やっぱり私達はこれでしょ。優勝はいただきだ。

 先輩が少し元気になったのを確認して、残り時間わずかの文化祭を見て回ることにした私。

 各出し物を説明しながら先輩と歩いていた。


「昨日花恋ちゃんとここのダンボール迷路に入りましたけど面白かったですよ」

「へぇ」

 

 先輩と手を繋いで歩きながら、私が昨日入った迷路ハウスの紹介をしていると、出口と書かれた看板の下の扉から二人の男女が楽しそうに笑いながら出てきた。


「面白かったわ! 公立校の文化祭も侮れませんね!」

「だろう?」


 それは眞田先生と陽子様だった。

 …あれ、夏休み前よりも仲良くなっていらっしゃる。気が合うだろうなとは思っていたけど、想定外に親密な雰囲気に…


「あらあやめさん、ごきげんよう」

「おう、コロ。橘とデートか? 橘元気そうだな」

「お久しぶりです眞田先生」


 二人に満面の笑みを向けられ私は会釈した。びっくりしすぎて声が出なかったんだ。

 二人が犬仲間になったのは知っていたけども文化祭を一緒に遊び回るほど仲良くなっているとは。


「どうしたコロ、腹減ったのか? 黒飴ならあるぞ」

「あやめさん金髪も可愛いわぁ…でもハニーブラウンのほうが似合うと思うのよね」


 未だにこの二人には私が柴犬に見えているようだ。私は眞田先生に黒飴(多分家庭科の先生の横流し品)を渡されて、それをじっと見つめる。


「あの…彼を犬に例えるなら犬種はなんですか?」

「橘か?」

 

 なんだか納得ができなかったので参考のために尋ねてみたら、二人は揃って亮介先輩を品定めする目でまじまじ見つめ始めた。

 先輩はいきなり自分に話が振られたことに戸惑っているようだったが、正直すまんかった。


「……ジャーマンシェパード?」

「…いえ、ドーベルマンでしょ…」


 強そうなの来た。

 身長高いし、キリッとしてるしその辺りが妥当なんだろうけどさ。


「で、私は?」

「柴犬だな」

「柴よね」


 私の頭を撫でてこようとする眞田先生の手を叩き落としておいた。

 もういい。

 

 ていうかこの二人は犬大好きすぎるよ。揃って私が柴犬に見えるとかお似合いすぎる。

 ……三栗谷さんはこの二人を放置していていいのだろうか。長年の片思いなのに……

 私が諦めてため息を吐いていると、何処からか鋭い視線を感じた。

 振り返るとそこには悔しそうに顔を歪めた三栗谷さんが陽子様をガン睨みしている姿があった。


 うん…人の恋路に首突っ込むのは良くないよね。

 私は二人に「じゃ、私達はこれで」と挨拶して別れると先輩とのデートを再開した。


「…眞田先生と一緒にいた女性は誰だ?」

「間先輩の婚約者の勅使河原陽子さんですよ。眞田先生とは柴犬仲間なんです」

「あぁ間の……その、柴犬は可愛いと思うぞ? 主人に忠実だし…愛嬌もあるし」

「そんなフォローいりません」


 まさか先輩まで私のことが犬に見えてたりしないよね? 

 柴犬を褒めるんじゃなくてさ、否定してくれよ。なんなのそのフォロー。つまり柴犬に見えてるって言いたいの?


 私が唸りながら不満をこめて先輩を睨んでいると、先輩が頭を撫でてきた。

 くっ、振り払えない…! もっとだ! もっと撫でろよ!

 


「あやめさん!」


 私が先輩に頭を押し付けて頭を撫でろとせびっている所に、鈴の鳴るような声がかかった。

 振り返るとそこには、着物姿の雅ちゃんがいた。

 雅ちゃんを文化祭に招待したけど、お稽古事があるから厳しいと言っていたのに…


「あれ? 雅ちゃん、今日用事で来れないって」

「お稽古を早めに切り上げてきたんです…あやめさん、ゾンビメイドは…?」

「ごめん着替えちゃった」


 私がそう答えると彼女は目に見えてがっかりしていた。そんなに見たかったか。ゴメンね。

 

「写真でいいなら残ってるけど見る?」

「あ、じゃあ送ってください!」

「ゾンビの方だけでいい?」


 雅ちゃんに写真データを送信している間待たせていた亮介先輩は、部活の後輩らしき男子生徒に声を掛けられていた。

 うーん、先輩は卒業生だから文化祭終了したら帰らないといけないんだよな。残念。後夜祭にも参加できたら良かったのに。

 去年、先輩は後夜祭中に校内見回りしてたから全然楽しめなかっただろうし、今回位楽しんでって欲しかったな。


 雅ちゃんは私のクラスに行ってみると言っていたのでそこで別れた。

 遅番の花恋ちゃんが接客しているけど大丈夫かな…と一瞬心配になったけど、体育祭の時の伊達先輩の失言と行動がキッカケとなったのか、あの二人は以前のような敵対したような雰囲気が大分和らいだ気がする。

 さっき花恋ちゃんと私のツーショット写真(ゾンビ)を見て、面白く無さそうな顔をしていたけど……多分大丈夫…かな?


 後輩との話が終わったらしい先輩の腕に抱きつくと、私は先輩と残りの時間を楽しんだのであった。

 高校最後の文化祭はあっという間に時間が過ぎ、終了の放送が校内に流れる。

 無事に終わった文化祭。だけどなんだか達成感というか喪失感というか…複雑で、ほんの少し寂しい気分になった。



★☆★



 招待客達が帰っていく中、生徒たちが片付けをしていた。作り上げた出し物を片づけてしまうのは勿体ない気分になるが仕方がない。

 メイド服は記念に持って帰ろう。今度いつ使うかわからないけど……

 

 同時進行で生徒会中心になって後夜祭の準備が着々と進んでいた。私も後夜祭で開催される仮装大会に出場するために七つ道具で変身した。


「アヤちゃん大変! 出場者の中に強敵がいるよ!」

「強敵?」

「マジヤバイ! リアルすぎて負けるかも…!」


 男子更衣室で着替えていた沢渡君が廊下で私と合流するなり、騒ぎ出した。

 私達以外にも仮装大会に力を入れる出場者がいたのか。…いや、でも面白いじゃないか。


「やだわ、チャッ○ー…最後の後夜祭を楽しまなきゃあ…アタシ達らしくないでしょ?」

「アヤちゃ…いや! ティフ○ニーそうだね!」


 一年ぶりのチャイル○プレイコンビの復活。

 沢渡君に懇願されて決めた出場でもあるが、最後だからこそ優勝を勝ち取りたい。

 キャラになりきって気合を入れるそんな私達の前に強敵は立ちはだかった。

 そこには外国で有名な殺人ピエロがいた。このピエロは中々不気味な風貌をしており、ピエロの容姿をした上でギザギザの歯をもつ。そして見境なく人を襲うというキャラクターで、欧米で問題化して怖がられているのだ。

 …ピエロに馴染み無くてもコレは怖いな。その歯が特に。サメみたい。


「…ふふふ、果たして僕に勝てますかね…?」

「…なっ!?」

「優勝は僕が頂きますよ…田端先輩」

「………二年?」


 二年の色である赤い上靴で相手の学年を判断したけど…誰だ…?

 よく見たら上靴に名前書いてる……春日……

 あ。


「……結構ひょうきんなんだね。春日君」

「何故僕だとわかったんですか!?」

「上靴に書いてるもん。身長伸びたから一瞬誰だかわかんなかったけど」


 相手は去年の体育祭で1000メートルリレーに同じく出場した第二走者。負けず嫌いで小柄な春日君だった。去年は一年生だったけど…だいぶ身長伸びたな。仮装もあって面影が全く見当たらない。

 あれ以来接点なかったから関わりがなかったが……こういうおふざけイベントでも負けず嫌いなのか君は…


「沢渡君、優勝目指して楽しんでいこう!」

「そうだね!」


 私もふざける時思いっきりふざけるし、負けず嫌いなんだけどね!

 仮装大会の出場者は校内に残って準備をしていたが、もう外は真っ暗。ただグラウンドの中心ではキャンプファイヤーが上がっており、生徒たちが既に集合していた。

 私達も舞台裏にスタンバイする必要があるので、グラウンドへ移動することに。


 10月末にもなると日が暮れるのが早くなり、外灯のない外は暗い。


「こっちこっち近道近道」

「先輩ちゃんと前見てください」


 仮装大会出場者総勢でゾロゾロ大移動をしていたのだが、私は横着して中庭をショートカットしていた。

 

「優勝の賞品ってなんだろうねー」

「食券じゃない?」


 沢渡君とそんな会話をしながら歩いていたのだが、「あれ…」と後ろを歩いていた春日君が声を漏らした。


「ん? どうしたの」

「なんか何処からか声が聞こえるんですけど…」

「ヤダやめてよ。学校の七不思議?」


 春日君の言葉に一緒に移動していた他の生徒達も辺りを見渡していた。皆会話をやめて耳を澄ませた。


 ……そう言われてみれば何処からか人の話し声が聞こえる。…なんて会話しているかわからないが、話し声は運動部の部室のあるエリアから聞こえる気がする……

 私は足音を立てないように歩き進めた。



「いやっ」

「…なぁ? いいだろ?」

「やっ…やめてください!…私はまだあっくんが……」

「存在しない男の事なんて俺が忘れさせてやる」

「………何してるんすか」


 そこには、花恋ちゃんを壁ドンしている間先輩の姿があった。

 私の声かけにバッと振り返った間先輩は私を見て……それに加えて、私の後ろにいた沢渡君と春日君達、仮装大会出場者の面々を見て……

 

「ぎゃぁぁぁああああああ!!」

「! あやめちゃん!」

「おっと」


 凄まじい絶叫をしていた。

 こちらまで驚いてしまって私はビクッと肩を大きく揺らしてしまった。これグラウンドまで声が届いてんじゃないかな?


 間先輩の腕が緩んだ隙に花恋ちゃんは私に飛びついてくる。

 私に抱きついてきた彼女の体は震えていた。怖かったよね。好きじゃない人に壁ドンされたらそりゃ怖いよな。


「またお前かよ! 今度は不気味な仲間を引き連れやがって!! いい加減にしろよ本当に!!」

「今回は邪魔しましたけど、無理やりは良くないですよ。…ていうか在校生でもないのになんで間先輩がいるんですか?」


 仮装大会の面々はお化け系からお笑い芸人、歌手、スポーツ選手など様々な仮装をしていたが、間先輩には全て不気味に写ったらしい。

 ティファ○ーと愉快な仲間たちを不気味だなんて失礼しちゃうわ。


「花恋ちゃん怖かったね、もうすぐ後夜祭が始まるから行こう?」

「うん…」

「おい!?」


 花恋ちゃんはこちらで保護させていただきます。間先輩を黙らすために睨みつけると、ティファ○ー効果で相手は怯んだ。

 ふん、他愛もない。

 花恋ちゃんの背中を押して先へと促していると間先輩が後ろでギャンギャンうるさかったけど敢えて無視した。


 見間違えじゃなければ、間先輩は無理やり花恋ちゃんにキスをしていた。顔を背けて拒否する花恋ちゃんの手首を抑え込んで無理強いしていたので、今回は私の意志で邪魔をした。……放ってたら更にエスカレートしてたと思う。

 あの人、どんどん後退していってるな…やり方が去年と一緒だし。

 もともとオレオレ系…いやそれは詐欺の方か……オラオラ系? 強引な性格をしていたけど、あのやり方はまずいでしょ。


 グラウンド手前に到着すると、私は花恋ちゃんに一人にならないように友達と一緒にいなねと言って別れると、舞台裏へと移動して行った

 後夜祭のために設置された舞台上では既に今日で引退の生徒副会長の久松がマイクで生徒たちに呼び掛けていた。


『みんなー! 文化祭おつかれ~! 楽しめたかなー?』


 久松の呼び掛けに生徒達が盛り上がった返事を返してくるのが聞こえた。舞台で生徒会役員達が生徒達を労い、挨拶を済ませると後夜祭が始まった。


『今回の後夜祭は仮装大会とビンゴゲーム! 仮装大会には15組からの応募がありました! それではエントリーナンバー1から入場していただきましょう!」


 入場はエントリー順なので、私達の順番は後半になる。

 最初の出場者は野球選手のコスプレをしていた。そしてステージで分かる人にしか分からないモノマネをして一部の生徒を笑わせている。

 

 小道具の人形(血まみれ風)も持ってきたけど私達もモノマネもしたほうが良いのだろうか。

 トリを飾る殺人ピエロ春日君なんてバールのようなものと小道具の人間の頭部のような物体(勿論偽物)を持ってきているし。

 春日君それで何するつもりなの?


 色々な仮装をした出場者が舞台でモノマネをしてはスベったりウケたりしていた。結構盛り上がってるからこの出し物は成功だったんじゃないかな?

 自分達の出番前になると流石に緊張してきたが、私は深呼吸をして舞台を睨みつけた。


『エントリーナンバー10…待ってたよ! アヤメちゃーん!』

「なんで私だけ名指しすんのよ」

「俺もなんだけど!?」


 今までナンバーでしか呼んでいなかったくせに顔見知りだからか、私は久松に名前で呼ばれたが、ペアの沢渡君は呼ばれなかった。

 私は大きく深呼吸をすると、沢渡君の肩を叩いて舞台に足を踏み入れた。


 こっちに向かってブンブン手を振ってくる久松のことは無視して、私は人形を引き摺りながら入場した。

 こっちに人の目が集中してきたから一気に緊張の汗が全身に吹き出したけど、私は平静を装って辺りを見渡した。


「…ねぇ、チ○ッキー…ここにはこぉーんなに沢山の獲物がいるわよ…誰にしようかしら…?」

「ハニー、俺はこのいけ好かないチャラ男がいいと思うな」

「あら○ャッキー、奇遇ね。……私もそう思っていたところよ」


 チャッ○ー扮する沢渡君が久松の後ろに回り込むと、奴を羽交い締めにした。

 まさかそんな事されるとは思っていなかった久松はぎょっとしていたが、私は余っていたゾンビメイク用の傷シールを久松の頬に貼り付けてやった。

 抵抗する久松の顔を片手で抑え込むと私はポケットからあるブツを取り出す。


「ちょっ、アヤメちゃん!? 俺、女の子にされるよりする方が好きだな!」

「黙れ変態」


 男子用のメイク道具(百均・廃棄予定)の顔色が悪く見えるファンデーションを使って、久松の顔面を乱暴に塗りたくる。お次に紫色の口紅をつけてやったらイタズラ完了である。

 出来上がりはヴィジュアル系みたいになっていたが、日頃のセクハラの恨みは晴らせたと思う。

 私は満足できたので沢渡君に手を離していいいよと目で合図する。

 

「いえーいイタズラ成功ー!」

「チャッ○ー&ティ○ァニーに投票をお願いたしまーす!」


 私達は皆へアピールすると舞台脇へと引っ込んでいった。

 



 その後、春日君がやらかした。

 例の頭部のようなものを舞台真ん中へと転がしたかと思えば、ズルズルと音を立てて歩いてきてバールのようなもので叩き割った。中から血液のようなものが吹き出してきてスプラッターな情景が広がる。

 それには生徒達は騒然。

 春日君はそれを愉快そうに笑っていたけど、あの子に何があったんだろうね。闇を感じるんだけど。

 …いやぁホントこんなおちゃめな子だなんて思わなかったよ。


 最後の出場者はちょっとした放送事故みたいになったけどもその後、生徒達による拍手投票が行われた。

 私達が呼ばれた時、生徒達から沢山の拍手が送られた。


『優勝はチ○ッキー&ティフ○ニー!』

「やった!」

「やったねアヤちゃん!!」


 私達のリアルを追求したコスプレが認められて仮装大会で優勝を飾ることが出来た。私は沢渡君とハイタッチをして喜んだ。

 「あれー? おかしいなぁ」と背後でボヤいていた春日君はネタに走りすぎた感が否めないね。


『アヤメちゃん、優勝おめでとう。今のお気持ちは?』

『とても嬉しいです!』

『そんなアヤメちゃんにはじゃーん! 豪華文房具セット3千円分贈呈です!』

  

 久松に手渡された紙袋はズシッと重かった。

 中を覗くと、ノートが10冊くらい、シャーペン赤ペン、シャー芯、ラインマーカー、付箋など沢山の文房具が入っていた。うわぁ…

 私は笑顔で豪華賞品全てを沢渡君に贈呈した。


『コレで沢渡君は真面目に受験勉強に取り組んでくれるそうです! 私嬉しい!』


 私に紙袋を渡されてぽかんとしていた沢渡君がハッとしていたが、忘れていたのか? 私達は受験生なのだぞ。

 頑張ろうね! と沢渡君に念押ししていると、仮装大会を締めくくっていた久松の野郎が私の肩を抱き寄せてきたのでブーツで踵落とししておいた。

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