スパリゾートの裏側編・父の気持ち【三人称視点】


「では、こちらでうつ伏せになってください」


 ここは温泉スパリゾートの一角にある整体マッサージ店だ。別料金で施術を受けることが出来る。

 日頃の疲れを癒やすためにやって来た二人の客はスタッフの指示に従って、施術台にうつ伏せになった。


「…幼い頃は…おとしゃん、おとしゃんと私の後ろを着いてきていたんです…あーちゃんはずっと父さんのあーちゃんだと思っていたのに…」

「…やはり、娘は違いますか?」

「えぇ! 勿論息子も可愛いですよ? ですが娘は段違いです」


 中年の男二人は施術を受けながら子供の話をしていた。とは言っても片方が熱く語るのをもう片方が相槌を打つ形ではある。


「…うちの娘と息子は一学年差ですが、本当は二学年差があったんですよ…予定よりも早く生まれた息子の和真は身体が弱くて……妻はその世話で手一杯になってしまいました。私も仕事がありましたので…あやめには随分寂しい思いをさせてきました」


 先程まで娘愛を叫んでいた真人は急にしんみりした様子で昔話を始めた。話を聞いていた裕亮は首を動かして彼の方を向いたが、真人はぼうっと前を見て過去を回想している様子であった。


「自分も精一杯、娘の相手をしてきましたが…幼い頃に我慢させてきたせいで娘は、誰にも頼らずに何でもかんでも自分で解決しようとする性格になってしまってですね…」

「…うちの長男に少し似てますね」


 裕亮は現在大学院生の長男の幼い頃を思い出していた。思えば長男の恵介は昔から物分りがいい子だったような気がすると。…もしかしたら自分たちに気を遣って、親の顔色を窺い、親に頼らない性格になってしまったのだろうかと裕亮は今更になって思い返していた。

 裕亮が自分の子供のことを思い出しているとは知らない真人は娘の話を続けていた。


「やっぱり上の子ってそうなんですかね? …うちのあやめは元気と言っちゃなんですが、まぁお転婆なんですよ。そんでもってお人好しで……昔からよくトラブルに巻き込まれていたんですよね…」

「…トラブルとは?」


 その単語に反応した裕亮は、聞き返した。息子の彼女の話なのでそれが気になるのであろうか。


「そうですねぇ…幼い頃で言えば…一時期男の子になると言い張っていた時期があったんですけど、少年たちに紛れて上級生と殴り合いの喧嘩をしていましたね」

「…まぁ小学生くらいならよくあることですよね」


 うちの息子達も喧嘩をして帰ってきたことがある。小学生ならあるあるだと裕亮は納得した。


「中学生の時は園芸委員会に所属していた娘が、学校の花壇で勝手に枝豆やトマト栽培をして、学校から注意の電話を受けました。これはトラブルとはちょっと違いますけど」

「…まぁ、野菜なら有効活用できますから」


 何故学校で野菜を栽培するのだろうかと裕亮の中で疑問が湧いたが、悪いものを育てているわけじゃない。まぁ公共の場所に育てた事を学校側が放っておけないことだったのだろうなと納得させた。


「高校生の時は…あやめが2年の時に息子の和真が反抗期に入ってですね…まぁ、高校の勉強についていけずに自暴自棄になって…やんちゃしたわけですよ。素行の悪い人間と関わって…親の私達の言葉にも反発して大変だった時期があって」

「あぁ…」


 反抗期…裕亮は自分の息子達に反抗期があっただろうかと思いだしてみたが、思い当たらない…きちんと息子たちと向き合えていなかったことを実感して、気分が少し沈んだようである。

 

「高校の文化祭の時に和真は冷静になって、その連中との付き合いをやめようとしたんです。ですが、反感を買った連中から暴行を受けましてね……そこにあやめが飛び込んで救出したんです」

「……え?」

「あぁ、その時風紀委員会だった亮介君に色々お世話になったようで無事解決しました。……ですが話はそこでは終わりませんでした。その連中は息子を拉致して、人気のない場所で暴行したんです。息子を人質にして、あやめをおびき寄せようとして…」

「え?」


 真人の口から話されるあやめの武勇伝に裕亮は目を丸くさせた。

 裕亮としては、2人は普通に学校で出会って、ゆっくり気持ちを育ててきたのだと思っていたらしい。


「亮介君は無謀に突撃しようとしたあやめを捕まえて叱ってくれたそうです。もしも彼がいなければあやめはひどい目にあっていたでしょう…うちの娘はお転婆なので、現場で首謀者に楯突いて怪我をしましたけどね」

「……なんというか、正義感の強いお嬢さんですね」


 裕亮にはそれしか言えなかった。

 息子の彼女がどんな子か気になって偵察に行った文化祭の時に正義感が強い子だなとはすでに思っていたようだが、そこまでとは想像していなかったらしい。確かにあやめがやってきたことは無謀だ。話を聞いてみてもお転婆すぎると裕亮は思っていた。

 それでも裕亮はあやめのことを結構気に入っていた。なんたってあやめの登場で家族間の雰囲気は変わったし、息子も明るくなったと感じていた。

 それに正義感がある人間は嫌いじゃない。若い頃は血気盛んな部分があっても仕方がないと裕亮は苦笑いしていた。


「あやめは人に頼ることが下手でした。ですが亮介君が現れて、あやめは甘える相手が出来たみたいですよ」

「……」

「…良い青年だと思っていますよ。あやめはいい相手を見つけたと思っています。彼とお付き合いしているあやめはいつも幸せそうです。…将来のことも今から考えてくれているようだし、信頼はしてますよ」


 裕亮はその言葉にホッとした。以前彼の口から息子は真面目だと褒める言葉を聞いてはいたものの、未だに仲良くなれていないという状況が親として気になって仕方がなかったのだ。

 心の奥では亮介のことを認めている真人は、深い深いため息を吐いた。


「でーも、…父親としては面白くないですけどね…あ、すいませんそこもうちょっと強く押してください」


 整体マッサージのスタッフに肩のツボをもっと押してくれと注文をつけた真人は気持ちよさそうに声を漏らしていた。

 …結局息子との関係は振り出しに戻るらしい。これは結婚の挨拶の時も大変そうである。

 それなら、親である自分が一肌脱ぐしかないと使命感に燃えた裕亮は、息子の彼女の父親を懐柔する作戦を考え始めた。


「そういえば、橘さんのお家はどうなんです? ご両親と同居されているんですよね?」

「え? …あぁ…私も妻も昔から多忙でですね…両親に子どもたちの面倒を見てもらっていたんです…思えば自分たちも息子たちに寂しい思いをさせてきました」


 真人から水を向けられた裕亮は自分の家のことを思い出して、自分の不甲斐なさに沈んだ。

 仕事仕事で、自分は息子たちのことを多く知らない。今や手が離れてしまい、親子の会話も少ない。


「わかります。子どもたちとの大事な約束があった日に急な出張になってしまった時、ウチの娘と息子は怒って私の靴やカバンを隠してきたんですよ。その上「おとうさんのバカ嫌い」って罵倒された時は悲しくて泣きたくなりました。…会社の上司を憎みました…とても憎みました…」

「…そうですね…」


 次男の亮介は長男に比べて、幼い頃は自分の気持ちを吐き出していた気がする。約束していた恐竜展に行けなくなった時に「お父さんは嘘つきだ」と泣きながら叫ばれた時は…地味に凹んだ。

 その後、父が息子たちを恐竜展に連れて行ってくれたが……亮介が恐竜のフィギュアを抱きしめて笑顔で映っている写真を見て悲しくなったものだ。出来るなら自分が連れて行きたかったと。

 何度も何度も仕事で約束を破ってしまい、亮介もそのうち何も言わなくなってしまったのだ。

 市民を守る仕事をしているのに、子供との約束は守れない自分が不甲斐なく感じていた。


「ですけど、お父さんと同じ職業に就きたいだなんて、尊敬されていますね橘さんは」

「…実は自分の父も警察官だったんです。何も私に憧れたわけじゃないと思うんです」


 自分と同じ職業に就きたいと言う息子の気持ちは嬉しく感じていたが、何も自分に憧れたのではないのではないか。父親代わりになっていたのは祖父である、裕亮の父だ。祖父に憧れて志したとも考えられる。

 その言葉に真人は首を横に動かして不思議そうな顔で裕亮を見ていた。


「? そうですか? でも亮介君が言ってましたよ。幼い頃に働く父親の姿をこっそり見に行ったときに父親がカッコよく見えたから自然と警察官になりたいと思うようになったと」

「え…」

「自分も父のように人を守る人間になりたいって言っていましたけど」

「……」


 亮介は彼女の父親にそんな話をしていたのかと、裕亮は恥ずかしいようなくすぐったい気持ちになった。隣で「まぁでもうちのあやめも私と同じ食品開発の仕事を目指しているんですけどね〜」と自慢してくる真人の言葉は裕亮の耳を素通りしている。


「お客様どうかなさいましたか? 顔が赤いですよ?」

「…いえ」 

「もしかしてここが痛いですか? 弱くしましょうか?」

「…大丈夫です…」


 照れている裕亮の様子を誤解したスタッフが気遣ってくるも、裕亮は組んだ自分の腕に顔をうずめて赤くなった顔を隠していた。



■□■



「あー久々に整体を受けるのもいいですね! 身体が軽くなった気がします!」


 別行動していた田端夫人と、あやめ&亮介との待ち合わせ場所に一足早く到着した真人は腕をグルグルと回してスッキリした表情をしていた。

 そして同じ施術を受けた裕亮も何処かリラックスしたような表情を浮かべていた。


「…あの、田端さん…今度良ければ一緒に呑みに行きませんか?」

「いいですねえ!」


 二人が個人の連絡先を交換している間に、他の面々が到着した。


「あらお父さん同士仲良くなったのね」

「父さん…禁酒してたのに…」


 仲良くなってよかったわぁとニコニコする貴子と、父が禁酒を解禁しようとしている姿を見て呆れた眼差しを送るあやめ。

 そして彼女の父親と仲良くなっている自分の父親を驚愕の表情で見つめている亮介…


 二人の父親は親しげにじゃあまた。と挨拶を交わしていた。どうやら裕亮は息子よりも先に一歩前進したようである。

 裕亮は息子の彼女のお父さんを攻略するために、これからも頑張るつもりのようだ。



 お互いの複雑な感情が入り混じった日帰りスパリゾート旅行はこうして幕を下ろしたのであった…。



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