第98話 味噌を創れ、転生者!

味噌は発酵食品。

それは動かさざる事実だ。

つまりは大豆を腐らせれば、それ即ち味噌となる訳だ。


方針を決めたら次は実行。

農場の1区画に木のトレイを用意させ、そこに大豆を敷き詰めた。

腐らせるには熱と水分という事で、十分な水気を与え、天日に当てた。

後は熟成されるのを待つばかり。

簡単だね。

この判断力と手際の良さ、これまでに異世界料理を堪能してきた経験が活きたのかもしれない。



「さぁて、味噌が出来るまでに仕事を片しちゃいますか!」



最近やる気がムンムン湧いて仕方ない。

それもこれも、すべてあの娘のおかげだ。


嗚呼、麗しのレジーヌ。

その美しさは歴史薫る王家の姫君のようだ。


……って、アイツは本当に姫様だけどな!

なんちて! なんちて!


文書と向かい合う今も、頬が緩んで仕方ない。

一瞬でも気を許すと彼女の事を考えてしまう。

集中しろ、オレ。

この仕事に失敗は許されないのだ。


気を引き締めつつ筆をとる。

するとその時だ。

外からドアが叩かれ、遠慮気に少しだけ開いた。



「ミノル、お仕事お疲れさま。お昼ご飯持ってきたわよ」



やって来たのは麗しのあなた。

オレは手にしていた文書など足元に投げ捨て、トレイを机にさっさと置き、彼女を優しく抱き締めた。



「ありがとうレジーヌ。おかげで飢え死にせずに済んだよ」


「エヘヘ、大袈裟だなぁ。冷めない内に食べてよね」


「うーん。昼飯なんかより、君の事を食べちゃいたいなぁ」


「えっ。ちょっと待って、朝はお仕事してたから、汗たくさんかいてて……」


「汗だくだって? なおさら良いぞ!」


「ええーーッ!?」



それからしばらくして。

散々にイチャついたせいか、料理はスッカリ冷めてしまっていた。

コンソメ玉子スープはもちろん、鶏肉のチーズ焼きも冷え冷えでカッチカチの状態で食べることとなった。

でも大丈夫。

彼女にアーンしてもらうことで、お腹も心も凄まじい勢いで満たされていったからだ。


おいちい。

レジーヌたんたんに食べさせて貰うと、百万倍おいちい。



「ところでミノル。ずっと部屋に籠ってたけど、何のお仕事をしてたの?」



レジーヌが室内を見回しながら言う。

オレは椅子の足元に転がる紙を手に取り、それを机に広げた。



「味噌の銘(めい)を決めてたのさ。鳴り物入りでのリリースだから、バシッと格好良い名前を決めたくて」


「そうなんだ、真剣なのね。候補は決まってるの?」


「うん。第一候補は『愛しのレジーヌ』かな」


「えぇっ!? それは止めようよぉ……」


「どうしてさ。君の功績も大きいんだし、あの感激を歴史の1ページに刻みつけたいんだ」


「だってぇ……世の中に出回ったところ想像したらさ、恥ずかしくって」



レジーヌの顔は真っ赤だ。

そんなに問題あるだろうかと思い、軽くシミュレートしてみる。

味噌を公開したとする。

一度口にしたなら誰もが虜になるので、世界中で爆発的に広まる。

その革命的な味わいにより、老いも若きも夢中になること確実だ。

だから大陸のあちこちで、こんな会話が起きるハズだ。


『いやーたまんねぇよなぁ、愛しのレジーヌ。もうオイラはドップリだぜ』


『まったくだ。明日も朝早いから、帰ったらすぐに愛しのレジーヌを貪(むさぼ)るかな』


『良いねぇ。オレもそうするわ』


……何だろう、腹がたってきた。

会話してる2人に落ち度はないけども、実際に耳にしたらブッ飛ばしてしまうかもしれない。



「うん……やだ。何かスゲェやだ!」


「そうでしょ? そうでしょ?」


「じゃあ第2候補にしとくかなぁ。でもレジーヌの名前も遺したいしなぁ」


「次の候補はどんな名前?」


「ミソル、だね。味噌をミノルが作ったからっていうのが由来だけど……」



その瞬間、レジーヌがオレの肩を掴んだ。

興奮したように鼻息は荒く、目もクワッと見開かれている。



「素晴らしいわ! あなたは名付けの天才ね!」


「え、そうかな? そうかな!?」


「うんうん。ミソルって最高じゃない! 呼びやすいし……きっと誰もが親しんでくれるわよ!」


「よぉし! じゃあ銘はミソルで行こう! 世界初の味噌はミソルに決定ーーッ!」


「あぁ……良かったぁ」



後日。

そろそろ出来ているかと農場へとやって来た。

豆の様子を見てみれば、どうしたことか。

味噌になっていない。

ヒョロッと可愛らしい芽が顔を出しているだけだ。

この結果には、オレはもちろん、レジーヌも残念そうな顔をしていた。



「……ダメだったか」


「これは失敗よね。何か足りなかったんじゃない?」


「足りないもの、ねぇ。それは塩かもしれないな。後入れのつもりだったが、先入れかもしれない」



無い知恵を絞って考察してみる。

相談しようにも、味噌を知るのは世界でもオレ独り。

レシピのひとつも無い状態なので、全てが手探りとなる。

オレが思い付いた改善点は『塩の投入タイミングを早める事』だったが、アリアによって別の意見がもたらされた。



ーーミノル様。お困りの様ですね。


「アリア。何か名案でもあるのか?」


ーーご所望の品を作るには、麹(こうじ)が必須となります。


「工事だって? どこをいじくれば良い?」


ーー口頭での説明には限界がございます。ゆえに、転生玉をご活用いただきたいのです。


「転生玉だって? そんなもん何を使うんだよ」



アリアが珍しく、会話に『溜め』を使った。

ほんの少しの間だが返答が滞っている。

言葉を待っている間、酷く嫌な予感がしてならなかった。



ーー転生玉にて、私を現世へ呼び出してください。



アリアの言葉は本当に突拍子もないものだった。

だが、味噌を求めるがあまり、大した疑念を抱くことなく提案に乗ってしまう。

後にこれが大きな災いを呼ぶことになるんだが、現時点のオレが気づく事は無かった。

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