自分たちが掴んだ未来の先。私達の選んだ道。


「長いこと待たせてしまったな」

「…何を言っているんですか。私は待っているつもりなんてありませんでしたよ。……だってずっと楽しかったんですから」


 白無垢を着た花嫁は背の高い新郎を見上げると、幸せそうな笑みを浮かべていた。新郎はそれに照れくさそうに笑う。

 そして一呼吸置いた彼は花嫁の手をそっと取ると真剣な瞳で見つめた。


「……あやめ、俺がしわくちゃの爺さんになってもずっとそばに居てくれるか?」

「…はい、しわくちゃのおばあちゃんの私で良ければ、ずっとあなたのそばにいますよ」


 大安であるその日、7年の交際を経た一組のカップルがめでたく夫婦の契りを交わした。和装の新郎が見たいという新婦のかつての希望によって和装での神前式の結婚式は厳かに執り行われた。

 今どきは和装の結婚式でも指輪の交換を行う流れになっている。新郎が新婦の左手薬指に指輪をはめる前にそう声を掛けたのだ。両家親族だけでなく、招待客もいる前なのだが、二人だけに共通する愛の告白を交わすとお互いの指に指輪をはめた。


 仲睦まじい二人の間は何も平穏ばかりではない、時には波もあった。笑い合ったり、喧嘩したり、時には破局の危機もあったがそれらを乗り越えて、二人は恋人から生涯の伴侶となったのだ。


 幼い頃からの警察官になるという夢を叶えた彼の隣には彼女が立っていた。お互い年老いてもずっと傍にいようという約束をして、二人は新たな道へと共に歩き始めたのだ。


 他でもない二人で選んだ道を。




☆★☆



睦生むつき、お父さんにお写真送るからこっち向いて〜?」

「……あやめさん。睦生は絵本を読んでいるんだ。邪魔しないでくれないか」

「……お義兄さん、暇なんですかあなたは」


 私は大学卒業後に自分が希望していた食品メーカーの開発部に就職した。数年社会人として働き、社会の波に揉まれまくった。仕事に慣れ始めてやっとペースをつかめるようになったと思う。慣れるまで時間がかかったけど…


 大分前から彼と婚約はしていたのだけど、亮介さんの仕事が落ち着くまでということで、私が彼と同じ橘姓になったのは25の時。結婚して1年後に私と亮介さんの間には家族が増えた。


 亮介さんは基本的に多忙だ。それは結婚する前から覚悟していたので、自分の仕事を出産・育児休業後に子供を保育園に入れて時短で働く決断をした。

 職場に迷惑を掛けてしまうし、昇進は遠のくが……こればっかりは仕方がない。子供がある程度大きくなったら、フルで働こうと思っている。実母も協力してくれると言うし、義母も力を貸してくれている。

 仕事は楽じゃないけど、自分が努力して就いた仕事だ。


 就職も結婚も出産も自分が選んだ道だから。大丈夫、頑張れる。


 今はとりあえず実母の手を借りて必死こいて子育てをしている。はじめての事尽くしでパンクしそうになるが、新たな発見もあるそれを私は結構楽しんでいたりする。



 そして今、仕事を頑張っているであろう亮介さんを癒やすために、息子の姿を撮影してメールを送ろうと思ったら、家に遊びに来ていた橘兄…いや、私も今は橘だからおかしいな。義兄である恵介さんがクレームを付けてきた。


 私の夫である亮介さんと同じく、多忙な職種でバリバリ働いているはずの義兄は甥に会うため、我が家に訪れては知育おもちゃやDVD、絵本をプレゼントしてくる。

 教育ママのごとく、我が息子に知育をしている所を見守っていると、義兄は意外と子煩悩(ここでは甥っ子だが)なところがあるのがわかる。

 オムツ替えやミルク作り・寝かしつけも完全にマスターしており、私よりも素早く器用にこなす義兄に私が嫉妬した数は星の数とも言える…


 だが、未だに独身の義兄。

 本人は忙しいのを理由にしているが、我が家に遊びに来る暇はあるらしい。

 まぁ、結婚だけが全てじゃないけどさ…子供好きなら自分の子供が欲しいとか考えないのだろうか。

 可愛がってくれるのはありがたいけども…


 しかしだな、実父である亮介さんよりも伯父である義兄のほうが睦生と接する時間が長いせいで、睦生があんたを父と認識しそうで怖いんだよ。





「…また来てたのか兄さん…」

「睦生の覚えは良いぞ。実に教え甲斐がある」


 疲れた様子で帰宅してきた亮介さんが義兄の姿を見ると深い溜め息を吐いた。

 三歳差の二人だが、大人になっても基本的なパーツは変わらないので、二人は顔立ちがよく似ていた。これは増々間違えそうである。

 私は睦生に「メガネは伯父さん」と言い聞かせているが、まだ赤ちゃんである睦生が理解しているかは定かじゃない。

 最近になって睦生は簡単な言葉を発するようにはなったけど、「おとうさん、おかあさん」辺りはまだなんだよね。 

 出来れば「おかあさん」と最初に言って欲しいのだが…


「睦生、これお父さんにどうぞって渡してね」

「ん? どーじょ?」

「うん、お父さんにね」


 睦生に亮介さんの箸を持たせて渡してくるようにお願いすると睦生は「んっ!」と元気に返事をしてテトテトと危なっかしい足取りで亮介さんに近づいていく。


「どーじょ、とぉたん」

「………」

「睦生、今」

「お父さんって呼んだ!?」


 食事の準備をしていた私の耳に入ってきた「とぉたん」と呼ぶ睦生の声。それに反応した私はダイニングキッチンからバッと顔を出した。

 これは嬉しいだろう! 疲れて帰宅してきた時に息子の初「お父さん」呼び! 


 私は亮介さんの喜色満面な笑顔を想像して彼の顔を確認したのだが、何故か彼の顔はこわばっていた。

 …どうした……あ。


「……お前が仕事にかまけて睦生の相手をしてやらないからこうなるんだろう」

「忙しいんだから仕方がないだろう!」

「父親と認識されてないのを俺に当たるんじゃない」

「俺の息子なんだぞ! 大体兄さんは……!」



 ……我が息子は、義兄に向かって箸を差し出していた。



 その後、良い年した二人の兄弟喧嘩が我家のリビングで繰り広げられた。

 内容が内容だし止めるのがアホらしいな…

 亮介さんにとっては切実なんだろうけど。


 …どうしようかな。今日話そうと思ってたんだけど。今は止めておいたほうが良いだろうか。


 大人同士の兄弟喧嘩に怯えた睦生が私の元に駆け寄って来て、抱っこをねだってきた。睦生を抱き上げると私は小さく話しかける。


「睦生、来年には睦生はお兄ちゃんになるから下の兄弟と仲良くするんだよ?」

「…ん!」


 意味がわかって頷いているのかは謎だが、いい返事をもらったのでなんとなく心強くなった。

 夫と義兄の喧嘩が収まる気配がないのでそろそろ止めに行くか。

 

 私の周りは今日も賑やかです。



【続編完結】

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