いじめはいじめたほうが圧倒的に悪い。人を傷つけるのは傷害罪です。


「橘とはどうなんだ? コロ」

「あっ私も聞きたい!」

「…とても仲良しですよ」


 久々に三年生全員が登校してきた学校は賑やかだ。卒業式までに学校に登校するのはあと数日。

 三年生は全員揃って朝から卒業式の練習をしていた。


 そして私は昼休み中の今、眞田先生と三栗谷さんに彼氏との進展具合を聞かれていた。友人でもない相手に何処まで話すべきか迷ったので適当に濁したら、眞田先生に「仲良いことは良いことだな」と返された。


 何故私がここにいるかというと、中庭をショートカットして売店に向かっていたら、保健室の窓越しに眞田先生に声を掛けられたのだ。

 ホワイトデーのお返しを今のうちに渡しておくと言われたので保健室に伺うと、眞田先生から紅茶ギフトを頂いた。うちの母さんが紅茶好きだから帰ったら一緒に飲もうと思う。


「三栗谷さんはもう大学決まったんだっけ?」

「うん。私は専願で。田端さんはまだだったよね?」

「合格発表は10日なの」


 私以外にも合否がわかっていない生徒はいる。

 それに今から後期試験を迎えるという生徒もいる。特に沢渡君とか。卒業式後に試験があるからまだまだ彼の戦いは終わっていないのだ。

 合格した人は解放された感じでイキイキしてるが、私のようにまだ結果のわからない人や後期試験を控えている人はピリピリしてしまっている気がする。


「でもいいなぁ、同じ大学に彼氏がいるとか! ワクワクするよね!」


 まだ受かったわけじゃないけどね。

 三栗谷さんはそう言ってちらっと眞田先生を見上げていたが、眞田先生は別の方向を見ていた。

 彼女の恋はまだまだ進展する気配がないようである。


 …私の目から見て、眞田先生は三栗谷さんを完全に年の離れた妹としか見ていないように感じるのだ。彼が三栗谷さんを見つめる瞳には慈しみの色しかなく、それは異性を見る目ではない。庇護すべき対象を見つめる兄の眼差しだ。

 ……だから…三栗谷さんはこれからも片思いすることになるだろうと推測する。


「そうだコロ、アメやるぞ」

「…先生、家庭科の先生から貰ったもの横流ししないで、自分で食べたらいいじゃないですか」

「黒糖飴は苦手なんだよ」


 だからってなんでいつも私に寄越すんだこの人は。…まぁでもこれが最後になるだろうし貰ってやるか。

 


 眞田先生と三栗谷さんと別れて教室に戻ろうと中庭を通っていると「ごめん」と誰かが謝っているのが聞こえた。

 そこには山ぴょんが箕島さんに頭を下げている姿。


 ……私はここを通った事を後悔した。 

 そうだよ。今告白ラッシュの時期じゃん! 去年の今頃ここ通って大変だったのに何で私はそれを忘れてんだよ!

 …私は音を立てずにゆっくりしゃがみこむと、植え込みの裏に隠れこんだ。


 知らない人ならまだしも、知ってる人のそういう場面見るのって気まずいことこの上ないのよ。

 受験が終わったから箕島さんは改めて山ぴょんに告白したのかな? …だけど残念ながらフラれてしまったようだ。


「……理由を、聞いても良い?」

「…俺、大学でもバスケをするんだ。お前のことは嫌いじゃないけど、お前を優先することは出来ないから。……これまで通り友達でいて欲しい」

「……私を優先にしないことを我慢すると言っても?」

「……ごめん」


 山ぴょんは山ぴょんなりに真剣に考えていたようだ。

 そうだな…好きなものを恋人のために我慢しろと言われたら……余程のことがないと厳しいもんね。山ぴょんからバスケを取ってしまったら…何も残らないとは言わないけど、今までが生活の一部だったからメリハリもなくなるだろうし。


 山ぴょんが立ち去って行くのを見送っていると、今まで気丈に振る舞っていた箕島さんが顔を覆ってしまった。

 ここで私が飛び出しても余計なお世話かもしれないが、気の強い箕島さんが泣くところを見てしまっては何もしないで立ち去るなんて出来なかった。


「み、箕島さん…ハンカチ…」

「……田端さん、もしかして見てた?」

「ごめん。通り過ぎざまに遭遇して…」

「……大志、あの子をきっぱり振ってたからいけるかもって思ったけど…このザマよ」


 箕島さんは自嘲するように笑っていた。

 山ぴょんは真優ちゃんのことを振っていたらしい。まぁ…去年あんなことしでかしたし、被害者との間で示談になってるとはいえ、難しいよね。

 山ぴょんと恋バナなんてしないから相手の考えなんてわからないけど…

 

「あーっ悔しい! でも私諦めない!」

「!?」

「同じ大学の同じ学部なのよ? 大学に入ってからもまだまだチャンスは有るに決まってる! 他の高校からの入学生もいるだろうから、他の女を牽制しながら私頑張る!」

「あ…うん…」

「聞いてくれてありがとう!」


 ハンカチは洗って返すと言って箕島さんはさっさと去っていった。

 …立ち直り早い…そして強いな。まだ見ぬライバルに打ち勝つ宣言とは……

 私も彼女のような強さを身に着けたいもんだと感心した出来事であった。



☆★☆


「あーやめ先輩、帰りましょー♪」

「うん」


 授業もなく、卒業式の練習とか諸々で終わったその日の帰り際に教室まで植草さんが迎えに来た。帰りにプリクラを撮りに行こうと誘われていた私は鞄を持って立ち上がる。


「いいな、いいな、俺も行きたいな!」

「沢渡君は無事大学合格したら行こうね」

「ううう、アヤちゃんのいけず!」


 未だ受験生な沢渡君が着いて行きたそうな顔をしていたが、私は彼のために突き放した。

 君は勉強しなさい。一週間後に後期試験控えてんだから。それ逃したら浪人だぞ。


 

「あ、ねぇ、本橋さんって帰ったかな?」

「花恋ちゃんなら二年に呼び出されて中庭に行ってたよ」

「そうなの!? ありがとな!」


 教室を出たところで隣のクラスの男子が花恋ちゃんの行方を尋ねてきたので、居場所を教えてあげたら彼は小走りで駆けていった。私はこのやり取りを今日だけで3回位した気がする。

 流石美少女な花恋ちゃんはモテるな。さっきの男子は飛び込み告白でもするつもりなのだろうか。

 花恋ちゃんは去年にもまして告白ラッシュで大忙しだ。本人も真面目だから一人ひとりの告白を聞いて丁重にお断りしているようだ。

 大変そうだが、美人に生まれたがための宿命なのだろうな。

 



 

 最近のプリクラ機は控えめに言って詐欺に近い。

 目が誇張されるし、肌は芸能人ばりに綺麗だし、誰を撮影してもこれは誰ですか状態になる。

 私はもう記念とかネタでプリクラを撮っているが、植草さんもそれが楽しいようで、私達は撮影したプリクラを更に魔改造してみた。

 今はスマホのアプリも発達しているから、自撮り写真を魔改造することも出来るが、こうして形に残す事に意味があるのだ。なので私達は敢えてプリクラを撮っている。



「ちょっと植草さん! これは顎尖りすぎでしょ!? 何でこんな事したの!?」

「先輩こそ目を大きくしすぎてエイリアンみたいになってるじゃないですか!」

「少女漫画的とお言い!」


 加工後のプリクラを見て二人で大笑いしながら、私達は街を歩いていた。今日は平日ではあるが大通りには仕事や買い物目的の人達で溢れていた。

 まだまだ合否結果はわからないけど、ようやく受験のプレッシャーから開放された私はのびのびと街を散策していた。コスメショップで試供品を使用したり、マネキンに飾られた洋服を眺めたり、安価なアクセサリーが揃っているお店で可愛いシュシュを捜したり。

 しばらくオシャレから離れていたこともあり、財布の紐が緩んでしまったが…たまにはいいだろう。

 

「小腹空いたね。おやつでも食べる?」

「あそこにたいやき屋さんがあったから買いに行きません? 寒いから温かいものが食べたいです」

「そう…痛っ」


 植草さんの提案に頷こうとした私の後頭部に何かがベシッと叩きつけられた。実際にはそこまで痛くはないんだけど、突然のことにびっくりして痛いと口から出てきたんだ。

 訳も分からず後頭部を抑えながら、私は後ろを振り返った。


「え、なに…? ……あ!」

「………なんでそんな呑気そうな顔してんのよ…!」


 軽い音を立てて地面に落ちたのは見覚えのあるお守り2つ。


「あんたっていつもそう…なんであんたばっかりいい目を見るのよ」

「…蛯原」


 私を忌々しそうに睨むその相手は蛯原。

 蛯原が投げつけてきたのは昨日電車で私から盗んだお守り2つだった。


 …なんてことをするんだ。忘れようとしていた怒りが腹の底から湧いてきた。

 だけど、こんな奴を相手するのは時間の無駄だ。先輩だってそう言っていたじゃないか。

 相手にすることはない。そうだ。

 私は投げつけられたお守りを拾い上げようとしゃがんで、地面に投げ出されたお守りに手を伸ばした。


 ーーダンッ

 お守りを掴もうとした私の手の上に蛯原の足が乗っかり、グリッと踏みつけられた。

 私の手を踏んだのは言わずもがな蛯原である。


「いっ…!」

「ちょっと! 先輩に何すんの!? 先輩大丈夫ですか!?」

「……目障りなんだよ。…こんなお守りなんかで…あたしのこと馬鹿にしてんの…?」


 私はしゃがみ込んでいるので、自動的に蛯原が私を見下ろす形になっている。

 人のものを盗んでおいて勝手に妬んで……私は蛯原をギッと睨み上げた。


「……足下ろして。痛いんですけど」

「わざと踏んでるんだから痛いに決まってんじゃん」

「いい加減どきなよあんた!」


 植草さんが蛯原を押して退かしてくれたので、私はお守りを確保して立ち上がることが出来た。

 だけど踏みつけられた私の右手の甲には靴跡と擦り剥き傷が出来てしまって血が滲み始めていた。

 

「黙って聞いてたら何!? いきなり先輩に攻撃してきて! お巡りさん呼んでくるけど!?」


 植草さんが私を庇うようにして前に立ち、蛯原に噛み付いていた。

 植草さん、庇ってくれるのは嬉しいけど、そいつは面倒だから相手しないほうがいいよ。

 蛯原は植草さんを見て、ちょっと怖気づく様子を見せたが、後ろにいる私を見るとまた顔を歪めていた。


「……なんでよ。同じ中学だったのに、なんで田端なんかが進学校に進んで…あんな格好いい彼氏もいて……受験も難なくクリアしてさ……」


 なんか蛯原がブツブツ言ってるが、まだ大学合格したとは限らないんだけど。


「……あんたなんか大嫌い! あんたの事が本当に気に入らない! 何であんたの周りには人が集まるのよ! ……人が苦しんでるのに呑気そうにプリクラなんて撮ってんじゃねーよ!」

「はぁあ!?」


 私はプリクラを撮る権利もないって言いたいのか! ていうか無茶苦茶なイチャモンつけてくんな!

 大体苦しむって何よ。あんたの事情なんて何も知らないんだからそんな事察することは出来ないでしょ。そもそも察してあげたいとも思わないし。


 こいつは私に対してどんな事をしてきたか、覚えてないのか。それともいじめっ子はいじめたことを忘れる典型なのか。

 あーもうやだな。こいつのために私の貴重な時間をイライラする事に消費すること自体が腹立たしい。


「あたしは、教師にならなきゃいけないのに……なのに…」


 ポツリと呟く蛯原。


 ……教師?

 ………この蛯原が? …教師?


 私は蛯原の発言に暫しフリーズしてしまった。

 

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