クリスマスの過ごし方なんて人それぞれ。私は家族と過ごす派である。
「いらっしゃいませクリスマスケーキはいかがですかー?」
「アヤちゃん可愛いー! アヤちゃんください!」
「申し訳ございませんが売り物ではございません。ケーキを買わないならお帰りください!」
今日が終業式で半ドンの私は午後からクリスマスケーキ販売のバイトをしていた。
私はショッピングモール特設店舗にて販売をしていた。
昨日しっかり研修を受けたので問題ないかと思う。側に社員さんがいるしね。
「わーケーキうまそー」
「沢渡君の家も家族で祝うの?」
「うん。ケーキとチキン食べて過ごす。…ケーキって3日くらいもつっけ?」
「うーん鮮度も風味も落ちるからオススメはしないなぁ」
「そっかー。じゃあまた日を改めて来るね。アヤちゃん頑張ってねー!」
「ありがと」
友人たちには声をかけていたが、沢渡君は買ってくれるらしい。ありがたいことだ。
今日は22日だからまだケーキ買うのは早いって思うんだけどどうなのかな?
ぼちぼちケーキ買いに来る人がいるけどみんないつ食べるんだろうか。
今日はショッピングモール閉店まで働くつもりだ。親には渋い顔をされたが、最終日は早番にしてもらってるので早めに帰るから皆でケーキを食べようと話をしている。
「君可愛いねー彼氏いるの?」
「あははー」
しかし、この衣装はどうにかならないのだろうか。さっきからちょいちょいナンパされてるんだけど、ここはキャバクラじゃないんだぞ。
私以外にもアルバイトがいて他のアルバイトさんもクリスマス衣装を着てるんだけど、私はサンタ服を渡された。
普通のサンタ服じゃない。サンタ帽子こそ普通だが、その下がパフスリーブ袖のAライン膝上スカート+ムートンブーツだ。
普通のやつはないのか。色合いしかサンタ服と一致してないぞ。
アルバイトの大学生男子はトナカイだったので「私もアレが良いです」と店長に言ってみたが、却下された。
若い女子には改造サンタ服を着せたいらしい。着てるのが私だけじゃないのが救いなんだけどね。
動きづらいったらありゃしない。
☆★☆
冬休み初日の翌日も遅番だった。
夕方頃ピークが過ぎたので一旦休憩で従業員休憩室へと行っていた私は休憩を終えて特設会場へと戻っていたのだが、その途中で思わぬ遭遇をした。
「…君はなんて格好をしているんだ…」
「……何故ここに…」
ハブとマングースの出会いのごとく、私は橘兄と暫し固まりあった。
え、この人ショッピングモールで何してんの?
何買いに来たの?
色々気になるけれど私はまだ仕事が残っているため「仕事中なので」と断って彼の横を通り過ぎた。
…のだが、なぜか彼は私の後をついてくる。
嫌がらせか?
私が自分の担当する店のブースにたどり着くと、橘兄はショーケースに飾られたケーキを見て私の格好の理由に納得した様子であった。
「…ケーキ? …ああクリスマスか。それにしても格好が過激過ぎないか君」
「そんなすごい露出してるみたいな言い方しないでもらえます? これ制服なんですよ」
「亮介はこの事知っているのか?」
「先輩ですか? バイトする話はしてますけど制服のことまで一々言いませんよ。ゼミで集中講義受けるって言ってたから忙しそうだし」
ここで何故橘先輩の話が出てくるのか。橘先輩は私の保護者じゃないから逐一報告するわけ無いでしょ。だいたい先輩忙しいんだから。
「そうか。…そういえば、進学について考え直したのか君は」
「………そうですね。貴重なご意見大変ありがたいと思っておりますよ。一応他の大学のオープンキャンパスにも行ってみることにしてます」
「うちの大学は受けないのか」
「私立高いですもん。万が一進学するとしても国公立ですね」
「早めに決めたほうが良いぞ。受験勉強の対策を立てる為にも」
「お兄さん、先生みたいなこと言わないでください。冬休みなんだから進路のことから解放してくださいよ」
うちの担任みたいな事言いやがって。
「…髪色が落ちついたな」
「来月にはまた元に戻しますよ」
「髪なんか派手に染めても偏見の目で見られるだけだろうに…」
なんかまたケチつけてきた橘兄。うっせぇやい。この色じゃナメられるんだから仕方ないでしょ。
…そもそも私仕事中なんだけど。
「ケーキ買ってくださいよお兄さん」
「は? なぜ俺が」
「じゃあ帰ってください。私バイト中なんですよ」
「すいませーん」
「あっはい! お待たせしましたいらっしゃいませ~」
あわよくば売上に貢献してもらおうと思っていたが、この様子じゃ買う気が無さそうだ。
そうこうしてるとお客さんが来たので私は接客に戻った。
「ありがとうございます〜」
「すいませんこのケーキください」
「はいただいま!」
お客さんを見送った後、続け様にお客さんの波がやってきて私はもうひとりのバイトと捌いていった。
丁度帰宅時間だからか次々にケーキが売れていく。今日が23日だからかもしれない。
ある程度ピークが過ぎて一息ついた私はふと前を見てぎょっとした。
「兄さん、ここで何してるんだ」
「亮介。…それに沙織さんも揃って」
「ゼミが同じだったのでその帰りなんです。本屋に付き合ってもらおうと思って…」
まさかの橘先輩と沙織さんのペアが現れたのだ。
私は思わずショーケースの裏に隠れるようにしてしゃがみ込んだ。
「? どうしたの田端さん気分悪いの?」
「い、いやなんとなく…?」
なんて日だ。あの組合せと遭遇するなんて。
私はそぉーっとショーケースの影から彼らを覗き込んだ。
やっぱりお似合いだ。橘先輩と沙織さん。
そう思うと胸がギュウと苦しくなった。
同じゼミとか…一緒に勉強今でもしてるのか。
自分がモブであるから高望みしないと決めているくせに一丁前に嫉妬をしていた。
私はいつからこんな恋する乙女になってしまったんだ。
…仲良さそうな二人をこれ以上見たくないな…早く帰ってくれたら良いのに。
そんな事考えていると橘先輩がこっちを見た。
それにギクッとした私だったが、見られた以上隠れるのはおかしいのでゆっくり立ち上がって彼らに挨拶した。
「どうも。受験勉強お疲れ様です」
「田端。ここで働いてたのか」
「あらこんばんは。可愛い格好しているのね」
「あははー」
こういう状況の時どういう会話すれば正解なのか。彼氏いない歴=年齢の私にはわからない。
ヘラヘラ愛想笑いを浮かべていると橘先輩にまじまじ見つめられているのに気づいて私はドキッとした。
「…確かに。だが少々派手じゃないか?」
「私が好き好んで着てるんじゃないですからね!? ホントはあっちのバイトさんのトナカイ格好がしたかったけど店長に却下されました」
そこんとこ大事なので強調しておく。
同じシフトに入ってる温和な大学生男子曰くトナカイ衣装はトナカイ衣装でこの施設内じゃ暑いし、結構恥ずかしいらしいけどサンタよりマシだと思う。
「そう言えば橘先輩、お兄さんケーキ買ってくれないんですよ。邪魔なんで連れて帰ってくださいよ」
「え?」
「…俺は君の兄じゃないんだが」
この際だから橘先輩に橘兄に引き取ってもらおうとそう声をかけたのだが、橘兄が眉間にシワを寄せて文句言ってきた。
「お兄さん文句多すぎですよ。なら橘さんでいいですか」
それには私も眉間にシワを寄せて橘兄を軽く睨んだ。
橘兄を見たその時、彼の後ろに桃色の絞り生地に大輪の牡丹の模様が彩られた訪問着の上にえんじ色の羽織を羽織った美少女が目に映って、私はぱぁっと笑顔になった。
なんか橘兄が驚いた顔をしていたが貴方に笑ったんじゃないから勘違いしないでね。
「雅ちゃーん!!」
私はショーケースの裏から飛び出して彼女に近づく。
今日も凛とした美少女だ。雅ちゃん可愛い。
「来てくれたの? うれしーい!」
「お稽古で近くへ来たものですから。まぁ! あやめさんなんて可愛らしいの! お写真を撮っても宜しくて?」
「喜んで! ていうか一緒に撮ろう! 相葉さーんシャッター押してください」
バイト中だろと突っ込まれそうだが、今丁度客が引けてるので大目に見てほしい。バイトの男子大学生にスマホを渡すと特設ブース中央の雪だるまのバルーンアートの前で撮影した。
雅ちゃんと写真を撮り、ケーキを購入してくれるという彼女を案内してケーキの種類を説明する。
ケーキを購入してくれた彼女を見送ると、いつの間にか彼らの姿が消えており、橘先輩が連れて帰ってくれたのかなと私は思った。
その日は閉店間際にお客さんが多くなり、上がるのが予定よりも遅くなった。
今の時間は22時。法律で決まっている高校生が働ける時間まで働き、後は大学生と社員さんに任せて私は一足先に帰ることに。
外に出ると当たり前だが真っ暗。
最近一層冷えてきたため夜は凍えるほど寒い。私は冷たい風に身を縮こませる。
従業員通行口から出て、最寄り駅までは徒歩なので足早に進んでいたのだが、突然私の目の前に大きな影が現れた。
「うわぁ!?」
私は思わず大声を出して驚いた。
「! …すまん驚かせたか」
「!? な、なにしてるんですか先輩!」
…何故かそこにいたのは橘先輩であった。
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