おさわり禁止。うちはそういったお店ではございません。

「…………」

「い、いらっしゃいませ…冥土喫茶へようこそ……お二人様でよろしいでしょうか?」


 橘父の私に対する印象は最悪のようだ。私はすごい形相で睨まれている。

 思わず橘兄との初対面を思い出した。あの時も私は金髪で派手なメイクだった。第一印象で安っぽい女と貶してきたあの橘兄の父なら、同じ考えを持っていても…おかしくはないだろう。


 なぜこのタイミングで現れるのだ。来るとわかってたら、私だって髪の毛を染めるのは止めたというのに!

 好きな人の両親にはよく思われたいでしょうが。その時は自分のポリシーを捻じ曲げて地味系で勝負するつもりだったさ。今まで英恵さんの前では清楚メイクで登場してきたんだから!


 完全に終わったと絶望した私だったが、ここで睨み合いをしても仕方がない。精一杯のおもてなしをして、胃袋だけでも満足してもらおう。


「当店あの世とこの世を繋ぐ冥土喫茶となっております。おすすめは冥土特製オムハヤシに血の池ミネストローネ、手作りスコーン&ドリンクセットでございます。ご注文がお決まりになりましたら近くのゾンビまでお声がけくださいませ」


 接客アルバイトの経験を活かし、私は精一杯平静を装って応対をした。ゾンビメイクのせいで営業スマイルがうまく作れていないけど。

 あーついてないなぁ。

 動かない表情筋のせいで多分、更に態度が悪く見えてるだろう。声だけは感じよくしたけど……めっちゃ睨んでくるし。


 これ絶対、先輩にふさわしくないと言ってくるパターンじゃない? 橘兄と一緒! うわーもうどうしよう!


 取り敢えずいつまでもここに居ても仕方がないので、私は一礼をしてそそくさと退却しようと思ったのだが、「待ちなさい」と呼び止められてしまった。

 私は引きつった笑みで橘父に首を向ける。

 え、今? 今ここで言われちゃうの? ちょっと待って。今はちょっとやめてくれ。心の準備が。


「…そこに座りなさい」

「……ええと、申し訳ございません。只今勤務中ですので……」

「…座りなさい」

「……はい…失礼します…」


 橘父の目の前の席に座れと言われたので一旦は断ったが、繰り返し命じられた私は萎縮してしまって大人しく席に着いた。

 怖い。

 私の隣には英恵さんが座っているが、こっちを見守っているだけで助け舟は期待できそうにない。


「君も気づいているだろうが、私は亮介の父の橘裕亮という。亮介の後輩と聞いていたのでな、一度どんな相手か見ておこうと思って今日こちらにやって来たんだ」

「左様でございますか…はじめまして…田端あやめです…亮介さんと半年前からお付き合いさせていただいております…」


 橘兄と亮介先輩を足して2で割った感じ?

 警察関係の仕事してるって聞いてたけど威圧感半端ない…ひいい、こっち睨んでるよ…

 私はビクビクしていたので、上目遣い…飼い主の顔色を伺う犬のような目をしている気がする。相手を真っ直ぐ見つめるのが怖いです。


「それで? 君は受験生と聞いたが、その髪は何だ?」

「……文化祭後の後夜祭で仮装大会に出場する為に染めました…はい……」


 髪の色を突っ込まれた。

 やっぱり見た目から突っ込まれるよね。しかも今私ゾンビだし。


「…君は受験生であり、まだ高校生だろう。高校生らしい格好を心がけなさい。だいたい若いうちから白髪でもないのに無駄に染めていたら、年をとってから頭皮に影響が出てきて抜け毛が増える」

「……へ」

 

 ん? 抜け毛? え、なに私の頭皮の心配したの?


「そもそも日本人女性は皆が皆髪を染め過ぎなんだ。一番似合うのは地毛に決まっているのに…君、聞いているのか」

「あっはい、聞いております…すいません高校最後の文化祭なので調子に乗りすぎました…」

「髪には自己補修能力がないのだから傷んでしまったらそこまでだ。もう切るしかない。男なら禿げても平然と出来るが、女性はそうではないだろう…」


 何故か私の髪の色から、高校生らしい格好について話が移行した。カラーリングによる将来的な髪のダメージについて語られ、挙句の果てに日本人女性のカラーリング信仰について嘆かれた。どうやら橘父は自然な髪色が大好きらしい。


 まるで風紀指導する亮介先輩みたいだ…と思ったがここで笑ったり、突っ込んだら火に油を注ぐことになるのを知っている私は大人しく謝罪した。

 その後も髪とか化粧とか風紀について色々説教された気がするが、私は完全に萎縮していた。


 こんなはずではなかったのに…

 ここにご両親が来るなら言ってくれよ先輩…!


「……父さん? …母さんまで」

「亮介」


 その声に私がゆっくり振り返ると、そこには驚愕の表情をした亮介先輩がいた。


「あやめ!? …え、何故ここに二人が?」

「…お父さんが、あやめさんがどんな子が知りたかったのですって」

「え……?」

「……ちょうどいい。亮介。英恵の座っている所に座りなさい」

「………」


 先輩は困惑していた。橘父になにか言いたそうにしていたがぐっと口ごもり、大人しく英恵さんが座っていた席へと英恵さんと入れ替わるようにして腰を掛けた。

 すると早速橘父が口を開いた。腕を組んで、居丈高に話すその様はまるで説教モードでありませんか。


「…お前は一人暮らしを始めてからというもの…全く家に寄り付かないな」

「……それは、色々と忙しくて」

「交際相手が出来たことも話さないし、近況連絡もしてこない」

「じいちゃん達とは連絡している…父さんも母さんも仕事で忙しいだろう?」


 うわぁここで家族会議? この親子ギクシャクしている…!

 気まずいよぅ…

 ていうかここに私が居ても仕方なくない?

 …私は仕事に戻ってはいけませんか?


 英恵さんに視線でヘルプをしてみたが英恵さんは申し訳無さそうな顔するだけでやっぱり助け舟をくれない。

 一体どうすればいいんだ私は…



「きゃっ止めてください!」

「可愛いね〜これどう装着してるの?」

「お店での迷惑行為は退店してもらうことになってますよっ!」


 その時、林道さんの悲鳴が聞こえてきた。

 今日は一般入場の日。招待チケット制になっている我が校の文化祭だが、人から人に渡るので、時折困った客が現れることもあるのだ。


 モエモエ猫娘な林道さんが他校生らしき男子たちにセクハラをされている姿がそこにあった。

 他校生達は林道さんのコスプレの猫のしっぽの着いたお尻を撫で回しているが、完全にアウトだ。ここをどんな店だと思っているのか!

 私は席を立ち上がると、他校生と林道さんの間に素早く割って入っていった。


「お客様困りますね。お代は結構ですので、今すぐお引取りください!」

「あやめちゃん!」

「うっわぁ、この女きめぇ!」

「グロッ」


 私のゾンビメイクがグロすぎてコイツらのお気に召さなかったらしい。別に良いけど。

 コイツらはお客様じゃない。お客様の邪魔をする迷惑者でしかないのだ。


「聞こえませんでしたか? 今すぐお帰りください」

「うるせーんだよブス!」

「俺たちは客だぞ! そんな態度をとってもいいと思ってんのか!」

「学校に言いつけるぞ!」


 はぁ?

 何だコイツら。小学生か? 小学生が先生に言いつけるぞ! って言っているのと同じじゃないか。


 私が黙って奴らを睨みつけているのを怖気づいたと勘違いしたのか、奴らはふざけたことを言い出した。


「土下座しろよ。そしたら許してやる」

「どーげーざ! どーげーざ!」

「さっさとしろよ!」


 一時期、店員さんに土下座強要するお馬鹿さんがいたけどさ…こういうの営業妨害な上に恐喝だからね? するわけ無いじゃん。

 私は奴らの命令に鼻で笑ってやった。


 それを挑発と受け取ったのか、イラッとしたらしい他校生のうちの一人が無理やり私を組み伏せようと手を伸ばしてきた。

 後ずさってそれを避けようとしたが、私の前に人影がヌッと現れた。

 

「イッテェ! 何だよてめぇ!」

「……バカじゃねーの? だっせぇ…」


 その人物は他校生の腕を掴んで捻り上げていた。

 私を庇うその背は広く、幼い頃はいつも私と幼馴染の後ろをついてきていた小さな子どもじゃない。一年前とは比べ物にならないくらい逞しくなった私の弟だった。


「和真!」

「下がってろ姉ちゃん」

「何だよ女の前だからってカッコつけてんのかてめぇ!」

「は…?」


 他校生のメンチ切りに和真も睨み返した。

 一時期グレていたからか和真は睨まれることに耐性があるみたいで相手の睨みなんて怖くはないらしい。頼もしいけど複雑な気分でもある。


「…俺は弟だ。姉を守って何が悪い?」

「イテテテテ!! いってーんだよボケ! 離せよ!」

「こっち来い。すぐにウチの風紀が来るから。お前らの学校にも連絡することになるから覚悟しろよ」

「ふざけんなよてめぇ!!」


 3対1で和真のほうが劣勢に見えるが、和真に恐れなんてなかった。

 それに和真が言った言葉に私は驚いていて、弟の背中を呆然と見つめるしか出来なかった。


 そう時間を空けることもなく、風紀委員達が3−Aのクラスに到着した。彼らは迷惑行為を働いた他校生達を連行していく。

 ガチムチな風紀委員には反抗する気力が湧かなかったのか大人しく連行されていったのを見るからに、自分よりも弱そうな人間を攻撃していたのだろう。一番情けないタイプの人間じゃないか。


 心配せずともあんな奴らにうちの弟が負ける訳がないな。


「和真…ありがとう。でも危ないからもう」

「…だから空手習ってんだよ。…いつまでも守られてばっかりは嫌だから」

「…和真……!」


 私は今、激しく感動している。弟よ立派になって…!

 和真を無性に撫で回したい気分だ。


「和真くぅん! 怖かったぁ!」


 ヒョイ。


「なんで避けるの!?」

「風紀のとこ顔出してくるから。これ代金」

「…和真」

「ん?」


 抱きついてこようとした林道さんを華麗に避けた和真。食事代金を私に支払うと退店しようとしていたので、私は背伸びして弟の頭を撫でてやった。


「本当に頼もしくなったね。守ってくれてありがとう」

「…ん」


 和真は少し頬を赤らめていた。こんなところか可愛いんだからぁ! 

 うちの弟可愛いとニコニコしながら見送っていると、肩ポンされた。

 ニヤケ顔のまま振り返るとそこには無表情の先輩がいた。


「……どうか…されましたか…?」


 どうして表情がないの? 逆にすんごく怖いんだけどな?


「……お前、俺がいないところでもあんな危険なことをしてるのか?」

「えっ、いや、今回のはたまたまで、いつもはそんな事は」

「俺はいつもいつも言っていると思うが、行動する前に一旦止まって考える。それに隣に俺がいたのにどうして一人で突っ走った?」

「…すいません身体が勝手に動いてしまいまして」


 いつもが一つ多いよ先輩。大切なことだから2回言ったの?

 今日はたまたま!

 ていうか諸悪の根源はさっきの奴らでしょう!? 女の子のお尻触ってたんだよ!? 文化祭だっていうのに、不埒な奴らめ!


「でも、私が動かないと林道さんはもっと性的嫌がらせを受けることになってましたよ!」

「お前が突っ込んだことで更に暴力を振るわれそうになっていただろうが」

「そう! あいつら最低ですよね!」

「今はお前の話をしてるんだが」


 どうやら私は火に油を注いでしまったらしい。

 せっかくの文化祭なのにゾンビメイドな私は店の隅で彼氏様に説教をされていた。傍で彼氏様のご両親がこっちを見守るオプション付きで。

 何故だ、こんなはずではなかったのに…!


 しょぼん…と凹む私を哀れんだのか、橘父が口を挟んできた。


「まぁ亮介、彼女も悪いことをしたのではないから大目に見てはどうだ」

「…父さんは、あやめがどれだけ向こう見ずか知らないからそんなことが言えるんだ」

「ちょっと先輩!?」


 さり気なくディスらないでください。確かにいつも心配をかけさせている自覚はあるけどわざとじゃないんだよ!

 橘父は息子がそういう反応するとは思っていなかったのか少し、微妙な変化であったが驚いている様子だった。

 そして私をじっと凝視してきて、ため息を吐いた。


「……あやめさん、だったかな」

「あっはい!」

「今度うちに遊びに来なさい」

「えっ、あっハイ」


 突拍子もなくお宅へ招待された。

 橘父の威圧感に負けて返事はしたものの、橘父はお忙しいんでしょ? 私も受験生だから軽々は来れないよ。

 

「亮介も」

「え?」

「…たまには帰ってきなさい。母さんも心配しているんだから」

「…わかった」


 ギクシャク感は全然解けなかったけど、橘父が歩み寄る形で話は終わり、橘夫妻は代金を支払うと教室を出て行った。


 ……あれ? 別れろって話をしにきたんじゃないの? 選良主義なんでしょ?

 私みたいなギャルは排除してやるって思ってやって来たんじゃ……

 あの、何のためにここに来たの? 視察?


 私は呆然と「いってらっしゃいませ…」と呟いて二人を見送ったのであった。



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