第99話 いつもニコニコ、あなたの側に

アリアを呼び出す為の前準備は簡素なものだった。

地面に正五角形を絵描き、各頂点に同サイズの石を計5つ置く。

そして中心には転生玉の残り全てを置く。

ただそれだけだった。

何かの生き血とか生肉とか、それっぽい代物は不要との事。



「アリア。準備出来たぞ」


ーーお疲れ様です。では、石の外側から玉に向かって魔力を送り込んでください。


「イメージすんの難しいな。こんな感じかな……」



手のひらを玉に向け、力を籠めてみた。

すると5つの石がボンヤリと光だす。

そして光がそれぞれ橋を渡すようにして、他の石と連結していく。


やがて五芒星(ごぼうせい)の形となった。

その中心からは、どこか生暖かい風が吹き始める。

それがどうにも不吉に感じた。


……だが味噌だ。

こうする事で手っ取り早く味噌にありつけるのだ。

仮に相手が悪魔でも構いはしない。

もし呼び出したのが危険な存在だったら、お目当ての品を頂いた後、ブッ殺せば良いだけの話。

我ながら外道の発想だと思うが、味噌は命より尊いゆえ仕方なし。



ーーそれでは圧力が消えるまで、魔力を注入してください。


「うおっ!? 急に重たく……!」


「ねぇミノル! 何が始まろうとしてるの!?」



反発するような力が半端じゃない。

送るどころか、むしろ押し返される気がするほどだ。

しかも魔力を送れば送るほど、中心から発せられる風も強さを増していった。

農作物が暴風に煽られ、木々がざわめき、鳥たちが一斉に逃げていった。

まるで小型の台風が目の前に出現したように思う。



ーーもうしばらくです。ご辛抱を。


「クソッ! コレでどうだぁーーッ!」



ケツを締めて踏ん張り、一気に押し込んだ。

すると突然、閃光が走った。

強烈な光が視界を奪う。

それと同時に風も止んだ。


……終わったのか?


恐る恐る目を開けてみると、五芒星の中心にて、一人の女がひざまずいていた。

燃えるような赤い髪。

顔には涼しげだが、張り付いたような笑顔。

雪のように白い素肌。

そこから垣間見える、桜の花びらのような乳首。


……乳首?



「お初にお目にかかります、アリアと申します。今後もお見知りおきを」


「お前さ、なんで裸なん……ッ!?」


「見ちゃダメェーーッ!」



レジーヌがすっ飛んで来て、オレの眼を塞いだ。

かなり雑な動きのせいで、白目にその皮膚が擦れてちょっと痛い。



「レジーヌさんや。ちょいと放してくれやしませんか」


「ダメなものはダメ!」


「心配はいらないよ。君以外の女の裸なんか、腐ったジャガイモみたいなもんさ」


「ともかくダメなの!」


「あぁ……。早速詰っていただきまして、体が潤いを覚えます」


「あなたも黙ってて! そこの坊や、ちょっと来てくれるかなー!?」



レジーヌが遠くに声をあげた。

そちらの方から誰かが歩みよってくる音がする。



「なぁに姫さまー? 12才になったばかりの扱いに難しい年頃で、女の人の裸に興味津々な僕にどんな用ー?」


「なぁレジーヌ。恐らく彼は適任じゃないと思うぞ」


「ゴメン! 君のママを呼んできてくれるかな!?」


「ママならパパと森の方へ行ったよー。出掛ける前に弟と妹どっちが欲しいか聞かれたけど、すぐに呼んでくるねー」


「待って待って! 誰でも良いから、大人の女の人呼んできてぇーー!」



紆余曲折。

アリアはようやく文明人らしい姿となった。

オレはレジーヌの拘束を解かれた。

その段階でさっきの少年と、シンシアも顔を並べている事に気づく。



「ミノルさまぁ。この赤髪のおねぇちゃんは何者です? 情婦?」


「違ぇわ。コイツの名前はアリア。今までオレの脳内に居て、時々アドバイスを貰ってたんだよ」


「え? じゃあもしかして、これまでブツブツ独り言を喋ってたのは……」


「もちろん、アリアと会話してたよ」


「そうだったんだぁ。へぇーー」



3人が3様の視線をアリアへと送る。

シンシアは口をポカンと開け、物珍しそうに眺めるだけだ。

レジーヌはこそ泥でも見咎めるように、厳しい眼をしている。

名も知らぬ少年は、ナマ足と尻に釘付けだ。

女の体をジロジロ見るもんじゃないと、彼の頭をクシャクシャと撫でてやった。



「んでアリア。要望通り呼び出したぞ。何をすべきか解ってるな?」


「はい。そこのメスで解消しきれないマニアックな性欲を発散すべく、未知なる妙技をもってして……」


「わかってるよな?」


「少々お待ちくださいませ」



アリアが大豆のトレイへと足を運んだ。

するとどうだろう。

目にも止まらぬ早業で『何か』を施し、そして蓋をしてしまった。



「はい、これにて作業は終了です。あとは熟成までお待ちください」


「ええっ!?」


「そして一週間熟成させたのがコチラとなります」


「ええーーッ!?」



料理番組のノリで片付けられてしまった。

だが、好都合ではある。

目の前には一塊の味噌がある。

愛し愛され、非業にも引き裂かれたお味噌さんが。

それを手のひらに乗せた。

生まれたてのヒヨコの如く、優しく、そして丁寧に。


パクリ。

塊を一息で口に含み、唾液と舌を絡ませていく。

すると強烈な塩味とともに、脳に電撃が走った。

味や香りの評価など煩わしい。

ついには味噌を手に入れ、食することができたという事実。

それが涙腺を直撃し、大粒の涙を誘うのだ。



「うん……うん……ッ!」


「ミノルさまぁ。泣いちゃってますけど、大丈夫ですぅ?」


「メス豚。言い掛かりはお止めなさい。これは感涙であり、マイナスな感情からくるものではありません」


「うへぇ。このおねぇちゃん……メチャ美人ですけど、クッソ口悪いですね」


「うん……うんうんッ!」



味噌と頬と歯の間に挟み、ゆっくりと唾を飲み込んでいった。

惜しむように丁寧に。

例えば駅のホームで、遠距離恋愛中の恋人の背中を見送る時の気持ちで。

遠恋なんてしたこと無いけど、ともかくそういう雰囲気で。


すると唾液で溶かされた味噌が喉を流れていく。

体は『待ってました!』とばかりに、胃も肝も腸も震えに震えた。

やがて口内には、粗挽きの大豆が残されたので、ムニムニと歯で弄(もてあそ)ぶ。

それを飲み込むとやはり、あらゆる臓器が思い思いに主張するのだ。

我が世の春が来た……と。


全てを胃に送り込むと、万感の思いだった。

吐き出された息は神の息吹と遜色ないほどの、祝福に満ちていた事だろう。

オレは一年越しの野望をやっと叶える事が出来たのだ。



「アリア、よくやった。完璧だぞ」


「お褒めにあずかりまして、恐悦至極にございます」


「残りの味噌はどこだ?」


「初回は先ほどのもので全てとなります。現在制作中のものは、一週間後に仕上がる見込みです」


「ぬぅ……まぁいい。それくらい待てる。味噌の方は任せたからな」


「畏(かしこ)まりました」



それだけ言い残すと、オレはかつて感じたことの無い幸福感に包まれてしまった。

地から足が離れるほどに、フワリフワリと夢心地。

アリアとレジーヌたちが何やら言い争いをしていた気がしないでもないが、オレの耳には届かなかった。

味噌が食える。

この先も味噌に会うことができる。

その事実が、全てをウヤムヤにするのだった。


やがて、夜が来た。

村の人たちと同様にオレも寝床に潜り込んだ。

空模様は突如怪しくなり、時々稲光が走る。

それが黒一色の室内を一瞬だけ照らし、落下地点が近いのかゴロゴロと鳴る雷鳴もやかましい。



「うっせぇな。眠れねぇだろうが……ッ!」



一瞬の灯りで天井が見えたんたが、別のもんまで見えた。

アリアだ。

アイツは天井に素手で張り付き、首を真後ろまで回転させ、オレの寝姿をジィッと眺めていた。

顔は昼間と同じく笑顔のままで。

怖いッ!



「あ、アリア! てめぇ何してんだよ!」


「フフフ、ウフフフフ」


「妙な事を企むなよ、さもないと敵として攻撃を……」


「おティンポ! おティンポォオオオ!」


「うわぁぁあッ!」



そのままオレの寝床までドサリと降ってきやがった。

お前は蜘蛛のバケモノか何かか。

咄嗟に繰り出した拳が全力の力を帯びて唸る。



「死ねやオラァッ!」


「ゲフン!」



アリアの顔にクリーンヒットし、アゴが180度回転をした。

死んだか?

悪は滅びたのか?


その体は地面に伏し、ピクリとも動かない。

すなわち制圧完了だ。

考えるべき事は多くあるが、面倒は全て明日のオレに任せて、今は安らかな眠りを貪るとしよう。

おやすみなさい。


翌朝。

微かな物音で眼を覚ました。

するとそこには、洗顔用の桶を用意したアリアが、膝を着いたままで控えている。

昨日と同じ顔で。

何事も無かったかのように、だ。



「テメェ。生きてやがったのか」


「おはようございます陛下。本日もお日柄良く……」


「割と殺す気で殴ったんだが、アザひとつねぇのか。いよいよバケモン染みてんな」


「女の体というのは神秘の結晶で出来ております」


「神秘だと? 今現在、結構なおぞましさを感じてるんだが?」


「陛下。私を亡き者になされば、味噌の工法は永劫に不明となります。それでもよろしいので?」


「……卑怯な! それを人質に取るなどと!」



強く詰ると、アリアは身を僅かに震わせた。

それから頬が赤くなり、喜んでいるようにしか見えなくなる。

罵られて喜ぶんじゃないよ。

ちょっと離れてて貰えますか。



「私は陛下の専属メイドにございます。昼も夜も存分にご活用くださいませ」



シンシアと立ち位置がモロに被ってる。

だがそこに突っ込む気力は沸かず、ひたすらにアリアの顔を見下ろした。

コイツはもしかしなくてもトラブルメーカーとなるだろう。

そう、味噌を手に入れたその代償は、余りにも大きかったのである。

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