彼の煩悩【橘亮介視点】
「痛い! やめて離せってばぁ!」
「お前という奴は…あやめをそういう目で見るな!」
「えー? なに一丁前に独占欲なわけ〜? 橘ってばそんなタイプじゃなかったよねー?」
自分の彼女に邪な目を向けてきた後輩をあの場から連れ出して脅しをかけていると、久松の奴からそんな返しがあった。
その言葉に久松の腕を掴む俺の手から力が抜けた。
独占欲。…そうかも知れない。
……だが、それの何処が悪いんだ?
俺は久松の肩をがっしり掴んで、しっかり念押しをする事にした。自分の顔が少々険しくなっている自覚はあったが、相手は久松だから構わないだろう。
コイツは人の話をちゃんと受け止めない部分があるから脅すくらいでちょうどいい。問題ない。
「自分の彼女にいやらしい目を向ける男を牽制して何が悪い?」
「いてててて! 折れる折れる! 俺の肩の骨が折れるってば!!」
「いいか、またあやめに手出ししようものなら……折るぞ」
「怖い!」
男なんだからそう簡単に折れはしないだろう。軟弱な奴め。
久松は涙目で肩を擦っていたが、俺は奴を放置してあやめの所に戻ろうと引き返そうとした。
だけど、奴が発した言葉に思わずその足を止めてしまった。
「だって水着だよ!? ビキニじゃん! 橘はアヤメちゃんの水着姿を見てなんとも思わないわけ!?」
「……それは」
その聞き捨てならない発言に俺は……反応してしまった。
可愛いに決まってるだろうが。馬鹿かコイツは。
いつにも増して薄着なあやめは白地にカラフルな花が水彩画のように描かれたビキニを着用していた。
見ないで恥ずかしいとあやめには言われたが、どこが恥ずかしいというのか。あやめが恥ずかしがるその姿までしっかり目に焼き付けておいた。
目に焼き付けるどころかもっと触りたいのだが、人目もあるし、あやめの友人もいるので我慢をしている。
あやめ本人は太っていると気にしているがそんなことはない。程よい肉付きで俺は好きだ。抱きしめた時に伝わるあの柔らかさが実は結構好きなのだ。特に今の時期は薄着だから感触がよく伝わってくる。
本当はもっと色んなところに触れてみたいのだが、俺とあやめにはまだ身体の関係がない。
いや、先に進もうとしたら何度も邪魔が入り、タイミングを掴めずにいる。そのチャンスを伺っているが、なかなか前に進めないのだ。
そうとも知らずにあやめはヘラヘラと俺に抱き着いたり、腕に絡みついたり、キスを強請ったりと……どうしてくれようかと魔が差しそうになることは片手では数え切れないほどある。
…女友達+その彼氏、更に彼氏の友人と海に行くと話された時は焦って自分も行くと声を上げたが、着いてきて良かった。本当に良かった。
知り合いが一緒だとはいえ、知らない男と海に行くなんて…なんて危険な真似をしようとするんだ。あれほど無防備だと注意しているのにあいつときたら……
井上の彼氏の友人の都合がつかなかったので、取り越し苦労に終わったが、それを抜きにしてもここは海。他にも男は腐るほどいる。ナンパ目的の男はあちこちに点在しているのだ。この危険地帯に危なっかしいあやめが投入されたらどうなることか。
まったくもって油断ならない。
「アヤメちゃん着痩せするよね! 俺の見立てによるとあれはD寄りのCカップだと思うな!」
「………久松、お前やっぱり締められたいんだな」
「え」
とりあえず久松の顔を片手で掴んで握っておくことにする。
久松が言葉にならない悲鳴を上げているが…久松、お前は本当に猛省しろ。
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