。…待ち合わせの相手は女性だろうか。


「そうなんですか」

「眞田さーん、ごめんなさい。おまたせして…あらっあやめさんごきげんよう!」

「キャワッ、キャワワワンッ」

 

 頷いていると待ち人が来たらしい。その待ち人の手にあるリードに繋がれた柴犬が興奮状態で私の元に駆け寄ってきた。


「こんにちは陽子さん。マロンちゃん今日も元気だね」


 マロンちゃんは元気よくジャンプして、私との再会を喜んでいるようだ。去年のペアルック騒動以来だね。元気そうで何より。今日のマロンちゃんは桜色のシャツを着ていた。もうすぐ桜の時期だからこの色にしたのかな? …マロンちゃんのシャツに何かがプリントされてるな…なんだろう…


「ちょうどよかったわぁ。後であやめさんのお宅までお届け物をしようと思っていたの」

「私にですか?」


 はて、なんだろうか。マロンちゃんと私のツーショット写真を引き伸ばしたものはすでに受け取っているし…また、あれか? 新たなペアルックを…


「はいこれ。今回は上だけなんだけどね、マロンちゃんとあやめさんのツーショット写真をプリントした長袖トレーナーと半袖Tシャツなの」

「…あ、どうも…」

「マロンちゃんとおそろいなの♪」

「…ははは」


 やっぱり。あー…よく見たら、マロンちゃんが着てるそれじゃないですか…

 陽子様に渡された大きな紙袋の中には数枚の色違いTシャツが入っており、広げてみたら私とマロンちゃんがデカデカとプリントされていた。えぇー…これ私が着ないといけないの?

 だが陽子様は厚意でこのシャツをくれたのだ。私はお礼を言って受け取った。


「へぇ、いいな。俺も欲しい」

「止めてください。私の顔が印刷されたシャツを着た眞田先生なんて見たくありません」


 そうか? と首を傾げている眞田先生は残念そうだ。なんでそんな残念そうなんだよ。

 プリントされているのがマロンちゃんだけでも、ちょっとねぇ……。眞田先生がそれでいいなら何も言わないけど、私が映っているなら話は別。先生は何も考えずにこのシャツのままコンビニに行きそうだから絶対に手渡してはならない。

 Tシャツが広告代わりとなって、私の知らない場所で私の顔が認知されるのが嫌だ。…いやもうすでに広告になっているけど、マロンちゃんが着ているシャツの写真は小さいから…よく見なきゃわからないから大丈夫…きっと。


「あやめさんそんな事ないわ。あなたはかわいいのだから自信を持って」

「そういう問題じゃないんですよ、陽子さん」


 そりゃあなたには私が柴犬に見えているから可愛く映っているでしょうよ! 

 どうするかなこれ…パジャマにするしかないよね…自分の顔が映ったシャツ…せめて、マロンちゃんだけなら堂々と着ることが出来るのにな。高2の球技大会の時のお揃いTシャツにコスプレ衣装姿の自分がプリントされたときとは状況が違うだろ…

 なんで私は柴犬に見られるのかな…


「私達、これからドッグカフェに行くのだけど、ご一緒にいかが?」

「あ、いえ、私は彼氏と会う約束をしているので…」


 2人はデートなんでしょ。私はおじゃま虫になるから行かないよ。この2人がお付き合いしているかは定かではないが。柴犬信仰の厚い2人は定期的に会っているようだ。

 私が遠慮すると、2人と1匹は残念そうな顔をしていた。マロンちゃんが最後まで私に縋り付いて一緒に遊ぼうと誘ってきたけど、本当にゴメンね。約束は本当のことだからさ。

 キュヒーンキュヒーンと淋しげな声を上げるマロンちゃんに後ろ髪引かれたが、私は先輩に会いに行くべく、彼の家まで足を運んだのであった。



 コンビニでお菓子や飲み物を買って、先輩の部屋にお邪魔すると、2人でテレビ見たりおしゃべりして過ごしていた。夕方テレビの特集でホワイトデーにまつわる話題が流れたことで、先輩が何かを思い出したようだ。台所に何かを取りに行った。

 私はホワイトデーのチョコレートをくれるんだなとワクワクしていたのだが、先輩から渡されたそれを開けてショックを受けた。

 箱の中には柴犬がいた。キャラクターもののようにデコレーションされた赤毛の柴犬チョコと私は目が合ったのだ。

 周りにパグとかマルチーズも箱の中に鎮座していたが、中央にいる柴犬を見て私は泣きたくなった。

 なぜだ。今の今までこんなお返しはしてこなかったじゃないか。去年まで普通の洋菓子店のチョコレートだったよね? なんで、柴犬なの…! なんで今日柴犬なの…!?


「…先輩、これってどういうことですか…」

「店で売っているのを見かけて、可愛いなと思って」

「先輩まで私を柴犬と言うんですか! ひどいです!」


 柴犬は好きだ。しかし私に似ていると言うなら話は別だ。私は人間なのだ。似ている可愛いと言われても嬉しくないんだ…!


「えっ? お前、柴犬好きだろう? 気に入らなかったか?」

「気に入る気に入らないじゃありません! 先輩のバカッ」


 相変わらず眞田先生も陽子様も私を柴犬としてみているし、陽子様からマロン&あやめTシャツ(大量)渡されるし、ホワイトデーの日に彼氏から柴犬チョコ貰うし…! 私は先輩の何なの!


「柴犬は可愛いと思うぞ? あやめも愛嬌あるし、丸顔で黒目がちなところとか似てるし…」

「私は人間です! 柴犬が好きならマロンちゃんと付き合えばいいんです! 先輩なんて知らないッ」


 怒り狂った私はカバンを掴んで、先輩の家から飛び出そうとした。先輩が慌てて引き留めようとするが、その手をすり抜けて玄関から飛び出した。

 

「うわっ」

「すいませんっ! …あれ、お兄さん?」


 だが、ドアの前に人がいたらしく、相手が驚いたように後ずさっていたので私は慌てて謝罪する。そこにいたのは橘兄であった。

 私は涙目で橘兄を見上げた。なぜここにいるんだろうかと首を傾げていると、後ろから追ってきた先輩に捕まえられた。


「離してください! 私は怒っているんです!」

「わかった、代わりのものを買って渡すから機嫌を直してくれ」

「…またお前らはくだらない事で喧嘩しているのか」


 私と先輩のやり取りを見た橘兄ははぁ~~とふっかーいため息を吐いて、私達を眺めていた。その目はくだらないと言った感情が隠しきれていない。

 それにムカついた私は、橘兄の腕を掴んで、先輩の部屋に引き入れた。後ろで先輩と橘兄が何かを言っているが無視だ。力任せに引っ張って部屋の中心に引き入れると、問題のブツを提示した。


「見てくださいよこれ!」

「……犬か?」


 そうだけど、そうじゃない。私が言いたいのはこの中心にいる赤毛の野郎のことだ! メスかもしれないけど!


「ホワイトデーのお返しがこれですよ!? ひどくありません?」

「……子供っぽくて嫌なのか? それならそうとコイツにハッキリと…」


 私の訴えんとすることを橘兄は全く理解していないらしい。違う! 子供っぽいとかそういう次元の話ではないのだ! 


「あなたの弟は私が柴犬に似ているから、このチョコレートを買ってきたんですよ! 私は柴犬に似ているって言われるのは嬉しくないのに!」

「……くだらない…」


 橘兄は遠い目をしていた。さっきよりも疲れた顔をしている。

 橘兄はいつもそんな顔をしているな。だけど私は今、真剣に話しているのだ。もうちょっと真剣に受け止めてくれなきゃ困る!


「くだらなくないです! 私にとっては事件です! 私は傷つきました! 高校の先生は私を未だに柴犬としてみてくるし、とある令嬢は私を柴犬としてみた上に、柴犬とコラボしたTシャツなんて献上してくるし、彼氏はホワイトデーのお返しに柴犬チョコを贈ってくるし! 何なんですか! 私は人間ですよ!」

「だから悪かったって。今から他のものを買いに行こう」

「先輩なんて知りません! この柴犬フェチ!」


 先輩の伸ばした手を跳ね除けて、私は彼氏の兄にクレームを付けた。

 普通に考えたら橘兄はこの件に一切ノータッチの無関係だったのだが、虫の居所の悪い私は橘兄にどうにか理解を示してほしくて訴えていた。陽子様に献上されたTシャツを見せると、橘兄は半笑いでそれを見ていた。

 どうだ! わかってくれたか!


「…あやめさん、『柴犬に似ている』と言われることは決して悪口ではないと思う。…好意だと思うぞ」

「好意!? 何処がですか!」

「親愛を込めて褒めてくれているとプラスに受け止めたらどうだ? その先生や令嬢は今まで君にひどいことをしてきたか?」


 そう言われたら…ないな。なんだかんだであの2人はよくしてくれていたと思う。


「弟も悪気があったわけじゃなくて、君が喜ぶと思って買ってきたんだ。怒らないでやってくれ」


 確かに、わざわざ買いに行ってくれたのだから、色々見て選んでくれたのだろう…そう言われると、自分がちょっと大人げない反応をしすぎたのかもしれないと冷静になってきた。

 なぜ私はここまで怒り狂っていたのであろうか…


「……ごめんなさい先輩…」

「いや…俺もお前がそこまで柴犬のことで嫌な思いをしているとは思わずに軽率だった」

「…私は人間なんです」

「それはちゃんとわかっているから。悪かったよ」


 橘兄に諭された私は反省して、先輩に謝罪した。仲直りした私は、ごめんなさいの意を込めて先輩の胸に抱きついた。


「…あー…これ、祖母さんからだから…台所に置いとくぞ…」

「わざわざありがとう。あと迷惑かけて悪かったな兄さん」

「…本当に、俺を巻き込むのは程々にしてくれ…」


 橘兄はお祖母さんから頼まれた物を台所に置くと、そのまま疲れた様子で1人帰っていった。多分お祖母さんが、一人暮らしの先輩の身体を気遣って作りおきのおかずを用意してくれたのであろう。それをお使いで持って来た橘兄がこの現場に遭遇したというわけか…

 すまんかった…柴犬が私の今日の禁止ワードになっていたんだ…


「今から他のチョコを買いに行くか?」

「…いいです。先輩と2人でいたいから。…チョコ、アーンってしてください」

  

 私は先輩を座椅子代わりにして膝に座ると、先輩にチョコを食べさせてもらった。気分はまるで王様である。

 柴犬チョコを差し出された時にふと、バイト中のことを思い出して気分が沈んでしまった。


「…先輩、私の気持ちは先輩の負担になってますか?」

「なんだ急にどうした」

「…バイト先の人に田端さんは犬タイプだから、気持ちが重くて彼氏に振られやすいって言われたんです…」


 あのパートさんの言うことを真に受けてじゃないけど、不安になってしまったのだ。チョコレートが柴犬だっただけで怒るなんて私は情緒不安定なのだろうか…

 私がションボリしていると、先輩が私の身体をくるりと方向転換させた。先輩は私の目を覗き込んで「馬鹿だな」と苦笑いすると、おでこに、鼻の頭に、頬に軽いキスを落としてきた。その上耳元で好きだよって囁かれた。…全身発熱したように身体が熱くなってしまった。

 堪らなくなった私は先輩の首に抱きついてワガママを言った。


「もっとギュッとしてくれなきゃやだ!」


 好きなもんは好きなんだ! 私には駆け引きなんて高度な技術持ち合わせちゃいないんだよ!

 私はその日色んなわがままを言って先輩に沢山甘やかしてもらった。先輩好き好き大好き!!


 私が短気を起こして喧嘩になってしまったけど、反省してもうちょっとプラスに考えるようにしようと思う。


 柴犬チョコはやっぱり複雑だが、今年はこれでいい。だけど来年は止めてくれ。柴犬は好きだけど、なんか複雑なんだ。共食いとかそういう意味じゃなくて、なんか複雑なの。



 ちなみにあのTシャツはフリーサイズだったので、ウチの父が喜んで着用していた。そのTシャツのままコンビニに行こうとしていたので、無理やり脱がせた。

 何考えてるんだろうあの父は。



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