意外な人物の暗躍。ミーハー女子はお帰りください。
和真が載った雑誌の発売日の翌々日、早速和真はミーハーな女子に声を掛けられるようになった。
元々学校でも有名だったけど、雑誌に載ったことで改めて他のクラスや他学年から見に来る女子生徒が出てきたり、通学途中で見知らぬ女子に声を掛けられたり。
ひどい時は突然盗撮されて逃げられたり、家まで尾行してこようとしてくるらしい。
和真は日に日に苛つくようになっていた。
神経が張りつめたようにピリピリしていて、ミーハーじゃない一般の方が近寄りがたそうにしているが、本人はそれどころじゃないようだ。
「見てくださいよ〜あたしも雑誌買っちゃいました〜」
「…植草さん、それ和真に見せないようにね。本人嫌がってるから」
「こんなにかっこよく映ってるのに和真先輩ったらシャイですね」
現在和真にお熱中の植草さんはうっとりした顔で、雑誌に載った和真を眺めていた。私は苦笑いしつつ、昨晩電話で亮介先輩に相談した事を思い出した。
これを盗撮として被害を訴えることは出来ないのかって相談したのだ。
先輩の答えは、以前よりも盗撮に関して監視が厳しくなったけど、それは被害者が女性に限る場合。和真が女子なら強く訴えられるかもしれないけど、男子だから警察に訴えてなんとかなるかと言われたら、なんともいえないと。
実際にこの雑誌会社にも苦情を言ってみたが、モデル代を払うことは出来るけど、和真の写真の返却は不可だし、雑誌も不特定多数の手に渡っているから回収は不可能と返ってきた。そして投稿者のことを教えるのは個人情報保護の観点から出来かねるとも。
挙句の果てに雑誌会社がモデルスカウトしてきたので、その対応にキレた和真は電話をぶち切りしていた。
一時、沈静化するまでの我慢だよと弟に言い聞かせて宥めていたが、とうとう学校に押しかける女子も現れ始めた。
それにはさすがに学校側も黙っていられず、和真は口頭注意を受けた。弟には何も非がない。むしろ被害者なのだが、当事者ということで和真に苦情を言うしかなかったのだろう。
和真のイライラは最高潮に達していた。
「田端!」
「………なんでここにいるの?」
「雑誌にあんたの弟が映ってたから来たんだけど。弟いないの?」
学校の正門には今日も他校の女子が数人待ち伏せしていたが、うちの高校の生徒は関わり合いになりたくないのか、スルーして通り過ぎていた。
私もスルーしていたのだけど、通せんぼするように現れた蛯原の姿に顔を思いっきり顰めてしまった。
蛯原はキョロキョロと辺りを見渡しながら私の弟の姿を探している。その顔、態度からして興味半分、あわよくばGETという考えが明け透けになっていた。
…冗談じゃない。こいつに弟を会わせてなるものか。
「…弟の迷惑だから帰ってくんない?」
「はぁ? なんであんたがそう決めつけんのよ。あんたの弟だって有名になって喜んでんじゃないの?」
「なわけないでしょう。盗撮されて喜ぶのは一部の変わり者だけだわ」
私はあしらうような仕草をしてみたが、蛯原がこれで引くような女じゃないのは重々承知である。
だって私を下に見てるんだもんね。今もほら、あの嫌な目で私を見下しているし。
「田端のくせに生意気なんだけどー」
「私は和真の姉。弟を守って何が悪いの? …変な女を近づけたくないのわからないかな?」
「…は? あんた今なんて言った?」
私の嫌味に蛯原はピクリと反応した。私を睨みつけてきたが、私はあんたなんか相手にしないからな。
蛯原の横を通り過ぎて、さっさと帰ろうとすると、蛯原は私の肩を掴んできた。
「いっ…痛いんだけど」
「あんたこないだから随分舐めた口聞くじゃない…」
思いっきり肩を握られて痛い。なんだよ私が口答えしたらいけないと言いたいのか。
……相手したくないのに突っかかってくるんだけど…どうしたらいいのよ。
「…うちの姉貴に何してんの」
困り果てていた私の腕を誰かが掴んで、グイッと身体を引かれた。誰かの手によって蛯原の手から逃れることが出来て私はホッとする。
上を見上げれば和真の顔。弟が私を庇ってくれたらしい。
…蛯原は中学の時より更にイケメンに進化した和真の姿を見て頬を赤くしてマヌケ面を晒していた。
そうだろう。私の弟はイケメンだろう。
だが蛯原、テメーだけはダメだ。小姑は何が何でも阻止するぞ。
少し遅れて、きゃあ! と他校生女子が騒ぎ始めた。私は弟がキレるんじゃないかとヒヤヒヤしながら弟の動向を見守っていたのだが、弟は至って冷静な声で彼女たちに話しかけた。
「…学校の迷惑になるから押しかけるのは止めてくれませんか」
「…きゃー!!」
「やだ! 本物超イケメン!」
「これ! 私のIDだから連絡頂戴!」
和真のお願いに他校生らは…騒ぎ出した。
赤面して絶叫したり、メッセージアプリのIDを書いた紙を手渡そうとしたり、無断で盗撮したり、和真にベタベタ触ったり…
これが性別逆ならわいせつ事件として警察出動モノなのに男子である和真は泣き寝入りしないといけない。なんて差別なんだろうか。
私は弟を守るために和真の前に飛び出してミーハー女子を睥睨した。私が出てきたことで顔を顰める人がちょいちょい居たが、そんなの怖がっている暇はない。
「静かにしなさい! 和真が迷惑だって言ってるのがわからないの!?」
「何よあんた!」
「何処の誰だか知らないけどブスは引っ込んでなさいよ!」
「邪魔しないで!」
他校生女子に罵倒された。
だけど今はそんなのにいちいち怯んでは居られない。和真はここ数日の出来事のせいで、かなりメンタルをやられているのだ。
家まで尾行されそうになって、遠回りして撒いて帰ってくること多々。盗撮でネットにも自分の写真が拡散され……ネット社会の怖いところはそこからだ。インターネットのプロバイダーに削除要請してもすぐに対応してくれるわけもなく、いたちごっこだ。
美形に生まれたからこそ、客寄せパンダみたいな扱いを受け、和真は今とても苦しんでいた。
昨日なんて父さんに似て生まれたかった…と父さん相手にボヤいていたし。
もしも芸能人になりたいとか目立ちたがりなら今のこの状況は嬉しいんだろうけど、和真はシャイだ。そして何より自分を外見だけで見られるのが好きではない。
その悩みは周りからしてみれば贅沢かもしれないが、和真は和真なりに苦しんでいるのだ。
なんとかして弟をここから引き離さないといけないと思考を巡らせていると、その群れの後ろから鼻で笑う声が聞こえてきた。
「ていうかーあんたらがそんなこと言っちゃう? …和真は性格ブスが一番キライなんだけど?」
「和真君のお姉さんに喧嘩売るとか…馬鹿なの? …頭悪ぅい…」
その声に他校生女子はバッと振り返った。
振り返った先に居たのは、幼稚園児だった和真に「私がお嫁さんになる!」と争っていた肉食系幼女だった美少女二人組だ。
「…藍那ちゃん、莉理ちゃん…?」
彼女たちの登場に他校生のミーハー女子はぐっと口ごもった様子だ。
そりゃそうか。天然の美少女だもんな。負けた気分になるのはわかるわ。しかし他校生である彼女たちが何故ここにいるのだろうか?
「あやめ先輩、和真先輩、裏門誰も居なかったから今のうちに逃げちゃってくださいよ!」
「植草さん?」
植草さん、いつの間に背後に来ていたのだろうか。
ミーハー女子らが肉食系美少女二人組に注目している間に、私と和真は植草さんの誘導でそそくさと帰る事に成功した。
助けてもらって申し訳ないなと思ったけども、私らの手に負えそうにない…
しばらくこの攻防が続くのか…と私も和真も覚悟をしていたのだが、その翌日いきなり事態は沈静化した。何の前触れもなく。
なぜだ? と思っていたのだが、通りすがりの風紀委員長・柿山君に理由を教わった。
「昨日、林道が正門に群がる他校の生徒達の精巧な写真を撮影して、相手の学校名と連絡先をすべて調べ上げて、教頭先生や風紀に掛け合ってきたんだよ。田端の弟は被害者なんだから守らないとって。それで放課後に画像に写っていた奴の学校に一軒一軒連絡して…先方に画像も送った」
なんと。そんな手間の掛かることをわざわざ…
林道さん、和真のためにそこまでしてくれたんだ。
「…それ肖像権とか大丈夫なの?」
「そうでもしないと向こうもこっちの言い分信じないし、名指しで注意できないからな。悪用するわけじゃないから良いだろ。事が済んだら写真消したし」
柿山君に教えられた事実を呆然と聞いていた私の耳に、窓の外にある中庭から「和真くーん!」といつものように元気よく弟を呼ぶ林道さんの声が聞こえてきた。
弟はきっと知らないんだろう。陰ながら林道さんが奮闘したことを。
「今日はね、唐揚げ作ってきたの! これで元気でるよ!!」
「…あんたも飽きないな」
「うちのお父さんが美味しいって言ってたからきっと和真君も気に入るから!」
そう言って爪楊枝で「はいあーん」と和真の口元に持っていく彼女。お祭り以降それにハマったのだろうか。
和真は面倒臭そうにしつつも、以前のような迷惑といった感情は見られない。
盗撮した犯人は見つからないし、和真の写真は世間に広まってしまった。
もしかしたら別の新たなミーハー女子が来るかもしれないし、外ではまた盗撮をされるのかもしれない。
だけど彼女は自分ができることで、陰ながら和真を守って見せた。しかも本人に知らせることもなく。きっと和真のプライドが傷つくとわかっていたのだろう。
もしかしたら私よりも和真のことわかってんじゃなかろうか…
……私は林道さんという人を見直すべきなのかもしれないなと感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。