好きになるのは難しい。でも嫌いになるって結構簡単。
「アヤちゃんひどいよー! 俺も行きたかったー」
「ははは」
「写真は? 写真はないの?」
長いようで短い夏休みは終わり、今日から二学期が始まった。夏休みはバイトばかりしていた気がするがその分懐はあたたかい。そろそろ髪を染め直したいし、洋服も欲しい。バイトのお陰で少し痩せたからミニスカにもチャレンジしたい。
したいことを頭の中で計画しながらファッション雑誌を読んでいた私は目の前で騒ぐ沢渡君の話を流していた。
「あやめ、今日掃除当番だからな」
「あーうん」
「つかお前化粧濃すぎじゃね?」
「地味な私にはこれがちょうどいいんだよ余計なお世話」
珍しく幼馴染みの山浦大志に声を掛けられたかと思えば、掃除当番の事を念押しされた。サボったことがないというのに失礼なやつだ。
私達はほんとに甘酸っぱいことがなんにもない幼馴染み同士である。言ってしまえば私は小さい頃彼がギャン泣きする姿を見たことがあるし、 アホなことをしておばさんに怒られてる姿も何度も目撃した。
それもあって兄弟のような従兄弟のような感覚のため少女マンガでありがちな幼馴染みLOVEなんてものは発生しなかった。
授業も終わり、掃除当番が教室の掃除を始めた。私もほうきで教室の床のゴミや埃をかき集めていく。バイトを経験したお陰か要領良く掃除できてる気がするのは気のせいではないはずだ。
バイト先の店長にはバイト続けないか?と言われたのだが、両親に学業に専念しろと言われてしまいバイトは夏休み限定となってしまった。やっと慣れてきた所なのに勿体ない気がする。
来年は受験か就職でバイトどころじゃないし……私はまだ進路が決まっていない。
(両親はどっちでもいいとか言いそう。でも目的なくだらだら大学生活送るのはなんかね。)
二学期には三者面談があって、進路について具体的に話し合う機会が増えてくる。
それを考えると少し憂鬱になる。
私はごみ捨てに向かいながら進路について漠然と考える。
今私が生きているのは乙女ゲームの舞台かもしれないが、登場人物もモブもみんな生きていて、この世界はゲームではないのだ。ゲームの舞台が終わっても人生は続く。リセットボタンもなにもないからやり直しはできない。
自分が悔いのない生き方をするにはどんな進路がいいのか……
私はため息をついた。
──バシッ!
「サイッテー! 性病にでもかかってもげちまえ!」
その音に私は思考の淵から浮上して辺りを見渡す。
運動系の部活動の部室が並ぶ所から校舎側に向かって女の子が鼻息荒く立ち去っていくのが見えた。
すごい音したな。ビンタってあんな音すんだね。
私はゴミ箱を持ったままポカーンとそれを眺めていた。なかなかそんな修羅場にはお目にかかれるものじゃない。物珍しさもあって私はその場に立ち止まっていた。
それがいけなかったのか、叩かれた男の方と目が合う。肌が白いので叩かれた頬は真っ赤になっていた。中性的なその顔立ちは甘く、男のくせにリップ要らずの唇が弧を描いた。
「……見ちゃった?」
にっこりと笑んだだけなのにどこか色気を感じるのはなぜだろうか。
「……見るつもりはなかったんだけどね。ごめんね」
「アヤメちゃん、だったよね?体育祭で活躍してた……花恋と同じクラスだったよね」
「ヒロ、本橋さん? うん同じクラス」
「花恋には今のこと内緒にしててね? あの子、心配するから」
「……ていうか今のはあんたが女の子傷つけてたんでしょ。私が黙ってても日頃の行いが仇となってそのうちバレるでしょ」
「手厳しいなぁアヤメちゃん」
「あ、名前で呼ぶのやめてくれる?」
意外だった。私の事を知っていたのかこの人。
チャラチャラしてて沢渡君とチャラ男具合はタメはってるが、沢渡君は女好きでも決して女の子を弄ぶような男ではない。半年の付き合いで何となくそう感じた。
だが目の前の男は違う。
裕福な家庭に育ち、遅くに生まれた待望の子供のため両親、祖父母に甘やかされて育てられたのか、わがままな性格に育つ。成長するとその恵まれた容姿で数々の女性と関係を持ち、立派な下半身ユルユル男に成長しましたとさ。というのがこの男、生徒会会計・久松 翔だ。
ヒロインちゃんの攻略対象で、ヒロインちゃんが彼に『女遊びはよくない! あなたも傷つくのよ!』って感じの説教をしたところ会計はヒロインちゃんに興味をもつのだ。
『今までそんなこと言ってきた女はいない』とかゲーム中では言ってたけど、多分言ってきた女の子はいてもこいつが聞かなかったのだろう。
私は全ルートコンプの達成条件ミニストーリーを観るためにこいつをゲーム上で攻略したが、仕方なくである。
ぶっちゃけあまりお関わりになりたくない相手だ。
「えー? じゃあ俺の事も翔って呼んでいいよ?」
「いや結構。それじゃ」
私はこれ以上こいつと関わりたくなくて足早にその場から去った。あっちも私を引き留めることなく、私は無事ごみ捨てを終えることができたのだ。
なぜ、攻略対象なのに嫌うのかといわれたら…… 現実に側にいたら、いくらイケメンでも無理です。
女の子傷つけてんだよ? 中には遊びでもいいと思ってる子もいるかもしれないけど、本気な子もいただろうに。先刻いいビンタをくれてやってた女の子は正に本気だったのだろう。
あの男が懲りずに浮気をするのは寂しいから、誰かに愛されたいから。
さみしがり屋さんなのね、では済ませられない。じゃあ浮気されて傷つけられた女の子達はどうなるの?自分勝手に相手を傷つけてるのにそれに罪悪感を覚えるわけでもないのだ。最低だ。
そもそも寂しいからって浮気をしていい理由にはならない。
そんな男に好感を持てるわけがないだろう。
ヒロインちゃんがこいつを選ぶのは自由だけど、私はゲームでも現実でもこいつを人として好きになれないのだ。
なんでこんなやつが生徒会に入ってるのかといえば、会長・副会長と昔から仲が良かったかららしい。選挙じゃなくて任命制だったからこうなったのではと思う。
久松翔はあんな感じではあるが生徒会の仕事はしているらしい。けど……生徒会にしてはチャラいから風紀に目をつけられている。私あいつと同レベルに見られてるのか。なんかやだ。
攻略対象は全体的に何か心の傷があってぶっちゃけめんどくさい。大小あれども誰にだって心の傷はあるものだ。だが、それを癒してやろうとするヒロインちゃんはすごい。
前世で読んでいたネット小説にありがちのヒロイン転生って訳じゃないみたいだし、いい子そうだからもしも和真といい雰囲気になったら私は全面的に応援してやる気持ちでいるのだが、ヒロインちゃんは誰かを攻略してる気配がない。
……所詮現実はそうゲームのようにはいかないってことなのか? 私がやきもきしたところでモブな私にはできることがないのだけど……
空のゴミ箱を運びながら教室に戻ろうと近道で中庭を突っ切った私はその向こうにいる弟の姿を見つけ、声を掛けようとした。
だけど、別の人が和真に声を掛けていたためそれは出来なかった。
「和真君、あの人達と付き合うのはよして」
「……またあんたかよ」
「私は和真君が心配なの。悩みがあるなら私が聞く。ね? 和真君はちょっと調子が悪いだけだよ」
これは和真攻略ルートの【説得】ストーリーの台詞だ。夜遊びしてグレる和真を止めようとヒロインちゃんが説得しようとする時に言う台詞。
だがしかし、その声の持ち主に私は首をかしげた。だってヒロインちゃんの台詞を別の人が言っていたから。
私は咄嗟にササッと中庭のベンチの裏にしゃがみこんだ。耳を済まして二人の会話を盗み聞きする。
……どういうことだ? ヒロインである本橋花恋以外の女子生徒が乙女ゲームのヒロインの台詞を言っているなんて……
「……あんたさ、」
「私は
バレないように顔を覗かせて相手のリボンを確認すると私と同じ青色だ。ということは二年ということになる。
りんどうすずな……? そんなキャラいなかった気がする。私と同じモブだと思うが……
彼女はにっこり笑っているが弟はため息をはいて諦めたように踵を返していく。
あの様子じゃこれまでに何度も接触をしたような雰囲気だ。
「あっ 待ってよ和真君!」
林道寿々奈が和真を追いかけて中庭から姿を消したのを確認して私はゆっくり立ち上がる。
「……どういうこと……?」
私は訳がわからずしばらくその場で立ち尽くしていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。