私は女のままでいい。だって先輩に恋ができるから。

「…あやめさん?」

「あ、雅ちゃん」


 学校帰りの寄り道先で雅ちゃんと遭遇した。

 雅ちゃんは私の姿を見て笑みを浮かべたが、私の隣にいる人を見て一瞬で無表情になった。


「…そちらの方は…確か」

「あ…伊達先輩の」


 花恋ちゃんも雅ちゃんのことを覚えてたらしい。硬い表情で雅ちゃんを見返していた。

 2人の間でバチバチッと火花が散った気がしたのは私の目の錯覚だろうか。


 今日は花恋ちゃんに誘われて学校帰りにアイスを食べに行ってたのだけど、そこでばったり会ったのは雅ちゃん。

 伊達先輩の件があるからか花恋ちゃんに対していい印象が無いらしい雅ちゃんは花恋ちゃんを冷たく睨みつけていた。


「えと、雅ちゃん? あのね、花恋ちゃんも悪気があって伊達先輩と親しくしてたわけじゃなくてね?」

「あの人のことは別に気にしてませんわ。……私が気にしているのはこの方がまた男を誑かすんじゃ無いかと心配しているのです」

「たぶらか…」

「あやめさんの恋人にも色目を使うのではありませんか?」

「そんなことしないよ! だいたい橘先輩はあやめちゃんしか見えてないし!」

「!?」

「どうかしら」

 

 2人は相性が悪いらしい。

 いやあんなことがあったら友好的にはなれないか。例え花恋ちゃんに悪気がなかったとしても。

 私はこの場をなんとか丸く収めようとしていたのだが、2人は睨み合っていて険悪な雰囲気だった。


「ふ、2人共、アイス食べに行かない?」


 私は何言ってんだろう。

 仲悪い同士でアイスクリーム食べてどうすんだよ。


「うん」

「はい」


 そう思ったけども二人は私の提案に乗ってくれた。

 この微妙な空気の中、3人でアイスクリームショップに入ると、雅ちゃんは物珍しそうにアイスクリームのショーケースを眺めていた。もしかしてこういう店に入ったこと無いのかな。

 お節介かもとは思ったが、雅ちゃんにお店のシステムを簡単に説明してあげることにした。


「あのね雅ちゃん、アイスクリームの下をコーンにするかカップにするかまず選んで、好きなアイスを選ぶの。1つ、2つ、3つって選べるけどまだ3月だし外は冷えるから1つにしておこうね。他に食べたいのがあったら私とシェアしよう?」


 私が雅ちゃんにそう説明しているとツン、と右腕を突かれた。振り返ると花恋ちゃんがいじけた顔して「…私もシェアしたい…」と呟いていた。


 花恋ちゃん!? どうしたのそんないじけた顔して! 可愛いだけだよ!?


 3人でそれぞれ違う味のアイスクリームを購入し、店先でシェアしながら食べていると、やっぱり甘いものは心を和やかにするのか、2人共ふわんと可愛い笑顔になっていた。


 あー良かった良かったと思っていたら、「あの…」と雅ちゃんが遠慮がちに声をかけてきた。

 私に話しかけたのかと思ったが、雅ちゃんは花恋ちゃんに声を掛けたらしい。


「すみません私ったら…年上の方に喧嘩腰で接してしまって…」

「…いいよ。私もあなたに迷惑をかけたからそういう態度を取られても仕方ないと思ってるし」


 花恋ちゃんがそう返すと雅ちゃんはホッとした笑顔になった。

 仲違いが収まってよかったと安心したのも束の間。雅ちゃんは爆弾を落とした。


「私、お友達まで奪われるんじゃないかって心配になってしまって。…だけどあやめさんはそんな薄情な方じゃありませんものね」


 うふふ、と上品に笑う雅ちゃんだが、言ってることにやっぱりトゲがある。

 私は思わず息を呑んだ。

 ど、どしてそんなに喧嘩腰なの雅ちゃん…? 今和解したんじゃなかったの?


「……私とあやめちゃんは小さい頃からの友達だもん。元々友達だもん。…奪ったりしないよ〜」


 えへへ、と可愛く笑う花恋ちゃん。こっちもなんか意味深だし。

 …いや、子供のときなら好きな友達を独占したいって感情があったりしたから敵対もわからんでもないけどさ…


「ねぇあやめさん。私とこの方、どっちが大事なお友達ですの?」

「え?」

「私よね? あっくん」

「花恋ちゃん、私女だからね。…と、友達にランク付けなんてしないよ私は…」


 なんとか穏便に事を終わらせようと思っていたのだけど、2人は何だか納得いかない顔をしていた。


 どうしちゃったの2人共…

 美少女2人からどっちを選ぶの!? ってそれなんてハーレム。

 私生まれてくる性別間違ったかな……

 



☆★☆



「…先輩、私生まれて初めて『どっちを選ぶの!?』って選択を迫られたんですけど…結構しんどいですね」

『は?』

「…どっちも可愛いし、どっちも大好きなんだけどなぁ…えらべない…」

『おい、堂々と浮気報告かお前』

「いや勿論先輩が一番ですよ! でも雅ちゃんも花恋ちゃんも大切なんですよ!」

『…………』


 その日の夜に亮介先輩と電話していたら私は思わずポロッと今日の出来事を吐き出していた。あの後帰り際まで2人はギスギスしていて、私は間に挟まれたままで大変だったのだ。

 電話口の先輩の声は呆れ半分に聞こえるが、私は至って本気で悩んでいる。


 もともとライバル同士だし、婚約者を奪われた雅ちゃんからしたら花恋ちゃんを微妙に思うのはわかる。

 花恋ちゃんも婚約者の存在を知らなかったから完璧に悪いとは言えない。だけど結果論として2人の間を引き裂いた形になってしまったから「知らなかったなら仕方ないよね」と済ませられる問題でもない。


 どっちの事情も知っているから私は気軽にどっちかの味方をすることは出来ないし、2人共大事な友達だから選ぶなんて出来ないのだ。

 八方美人な私を許して…!



「…例えば先輩も大久保先輩と柿山君に『どっちが大事なんだ』って選択を迫られたら困るでしょ?」

『別の意味でな。…気色悪い』


 私の苦悩をわかってほしくて例を上げたのだけど、先輩には同意を得ることは出来なかった。

 むしろ早く寝ろ。とあしらわれた。



 

 

 …これでもしも男だったら、どうなっていたのだろうか。


 もしも私が男ならきっと校則違反をすること無くマイペースに生きていたかもしれない。

 本物のあっくんとして花恋ちゃんと恋に落ちていたのかもしれない。

 先輩と恋することはまず無くて、それで……


 あぁでもやだな。私は女のままでいい。

 花恋ちゃんは可愛いけど、私はやっぱり先輩が好きだから。

 先輩と恋がしたい。



 

 改めて女に生まれて良かったと思い直した私はどうしても先輩に伝えたいことがあったので、受話器越しに小さく呟く。


「…先輩、大好きですよ。…おやすみなさい」

ブツッ


 急に言いたくなって言ってみたはいいけど照れくさくなって返事を待たずに電話をブチ切りしてしまった。


 私は布団に潜り込んでしばらく悶えていたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る