嵐はまだまだ続くよ。私は逃げるけど。

 整形外科で先生に頭皮の相談をしたら皮膚科に行ったほうがいいよと言われたので、診察の後に近くの皮膚科で頭皮を診てもらった。

 整形外科では打撲と擦過傷の診断がおりて、湿布と軟膏をもらった。レントゲンを撮ったけど骨は無事だったよ。

 皮膚科では強く髪を引っ張られたせいで皮下出血を起こしているのと一部浸出液が皮膚の下に溜まってると診断された。軽く治療され、頭皮に優しいシャンプーと自然治癒を促すためのビタミン剤を処方された。それで今日は髪を洗うなと言われちゃった…夏なのに…

 皮膚科の先生は一ヶ月もすれば目立たなくなるよとハゲの部分をフォローしてくれたが、一ヶ月もかかるのか。私はハゲてしまった部分が気になって仕方がなかった。


 先輩は目立たないから気にするなと言うけど、気を遣って嘘を吐いているような気がする。

 髪の毛ハーフアップにして誤魔化そうかな…


 実際に逮捕になるかは分からないが、一応形だけでも実績を作るということで被害届を出しておいたほうがいいと先輩に言われたので診断書を取って警察にも向かったのだが……正直のり君とは2度とお関わり合いになりたくはない。

 だからといって泣き寝入りも負けた気がするから、植草さんに連絡してのり君の名前とか諸々の情報を聞き出してから被害届を出したけどさ。

  

「兄さんがいたらもっと色々わかるんだけどな」

 

 と警察で色々手続きをした帰りに先輩は言っていたけど、先輩も十分すごいですから。

 



 警察に被害届を提出した後は、またいつもと同じ日々が始まった。学校の友人や風紀委員にも心配させてしまっていたようで、先々で心配の声を掛けられたので私は猛省した。

 風紀委員長の柿山君にも先輩と同じ事(学校にいたんだから風紀を呼べって事)を言われて余計凹んだ。

 柿山君がのり君の学校の電話番号を調べて、私が拉致・暴行された事について苦情を入れてくれたそうな。でも一蹴されるかもしれんと言われたけど、そんな事ない。その行動だけでもありがたいよ。



 その週の日曜日に高そうな菓子折りを持ったおじさんが家にやって来た。激お怒りの父さんと和真が応対してて、私は母さんによって部屋から出してもらえなかった。

 だからどんなやり取りがあったかは知らない。聞いても教えてくれないし……もしかしたらあの人、のり君の父親だろうか。


 その高そうなお菓子は和真が全部空手道場に持って行ってしまったので一個も食べられなかった。

 和真に文句を言ったら溶けかけの駄菓子チョコ渡された。

 どういうことなの。



 あ、先輩とのデートは延期ということになり、テストの結果次第で行くと以前約束した水族館に行くことになったよ。

 それ以降は先輩がテスト前になる為、またしばらく先輩と会えなくなってしまうからその分思いっきり楽しんでくるよ。



★☆★



 あの後植草兄に連れて行かれたのり君の行方は、誰も知ることはなかった……


 と、言いたいところだけど、植草さんが言うにはちゃんとお家に帰したんだって。だよね。だからお父さんらしきおじさんがウチに来たんだもん。

 二人っきりでじっとりねっとりオハナシをしたからもう二度と植草さんに近寄らないだろうって言ってたけど植草兄は本当に何したの?

 「昔やんちゃしてたからお兄ちゃん喧嘩強いんで大丈夫です!」とか植草さんに言われたけど安心できる要素がない。


 別にのり君に同情してるわけじゃないんだけど、のり君は面倒くさい人を敵に回したな。

 思い出したくないし、考えるとイライラするし、あの痛みを思い出してしまう。まだ心の整理は付いていないが、ちょっとずつ回復に向かっている。

 私は受験生なのだし、あんなクズ男なんかに怯えて受験を失敗したくはないのだ。だからいつものように学校で授業を受けていた。 

 

 その日のお昼休みに私は、高校の売店で購入したお茶を片手に教室までショートカットして中庭を突っ切っていた。



「田端先輩!!」

「ん?」

「好きです! あたしと付き合って下さい!」


 名前を呼ばれて振り返ると、華やかな外見をした一年女子…植草さんに告白された。


 弟が。



 ……なんかデジャブだなぁ。どっかで見たぞこれ。


「…興味ない」

「大丈夫です! あたしがその気にさせてみせますから!」

「だから」

「今回はマジで惚れました。あたし、和真先輩を振り向かせてみせます」

「………」

「あたし、あやめ先輩とも仲がいいし、お父さんお母さんとも顔見知りですし! それにあたし…けっこう尽くすタイプなんですよ…?」


 そう言って植草さんは頬を赤く染めて上目遣いで和真を見つめていた。

 積極的だな植草さん。

 さて和真はどう返事するんだろうかと弟の様子をうかがったのだが、弟は「俺忙しいから」とあしらっていた。



 弟よ、お前は本当にすごいな。

 こんな美少女の告白を興味ないの一振りとか。

 姉はお前がラノベのやれやれ系主人公に見えてきたぞ。

 ……まさか、私の知らないゲームの世界が始まっているとでもいうのか?


「また覗き見してんのかよ姉ちゃん」

「通りすがりだよ。失礼な」 


 弟に趣味悪いなぁといった目を向けられ、私はムッとして反論した。

 そういえば和真は大分背が伸びた。170センチ代後半といったところだろうか。随分男前になってくれちゃって。こりゃあ更にモテる気配しかしないな。

 弟よ、強く生きろ。

 

 私が生暖かい目を向けているのを和真は訝しげにしていた。


「あっ、あやめ先輩! 良かったら今日うちに来ませんか?」


 さっきまで和真にアタックしていた植草さんが私を見つけるといつものように声を掛けてきた。

 しかし…こういう状況になったなら、一応彼女に念押しをしておいたほうがいいかもしれない。

 ちょっとドキドキしながら私は彼女にこう言った。


「…植草さん、念の為に言っておくけど……私は和真との仲を取り持つような事は出来ないよ?」

「やだぁ何言ってるんですか! そんなの要りませんよ。あたし、正々堂々と行きたいんで! その辺の女と一緒にしないでくださいよぉ」


 ケラケラ笑い飛ばす植草さん。

 そう言ってくれるなら助かる。私としても可愛い後輩と仲違いなんてしたくないからね。

 …林道さん、強力なライバルが出来たよあなた。

 面倒くさいから私の口からは伝えないけど。


「ていうかなんで和真に惚れたの?」

「えっとーこの間の件で和真先輩、必死にあやめ先輩を探してたんです。その姿が格好良くて…」

「…そうだったんだ」


 弟も探してくれてた事を知らなかった私は目を丸くして弟を見上げたのだが、弟は「…別に大したことしてねぇし」と目を逸らしていた。

 …私が大変な状態だったから、気を遣って言わなかったのだろうか。


「そっか…ありがとう」

「…俺が助けられてばっかりだったから…たまにはいいだろ」

「……なんだよー可愛いやつだな〜」


 急にデレた和真。こいつは本当こんな所が可愛いんだから〜。

 背伸びして頭を撫でてやろうとしたら交わされた。何だよ撫でさせろよ。


 植草さんがフフ、と笑った気配がしたのでそっちに目を向けると、植草さんは恋する乙女の瞳で和真を熱く見つめていた。


「…それに、気遣いができると言うか、背中で語るって言うか…」

「…え?」

「あやめ先輩が彼氏さんと抱き合ってる時、和真先輩が邪魔にならないようにあたしをあの場から連れ出して家まで送ってくれたんです。ほとんど無言だったけど……もう…その背中が格好いいっていうか!」


 植草さんは思い出したのか頬を赤くしてもじもじしている。

 硬派なところに惚れたっていうのか。

 …まぁ、人それぞれ惚れるポイントが違うからね。


「だから、あたしこれからグイグイ行かせてもらうんで! 覚悟してくださいね!」


 ガバっと和真の腕に抱きつく植草さん。

 その腕は力強く、振り払うことが出来ないらしい和真は面倒くさそうに顔をしかめている。


 うーん。

 また嵐が起きそうだなとその様子を眺めていると、ボテッと何かが落ちる音がどこからか聞こえてきた。

 後ろを見ると、いちごオレの紙パックを落として青ざめている林道さんの姿があった。


「なにしてるのっ!? 和真君! その子、なにっ!?」

「……うわぁ」

「あたし、和真先輩の彼女になる予定なんです〜よろしく~」

「はぁ!? どういう事和真君! 私何も聞いてない!」

「なんであんたに逐一報告しねぇといけないんだよ…」

「ひどい! 私は和真君のこと好きなのに!!」


 修羅場が出来上がってしまった。

 ちなみに私は林道さんが現れた瞬間、脊髄反射で現場から逃走したので無事である。


 ほら、人の恋路に首突っ込むのは良くないっていうよね。


 なんか後ろで「ちょ! 姉ちゃん!」と聞こえるけど私は何も聞こえてない。きっとこだまね。



 その後、置いて逃げたことを和真に逆恨みをされてた私は、唐揚げを作らないと恥ずかしい写真を亮介先輩に横流しすると脅された。

 奴の手には幼い頃のアルバムが握られていたのだ…


 なんで? 私何もしてないじゃないのよ。

 お姉ちゃん脅すの良くない。

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