第96話 戦が終わって

どうにか目眩が落ち着くと、オレは急ぎ東門へと向かった。

空を飛ぶほどの余力はない。

崩された家々に、飛び散った樹液や血飛沫が、激しい闘いだったことを物語る。

もどかしさを覚えつつ大通りを駆け抜けていった。


東門に着く。

そこは静まり返っており、戦闘は終わっていた。

転がるは大量の木人の死骸。

そして、折り重なるようにして倒れている兵士たち。

余程の激戦だったようだ。



「みんな、無事か!?」



生存者たちの顔が暗い。

特にアシュレイルの兵たちが、沈鬱な表情を浮かべている。

全員が下馬し、輪になって集まっていた。

その中心には仰向けとなったレアルの姿があった。



「どうした、負傷か!?」


「ミノル……」



レジーヌの顔が哀しみに暮れている。

オッサンやシンシアも同じだ。

そして、レアルの側に腰を降ろしたメイファンは一段と深刻そうな様子だった。



「終わったのだな」



絞り出すような声だ。

レアルから発せられた言葉は、これまでに無いほどに弱々しい。



「そうだよ。アタシらの勝利だ」



メイファンが返す。

哀しむというよりも、悼むという言葉が当てはまる様子だ。



「アリア。これは……」


ーー体を酷使し続けた代償です。体内の組織が、若者とは思えぬほどに損耗しております。その結果、重要臓器の大半が機能不全となりつつあります。


「治せるか? 新しい魔緑石を探したり、転生玉を使っても良い」


ーー打つ手無しにございます。力の枯渇が原因で無いため、魔緑石を用意しても無駄になります。そして、これは外傷ではないので、転生玉も活用いただけません」


「そうか……なら、万策尽きたな」



見たところ30歳前後に見えるが、体はボロボロのようだ。

なぜ己を改造したのか。

どうして強さに固執したのか。

聞いてみたい欲求に駆られたが、それが許される状況ではない。



「メイファン。オレは強かったか」


「そうだな。アタシに負けないくらいにはな」


「少しくらいは惚れたか」


「悪いが、全然。同時に2人の男を愛せるほど器用じゃないんでね」


「フフ……報われぬ。何故よりによって、このような娘に心を奪われたのか。我が事ながら理解ができぬ」


「ホントだよ。もっとお淑やかで美人な姉ちゃんでも口説いてりゃ良いものをさ。どうしてアタシなのさ」


「知るか。これは理屈ではない」



そこまで言うと、レアルは顔の向きをわずかにずらした。

その先には、声を圧し殺して泣き続けるアシュレイル兵たちが居た。

最前列には副官の男が、両目を真っ赤に染めて控えている。



「オレの死後、貴様らは好きにしろ」


「好きに……とは?」


「そのままの意味だ。大陸全土に戦をふっかけて闘い続けるもよし。新たな主に仕えるもよし」


「レアル様! そのお言葉は、今の私には身を斬るほどに辛うございます!」


「しかと聞け。最期の命令だ」


「……承知いたしました……ッ!」



その言葉で、哀しみはより深く、そして激しくなった。

地面を殴る音がいくつも重なる。

それから家臣たちは、不明瞭ながらも『レアル様』と、喉が嗄れるまで叫び続けた。

対する主はというと、どこか晴れ晴れとしたような顔だ。

哀しみに暮れる男たちではなく、晴れ渡る空をじっと眺めていた。



「ここにオレの墓を建てさせよう。命日には必ず参れ、メイファン」


「分かった。旦那とともに来てやるよ」


「夢の無い話だ。夫婦仲を見せつけるつもりなら、寄り付いて欲しくない」


「そうかい。アタシは深読みとかしねぇからな。来るなっつうなら、本気で一度も来ねぇぞ」


「冗談だ。月命日(つきめいにち)には来い」


「ふざけんな。年1回だけだよ」


「これは手厳しい」



レアルが大きく、そして長く息を吐いた。

溜め息とは違う。

何となく『魂が昇ろうとしている』と思った。



「生きた。オレは強いまま、戦場で死ねた。武人にとってこれ以上の幸福はあるまい」



目の光が弱まっていく。

芯の通った声とは裏腹に、死の気配がにわかに強くなる。



「だが……もう少し勝手に生きてみたかった。国や家来など投げ捨てて、愛する女の為に生きてみたかった。そうしたならば……」



言葉はそこで途切れた。

そして、後はどれ程待っても、もうレアルの声を聞くことは無かった。

涙で湖が出来るほどにアシュレイル兵は泣き崩れ、その死を悼んだ。



「ミノル……無事だったのね」



レジーヌが青白い顔で、目頭を赤くそめつつ言った。



「どうにか……な。レアルのおかげで倒すことができた」


「ワシらも、彼には大いに助けられた。あの援護が無ければ、恐らく全滅していたであろう」



オッサンも眉間に深いシワを刻んでいる。

そこに勝者の喜びは微塵も無かった。



「なぁオッサン。これからどうしようか」


「引き上げるのが良いだろう。あの主従には、弔う時間が必要であろう」


「そうだな……。今はそっとしておこう」



今のアシュレイル兵には、慰めの言葉など無粋でしかない。

助言に従い、オレらはミレイアから立ち去った。

それは勝ち残った軍とは思えない程に、とても静かな行軍となった。


こちらも味方の損耗が激しく、無傷で居られた兵など1人もいなかった。

もちろん死者の数も多い。

生存者はみんな誇らしげな顔つきだが、目に余るほど騒いだりはしなかった。

もしかすると、レアルに気を遣っているのかもしれない。



「これで大陸が平和になると良いんだがなぁ……」



そんな呟きを山中に遺し、開拓村へと戻った。

それからは戦没者への対応が待っていた。

これが中々に辛い。

遺体は持ち帰れたので、最期の対面をさせてあげられたのが救いか。


未亡人たちには大金で報いようとしたが、断られた。

この村では衣食住に困らないというのが理由だ。

お金は村の発展に役立てて欲しい、とだけ言われ、再三の申し出にもついには固辞されてしまった。


幸いと言うには語弊があるかもしれないが、戦災孤児は居なかった。

戸籍に照らし合わせて確認したので間違いない。

となると、オレがすべき事は明確だ。

より村を豊かにし、人々に還元し続ける。

その方針を守りさえすれば、困窮する家庭なんか生まれようは無いのだ。


そうして戦後処理が終わり、諸々が落ち着きを見せた頃。

自室で作業をしていると、衛兵に声をかけられた。



「お仕事中に申し訳ありません。アシュレイルより使者が参りました!」


「客? そいつは名乗ったか?」


「その男はサブリナと申しておりました」


「……知らねぇな。誰だろ」



心当たりの無いままに会議室へやって来ると、そこに軽装の男が3人待ち受けていた。

そのうち1人に見覚えがある。

サブリナとは、レアルの副官だった男だ。



「ご無沙汰をしております、魔人王陛下」


「久しぶりだな。元気だったか?」


「はい、どうにか。帰国した当初は食事も喉を通らないほどでしたが」


「辛いときは食欲が湧かないからな。でもそういう時ほど、無理して食った方が良いもんだ」


「仰る通りかもしれませぬ」


「そんで、今日の用件はなんだ?」


「魔人王陛下を、我らがアシュレイルへとお迎えしたく、参上いたしました」



サブリナが迷い無く断言した。

残りの男たちも真剣な顔をしている。

どうやら独断で言っている訳じゃ無さそうだ。



「うーん。急に言われてもな。オレは国を経営した事なんか無いし……もっと他に適任者がいるだろうよ」


「いえ。レアル様亡き今、紛れもなく陛下が大陸随一。我らは弱者に垂れる頭(こうべ)を持ちませぬ」


「……もしオレが断ったら?」


「命尽きるまで闘い続けます」


「それは、オレやエレナリオ相手にか?」


「無論にございます」



彼らは本気だった。

きっとこの会談も命がけで臨んでいるんだろう。

『だったらこの場でブッ殺してやる!』という斬死パターンだって考えているハズだから。



「ううーん。どうしたもんかなぁ」


「此度(こたび)は引き上げます、返事は後日にいただければ十分にございます。では……」


「サブリナ様、こちらをお忘れで」


「あぁ、失念していた。陛下、こちらはほんの気持ちばかりですが、お納めくだされ」


「何それ。麻袋……ッ!?」


「豆をご所望と聞きましたので、アシュレイルが持つ豆を少しばかりお持ちしました」


「おお……豆、アシュレイルの豆ッ!」


「それでは我らはこれにて。良いお返事を期待しております」


「うんうんありがと! 前向きに考えとくからなーッ!」



3人が去った。

その背中を見届けると、オレは袋に飛び付いた。

これが最後のチャンス。

泣いても笑ってもラスト・豆ガチャなのだ。



「頼むぞ……今度こそ、大豆様を!」



ヒヨコ豆に始まり、枝豆、小豆ときた。

そして前回は空豆。

そろそろ……というか、ここで大豆を引かなくてはならない。

もう後が無いからだ。



「頼むぞ、頼む……」



袋を開き、手を差し入れて豆粒を取り出した。

そこには、深い焦げ茶色をした、コーヒー豆が入っていた。

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