それはないわ。だからあなたは不誠実なんだってば。
あと一種目でお昼休憩の時間だ。
今現在、我が赤ブロックは二位である。午後もこのまま成績を維持できたら良い。三年男子の騎馬戦と女子のムカデ競争の得点は大きいのでなんとか粘りたいところだ。
「あやめさん!」
「雅ちゃん! 来てくれてありがとう〜。わ、それ重そうだから椅子に乗せておくよ」
風紀委員と部活生に声を掛けられている先輩方を見守っていると、日傘をさした和装の大和撫子から声を掛けられた。
彼女の手には大きな風呂敷と小さなバッグがあった。風呂敷が重そうなのでそれを受け取って自分のブロック席テント下のパイプ椅子に載せる。
「お稽古先からそのまま来たもので…あやめさんの競技は終わってしまわれましたか?」
「個人競技は終わったけど団体競技は午後にあるよ」
「…一足遅かったです…」
しゅん…としょげる雅ちゃんかわいい。
だけどカッコいいものでもなかったので観られなくてよかったと年上の矜持がそう言っている。
「ううん。この暑い中来てくれただけで嬉しいよ。それより雅ちゃんは着物で暑くないの?」
「そうでもないのですよ。このお着物は紗の織物でとても通気性が宜しいんですの」
「へぇ~そうなんだ~」
紗の織物? …着物の織り方の種類なのかな。着物って単価が高いから季節ごとに持つとなるとお金かかりそう。
でも雅ちゃんは着物が一番似合うなぁ。
大和撫子にヘラヘラ笑っていると「只今より一時間お昼休憩となります」とアナウンスがかかった。
人によっては教室にお弁当を置いているので食べに戻っていたり、どこかへと買いに行ったり生徒たちは各々散らばっていたが、私は雅ちゃんの手作りお弁当をごちそうになることになっていたので、中庭のあの涼しいスポットに彼女を案内した。
「どうぞ。お口に合えば宜しいんですが」
「うわぁーすごい綺麗! いただきます!」
「橘さんと大久保さんもよろしかったら召し上がって下さい」
「ありがとう。いただきます」
「…料亭みたいだな」
先輩方も来るという話をしていたからか雅ちゃんは多めに作ってくれていた。なんて気遣いのできる大和撫子なんだ。
でも気を遣わせて本当にゴメンね。
芸術作品と言っても過言ではない雅ちゃんの手作り弁当は大変おいしゅうございました。
私の語彙力では表現しきれないくらい美しく、美味だったよ。
その少ない語彙力を使って私はこれでもかと言うくらい感想を語っていた。ただ綺麗、美味しいを表現変えて連呼していただけなんだけど。ついでに素材と生産者に感謝を述べていた。食べ物と提供してくれた人には感謝しないとね!
ていうか実際に大久保先輩から「お前は食レポしてんのか」とツッコまれた。でもそれほど美味しかったの!
「ごちそうさまでした! 美味しかった〜」
「そう言っていただけると作ってきた甲斐がありますわ」
私は気に入ったおかずの作り方を雅ちゃんに質問したり、おしゃべりして過ごしていた。その隣で先輩方も会話をしていて、みんなで和やかなお昼休憩を過ごしていたのだが…
「花恋! 待って下さい!」
「離して下さい! 私にはその気はありません!」
だけどそんな声に和やかなひとときはぶち壊されたのだ。
私達がいるのは中庭の木陰になっている場所。風通りが良く、木々が日差しを遮ってくれるので夏はとても涼しいスポット。
そして彼らがいるのは中庭の端にある渡り廊下である。
意外とここ声が反響するからね、こっちまで聞こえてくるんだよ。
私はその声と呼ばれた名前にギュン! と首を捻った。
案の定、そこには見覚えのありすぎる人がいて、元攻略対象が元ヒロインに迫っている様子であった。
(おいおい乙女ゲームはもう終わったぜ。伊達先輩)
なんでここでこのタイミングでアクション起こすかな…
私はちらりと隣にいる雅ちゃんに目を向けると、彼女はまたあの人形みたいな笑みを浮かべていた。
雅ちゃんは口では「あの方はどうでもいいです」と言っているが、実際恋心を諦めるのって時間がかかると思うんだ。雅ちゃんは自分の立場的に強がっている気もするんだけど。
でもそんな事私が追求しても仕方がないんだけどね…
伊達先輩はここに雅ちゃんがいることに気づいていないのか、花恋ちゃんを強引に抱きしめていた。
花恋ちゃんは藻掻いているようだが、彼にはそんなの関係ないらしい。自分勝手な言い訳を並べ始めたのだ。
「花恋を騙すつもりはなかったんです。家同士の決めたことで俺の一存ではどうすることも出来ない…だけど花恋には俺の傍に居てほしいんです」
「いやっ離して!」
「不自由はさせません。俺が花恋を守ります。…俺を信じて下さい」
「…うわぁ、それってぇ…愛人になってくださいって申し出ですかぁ? ドン引きなんですけどぉ」
「「!?」」
友達が困っていそうなのでヘルプしようとした私だったが、彼の台詞についついドン引きした顔をしてしまった。
伊達先輩は現在大学一年。
親のスネカジリの分際で高校生女子に愛人(仮)になってくださいって…うわぁ…ないわぁ。
胡散臭そうに伊達先輩を見上げていると「あやめちゃん!」と花恋ちゃんが助けを求める目を向けてきた。涙目な花恋ちゃんは必死に伊達先輩の腕から逃れようとしているがびくともしてない。
「あのー花恋ちゃんが嫌がってるんで離してあげてください」
「…またあなたですか…いつも俺の邪魔をしてきて…」
「それ間先輩にも言われましたけど、タイミングが悪いだけですからね」
女性的な美貌を歪める伊達先輩は私を忌々しそうに見下ろしていた。私は負けじと柄悪く睨んでみたが、これが果たして怖いのかはわからない。
睨み合ってそう時間は経過していないはずだが、伊達先輩は私を頭の先から爪先までジロジロ見て、まるで可哀想なものを見るかのような表情をしてきた。
私はその失礼な態度に見覚えがありすぎたので、次に来るであろう相手の言葉に構えた。
「…あなたのような華のない人間が花恋と親しくするなんて…引き立て役にしかならないというのがわからないんですか?」
あぁやっぱり。
この人…将来政治家の道を進む事になっているだろうに、口は災いの元って言葉を知らないのだろうか。こんなのが日本の将来を担うって…日本は危ないんじゃないの?
ただ嫌味を言いたいだけなのかもしれないが、完全私バカにされてんな。
…本当、コイツと婚約破棄してしまったほうが雅ちゃんは幸せになれると思うんだけど。
さて、どう反論しようか。
パンチの効いた返事は何かなと考えを巡らせていると、私の横をスッと誰かが追い抜いていく。
それを目で追っていくと、彼女は大きく腕を振りかぶって伊達先輩のそのお美しいご尊顔を引っ叩いた。
パーン! という破裂音が妙に大きく響く。
大口を開けてボカーンとしているのは私だけではないはずだ。だって伊達先輩も頬を抑えて呆然と彼女を見ていたから。
彼女の肩がわなわな震えているように見えるが、それは泣くのを我慢しているのではなく、怒りを抑えきれずに震えているようだ。
「…二度目ですわよ…私のお友達を一度ならず二度も貶してくださいましたね…?」
「み、雅さん、何故ここに」
「だまらっしゃい!! 私はあなたのことを買い被っていたようです。ここまで愚かな男とは思いませんでした!」
そう、雅ちゃんだ。
大和撫子な雅ちゃんが伊達先輩にビンタを食らわせたのだ。
「お世話になった伊達のおじ様がどうしてもと頭をお下げになられるから、機会を与えましたけども…再教育の甲斐もないようですね志信様」
雅ちゃんは「この事をおじ様方に報告させていただきますわ」と冷たく通告すると踵を返していく。
だけどあくまで楚々と上品に歩く雅ちゃん。気高く上品かつ麗しいです。
私は失言を吐かれた被害者の方なんだけど、この場の収集をどうつけようかと困っていた。
するともう一度スパーン! と破裂音が聞こえてきた。
「伊達先輩最低です! あっくんのこと悪く言わないで! あなたなんかあっくんの足元にも及ばないんだから!!」
「か、花恋…?」
「あなたとお付き合いはしません! 今後二度と私に近寄らないで下さい!」
雅ちゃんにビンタされた時に伊達先輩の腕の拘束が取れていたのか、解放されていた花恋ちゃんが伊達先輩の無事だった方の頬を張っていた。
何故無事だった方を狙ったかは私にはわからないが、花恋ちゃんは「フン!」と鼻息荒く伊達先輩からそっぽ向くと、小走りで私に特攻してきた。
「あやめちゃんそんなことないよ! あやめちゃんは可愛いからね! あんな人の言うこと真に受けちゃダメだよ!」
「あ…うん、ありがと…」
「あやめさん、この男と同じ空気を吸いたくありませんから移動いたしましょ?」
いつの間にかお弁当箱を片したのか、風呂敷を提げた雅ちゃんが声を掛けてきた。
「え? あ、ちょっと!?」
女の子二人に押されながら中庭を後にして、まだちょっと時間は早いけどもブロック席に戻った。
テントだから日陰はあるけど暑いと思うんだけどな。
ふと振り返ると先程まで一緒にいたあの二人の姿がなかった。
「あれ、先輩達が来てない」
「先輩達なら後で戻ってくるよ。大丈夫だって」
「うーん…」
花恋ちゃんはそう言うけども…
乙女ゲームでもそうだったけど、現実でも風紀委員会と生徒会はあまり仲がよろしくなかった。だからあの場所に残しておくのが心配なんだけど…
「橘さんだって恋人を貶されたら腹が立つでしょう。あやめさん、待ちましょう」
「う…うん」
先輩は素人に対して暴力には走らないはずだけど、心配だ。
大久保先輩がいるから…大丈夫かな?
その後10分もしないうちに先輩方が戻ってきた。そこには当然ながら伊達先輩の姿はなく。
私は亮介先輩に何を話してきたのか質問してみたが、先輩は教えてくれなかった。
ただ「そんな事無いから。気にするなよ」と私の頭を犬撫でしてきたから慰めてくれているようだ。
もっと撫でてほしくてグイグイと先輩に頭を押し付けていると「お~暑い暑い」と大久保先輩が冷やかしてきたので、私はドヤ顔で亮介先輩に頭ナデナデしてもらったのである。
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