小話・あやめママとバレンタインとついでにパパ。

本編2月13日の話になります。


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「どう? 味は」

「どれも美味しいよ」

「うん美味しい」


 バレンタインチョコの試食を頼まれ、私と夫がそう感想を述べると、娘は安心してラッピングに取り掛かっていた。


「今年は随分力が入っているのね」

「…べ、別にそんな事ないよ…」


 私の指摘に娘はギクッとしたが、『私には何もやましいことなんて何一つない』といった素振りでそれらをラッピングして、全て冷蔵庫に収納するとそそくさと部屋へと逃げ帰って行った。


 あやめは隠しているようだけど、あの子に好きな男の子ができたことを私は知っている。

 いつもは甘いチョコレート一択なのに今年はビターチョコレートと口直しのビスケットも用意していた。その2つのお菓子が入ったラッピングを数回やり直ししていたのでそれが本命の彼にあげる分なのだろう。


 あやめは好きな男の子の話なんて一切しないけども、母親の目を甘く見ては困る。

 娘の手作りチョコレートにデレデレしている夫は気付いていないようだが、もしもあやめが彼氏を連れてきた時、この人はどうなるのだろうか。



 あやめは昔からお転婆で元気な女の子で、大人しく泣き虫だった息子・和真と性別を入れ替えたら良いんじゃないか? と周りに言われることが多々あった。

 それを悪い方向に受け取った娘が、伸ばしていた髪の毛を自分で切り捨て、男の子になる! と宣言した時は自分の落ち度に腹を立てたものだった。

 お転婆でも娘は女の子。大人たちの言葉に傷つきそんな行動に移したのだろう。何故あの発言がされた際に娘を庇わなかったのかとしばらく自分を責めた覚えがある。


 そんな娘は年頃になっても全く色づく気配もなかったのだが、高校二年になって突然イメチェンをしたのをキッカケに変わった。

 娘は恋をして綺麗になったと思う。


 去年のとある日の晩に夫が一人で騒いでいたが、娘を家まで送ってくれた男の子がいたという。

 その時のあやめは頬を赤らめてぼんやりしていたので夫の言葉が耳に入っていない様子だった。

 コレは完全に好きな人ができたんだなと私は確信した。

 夫いわく、薄暗くて顔は確認できなかったが背の高い同じ高校の男の子だったという。

 始めはご近所の大志君じゃないかと言っていた和真は後々になってから「橘先輩かも」と私に教えてくれた。和真の反応はそう悪くなかった。相手は真面目で人望の厚い男の子だという話を聞いて私はホッとした。

 だから娘が打ち明けるまで、冷やかすこと無く娘の恋を見守っていこうと思っている。



 …だけど、念の為この人には覚悟をしておいてもらわないといけないと思うのよね。

 いきなり娘の口から言われるより、前もって心構えしていたほうが楽だと思わない?


「ねぇお父さん、もしもあやめに彼氏が出来たら…」

パリンッ

「ちょっなにしてるの!? グラス割れたから動かないで!!」


 皆まで言っていないのに夫はお酒の入ったグラスを床に落として割った。何してるんだこの人は!

 私は慌てて割れたグラスを回収して、雑巾で床を磨く。

 失敗した。グラスを持ってないタイミングで言うべきだったか。


「かかか母さん! なんでそんな縁起でもないことを」

「健全なことでしょうが! あやめはもう17歳なのよ! 彼氏の1人や2人いてもおかしくないでしょう!」

「まだ早い! 彼氏なんて必要ない!」

「何言ってるの馬鹿じゃないの!? …予言するわ。3ヶ月以内にあやめには彼氏ができる! 貴方は覚悟をしておきなさい! 自分のワガママで反対することだけは許しませんよ!」


 女の子を家まで送るってことは余程のお人好しじゃなければ、相手もあやめを意識している証拠だと思う。

 和真も薄々勘付いているみたいだし、相手が受験生だと聞いたから…時間の問題だと思う。


 私はドラマの中で検事が被告に向けて証拠を叩きつけるように夫にそう宣言した。

 私の言葉をまるで死刑宣告のように受け取った夫はソファーにバタリと倒れ込む。


 しばらくすると「ううう…グスッ」と夫が嗚咽を漏らす声がしたが、放っておこう。

 まだ彼氏が出来たこと確定ではないし、ましてや嫁に行くわけでもないのに大袈裟な夫である。


「あやめは…あやめは父さんのお嫁さんになるって…」

「言ったことないわよ。あやめは幼稚園の時キュートプリンセスの黒薔薇のプリンス様と結婚するって言ってたから」


 幼女向け戦うヒロインアニメの敵役に惚れ込んで日曜朝はテレビの前でうっとり画面にかじりついていた娘のことを忘れたのか。

 正統派のヒーローではなくて当て馬タイプの敵役を好むって中々ないと思う。黒薔薇のプリンス様が死んだ時あやめはショックで泣き濡れていた。


 娘が夫と「結婚する」なんて一言も言ったことがないと言うのに、ひどい記憶の捏造だ。

 流石の私も引くわ。


「母さんが冷たいぃぃ……」

「寝るなら布団で寝てちょうだいね」

「うぁぁぁぁん……」


 まだ泣いている夫は放っておいて私は明日のお弁当の下ごしらえでもしようかなとソファーから腰を上げたのだった。



 あやめが好きな人とうまくいけばいい。

 親としては少し寂しいけれど、娘が幸せになるならそんなのどうってことない。


 あやめが好きな男の子はどんな子なのかしら。

 背が高くて真面目な人望のある橘君。

 娘が彼を紹介してくれる日が楽しみだわ。



「う゛ううぅ…」

「……なにこれ」


 お風呂上がりの和真がソファーに突っ伏して泣きじゃくる夫を見て引いた顔をしていた。

 あらやだ……この泣き方見てると黒薔薇のプリンス様が死んだ後のあやめと泣き方がそっくりね。


 

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