小話・私とユカとリンとそのおまけの沢渡君。


 今でこそリンやユカと仲良しだけども、イメチェンをしてリンに話しかけられた時からしばらく私の態度は硬かったと思う。

 なんてったって今まで地味系女子だった私だ。

 色気より食い気な私が、女子力の高いギャルといきなり馴染めるかって言われたら……なかなか難易度高いでしょ?

 あの頃は二人の性格も全然よく知らなかったし…やっぱりギャル系ってちょっと怖いなって思ってたりしてて、私は無意識に二人に対して壁を作っていた気がする。



★★★



 ──高校二年・四月



「アヤ、お菓子食べる?」

「へっ!? あ、ありがと…」

「なーにー、もっと取りなって。ほらほら」


 バスの前の座席から振り返ってきたユカにお菓子の箱を差し出されたので、私は恐縮しながらお菓子を貰った。

 一本だけ貰うとそれを遠慮していると思われたのか、ごっそり渡されてしまって私は欲張りさん状態になってしまった。

 棒状のお菓子を複数本両手に持ち、サクサク食べながら私はこっそりため息を吐く。


「アヤちゃんアヤちゃん! あそこの山って鹿がいるらしいよ!! 楽しみだね!」

「そうなんだ…」

「鹿〜? 沢渡あんた鹿の恐ろしさを知らないの?」

「アイツら人間襲うからね」


 私は今遠足に向かっていた。

 高校二年の四月に実施される遠足で山登りをするためだ。

 私の座席の前にはユカとリンが座っており、私の隣の座席には男子の沢渡君が座っている。

 皆…ギャル系のイケイケタイプである。


 自分も今現在ギャル系なのだが、メンタルは地味系のまま。ギャルの勢いに押され気味である。

 悪い人たちじゃないのはわかる。

 だけど、怖い。


 隣の沢渡君はさっきから私に話しかけてくれるが、私は気の利く返事ができずに少々自己嫌悪している。

 私だって人見知りするんだよ! 



 私が思い悩んでいる間に乗っているバスは本日登る予定の山に到着した。

 地元から少し離れた位置にあるこの山は県境に位置する1000m級の山だ。

 …ぶっちゃけ山登りなんてだるい。


 高一の時にも今ぐらいの時期に臨海学校が三泊四日で行われたが、あれもきつかった。肝試しとかキャンプファイヤーは楽しかったけどさ、とにかくしんどくて…ホームシックになった思い出しかない。

 生徒たちの親交を深める為の催し物っていうけど…きっついんだよぉ…


 嫌がっても学校行事は強制だ。クラス毎に順に山登りが始まった。

 登り始めは良いが、どんどん傾斜が激しくなってきて前の人と距離が生まれてくるのも山登りあるあるだ。

 山登って何が楽しいんだよ。きついだけじゃないか。

 …三年生が羨ましい。三年生は大事な年だからって学校で勉強してるんだってさ。私も来年そうなるのわかってるけど…

 

 私は黙々と登っていた。体力の温存のためだ。

 ユカとリンも最初はお喋りをしていたが、進むにつれて疲れてきたようで皆無言になった。



「ねぇねぇ! みてみてキノコ見つけたよ!」

「……沢渡、あんた元気だね」

「…その派手な斑点…絶対毒キノコだから捨てたほうがいいよ…」

「えー? もしかしたらトリュフかもしれないじゃん!」

「あんたはトリュフを探す豚にいつからジョブチェンジしたのよ」

 

 丁度中間部に差し掛かった頃、会話もなくひたすら登っている私達に、沢渡君が元気よくキノコのような物体を見せびらかしてきた。

 茶色のカサに白い斑点…つぶつぶがくっついていて怪しさ満点なキノコである。それ絶対食用じゃないでしょ。

 キノコに詳しくないからなんとも言えないけどさ、派手なキノコって毒含むっていうじゃん。その道のプロでも間違えるんだから無闇に持って帰らないほうが良いよ…

 

「それ絶対トリュフじゃないから」

「えー?」


 なんでこんなきつい山登りでこの人こんなに楽しそうなんだろう。

 その元気を分けて欲しい。


 そのあとちょくちょく沢渡君が謎の物体を採取する度に「捨てなさい」と命じていたので私は余計に疲れた。最後あたりは沢渡君を見ずに「捨てろ」と投げやりな返事をしていた。

 


「アヤちゃん! ほらもうちょっとで頂上だよ!」

「………うん……」

「アヤ大丈夫? 背中押してあげようか」

「よーいしょー」


 私の背中をユカが押してくれ、前を登っていたリンが腕を引いてくれて私は頂上へと足を踏み入れた。

 頂上に登った時の達成感なんてない。ただやっと解放されたという気分だけだ。


「…やっと着いた…」

「疲れたね…」

「あそこでご飯食べよ!」


 もうヘロヘロだ。足腰ガクガクだし、もう…疲れた。帰りたい…

 私がユカとリンと食事をしようとしていると沢渡くんもナチュラルに混ざっていたが、彼は男友達と食べなくても良いのだろうか。

 ユカとリンは特に気にした様子もないので私も気にしないでおいた。


 まだすべてのクラスは登りきっていないらしいが、私達は先に食事を済ませ、下山の合図があるまで休んでおくことにした。下るのは上りよりも楽だろうけど、膝にかなり負担来るから休息は大事。



「ねぇねぇ三人とも! 鬼ごっこしない?」

「「「………はぁ…?」」 」


 なのに沢渡君がとんでもない提案をしてきて私達は沢渡君にアホを見る目を向けた。

 だってそうだろう。山を登って疲れてるんだぞ私達は。

 しかも高校生になって鬼ごっこって…子供じゃないのに何を言っているんだこのチャラ男は。


「やだ」

「一人ですれば」

「えぇ!? …アヤちゃあん…」

「いやだ」


 リンとユカが冷たく切り捨てると、沢渡君が捨てられた子犬みたいな顔をしてこっちを見てきた。

 …私だって走るのはゴメンだ。

 はっきりお断りをすると、沢渡君は本格的に雨の中ダンボールに捨てられた子犬の表情になってしまい、私はうっとなった。

 でも走りたくない…

 やめろ……子犬のような目で私を見るな…‥!


「………走るのは、嫌だけど……」


 私は小心者だ。

 あぁ小心者さ。

 

「……だるまさんが転んだならいいよ……」


 私の譲歩はここまでだ。それ以上は飲まん。


 私の提案に沢渡君はぱぁっと嬉しそうな表情をしていた。だるまさんが転んだが出来るのが嬉しいのか、そうか。

 沢渡君の友達も巻き込んで、山の頂上で行われる高校生達のだるまさんが転んだが開催された。

 最初は馬鹿にしていたが、始めると意外と楽しくて皆マジになり始めた。


「はいー! 田端お前今動いたー!」

「動いてないし! 動いたの沢渡君だし!」

「アヤちゃん!?」


 勝負事に卑怯な手はつきものだ。

 私は堂々と仲間を裏切った。裏切り者と呼ばれようが私は痛くも痒くもない。


 子どもの遊びを必死になってやっている私達を他のクラスの人は生暖かく見ていたが、私達は楽しかったからそんな他人の目など全然気にならなかった。むしろ皆も混ざればいいのに。


「はい、切った!」

「しまった!!」

「皆逃げろー!!」


 鬼に繋がれた味方の手を解放すると皆で一斉に逃げ出し、鬼が絶叫して皆が楽しそうにケラケラ笑う。

 あぁおかしい。

 こんなに夢中になって遊んだのっていつ振りだっけ?


 遊んでいるうちに下山時間になり、急な傾斜の山道を下りて行くが行きよりは楽だ。


「私…明日絶対筋肉痛になる」

「てか明日学校とかマジ鬼畜だわ」

「日焼けしてそうで怖い〜」


 私は朝よりも自然に会話ができるようになっていた。二人との距離が縮まった気もしていた。

 ……もしかして沢渡君は私達のことを気にして、ずっと声を掛け続けてくれたのだろうか? とちょっと思った。

 本当はチャラチャラした沢渡くんみたいなタイプは苦手なんだけど…今回の件で彼のことを見直した。


 その後、帰りのバスでは私達は爆睡した。もう疲労はピークを超えていたのだ。

 その寝顔を沢渡君が撮影しており、翌朝学校で写真を巡って彼を追いかけ回したのは言うまでもない。



★★★



「あ、これ…懐かしいな」


 スマホの写真を眺めていると、遠足の時皆で撮影した写真が出てきて懐かしくなった私は、笑みを浮かべていた。


「…去年の遠足の写真か?」

「そうです。私達、山の頂上でだるまさんが転んだで遊んだんですよ」

「……そうか」


 元気だな、と苦笑いする先輩。

 子供っぽい遊びだったけど実際にやるとめっちゃ楽しかったよ。先輩も今度やってみると良い。


「……遠足の時、沢渡君のお陰でリンやユカと仲良くなれたんです」

「沢渡が?」

「沢渡君ていつもヘラヘラしてるけど、結構人のことよく見てるんですよね…だから周りに人が集まるんでしょうね」


 先輩は「確かに憎めない奴ではあるな」と笑っていた。

 写真には私とユカとリンが自撮りしている後ろにバランス良く収まってる沢渡君がチャラいポーズで映っている。

 みんな満面の笑みを浮かべていた。

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