第100話 アリア・コントローラー
どうもミノルです。
僕はどこにでも居る、味噌をこよなく愛する転生者です。
この世界はなんと豆が稀少品なせいで、味噌なんてものは存在していませんでした。
まいったね!
でもどうにか生産に漕ぎ着ける事ができ、いずれ量産態勢に入れる見込みです。
その暁には、自宅を完全なる味噌仕様に変えようと思います。
床や内壁はもちろん、机や椅子、暖炉やら窓など全てに塗りたくるのです。
出来れば赤・白・合わせで役割分担して味変やレイアウトまで楽しみたいけど、贅沢は言いませんとも。
まずは、いつでも気が向いたときに味わえる環境整備が急務なのです。
憧れのミソライフ。
それが後僅かで現実のものに……。
などと最近は浮かれがちですが、世の中そこまで甘くはありません。
何事にも代償ってもんがあって、それを決算する必要があります。
謎の危険人物アリア。
コイツの扱いが見えずに困っているのです。
今もまさに食堂にて、絶賛炎上中なのでした。
「ミノルさまのお世話は私がしますぅ。アンタみたいな変人オンナは大人しくしててくださいぃ!」
食堂の中の空気は最悪だった。
いがみあうシンシアとアリア。
どっちがオレの世話を焼くかで揉めているのだ。
ここは公共の場なので、一般の村民も大勢が利用している。
だから誰も彼もが身近なゴシップとして、野次馬の如くそれを眺めるのだ。
「フン。あなたのクソ幼稚な技量で、陛下が満足されるハズがありません。メス豚は豚らしく家畜小屋でブヒブヒ鳴いてらっしゃいな」
「アァ!? メイド舐めてんですかボケが。ケツにナイフ突っ込んで台無しにしてやりますかカス女ァ?」
「はぁ……これだから学の無い輩は。最低限の知的水準を満たして貰わないと、何をほざいてるかすら聞き取れませんねぇ」
「アッキャァアーーッ! ケツ出しやがれですよぉーー!」
ナイフやフォークを武器にシンシアが飛びかかり、迎え撃つアリアが全てを皿で弾き、あるいは避ける。
これには観衆も大いに沸くが、放置して良いものでもない。
一喝して冷水を浴びせる事にする。
「お前ら、ちょっとは落ち着け!」
「そうよ。食事時に暴れないでよ!」
流石レジーヌたんはオレにとって一番の味方。
阿吽(あうん)の呼吸で援護してくれたのだ。
一方シンシアはその言葉に対し、ジト目にて応じた。
アリアは従う気など無いのか、悪びれた素振りすら見せない。
「レジィは良いですよねぇ。一番の女ってポジションだから。一杯可愛がって貰えてますし」
「ちょっと! それをこの場で言っちゃうの!?」
「クソ豚。陛下の寵愛(ちょうあい)を受けたからといって、調子に乗らぬように。ただ順番が前後しただけ。私にしか出来ない妙技にて、たちまち陛下を虜にしてみせましょう」
「ええっ!? 何を企んでるのよ!」
「フフン。淫魔術により、手足の自由を奪い、目と口を覆いさらには股を……」
「アリア! お前その辺にしておけよ!」
「うわぁダッサ! ミノルさまに怒られてやがるですぅー」
シンシアが子供染みた煽りをした瞬間、場の空気が変わった。
アリアの笑顔がより凶悪に歪んだからだ。
そして指先には、寒気がするような魔力が宿り始める。
それは微量ながらも、かなりの密度だった。
「ウフフフ。私としたことが迂闊(うかつ)でした。この村の人間を皆殺しにすれば煩わしい想いをせずに、陛下との楽園を築けるというもの」
「ハァ!? ふざけんなよオイ!」
「あらゆる命よ、死に絶えなさい。死霊の踊子(デスタッチ・ダンス)……!」
魔法を発動させる気はない。
全力の右ストレートにて、その意識を刈り取りに行った。
「ワッショォイ!」
「ヘムッ!?」
こめかみを正確に捉えた、ゆえに悪は滅びた。
これで小一時間は静かにしてくれるだろう。
「えっ。これ死にました? 絶対死んでますよね?」
「割と殺(や)るつもりで殴った。でも、この程度じゃ無理だ。じきに目を覚ますな」
「……何者なの?」
「ともかくヤバイやつ。それ以外の事は一切知らない」
そう、オレは何も知らないと言って良い。
せいぜいインターフェイスくらいの認識だったが、それにしては常軌を逸しすぎている。
素性については、何度も本人に聞いてみたが無駄だった。
『女はミステリアスな方が色気が増す』という、クソどうでも良い理由から。
色気よりも不気味さの方が際立っている事に本人は気づいていない。
「あぁ、めんどくせぇ。コイツの扱い難しすぎんよぉ」
「どうしよう。ミノルの安全のために私たちも協力したいけど、全然上手くいかないのよ」
「この前なんか縄で縛って監禁しようと思ったんですけどぉ、まばたきしてる間に逃げられちゃいましたぁ」
「はぁー、ごちそうさん。仕事してくるわ。アリアはまぁ……捕縛しておいて」
失敗率の高い依頼をその場に残してから、自室に戻ってきた。
新顔のせいで最近はどうもやり辛く、このままでは和気あいあいとした雰囲気を保つことは難しいだろう。
早い段階でアリアのコントロール法を見いだしておきたい所だ。
「さぁて。料金表を埋めないとな」
気持ちを切り替えて、仕事を開始した。
近日中に大交易祭(だいこうえきさい)なるものを催すので、値段が未定のものを検討しなくてはならないのだ。
特に味噌。
これをいくらで売るかが難しい。
高すぎては広まらず、安すぎると軽く見られてしまう。
最初から本気の値段にすべきか、それとも初回は安値で配り、徐々に値をつり上げていくべきか。
どの手法も一長一短だ。
オレはこのプロモーションを成功させたいが為に、可能な限り思考の奥まで潜り込んだ。
集中、集中……と自己暗示をかけつつ。
開催当日には沢山の人がやってくる。
付近はもちろん、遠方からも分け隔てなく。
数多の名品が並ぶなか、彼らは気づくだろう。
何よりも神々しく、滑らかに輝く味噌の姿に。
瞬く間に行列は長蛇となる。
そして先頭の男が狂ったように叫ぶのだ。
『頼む、これを売ってくれ! 言い値で構わない!』
うーん、言い値かぁ。
参っちゃうなぁ。
味噌愛を理解する盟友に、阿漕(あこぎ)な商売はできないよなぁ。
だからオレはこう切り返す。
『おっちゃん、特別だ! タダでいいぞ!』
『本当かい? こんな素晴らしいものを、まさか無料で!? アンタは味噌神の加護が詰まりに詰まった、味噌聖人じゃないのかぃ?』
『へへっ、褒めすぎだよ。照れるじゃねぇか』
……良いね、この会話。
味噌は初回に限り無料でとしよう!
気持ち良く料金表に『初回限定で無料』と書き込もうとした時だ。
体の自由が突然奪われた。
これまでに見たことのないツタらしきものが、上半身を締め上げているのだ。
「うおっ!? なんだコレぇ!」
「ウフフフフ。陛下、お疲れでございましょう。疲れが溜まると性欲も比例して生み出されるもの。私の体にて存分に発散くださいませ」
いつの間にかドアが開いていた。
オレに気づかれる事なく、これほどの攻撃を仕掛けてこようとは……アリアはやはり想像以上の力を持っているに違いない。
「放せコラ、次は本気の本気で殺しにかかるぞ」
「おや、放しても良いのですか? この秘術を使えば、陛下お気に入りのクソ豚と触手プレイも可能になりますが」
「えっ……と。ふざけんなよコラー。そんな言葉で懐柔できると思ってんのかボケェー」
「あぁ、何て判りやすい。どこまでも愛らしきお方」
「上から目線も大概にしとけよな!」
力任せにツタを粉砕し、すかさず両手をアリアに向けた。
無遠慮のフルパワーにて魔法を発動する。
「捕らえろ、凍蛇!」
「解呪」
アリアが言葉を遮るようにして呟くと、オレの手から青い光が弾けた。
魔法は発動しない。
それなのに、魔力だけは一発分目減りしている。
「な、なんだ。今のは?」
「陛下の魔法は凄まじい威力ですが、構造は極めて単純。ゆえに魔法をぶつけ合うことなく、今のように無力化することが可能です」
「クソッ! バケモノかよ!」
「……言葉にキレがありませんね。いつものように、絶妙な言い回しで詰っていただけますか?」
「く、来るなッ!」
足をもつれさせながら外へと逃げた。
そして、全力での大ジャンプ。
……遠くまで飛ぼうとしたんだが、焦りが邪魔をして、ろくに距離を稼ぐ事ができなかった。
森の中のワンニャンランドへと着地してしまう。
「あれぇ、お兄ちゃん。お空からやってきてどうしたのー?」
ジャンヌがいつもの用に駆け寄ってくる。
当然だが彼女はまだ、事態を把握できていない。
「ジャンヌ! どこか屋内に隠れてろ、危ないぞ!」
「危ないって、戦争でも始まるの?」
「良いから早く!」
「ウフフフフ、逃がすとお思いですか?」
ウカウカしている間に、アリアが背後に降り立ってしまった。
コイツの目的はオレだ。
早く別の場所に逃げて、周りへの損害を出さないようにしなくては。
「おや、その小娘もお気に入りなのですか? 見境のないお方ですね」
「おい、何をする気だ!?」
「見せしめが必要です。少々恐ろしい目にあってもらいましょうか」
「見境が無いのはどっちだ、止めろ!」
制止の声も聞かずにアリアは手をかざした。
その先にはジャンヌが居る。
間の悪いことにケルベロスもキングコーンからも離れた位置取りだった。
攻撃させる訳にはいかない。
魔法発動前に制圧すべく、アリア目掛けて走った。
顔に張り付いたような笑顔がある。
その横っ面をブン殴る為に走る。
顔に張り付いたような笑顔がある。
それが不意に歪み、別の物へと豹変した。
目を大きく見開き、口許は痙攣したようにヒクついている。
両手は胸元で握られ、さらには足が不自然な程に内股になって、ガクガクと震えだす。
この変わり様は何事だろう。
振り替えってジャンヌを見る。
特に変わった様子はない。
強いて言えば、彼女の胸元からスルリと蛇が顔を出した事くらいか。
全身が真っ白で、滑らかそうな質感の種だ。
目の下にスフィッと走る一本の赤い筋模様が、何ともオシャレである。
「どうしたんだ急に。そんなに怯えて」
「へ、陛下! 悪魔が、あそこに悪魔の子がぁ!」
「悪魔の子って何だよ。この蛇の事かよ」
「この子はねぇ。アカスジ蛇っていうんだぁ。結構珍しいんだよ?」
「アリアよう。そうギャーギャー騒ぐんじゃないよ。大人しくて可愛いもんだろ、ホレ」
「ヒッヒッヒィィーーッ!」
気絶した。
モノは試しと思って、アリアの頭に乗っけたら、石像のように硬直して気絶した。
……これは使える。
アカスジ蛇をオレの肩へと戻し、それから活を入れて目覚めさせた。
「ハウッ!? 私は何を……」
「おう目覚めたか。気分はどうだ」
「ヒェッ! 悪魔の子ぉぉお!」
「アリア。オレは今後、アカスジ蛇をペットにするからな」
「そんな、どうかご再考を! あんまりな仕打ちでございますぅぅ!」
「再考ねぇ。それはお前の態度次第だ」
「態度……にございますか?」
話し合いの結果、次のような取り決めが交わされた。
アカスジ蛇は引き続きジャンヌが管理し、オレの身近には置かない。
その代わり、アリアはオレの命令には絶対服従する。
周りの人間を見下したり、波風を立てようとすれば、即『蛇遊び』の刑に処する。
このルールが厳格に守られたお陰で、村には再び平穏が戻ったのだ。
アリアは無駄な喧嘩腰をやめたので、シンシア相手でもギリギリで対話が可能となった。
オレは胸を撫で下ろした。
村に平穏が戻った事、そして交易日に向けて集中出来るようになった事についても。
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