青い空、どこまでも続く水平線、眩しい水着姿。私のお腹は見ないでください。

 8月に入って夏真っ盛りになったが、ゼミ通いする日々は続いた。

 今年の夏は勉強一色だが、私と先輩はなんとか会う時間を作ろうとゼミが終わった後や休日に先輩の家、若しくは私の家でお勉強デートをしていた。

 自分の勉強があるだろうに先輩は私がつまづいたところを教えてくれる。優しい。

 本人が言うには大学では法律関係ばかり学んでいるから気分転換になると言っていた。確かに先輩の部屋は法律関係のテキストや本が沢山あるもんね。


「亮介君、良かったら晩御飯食べていってね」

「ありがとうございます」

「母さん、頻繁に部屋に来ないでよ。気が散る」

「なによ意地悪ねぇ」


 出来ればお勉強デートは先輩のお家でやりたい。

 だってウチだと母さんが頻繁に部屋にやってくるんだもん。やれ飲み物とオヤツだ、やれおかわりはどうか、やれ夕飯はなにがいいかとか。

 集中力が途切れるわ!


 最初は部屋で勉強せずにいちゃついてるのを心配してるのかなと思って、一度リビングで勉強したことがあるんだけどその時もしつこく声を掛けてきた。だから母さんはただ亮介先輩に話しかけたいだけなんだと判断した。

 今週末の日曜、友人達や先輩と海に行くために私は課題を片付ける必要があるのだ。私の楽しみの邪魔をするな母さん。



「あ、そう言えば来週からアルバイトをすることになったんだ。夏休み限定で」

「そうなんですか? なにするんです?」

「ガソリンスタンドだ。…俺には接客業はハードルが高くてな」

「確かに先輩、文化祭の時仏頂面でしたもんね…プフッ」

「あれは格好が悪かったからだ」


 お勉強会の休憩中に先輩がバイトをするという話をしてきた。

 メイド先輩を思い出して私が思い出し笑いをしていると先輩に睨まれた。あれだけ化粧しても化けない先輩はさすが漢だよ。ある意味堂々としていてカッコ良かったと思うよ。

 ガソリンスタンドも接客業と言えば接客業なんだけど、飲食店とはまた違うもんね。危険物取り扱ったり、車のことで学ぶこともあるからいい経験になるんじゃないかって先輩は言っていた。

 免許持ってないから私が行っても売上に貢献できないなぁ…母さん連れてくのも癪だし。母さんが喜ぶだけじゃないの。


「お前は勉強を優先しろよ。会いたい時は俺が会いに行くから」

「! 何故バレたんですか」

「お前は顔にすぐ出るからな」


 働いてる先輩を見てみたかったのに。

 こうなればこっそり見に行くしかないな。

 





「…ほら、アイツ」

「えーマジでぇ?」


 クスクスと女子の笑う声が聞こえてきた。

 私を見てヒソヒソ話しているかと思えば、なにが楽しいのか笑っている。

 …中3の時と全く同じではないか。高3になっても同じことをするのか蛯原は。進化してないな。

 先輩の言ったとおり、蛯原のことは無視したほうが良さげだ。


 これを気にして成績が落ちたら元も子もない。本当ゼミでの専攻クラスが違ってよかった。

 あっちは違う専攻だから理系クラスの私とは関わりがないし。

 …だけどあっちは余裕なんだろうか。ゼミに通うのだから大学に進学するために勉強に来たんだろうに、自習よりも私の悪口を言ってる余裕があるのだから。

 進学希望先が同じ大学じゃなければ良いな。学部が違っても同じ大学だとやだわ…

 


 クラスの外であんな風に陰口を叩かれている私だが、同じ理系クラスの人達は我関せずでひたすら勉強している。それが受験生としてあるべき姿であろう。

 みんなのその姿勢に私は感謝していた。ここでも同じ目(クラス全体でハブられる)に遭ったらたまらないからね。


 蛯原に恐れる必要はない。私は受験生だからここにいるのだ。

 私がする事は勉強、それだけだ。



★☆★



「…あれ?」

「どこだ」

「ここの問題計算ミスしたみたいなんですよね…」

「ちょっとちょっとお二人さん! 海に行く時まで勉強しなくても良くない!?」

「ケンジ、この二人真面目だから好きなようにさせてあげて」


 待ちに待った海に行く日、私はその道すがらもテキストを開いていた。車を運転しているユカの彼氏ケンジさんには運転させておいて、こっちでは自由に過ごして申し訳ないとは思うよ。

 だけど海では勉強しない。めっちゃ海楽しむから。


 車に揺られて一時間くらい。

 まだ午前中なのだが、海水浴場には大勢の人で賑わっていた。


「わー…海だ…」

「アヤ、女子更衣室向こうだって」


 そうだ、海に来たんだから水着に着替えないと思いっきり楽しめないってもんだ。私はあのフリルレース付きのビキニを持ってきた。白地にピンクやオレンジの花柄でめっちゃかわいいの。しかし私本体は完璧ではなかった。

 腹筋運動とか食事制限はしたものの、ほんのり肉の残ったお腹。やっぱり運動するべきだったと後悔した昨晩。


「大丈夫だって〜こないだより痩せたじゃん」

「アヤは気にしすぎ」


 痩せたけど、みんなみたいにキュッと引き締まってないもん…

 ユカとリンが堂々と引き締まったお腹を晒す中、私はパーカーを着てノロノロ出てきた。


 男性陣との待ち合わせ場所ではレンタルのパラソルを組み立てている先輩の姿があった。

 私は先輩に声をかけようと思ったのだが、ここは海、先輩も半裸だということに今更気づいた。


「ちょっとアヤ真っ赤」

「彼ピッピに見惚れてんじゃないよー」

 

 先輩の裸体(上半身)が眩しくて直視できない… こんなの和真の半裸を観察していた林道さんと同じじゃないか…!


「日に当てられたか? 日陰に入って少し休んだらどうだ」

「…私が当てられたのはあなたです…」

「は?」


 私の言っている言葉が理解できないのか先輩は変な顔をしていた。なんでもないです。今の忘れてください。

 先輩にパラソルの下に入ってろと言われて私は大人しくパラソルに入った。外だから暑いっちゃ暑いけど日陰はまだ涼しいね。


「あ、そうだ日焼け止め…」


 更衣室ではお腹を隠すことに必死で日焼け止めを塗るのを忘れていた。私は慌てて荷物から日焼け止めクリームを取り出して全身に塗り始めた。パーカーを羽織ったまま。


「…塗りにくくないのか?」

「大丈夫です。あ、塗り終わるまでこっち見ないでください」

「………」

「ぎゃあ! 先輩のエッチ!」


 無言でパーカーを剥ぎ取られた私は両腕でお腹を隠した。

 何で脱がすんだ! 先輩の馬鹿! エッチ!  

 キッと先輩を睨んだが、先輩はどこ吹く風。

 パーカーを返してくれる気配もないので、私は背を向けて日焼け止めクリームを全身に塗りたくった。


「アヤー、橘せんぱーい! 海入らないのー?」


 もうすでに海でキャッキャウフフしているユカとリンとその彼氏達。あーいいね、青春だね。

 ユカが水を滴らせながらこっちに歩いてきたけど、ここを誰かが離れたら荷物が放置状態になると思うんだよね。


「荷物見てるから遊んできなよ」

「だぁいじょうぶだって! ほらほら行こ!」

「わ、ちょっと!」


 ユカに腕を引っ張られて私はつんのめるようにして海へと誘われた。

 まるで鉄板で熱されたかのような砂浜を飛び跳ねるようにして歩いていたが、海に入ると当然のことながら冷たい。


「冷たっ」

「気持ちいいでしょー!」



 ユカの手に引かれるようにして海の中に入ったが冷たくて気持ちいい。

 海なんて子供の頃以来だ。たまには良いものだな。

 浮き輪でプカプカ浮いているリンは彼氏くんに動かしてもらってゆったりくつろいでいるし、ユカはケンジさんと水上バレーボールをしていた。みんな楽しそうだ。

 そうだな、折角海に来たんだから私も泳ごうかな。


「先輩、泳ぐの競争しませんか?」

「準備運動してからな」

「えぇ~」


 海に来てまで準備運動とか…

 …確かに足攣ったら溺れちゃいますもんね…


 準備運動を軽くした後に先輩と泳ぐ競争していたんだけど…私、化粧落ちてないだろうか。

 特に何処まで泳ぐとか決めていなかったのだけど、沖近くまで来て一旦泳ぐのを止めた。

 立ち泳ぎをしながら浜の方を見ると結構な距離を泳いでいたようだ。ユカとリンがどこに居るか目で探していると、後ろから先輩の声がした。


「あやめ、浜から離れすぎたから引き返すか」

「…この辺にマンボウいないですかね」

「…流石にこの深さではいないだろう」


 先を進んでいた先輩がスイスイとこっちに寄ってきて浜に戻ろうと言ってきたのでそうすることにした。あまり遠くに行きすぎると引き潮の力に流されて浜に戻れなくなるからね。

 そこまで深いところには行っていないけど、浜に戻るのに倍の時間がかかってしまい、浜にようやく戻れた時少々バテてしまった。

 運動不足か。


 休憩ということでパラソルの下で横になっていると先輩が飲み物を買ってきてくれた。

 出来る彼氏様である。

 お礼を言って受け取っていると、近くの砂浜でリンが彼氏くんを砂に埋めているのが見えたので、私は先輩に伺ってみる。


「先輩、砂サウナしますか? 私が埋めてあげますけど」

「暑いし、顔だけが焼けるからいい」

「えーじゃあ俺埋めてもらおうかなー」


 ……なんでここにいるんだ。なんでこう遭遇率が高いんだお前は。

 私は奴をみて呆れた顔をした。

 まーた女引っさげてるし。花恋ちゃんはどうしたんだよあんた。しかもその女が先輩に見惚れていたので私は先輩を隠そうと先輩の前におどり出た。


「アヤメちゃん、ぐーぜんだねー! 言ってくれたら俺一緒に来たのにー」

「なんで私があんたと海に行かないといけないのさ。いいからさっさと何処かへと行きなさいよ。私と先輩の邪魔をしないで」


 シッシッと手であっち行けジェスチャーをしていると久松はニコニコ笑っていた。そしてずいっと顔を近づけられたので私は上半身を大きくのけ反らせた。

 あっちに行けといっているのになんで近づいてくるんだ。あんたは日本語がわからないのか。

 顔が険しくなっているのはわかっているが、私は表情をそのままにして久松を睨みつけた。


「…なによ」

「アヤメちゃん思ってたより胸大きいよね〜。C? D?」

「………」

「イッテェ! 痛い! 痛いよアヤメちゃん!」


 ドスッと音を立てて久松の足の甲に踵落としをした私は悪くない。

 ホントにこいつは……どこ見てんだよ!

 私は胸元を腕で隠し、先輩の後ろに隠れる。


「……久松、お前締められたいのか?」

「えーやだぁ。男と絡みたくない。暑苦しい…うわ、ちょっとやめろよ橘! 離してって!」


 当然のことながら、私の彼氏様はお怒りである。

 先輩に腕を掴まれてズルズル引きずられるようにして連行されていく久松をザマァと見送った私であった。

 久松の連れの子は「ちょっと!」と慌てて久松を追っていったので、そこに残された私は先輩が久松を締めて戻ってくるまで友人たちがキャッキャウフフしてる姿を眺めていようとぼんやりしていた。


 まさか久松と海で遭遇するとは思わなかった。

 だから更に海でまであの人と会うとは思ってなかったから私は油断していた。

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