大切なのは中身。そう胸を張れたらいいけど難しい。
「ねぇねぇ和真、今度あたしとプリ撮ろうよ!」
「和真君は莉理とクレープ食べに行くの!」
「……………」
今、目の前で弟のトラウマ(仮)が弟にからむ光景が広がっていた。
和真は慣れた様子で音楽を聞いてシカトしているが、女の子たちの勢いは増していた。
彼女たちは同じ幼稚園だった子達で、和真のお嫁さんになる! と意気込み、和真を困らせた挙げ句に泣かせた肉食系幼女だった子達だ。
違う校区だったので小学・中学は違うし、高校も違ったというのに電車で遭遇してしまった。
和真ほどの美形になると会うのは幼い頃以来でも覚えているものらしい。
(…うん、弟よ。強く生きろ)
私は弟に逞しくなってもらうために見て見ぬふりをした。
したのだが、背を向けた瞬間私のスマホが振動して弟から脅しとも取れるメッセージでヘルプが来たので仕方なく救出しに行くことになった。
私の写真で脅すのはやめなさいって。
拡散もすんな。私の寝顔いつ撮ったんだあんた。
朝っぱらから濃いメンツに絡まれた弟を助けた私はもれなく肉食系女子の
「和真ぁメッセージちょうだいね? 約束だから」
「莉理待ってるからね」
彼女たちは私達姉弟が高校近くの駅で電車を降りるまで、甘ったるい声で和真にそう念押ししていた。
二人共中々可愛い子たちなのだが、ガツガツしてるんだよね。和真は肉食系女子が苦手だからなぁ…。喰われそうで怖いみたい。
和真は朝から大変ご機嫌が悪かった。
「あんたもいい加減自分で女をあしらえるようになりなさいよ」
「…言っても聞かねーんだよ」
モテすぎるのも考えものなのかも。
昔からなので私はもうこの風景を見慣れてしまっているが、女の子にアプローチされている和真が勿体ぶっているわけじゃなくて、うんざりしているのもわかっている。
私はそれを一度でいいから味わってみたいと思っていたが、モテすぎて困ってる弟を目にするとやっぱり嫌かもと思ったり。
あ、モテてみたいと思ったのは決して浮気じゃないよ! 私は亮介先輩一筋だからね!
彼女たちとは学校も違うし、家も遠いし、そう簡単に遭遇しないだろうと私は踏んでいたのだが肉食系女子は強かった。
「和真ー! あたし昨日ずっと連絡待ってたんだからぁ!」
「…なんでここにいるわけ?」
「だってーこうでもしないと和真会ってくれないでしょ?」
あざとい上目遣い。
気が強そうな女の子でギャル系なのは私と同じだけども、ぶっちゃけ藍那ちゃんはギャルメイクしなくても十分可愛いのに勿体無い気がする。
「和真君はいこれ! 調理実習で作ったの!」
「…いらね」
「そんな事言わないで? 莉理頑張って作ったんだよ?」
ロリ系統なのが林道さんと被るけど、こっちは巨乳の持ち主だ。女の私でも思わずそのお胸様に目が行くのに和真ときたらアウトオブ眼中である。
興味が無いのか乳派ではないのか。
弟の性癖は別に知りたくないのでどうでもいいが、和真は彼女とか作ったりしないのであろうか。
「ちょっと和真君! この子達誰!?」
「…めんどくせ」
「…誰この女」
「和真君、こんなまな板女相手にするわけないよね?」
「まな板!?」
そこに林道さんが加わってもう大変だ。
高校の正門では一人の男を巡って三人の女が睨み合うという構図ができあがっていた。
わぁ混ざりたくないなぁ。私帰っちゃ駄目かな。
しかし人の身体的特徴を突くのは良くないと思うんだけどな。いくら自分が体型に恵まれてるからってそれはいただけない。
すごく関わりたくないけど私はその渦中に足を踏み入れた。
「…莉理ちゃん、人の身体的特徴をやじるって趣味悪いと思うんだけどな?」
「! 和真君のお姉さん…」
「あんた達さ…和真の容姿しか見てないよね。和真がそんな女に惹かれるとでも思ってんの? ていうか和真の中身に惚れた女じゃないなら小姑の私が妨害するからね」
「「はぁ?!」」
「和真、ちゃんと自分で片を付けなさいよ」
弟にそう念押しすると、自分の胸に手を当てて「まな板…」と凹んでいる林道さんの背中を押した。
スレンダーなのを密かに気にしていたようだ。
珍しく凹んでいる彼女を駅まで連れて行ったはいいが、どうしよう。彼女の家は私の最寄り駅の先なのに。
暗い表情をしている林道さん。どうにも気まずくて私は声を掛ける。
「えっと…スレンダーも味があって良いと思うよ? マニアいるくらいだし…」
「あやめちゃんひどい! あやめちゃんもそんな事思ってたの!?」
林道さんをフォローしたつもりだったが私も自分で言っておいて何言ってんだろうとは思った。
林道さんがジワジワ涙目になって私を睨みつけてくる。
ごめん、本当にごめん。
「あやめちゃんは胸が大きいからいいけど、私は切実なんだよ!」
「は!? ちょ、声大きい!」
「あやめちゃん位、私もフカフカになりたい!」
なんで私の胸の大きさを知ってるんだこの人!
ていうか平均サイズだよ! 巨乳みたいな言い方しないで欲しい。
公衆の面前でそんな事を暴露されて私は慌てる。
ワタワタと彼女の口を抑えようとしていたら、たまたま同じ電車に乗り合わせたとある人物と目が合った。
いたのか、橘兄。
…スッ。
彼は私からそっと目を逸らして聞いてないふりをしてくれたが……なんだろう、この微妙な感じ。
これを弟さんにバラさないで下さいね? お兄さん…。
橘兄に変なこと知られて私の心中は荒れはじめていた。
「和真君絶対がっかりしたよね? …私だって大きくなるように頑張ってるんだよ?」
「いや、そんな事無いよ。そもそも期待もしていないから大丈夫だと」
「あやめちゃんひどい!」
「……」
じゃあなんて言えばいいんだ。
私は無駄に期待させるほうが残酷だと思うんだけども。
あの場に放置しててもどっちにせよカオスだったに違いないから彼女だけ引っ張って来たけどもそれが間違いだったのか…
電車で泣き出してしまった林道さん。乗客から突き刺さる視線を感じて私は途方に暮れた。
「あー。えっと和真は別に巨乳好きじゃないし…うん」
「でもないよりあるほうがいいでしょ! 男の人って皆そうだもん!」
「うーん、私男じゃないからその辺わからないなぁ…」
「好きな子ならサイズは気にならないけどな俺」
「「?」」
突然横から割って入ってきた声に私だけでなく林道さんも肩を揺らした。
先日高校を卒業して大学入学を控えているので制服ではなく、私服姿の波良さんがそこにいた。
彼が持っている大きな紙袋には大学のロゴが入っており、学用品でも買いに行っていたのだろうかと推察する。
私の隣の座席に座ったかと思えば、身を乗り出して私を挟んで向こうにいる林道さんに話しかけてきた。
私を挟んで話しにくくないのだろうか。林道さんの隣に座ればいいのになんでここに座るかね。
「寿々奈ちゃんも健気だなぁ。だけど和真がそんなちみっちゃいこと気にする男だと思うか?」
「…そんな事無い…と信じたいけど…」
「心配せずともそのうち大きくなるって。あれだったら和真に頼んでみたら?」
「え?」
波良さんの言葉に林道さんは目をキラキラさせた。
しかし私は嫌な予感がしたので波良さんの口をベチッと手のひらで塞いでおいた。
「セクハラやめて下さい」
「いってぇ、ちょっとあやめちゃん痛いんだけど」
「確証もない事を林道さんに教えないで下さい。それとそういう事を勧めるのもやめて下さい」
私は軽蔑の眼差しを波良さんに送る。
この人爽やかだと思っていたけども全然そんな事ないな。爽やかにセクハラしてくるやつだ。
爛れた関係ダメ絶対。小姑は許しませんよ。
「えー? あやめちゃんだって彼氏にしてもらってるでしょう?」
「先輩がそんな事するわけ無いでしょう! 私を大切にしてくれてるんですから!」
まだ付き合って一ヶ月も経ってないんだぞ。
恋愛初心者の私を気遣って亮介先輩は清い交際をしてくれている。私はそれに満足しているし、それだけで幸せだ。
私の彼氏様は私が焦らないようにと気遣ってくれているのだ。私は大切にされているからね。
フン、と自慢げに波良さんを見上げたのだが、彼は衝撃を受けた顔をしていた。今にも目玉が飛び出そうになっているけどそんなにびっくりすることだろうか。
「ウソでしょ!? いやいやあやめちゃんの彼氏も男なんだから!」
「知ってますよ。どう頑張っても女には見えません」
「そうじゃなくて! …嘘でしょ!? 俺には無理だわ! あやめちゃんの彼氏って本当に男!?」
波良さんがなんか騒いでるが、面倒なので私は相手をするのを放棄した。
波良さんの目には先輩が女に見えるのか。眼科に行くことをおすすめする。
そんなこんなしていると最寄り駅に着くとアナウンスが流れたので私は座席を立ち上がった。
「じゃあ林道さん、あまり気に病まないようにね」
「え、あ、うん」
「待って待ってあやめちゃんガチなの!? どんだけなの!?」
「波良さんうるさいです」
駅が同じ波良さんと下車したのだが、波良さんをあしらって帰宅しようとしていた私を呼び止めた橘兄に「…あまり、弟を追い詰めないでやってくれ。あいつも男だから」と言われた。
追い詰める?
何いってんだこの人。
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