最終話 そして世界は味噌になる

待ちに待った交易日。

大陸中から押し掛けて来たらしく、あちこちが人・人・人でごった返している。

誰もがすれ違う度に袖が擦れる、というほどの混雑だった。


豆の売れ行きも目覚ましく、どこを向いても長蛇の列だった。

本当の本当に客だらけなんだよ。

……味噌売り場以外はなッ!

ここだけポッカリと無人スペースが出来てしまっていて、人ッ子一人近付いちゃいない。

魔除けかッ!



「何でだ、どうして誰も寄り付かないんだ!?」


「無理もないピヨ。見た目に問題があるピヨ」


「……ピヨリーヌさんや。今ばかりはその語尾止めてくれんかい?」



交易地帯のど真ん中、人の流れが最も激しくなりそうなエリアに堂々と店を構え、オレ自ら売り場を担っているのにも関わらず……閑古鳥が鳴いていた。

ついでにすぐ隣では、ピヨリーヌもピヨピヨと鳴く。

可愛さを倍加する為に始めたそれも、今ばかりは煽りにしか感じられず、ついには苦言を呈してしまった。


万全のスタイルで臨んだのに、すこぶる成績は悪く絶不調だ。

味噌はこんなにも艶やかで滑らかななのに、何故なのか。

あまりの手応えの無さから途方に暮れてしまう。



「わっかんねぇ……何がそんなに気に食わないんだ」


「うーん。見た目、かしらねぇ。ちょっとグロテスクすぎない?」


「本当かい? 君にはどう見える?」


「ええとね。飲み会があった日を思い出すかなぁ」


「違う! これ吐瀉物(としゃぶつ)違う!」



初見の人からしたら、汚ならしい物に見えてしまうのか……。

この事実には酷く打ちのめされる想いだった。

だが、ここで折れる訳にはいかない。

あまねく人間を味噌中毒にしてこそ、転生者というものではないのか!

今一度己を奮い立たせ、売りに徹する。



「おっちゃん。味噌あるよ味噌!」


「アッハッハ、ちょっと要らねぇかなぁ」


「おねーさん。味噌どうよ、世界初の稀少品だよ!」


「うーん、えっとぉ。ごめんなさいねぇ」



悲報、異世界では味噌が不評。

道行く人は見向きもせずに、売店の前を遠巻きにしながら通りすぎて行く。

ちなみに交易ゾーンの両端に設置した『味噌汁店』はかなり賑わっている。

キャッチフレーズである『賎貨1枚で未知なる体験を』という言葉が余程突き刺さったのか。

だとしたら何故、元ネタともいうべき味噌が敬遠されるのか。


……わからない。


腹が立って機嫌を損ねたならば、ベタだけど味噌で補うに限る。

両手で山盛りに掬って一気食いした。

強烈な塩気と濃厚な豆の香りが頭を麻痺させるようだ。

あぁ、堪らねぇぜ。


その時だ。

通行人が目を見開いて足を止めた。

1人や2人じゃない。

文字通り付近を歩く全員が、だ。



「何だよお前ら。そんな顔して」


「ダンナァ。今、そいつを食いやせんでしたか?」


「食ったよ、旨ぇよ」


「そいつぁ……肥料じゃないんですかい?」


「違ぇって! 食い物なの! これが何に見えたんだよ?」


「てっきり吐瀉物かと」


「排泄物かと」


「クソでもゲロでもねぇよ! 立派な食べ物なんだよぉ!」


「でもでもタダなんでしょう? 食えるもんが無料ってのは、ねぇ?」



狙いが完全に裏目に出てしまった。

確かに世界初の珍味を無料で配るというのも、話が上手すぎて勘ぐってしまうだろう。

その結果、見た目の様子も相まって、かなり不名誉な第一印象を頂戴する事となったのか。

これはマズイ。

手早く好転させなくては、誤解を覆すのが難しくなりそうだ。



「お前ら味噌汁は食ったか?」


「あそこのですよね? ええ、もちろん。慣れない味でしたが、なかなか美味でしたねぇ」


「あれはこの味噌を使って作ってんだよ、つうか味噌汁って言ってんだろ!」


「ええ!? これが元なんですかい?」


「そうだよ。それでもまだクソだの言うのか?」


「ううーん。でも見た目がねぇ」


「わかったわかった。じゃあこの場で味噌を食った第一号には、金貨1枚をやるぞ!」


「き、きき金貨ッ!?」



途端に周囲が色めき立った。

日本円にして10万前後の報酬だが、こっちの物価はメチャクチャ安い。

2ヶ月くらいは働かなくて済む程の額だ。

群衆は戸惑いつつも興味深々になる。

オレが辛抱強く待っていると、1人の巨漢が名乗りをあげた。



「なぁ。ソイツを食えば、金貨をくれるんかい?」


「そうだ。嘘はつかねぇよ。やるか?」


「おっし、だったらやらせてもらうぞ!」


「はいどうぞ」



スプーンひとサジ分を男の手のひらに乗せてやった。

その時ニチャリという粘着質な音が聞こえると、何人かが『ヒィッ!』と悲鳴をあげた。

……まだだ、堪えろオレ。

怒りに身を任せる前に、男の反応を知らしめるべきだ。

誤解さえ解ければどうとでもなるのだ。


志願者は意外と腹が座っていた。

眉ひとつ動かす事なく、手の中の物を口に放り込んだ。

僅かに口が動き、喉がなる。

群衆もわざとらしいくらいに同期して、ゴクリと音をたてた。



「どうだ。美味いだろう?」


「こりゃあ……美味いなぁ。ダンナ、これがタダって本当かい?」


「そうだ。だが今回限りだ。次回からはキッチリ金を取るぞ?」


「じゃあ1袋くれ。金貨と一緒にな」


「あいよ。良い味噌ライフをな」



唖然とした目線の中で、金と袋を手渡した。

男はそのまま振り向きもせずに、いそいそと酒場の方へ流れていった。



「見たか! 食いもんだぞ、美味いんだぞ! そしてタダなのは今日だけだからな!」


「お、オイラもらおうかな?」


「はいまいど!」


「アタシも一袋おくれよ!」


「はいまいど! どうした、次は来ないのか? 言っとくがな、味噌は万病に効くぞ!」


「ええっ!?」


「本当だ、オレは風邪ひとつ引いた事がないからな! さらに肌や髪の艶もグンと良くなるぞ!」


「ええぇっ!?」


「さらにさらに極めつけはなぁ、味噌を食えば彼女が出来るぞぉおーー!」


「買ったぁぁああーー!!」



それからはもう、列も秩序もなかった。

我先にと袋に手を伸ばし、時には奪い合い、各々が味噌愛を示している。

あぁ、素晴らしい。

これこそがオレの目指した世界なのだ!



「お前ら、味噌は好きか!」


「イェーーァ!」


「味噌を毎食食べるか!」


「イェエーーァ!」


「味噌に出会えて魂が幸福を感じているか!?」


「幸福でぇーーすッ!」



感無量、本懐とは正にこの事。

世界は今、味噌に支配されたのだ。

この瞬間だ。

この一瞬の為にオレは生まれてきたのだと思う。


ちなみにこの後、アシュレイルに引っ越して引き続き魔人王として君臨することを強要されたり、レジーヌたんが12つ子を産んでてんやわんやになる。

そして末っ子の娘がヤンチャすぎて、北西端の山で反省してもらうとか、何かもう色々起こる。

だが、それらは大きな問題じゃない。

オレの人生最大の仕事は、たった今完了したのだから。



ーーーーーーーー

ーーーー



場所は変わって天上界。

代理のアルバイト神であるマリアンヌは、下界の様子をじっと眺めていた。

脂汗をかきながら。

正式な担当者の天上神より管理を任されてより200年弱。

地上は当初に比べて、かなり様変わりしていた。



「やべぇよ。こんなの想定外だよ、どうすんだよ」



ミノルが遺した12人の子たちは、転生者としての力を色濃く残していた。

代を経る事に数は増え、やがて外見にも変化が見られるようになった。

彼の子孫だけ何故か髪が赤いのである。


それらはいつしか『魔人』と呼ばれるようになり、もっとも強い個体が魔人王という通り名がついた。

つまりは、人間として扱われなくなったのであり、それは自然と偏見や衝突へと繋がる。

憎悪が大陸の端々にまで広がるのに時間はかからなかった。

やがて小競り合いが局地戦を生み、とうとう総力戦へと発展してしまった。


結果は人類の完全敗北。

エレナリオやアルフェリアは魔人の支配下となり、人間側はミレイアとディスティナに立て籠るのがやっとという有り様になった。

管理を引き受けた段階で『現状維持』を頼まれた身としては、相当にマズイ状況なのである。



「これ絶対ヤバイやつじゃん! クビになっちゃうよぉお!」



マリアンヌも若くはない。

アルバイトとはいえど、ここで職を失えば、次に仕事を得られるのは何万年後になるか分かったものではない。

その間、延々と実家暮らしになるのは確実だ。

父母の嫌みを延々と聞かされる毎日が待っている。



「ダメ! そんなん絶対嫌だからね!」



彼女は極秘裏に地上へ介入する方法を考えた。

神の力により災害を発生させたり、奇病を蔓延させたりする事はできない。

能力的には可能だが、派手な対処法では己の失態について大声で触れ回るようなものだ。

天上神はもちろん、何かと口うるさい契約神の耳目を欺ける手段でなくてはならないのだ。



「チッ。もうこの手段しかねぇよな」



マリアンヌは机上から1枚の書類を探し出した。

それは名簿であり、何人もの人物名がビッシリと書き込まれていた。



「転生適正S、タクミ……か。弱っちい見た目だけど、真面目そうだね」



こうしてマリアンヌは、多少の不安を覚えつつも、地上へと介入した。

自分の意を得た第三者を送り込むことで、状況を好転させようと目論んだのだ。


転生者ミノルに続き、タクミという青年が何を果たすのか。

この時点では管理人である女神といえど、知る由も無いのであった。



ー完ー

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