自分の人生は自分が主人公。私は何度だってあなたに恋をする。
「花恋ちゃんってさぁ、彼氏とか…欲しくないの?」
「なぁに? 急に」
「いや…可愛いのに勿体無いなぁって思って…ほらー……間先輩と仲いいから、付き合ったりしないのかなぁ? なんて……」
間先輩に宣戦布告をされた私は、あの後花恋ちゃんと無事合流して街をぶらついていた。
頭によぎるのは先程の花恋ちゃんの言葉だ。【理想の王子様】が私という言葉。
間先輩はどこか抜けてるし、頼りないところはあるけど、花恋ちゃんを想うその気持ちは本物だと思う。顔はいいし(親の)財力もあるし、頭も悪くない。俺様なところが玉に瑕だけど。
「…うーん…私ね、あっくんを忘れようと思って…男の子とお付き合いしたことがあるの。…でも」
昔の話をしてくれた花恋ちゃんの表情は暗く陰った。
小学校高学年になると告白されることが増えた花恋ちゃんだったが、時折女子のやっかみを買うことも多々あったそうだ。しかも転勤族で二年に一度は転勤するような生活。詳しくは話さなかったけど、女子から陰湿ないじめを受けることもあったみたい。可愛いからこそのいじめ…女って怖い。
そんな中でも告白してきた男の子の中から自分でもいいなと思う相手と交際をしたけども、いざデートをしたり恋人らしいことをした時に「やっぱり違う」となって、彼氏とギクシャクして別れた事があったそうだ。
相手は何も悪くないのに傷つけてしまって…そんな自分が嫌になることもあったそうな。
同じ人なんていないとわかっているし、相手には相手のいい所があるのはわかっているのにどうしても無理だったと。それはこの高校に入って、間先輩や伊達先輩とデートした時も同様だったらしい。
それに…と花恋ちゃんは呟く。
「間先輩のお家ってお金持ちでしょう? …お話する時に感じてたけど…生きてる世界が違うなって思うことがあって。私となにもかもが違う。なんか……それが息苦しいと言うか……」
「……そっか……」
「格好いいし、勉強もできて、優しいけど……強引なところがあってちょっと…怖い」
「………」
花恋ちゃんは眉を八の字にして困った表情を浮かべていた。
間先輩、あんた怖がられてるよ。やっぱりあれじゃないの。後夜祭の時無理やりキスしちゃったから怖がってんじゃないの。
…いや、さっきの「お前のために婚約白紙にしたんだ」に恐怖を感じたのかもしれない…
絶対私だけのせいじゃないから。
……これからどうなるんだろうね。本当。
大学が違うから二人を見守れないのが少し気になるけど……間先輩の努力次第だよね…きっと……うん。
私は間先輩の話をスッパリやめると、花恋ちゃんの手を引いた。この微妙な空気を払拭するべく、「卒業記念にプリクラ撮りにいこう!」と誘った。
高校生でいられるのは今のうち。
記念に二人で制服姿のプリクラを撮影すると、落書きを楽しんだ。
花恋ちゃんと出会えたのはきっと奇跡だ。
もしも私が親戚のおじさんのからかいの言葉を真に受けなければ、きっと私はあっくんにならなかっただろう。
幼い頃に花恋ちゃんと友達になったのが女の子の格好をした私だったら花恋ちゃんの初恋の相手にはならなくて、ここまで仲良くならなかったかもしれない。
もしも私が乙女ゲームの記憶を取り戻さなかったら、乙女ゲームの流れ通りに花恋ちゃんは誰かと恋に落ちていたかもしれない。
もしかしたら私はゲーム通りに女子校に通っていて、花恋ちゃんどころかユカやリンとも友達になれず、また別の友人とJKライフを謳歌していただろう。
どこかで偶然に亮介先輩に出会っていたとしても、今とはちょっと違う間柄になっているのかもしれない。
何もかもが奇跡。
この世の中にいる沢山の人の中で出会ったこと自体が奇跡だ。
偶然で必然の出会い。
「私、花恋ちゃんと友達になれて良かったと思ってるよ」
「…私も。あやめちゃんとまた会えて良かった。これからもずっと友達でいてね」
私はモブなんて存在じゃない。
田端あやめというひとりの人間が、奇跡の繰り返しを経て、彼女たちと出会った。
そして、今の私がいるのだ。
☆★☆
『3年A組、田端あやめ!』
「はい!」
ステージに上がると、人々の注目が集中した気がして全身に冷や汗をかいた。私は無意識に早歩きで校長先生の待つ場所まで歩いていった。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
校長先生に差し出された卒業証書を受け取ると、ステージ中央の階段から降りて自分の席に戻るまでが私の出番…
緊張のせいなのか、体育館の床が柔らかく感じる。足の裏まで緊張が伝わってんのかな…
やっとこさ自分の席に戻ると小さくため息を吐いた。すると出席番号が私の前であるリンが私の腕を突いて「緊張しすぎ。足と手が同時に出てたよ」と小さな声でからかってきた。
まじか。全校生徒の前でそんな失態を犯していたのか私は。
卒業式の感動の前に恥をかいてしまった私はその事で頭がいっぱいで、旅立ちの唄の時、校歌斉唱の時も涙が出なかった。
なんてことだ。絶対に泣くと思ったからアイメイクを控えめにしてきたというのに。
卒業式は
あんなに受験生を脅していた担任が優しいことを言っていてちょっと怖かったけど、これから進学、就職と皆が違った道へと進むことについて、人生について、めっちゃ良いことを語っていた。
それを聞いていたらやっと『卒業するんだな』という実感が湧いてきてしまって、私は目をうるうるさせてしまった。
クラスでは何人か泣いている人がいるし、隣に座っている花恋ちゃんはハンカチで目を抑えている。
嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも、腹立つことも、楽しいことも沢山あった高校。
小学校や中学校とは全く違う3年間だった。
だけど私はここの高校に入学して、こうして卒業式を迎えられたことを満足している。
ここの高校に入らなければ得られないものがたくさんあったから。
あぁでもやだな。
まだ卒業したくないよ。まだ友達といたいのに。
私の友達は皆違うところに行ってしまう。会おうと言えばまた会えるけど、今までのように毎日会えなくなるのだ。
皆それぞれ大人になっていって、皆が別々の人生を歩んでいくのは当たり前の話なのに、私はこんなにも寂しく感じている。
「もーアヤ、いい加減泣き止みなって」
「だって…」
「今年の夏もまた皆で海いこ! 今年はバーベキューするのも良いかもしれないね!」
「ユカ〜リン〜離れたくないよ〜」
「何だ可愛いやつだな〜」
「ハグハグ〜」
荷物を持ってグラウンドに出たは良いが、後ろ髪を引かれて学校を出るのが辛い。
ぐっしょりハンカチを濡らす私をユカとリンがハグしてくれる。
「また、遊ぼうね…」
「また会おう。進路は別々だし、頻繁には連絡取れなくなるだろうけど…年に一度は絶対に会おう」
「そうね。約束」
二人と仲良くなったのは乙女ゲームの記憶が蘇った二年の始業式後のギャル化がキッカケ。
それがなければ私は二人と仲良くなることはなかっただろう。
「俺も! また絶対にみんなで遊ぼうね!」
「うん! でも沢渡君は先に後期試験クリアしてね!」
「うっ、耳が痛い!」
私達三人の所へ混ぜてほしそうに寄ってきたのは沢渡君。…受験合格後に遊ぶのは良いけど、浪人生になったら絶対に遊ばないからな。
沢渡君は私達が仲良くなるのを後押ししてくれた。それに彼に元気づけられたことも多々ある。
「そうだ、沢渡が大学合格したら皆で集まろうか。祝賀会してあげようよ」
「あ、それいいね」
「えーなになに何の話?」
「あのね沢渡がね…」
駆け寄ってきた花恋ちゃんにユカが沢渡君の大学合格を条件の祝賀会の話をしているのを眺めていると、遠くで林道さんと紅愛ちゃんが和真を囲んで牽制しあっているのが見えた。
和真は二人の美少女に腕に抱きつかれているというのに、とてもうんざりした顔をしていた。
…林道さんは、最後まで苦手意識が抜けなかったけど、彼女は私が気づいていなかった恋心を教えてくれた。
それに私の中にあった乙女ゲームへの妙な固執と矛盾した思い込みにも気づかせてくれた。その辺りは純粋に感謝している。
当初の林道さんは、ヒロインが言っていたセリフをそのまま和真に言っていた。だから私は、林道さんは攻略対象である和真をゲットするためにヒロインに成り代わってゲームの一部として楽しんでいると思っていた。弟をゲームキャラとして見ていて、人として見てないんじゃないかと疑ってかかっていた。
…だけど他でもない私が、皆をヒロイン・攻略対象…ゲームの一部として見ていたということに気づいた。
私は去年のギリギリまでその呪縛から抜け出せずに、モブの域から卒業できずにいたけども……
一歩前に進めたのは彼女の言葉も影響しているかと思う。
私は彼らから視線をそらすと、三年間お世話になった高校の校舎をぐるりと見渡した。
去年亮介先輩もこうして校舎を眺めていたが、彼の気持ちが今すごくわかる。
『三年間ありがとうございました』
そう口の中で声に出さずに呟くと、私は校舎に背を向けて正門を出た。
まだ卒業生がグラウンドに群がっているが、私は友人達と共に前へと歩き始めたのだった。
二年の時、ずっと私は攻略対象の影薄いイレギュラーなモブ姉、そして転入生の美少女である花恋ちゃんがヒロインであり、この舞台はヒロインのためにあって、私達その他大勢は添え物に過ぎないと思っていた部分があった。
だけど違った。
私のこの先の人生は私が選び、そして作り上げていくのだから。
自分の力で未来へと羽ばたいていくのだ。
だって私の人生は私自身が主人公なんだから。
☆★☆
「どうしたあやめ?」
「あ、待ってくださいよ先輩」
高校の卒業式の時のことを考えているとついついぼんやりしていた。
先を行く亮介先輩を小走りで追いかけると、肩を並べて同じ歩調で歩き始めた。
「どうしたぼんやりして」
「卒業式のこと思い出してたら懐かしくなっちゃって」
「まだ二ヶ月位しか経ってないじゃないか」
「だって…人生の岐路っていうか…皆別々の人生歩むと考えると寂しくなるじゃないですか…」
私は無事に志望大学に合格した。いまや女子大生として毎日勉学に励んでいる。大学に入ってから新しい友人もできたが、高校時代の友人とはみんな進路がバラバラになってしまい……あ、やばい思い出すとうるうるしてきた。
ハンカチを取り出して目元を抑える私を見て、先輩が困った顔で見下ろしてくる。
先輩だって寂しくならないか? 大久保先輩がお嫁さんを貰って家庭を作ってしまったら寂しくないか?
私がそう尋ねると「想像力が豊かすぎるだろ」と一蹴されてしまった。
先輩は呆れた目で私を見ていたが、暫し沈黙して視線をさまよわせると小さな声で何かを呟いた。
「……お前は、ずっと傍に居てくれるんだろう?」
「……え?」
「…俺がしわくちゃの爺さんになってもずっと傍に居てくれるんだろう。なら俺は全然寂しくない」
「!」
…なにそれ、遠回しのプロポーズ?
先輩が照れた様子で私から目をそらした瞬間、私はまた先輩に恋をした。
「…亮介先輩」
「……なんだ」
「ずっと一緒にいましょうね」
私の言葉に小さく頷いた先輩は照れているのか、私から顔をそらしてしまった。
その姿が可愛く見えてしまって私が笑うと、先輩が私の手を握って「行くぞ」と引っ張っていく。…私は彼の大きな手をしっかり握り返すと「はい」と返事をした。
私は何度だって
私は貴方だけのヒロインになれただろうか?
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