あっくんとかれんちゃん【本橋花恋視点】
『ねぇみんな、かれんちゃんと一緒に遊んで?」
『えぇー? かれんちゃん足遅いしやだー』
『どんくさいもんねぇ〜』
足の遅い私はいつも仲間はずれにされていた。
本当は本を読むことやお絵かきが好きなんだけど、幼稚園の先生も小学校の先生も皆で遊ぶことを推奨していて、私は半ば強制的に外に連れ出されていた。
私の家は転勤族だったため、友達が元々多くなかった私の協調性を育み、お友達と仲良くさせる意図だったのかもしれない。
だけど、私にはそれが負担に思えた。
体育の成績はいつもびり。一生懸命に走ってるつもりなんだけど、先生に「ちゃんと走りなさい」って注意される。だから体育の時間もだけど、休み時間も運動も大嫌いになってた。
しかも私は人見知りの引っ込み思案なせいで友達が出来ていなかった。
昼休みになって、外に連行される前に図書室に逃げ込んで大好きな本を読んでいると、換気のために開けられた校庭側の窓から聞こえてくる児童達の楽しげな声に私は気分が重くなっていく。
また、転勤するってお父さんが言ってた。
また、新しい小学校でも私、友達が出来ないままなのかな…
…どうして私は運動ができないんだろう。
どうして、友達が出来ないんだろうな……
少しの勇気があれば友達ができたとは思う。だけど幼い私にはその勇気がなかったのだ。
小学校の授業が終わると、まっすぐ帰って荷物を置いた。借りていた本を返さないといけないので、隣町の図書館に行ってくるとお母さんに行き先を告げて出かけていった。
図書館で借りてた本を返却するとそのすぐ側に児童公園があって、そこで同じ年代の子が走り回ってる姿が見えた。
『じゃ、十数えたら追いかけるからなー!』
『またあっちゃんが鬼かよ!』
『足速いんだよお前! チビのくせに!』
『誰がチビだ! 大志テメー真っ先にとっ捕まえるから』
男の子と女の子数人で鬼ごっこをしているらしい。
当時流行っていたモンスターキャラクターのプリント赤Tシャツを着た男の子が大声で数を数え、10数え終わると勢いよく背の高い男の子を追い回し始めた。
追いかけながら楽しそうに笑っている姿から目が離せなくて、私はぼんやりとそこに突っ立っていた。
いいなぁ。私も早く走れたらあんなに楽しそうに遊べたのかなぁ?
『いえーい! 次、大志が鬼ー!』
『くっそ…!』
『みんな逃っげろー! …ん?』
赤Tシャツの男の子が背の高い男の子をタッチして鬼交代となったので、彼が走って逃げようとしたのだが、ふと私とバチッと目があった。
彼は首を傾げると、『タイム!』と友達に宣言して私のもとに駆け寄ってきた。
『ねぇ何してんの? 仲間に入る?』
『えっ…』
『一緒に遊ぼうぜ』
その誘いに私は頷こうとした。
一緒に遊びたい。そう思えたのは随分久しぶりだったから嬉しくて仕方なかった。
…だけど、遊んで、また仲間はずれにされたら…?
その恐怖があって私は口ごもってしまった。
『どうしたの? 遊ばない?』
ちゃんと返事しないと、せっかく誘ってくれたんだから。男の子が困った顔をしている。言わなきゃ。
『…遊びたい。…でも私、足が遅いの…』
私は泣きそうだった。
走れば遅くて、下手したらコケる私はいつもお荷物扱いをされていたから。
彼の反応が怖くて俯いていると、私の手を彼が取った。
『じゃあ、オレが一緒に走ってやるよ!』
ニカッと太陽のように笑う男の子。
彼は最初の宣言通り、私の手を引いて走ってくれた。
鬼ごっこで足の遅い私が捕まりそうになったら壁となって、代わりに鬼になってくれたし、かくれんぼではいい隠れ場所に二人で隠れて、鬼が見つからなくて困ってるのを二人して笑いながら伺っていた。
彼は皆にあっちゃんと呼ばれていたけど、私は特別な呼び名で呼びたくてあっくんと呼んでいた。
彼はそれに少しびっくりしていたけどはにかむように笑っていた。
それから私は学校が終わればすぐに彼らの遊び場所の児童公園に向かった。そこでは色んな遊びをした。鬼ごっこやかくれんぼ以外にもケイドロ、色鬼、缶けり、高鬼…
ジャングルジムで中国雑技団ごっことかブランコからジャンプ距離争いは流石に真似出来なかったけど、見ているだけで楽しかった。
ある日、いつものように皆と鬼ごっこをしていた私は躓いて地面に倒れ込んだ。
お気に入りのワンピースは泥だらけになり、膝は擦りむいて血が出始めた。
痛いし、洋服は汚れてしまうしで、私は泣き出してしまった。
『かれんちゃん、とりあえず足洗おう? 歩けるか?』
『ぅう…むりぃ、歩けない〜』
『うーん…じゃオレの背中に乗って?』
あっくんと私の身長はそんなに変わらなかった。
小学二年の力なんて大してないのに水場までおんぶして怪我した足を水洗いするとあっくんはボケットに入ってたモンスター柄のハンカチで止血して、私に言った。
『家まで送るよ。道順教えて』
子供の足で歩くにはきつい距離だったと思う。だけどあっくんは文句言わずに私をおんぶしたまま家まで送ってくれた。
『あっくん、あっくんごめんね』
自分が情けなくて彼の背中でグズグズ泣く私に彼はこう言った。
『何言ってんだよ。オレは男だから女の子に優しくするのは当然なんだよ。もう泣くな』
私の涙は止まった。
…私はいつの間にか彼に恋をしていた。初恋という名の。
まだ小学二年生だったけどその気持ちは本物だった。
おんぶして家まで送ってくれた彼に私のお母さんがびっくりしていた。
友達らしい友達がいなかった私が最近楽しそうに遊びに行っているのは知っていたけど、あの公園からこの距離をおんぶして送ってくれたの!? とギョッとしていた。
あっくんは『じゃ、オレ帰ります。かれんちゃんお大事にね』とあっさり帰っていこうとするのをお母さんが家まで車で送ると引き止めていた。
私の手当と着替えを済ませると、私も一緒に車に乗って彼のお家まで向かった。
あっくんのお家に到着すると、私のお母さんがあっくんのお母さんに近くの洋菓子店で買ったギフトを差し出してお礼を言っていた。
とんでもないです! と言う彼のお母さんはとっても美人さんだった。私のお母さんも美人だけど負けていない。
お母さん同士でしばらく話していると、玄関のドアからひょこっと私よりも小さな男の子が顔を出してた。そう言えばあっくんには弟がいると言っていた。だけど弟くんは知らない人がいるとわかると引っ込んでしまった。
私と同じ人見知りなのかもしれない。
『あっくん、本当にありがとう』
『気にすんなって。ワンピースも洗えば汚れは落ちるんだからもう泣くなよ』
『うん…』
あっくんのTシャツの端を握って私はドキドキする胸を抑えながら、伝えておこうと思っていたことを言うことにした。
『あのね…あっくん、私…引っ越すことになったの』
『え? …どこに?』
『ずっと…遠くに。だから、あとちょっとしか一緒に遊べないの…』
『そっか…』
残念そうな顔をするあっくん。
私だって離れたくなかった。
幼稚園の時、もっと小さい時にも引っ越しはしたはずなのに、こんな風に引っ越したくないと思えたのは初めてだった。
転勤だから仕方ないって言うけど、そんな理由で友達と離れるなんて酷いよ。
私は自分の目にまた涙が溜まるのに気づいて目を擦った。
『擦るなよ。赤くなるだろ』
『だってぇ、お別れなんて嫌だ! お父さんに転勤しないでってお願いしても聞いてくれないんだもん。私あっくんと離れたくないよぉ』
べそべそ泣き出した私にお母さん達も気がついて、私のお母さんが近寄ってきた。
『花恋、仕方がないでしょう』
『だって、向こうにはあっくんいないもん。私また一人ぼっちになっちゃうもん』
『花恋…』
涙が抑えきれなかった。
あっくんと離れるのが一番つらい。それに私は一人ぼっちになることが怖かった。
ヒグヒグとしゃくりあげる私にお母さんは困った顔をしていた。そしてあっくんはというと私の頬を両手で挟んでぎゅっと圧縮した。
『オレはかれんちゃんの笑った顔が好きだよ』
『あっきゅん…?』
『かれんちゃんはかわいいんだから笑ったほうがいいよ。笑ってる人のもとには人が寄ってくるんだから。暗い顔してる人に近寄りたいなんて人いないだろ?』
あっくんは私にそう教えてくれた。
確かに、私はあっくんが楽しそうに笑いながら遊ぶ姿に惹かれてあの公園に足を踏み入れた。
その通りだと思う。
『ずっと笑えってわけじゃないよ。泣きたいときには泣いていいし、怒りたい時は怒ればいい。…だけど人の笑った顔って一番ステキだと思わない?』
『…うん…』
『またいつか会えるかもしれないじゃん。それにかれんちゃんなら新しい小学校で友達できるよ』
あっくんは自信なさげにする私を勇気づけようと私の肩をポンポンと叩く。
私は今の小学校でも友達らしい友達がいないのでそう言われても頷くことが出来なかった。
『かれんちゃんはこれから沢山の人に出会って、沢山友達が出来るんだよ? それも全国各地に。それってすごくない? かれんちゃん、怖いかもしれないけど、自分から動いてみなよ』
『自分で』
『大丈夫。かれんちゃんなら。オレは花のように笑うかれんちゃんが好きだよ』
『あっくん…!』
あっくんの言葉に私は自分の頬が熱くなった。
私の笑顔が好き。
それなら、私は笑おう。
あっくんの言う通り、私も勇気を出そう。
友達を、自分から作りに行こう。
『記念に写真撮りましょうか。ポラロイドカメラがあるので』
『ええ? いいんですか?』
あっくんのお母さんがいつの間にかカメラを持っていた。いつの間に取りに行ったんだろう。
私とあっくんに並んで立つように指示すると、二枚の写真を撮ってくれた。
一枚はあっくんに。もう一枚は私にくれた。
一緒に遊べる最後の日、私は友達にお別れの言葉を言った。みんながいつかまた会おうなと声をかけてくれる。
小学校での挨拶はあっさりしたものだったけど、仲良くなれた彼らとの別れは辛かった。
『あっくん…また、また会おうね。私のこと忘れちゃヤダよ』
私はあっくんを前にすると涙が止まらなかった。
『ほら永遠の別れじゃないんだから。縁があればまた会えるだろ』
『うん…』
『かれんちゃん、元気でな。ちゃんと転校先では笑顔になれよ』
『んっ、頑張る』
私の初恋はそうして想いを自覚しないうちに終わった。
…ううん。終わってなんかいない。
その後も私は二年単位で転校をしてきた。
色んな人と出会い、友達ができて、年頃になった頃には男の子に告白をされたけども…
お付き合いしてみて「やっぱり違う」となって別れを告げることになること数回。
最後の転校になるであろう公立高校でもアプローチしてくれる男の子にデートに誘われて行ってみたけど、なんかやっぱり違う。
…違う。そうじゃない。私は未だに初恋の影を追いかけてる。
初恋だけど、私にとって現在進行系の恋なのだ。
あっくんじゃなきゃ、だめなんだ。
デートに誘ってくれる人はみんな素敵な人だった。好意を向けてくれるのは嬉しい。
でもダメ。こんな気持ちじゃお付き合いなんて出来ない。
あっくん、あっくんに会いたい。
近くの町に引っ越してきたから会えると思ったのにあの公園でその姿を探してもどこにも見当たらない。
どこにいるの? 私ここに帰ってきたんだよ?
あっくん…
私は成長しているであろう彼の姿を探し続けていた。
だけど、なんでなのかな。
彼女は女の子なのに、時折あっくんに見えて仕方がない。
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