18歳になりました。私はまだまだおこちゃまのようです。

「あやめせんぱーい!」

「あれ? 室戸さん。今帰り?」

「はい! 駅までご一緒してもいいですか?」

「いいよ」


 階段を降りていたら二年になった小動物系女子・室戸さんに声を掛けられた。

 うむ、今日もハムスターのように可愛い。


 私と10cmくらい身長差のある彼女は小さい。

 彼女と今度行われる中間テストの話をしながら、私は密かに癒やされていた。

 心洗われる……これアニマルセラピーって言うんだっけ?


 私は少し悩んでいた。

 その訳はクラスの内部でのある問題についてだ。


 わかりやすく言うと、林道さんと花恋ちゃんの微妙な空気が重苦しい。

 林道さんは恋敵(仮)としてゲームの舞台が終わった今でも花恋ちゃんを警戒しているし、花恋ちゃんは敵対心を向けられて林道さんを苦手に思っているようだ。


 前提はここまで。

 話は変わって席替えの時の話になる。

 一応席替えはくじ引きで決まるんだけど目が悪くて黒板が見えないとか背の高い人の後ろじゃ見えないという理由であれば人と交換することが可能だ。

 私は廊下側から二列目の前から三番目という特に有り難みもなにもない位置に決まった。隣はまた沢渡君だった。

 二年の時も隣だったけど、代わり映えがしないなと思っていたんだ。


 するとそこに花恋ちゃんが沢渡君に声を掛けたのだ。


「沢渡君、私最近目が悪くなっちゃって…席交換してくれないかな?」

「いいよ!」


 さすが沢渡君。即答である。

 花恋ちゃんは可愛い笑顔でお礼を言うといそいそと自分の鞄を持って私の隣の席にやってきた。


「よろしくね! あやめちゃん!」

「うんよろしく」


 花恋ちゃんと仲のいい友達は皆、他のクラスに行ってしまった。だから私の側が心強いのだろう。

 彼女とお喋りをしていると、そこへ別の人物が割って入ってきたのだ。


「あ、や、め、ちゃーん! はいっ」

「……? なにこれ」

「あやめちゃん今日お誕生日でしょ? おめでとう!」

「…え、誕生日言ったことあるっけ?」

「和真君が道場でぼやいてたから知ってた。カップケーキ焼いたの。食べてね」

「それはわざわざありがとうございます」


 まさかの林道さんからの誕生日のお祝いをもらった。びっくりして反応が薄くなってしまった気がする。

 私の名前の由来である菖蒲の誕生花は何日があるのだが、私の誕生日は本日5月18日だ。


「あっちゃー林道っちに先越されたかー」

「アヤ、誕生日おめでとう」

「ありがとう〜!」


 リンとユカからのプレゼントに私のテンションは上がった。祝われるとやっぱり嬉しいものだ。

 リンからは持ちのいいらしいマスカラとつけまつげのセット。ユカからはグロスとリップのプレゼントだ。

 自分が買わない色、ブランドだったので嬉しい。


 中身を見て喜んでいると、林道さんが不満そうにしていた。そんなに頬膨らませると余計に子供っぽく見えるよ林道さん。


「…あやめちゃん、私のプレゼントより嬉しそう」

「林道さんのも嬉しいよ? びっくりが前に出てしまっただけで」


 そんなに膨れるなよ。ちゃんと喜んでるってば。


「え!? アヤちゃん今日誕生日なの!? 大変だ!! 俺なんにも用意してないよ!」

「大丈夫気にしないで」

「あ。そうだこのお気に入りのヘアピンを」

「あ、うん大丈夫」


 沢渡君から魚のルアーを象った主張の激しいヘアピンを譲られそうになって私は遠慮した。

 そんなの付けられないわ。それのどこに惹かれたの一体。


「あやめちゃん……」

「ん? どうしたの花恋ちゃん」


 花恋ちゃんに声を掛けられたので彼女に目を向けると、彼女は顔面蒼白になっていた。


「ごめんなさい…私、忘れてた…あやめちゃんの誕生日…」

「…え? あぁ、いいよ別に」

「明日は絶対持っていくから!」

「気持ちだけでも嬉しいから大丈夫」


 隣の席で慌てふためく花恋ちゃん。

 別にプレゼントせびってるわけじゃないからいいのに。


「本橋ちゃん大丈夫だって。今日はアヤ、彼ピッピと放課後デートだから荷物少ないほうが助かると思うし」

「そうそう。どうせ彼氏からのプレゼントをこの子一番喜ぶだろうから時間差であげたほうがいいよ」

「そ、そうかな?」


 ユカとリンのフォローにホッとする花恋ちゃんだったけど、そこで林道さんが余計なことをボソリと言った。


「…友達面してるくせに誕生日忘れるとか…ありえない」

「……!」


 二人の間に緊張が走った。

 林道さんは花恋ちゃんを冷たく睨みつけ、花恋ちゃんは反論できなくて唇を噛みしめていた。

 林道さん、何かにつけてチクリと嫌味言うんだから!! 


「林道さん! ハウス!」

「!?」


 あんたは意地悪な姑か!

 なんで穏便に出来ないかね!


「私は気にしてないんだから余計なこと言わない!」

「だってぇ!」

「だってもしかしもない! …花恋ちゃん気にしちゃダメだよ?」

「う…うん…」


 しょぼん…と沈んでしまった花恋ちゃん。

 仕方がないので林道さんの頬を両手で潰して、公開潰れたアンパ○マンの刑に処しておいた。

 その後もしばらく花恋ちゃんは落ち込んでいたのだ……



「ハァ……」

「あやめ先輩お疲れですか? テスト勉強頑張ってるんですね!」

「いや、違うのクラスメイトがね…」

「あっ! こんにちは橘先輩!」

「あぁこんにちは」

「それじゃあ! 私はこれで!!」


 室戸さんは空気は読んだ! とばかりに回し車を走るハムスターのごとく小走りで去っていった。

 そんなに気を遣わなくてもいいのに。

 私は駅前で待っていた亮介先輩を見上げて首を傾げる。


「あれ、待ち合わせの時間までまだありますよ?」

「早く着きすぎた。学校がちょうど終わるかと思って待ってたんだ」

「連絡してくれたらいいのに」

「連絡したら慌てて来そうだから止めた」

「私そんなにそそっかしくないですよ」


 私は亮介先輩の言葉に異議申し立てをしたのだが、彼はハイハイと流した。


「そのおざなりな返事止めて下さい。この数ヶ月私何も問題起こしてないでしょ?」

「……どうだかな」


 私はモブ卒業してから至って平穏に過ごしているつもりなんだけど、先輩はそうは思っていないらしい。

 その煮え切らない返事に私はムッとして先輩の腕に抱きついた。


「なんですかー」

「別に。少し早いけど行くか。お前が行きたがってた店」


 流された。


 それはさておき、先輩に連れられて私はSNS女子が好みそうなパンケーキ屋に入った。

 ここずっと気になってたんだ。


 店内は甘い香りが漂っており、店に入ってすぐに彼が少し眉をしかめていたので、店員さんに外のテラス席は空いているか確認してからそっちに通してもらった。


 丸テーブルに着くと私は早速メニューを眺めた。

 様々なパンケーキが写真と文章でカラフルに紹介されている。どれも美味しそうで目移りしてしまう。


「うわぁどうしよう。迷うなぁ」

「……生クリームの量が意味わからない」

「それはパスですね。太りそう…うーん…この果物畑のパンケーキにします」


 メニューを見て先輩が顔を歪めていた。

 パンケーキの上に乗っかっているソフトクリーム巻きのホイップのことを言っているようだ。確かにこれは盛り過ぎだよね。パンケーキが見えなくなってるもん。

 注文を済ませて、パンケーキや飲み物を待っていたのだが、その時に私は彼から誕生日プレゼントを貰った。


「誕生日おめでとう」

「わぁ! ありがとうございます!!」

「本当にそんなのでいいのか?」

「これが良かったんです! お揃いのシャーペンだったら増々頑張れそうですもん!」


 シックな包装紙に包まれた長細い小さな箱。

 私が先輩に誕生日プレゼントでおねだりしたのは先輩の使っているシャーペンと同じもの。

 一緒に勉強している時、ずっと気になってたんだよね。だけどその辺の文具屋で売ってるものでもなかったから買うことも出来なくて。

 先輩に聞いた所、高校入学した時に文具の専門店でお祖父さんが買ってくれたものらしい。別にオーダーメイド品じゃないそうな。


 やった〜♪と喜ぶ私に先輩は笑みを浮かべていた。

 私はそれに思いっきり笑顔を返す。


 テスト前なのに呑気にデートしてていいのかと言われたら耳が痛いけど、今日は休養日。

 明日から本気だすからいいの。


 しばらく先輩とお喋りして待っているとパンケーキが届いた。私はシロップを掛ける前に一口サイズにカットしてフォークごと先輩に差し出す。


「多分そんなに甘くないですよ。ひとくち食べてみません?」

「…お前の分なんだからお前が食べたらいいだろう」

「おいしさは分かち合いたいんですよ。ほらあーん」


 私が引く様子がないとわかると先輩はおずおずと私が差し出すパンケーキを口に入れた。


「果物の甘さも苦手なんですか?」

「…オレンジとか甘さが際立ってないものなら」

「じゃあこれもどうぞどうぞ」


 餌付けのごとく先輩に食べさせる。

 先輩は眉をしかめているがこれは恥ずかしい時の顔だから大丈夫。

 一通り先輩に食べさせると私はパンケーキにシロップをかけてようやく自分もパンケーキを口にした。


「うーん。ふわふわ。美味しい」

「…お前の恥ずかしさの基準がよくわからん」

「えー? なんですか私がまるで恥知らずみたいな言い方して」


 たまにはバカップルみたいな振る舞いをしたいんだよ。イチャイチャしたいんだよ!!


「いいじゃないですか。私今日誕生日なんですよ。そう! 今は亮介先輩と同い年なんですから!!」

 

 そう、9月生まれの亮介先輩はまだ18歳のまま。

 私はなぜかそれにワクワクしていた。


「……18になっても未だおこちゃまだけどな」

「またそれ言う! なんなんですか! 子供扱いやめてくださいよ! 今は同い年なんですからね!」


 私がそう反論すると、亮介先輩は半眼になって見てきた。

 そしてため息を吐く。


 だからなんなんだその反応は!


 私は視線で不満を訴えながら、パンケーキを食していたのだが、パンケーキの美味しさに顔が緩む。

 あ、写真撮影するの忘れた。

 

 少ししょんぼり気味にパンケーキの成れの果て…つまり食べかけを見つめていた私だったが、亮介先輩に「あやめ」と呼ばれて顔を上げる。

 彼は呆れたような、焦れたような表情をして私を見ており、熱のこもったあの瞳をしていた。


「…あやめ。俺はそんなに待てないからな」

「…え?」

「俺は別に清い交際を目指してるわけじゃなくて、お前を焦らせたくないから待っているだけだから」

「…待っている……。あっ!」


 私は数秒遅れ理解した。

 

「テストの結果が良ければ俺の家に行きたいと言っていたけど、上がったら無事帰す保証はないからな」

「…あ、はい」

「それが嫌なら、おこちゃま扱いを甘んじて受けてろ」

「………」


 そう言って先輩は首の後ろを手のひらで擦りながら俯いてしまった。


 私の頬は熱くなっていた。

 ちゃんと警告されていたのに、私はすっかり忘れていた。

 亮介先輩なら大丈夫という謎の安心感で無害認定を無意識にしていたのかもしれない。

 

 多分それに気づかずに先輩を苛つかせていたのだろう。


「あ、えと…なんかすいません。私おこちゃまみたいです」

「本当にな」

「なるべく早く大人になるんで待ってて下さい…」


 その言葉に亮介先輩が顔を上げた。

 私はフォークをギュッと握って確固たる信念を持って先輩を真っ直ぐ見つめる。


「あと3キロくらい痩せたら覚悟決めます!」

「………」

「……半年以内には」

「お前は俺を殺す気か」

 

 真顔で返された。

 そんなつもりないんですけど!?

 

 だけど私だって乙女の端くれだ。今はお腹がポヨポヨしてるしこんなの見せられないよ。


「だって幻滅されたくないんですもん! 私太っちゃったんですよ!」

「俺は気にしない」

「私は気にします!」



 パンケーキ屋で私達は一体何を口論してるんだ?

 周りに人がいなかったから良かったけど本当に何してるんだろうか。




 その後人目のない公園でされたキスは少し激しくて私は酸欠になりそうだった。

 いつも鼻で息するのを忘れそうになるんだよ。



 …モブの次はおこちゃまを卒業しないといけないのか。

 …腹の肉がなぁ…




 家に帰ると私は母さんにこれから勉強中の夜食は要らないと告げた。

 いま運動する時間は割けないので、出来ることで痩せてこう。

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