第95話 敗北条件
私は祈り続けた。
今のところ、どうにか邪悪なる呪法を抑え込む事が出来ている。
命を奪う力に唯一対抗できるのは、私の持つ祝福の力のみだ。
初めてミノルの役に立てた事は嬉しくもあり、この程度でしか貢献できていない事が腹立たしくもある。
時おり、強い目眩が襲ってきた。
これは力を使い過ぎたときに起こるものだ。
症状が現れる度に、気力を振り絞って祈りを再開する。
今は自分にやれる事をするしかない。
それは誰もが同じだった。
シンシアの仕事は逃げ遅れた人たちの誘導だ。
いつの間にか街の住民たちも助力に駆けつけてくれて、今では歩けない人の救助まで可能になっていた。
グランドたちは私の護衛。
全員が下馬している。
避難する人たちに貸し与える為だ。
馬車があれば効率良く逃がす事ができるけども、流石にそこまでの用意はしていない。
辻馬車は全てが逃げ出した後だった。
「逃げ遅れた人、いませんねー? 大丈夫ですねぇー?」
「シンシアさん! 見回り終わりました、残っている人は居ません!」
「オッケーですよー! じゃあ歩けない人はお馬さんに乗ってください。元気な人は自分の足でお願いです。出来ればお馬の制御もお願いしますね」
年老いた人、青ざめて咳き込む人。
そういった人たちが馬の背に乗せられ、轡(くつわ)を取られつつ外へ逃れていく。
馬の数は足りている。
それでもここに居る全員を逃がすまでにかなりの時間を要しそうだ。
「……来るぞ!」
グランドが低い声で言った。
彼の言葉通り、瓦礫の向こうから無数の敵が現れた。
木と人間の中間のような化け物だ。
こちらよりも遥かに多い。
あれが襲ってきたとして、耐えしのぐ事が出来るんだろうか。
「トガリ、砲だ。存分に放て」
「わかりましたぁぁ! 敵中央に炎弾を射ってくださいぃ!」
命令があると、すぐに大砲が火を吹いた。
押し寄せる敵軍の中央に巨大な火柱が上がる。
木の魔獣は良く燃えた。
それでも難を逃れた敵は、着弾地点を迂回して突き進んできた。
メイファン、そしてグランドが前に出る。
そのすぐ後ろには馬を降りた開拓村の兵が並んでいる。
「木人鬼ねぇ……この数は初めて見るわ。ありゃあ800くらい居るかね?」
「砲で減った。今はおよそ700前後であろう」
「不利、なんてもんじゃ無いね。こりゃあ多分死んだわ」
「かもしれぬ。だが、それでも負ける訳にはいかぬよ」
2人がいつもの調子で会話をしていた。
その気軽さと話の深刻さが噛み合っていない。
歴戦の兵士とはこういうものなんだろうか。
「アンタ……愛してるからな」
「ワシもだ」
「『も』って何だよ。最期くらいちゃんと言えよ」
「……愛している」
「アハハ! そこまで明言してくれんのは、これが最初で最後だねぇ!」
「……すまぬ。メイファン」
「良いよ、アンタにはそういうの期待してないからさッ! 半分借りてくよ!」
「任せた」
メイファンが大きな剣を敵の方へと向け、肌が震えるほどの声をあげた。
「良いかいお前たち。アタシらはこれより英霊になるよ! 大陸の明日を担う大事な戦だ、情けねぇ真似だけはすんじゃないよ!」
グランドもその声に続いた。
同じように槍の穂先を前に向けて。
「メイファンの申す通り! 今日負けたとしたら、滅びるしかない。大陸のどこに逃げようとも、確実な死が待っている。ならば戦え! 雄々しく戦い、その名を永遠に轟かせよ!」
兵たちが歓声をもって答える。
哀しくなるほどの無勢も気にしていないんだろうか。
覇気も天を貫かんばかりになっている。
「さぁ行くよ! 世界の命運を賭けた大勝負だ!」
「第一、第二隊はワシに続けッ!」
メイファンが誰よりも先に駆けた。
グランドはひとときだけ私を見て、やはり駆け去っていった。
魔獣の木人鬼は手強い相手だ。
訓練した兵士が数人がかりでようやく倒せると聞いたことがある。
いくら2人に率いられてるとはいえ、苦戦することは確実だった。
「オラァ! 舐めてんじゃねぇぞ!」
メイファンが剣を振るうたびに、魔獣が吹き飛んでいった。
まるで砲弾が破裂でもしたかのように。
「一匹たりとて突破を許すな! 確実に息の根を止めるのだ!」
グランドが槍を鋭く操る。
目にも止まらぬ程に素早く、彼の前に立った魔獣は一瞬のうちに体を地に伏すのだった。
やはり2人は強い。
それでも、敵の数が多すぎた。
「チィッ! 次から次へと……嫌になるよ全く!」
「防げ防げ! 突破を許せば我らの負けだ!」
味方がジリジリと後退し始めた。
敵が死を恐れないからだ。
こちらが倒しても倒しても前進を止めようとはしない。
むしろ倒れた魔獣の体の背後から、攻撃を繰り出したりしている。
1人、また1人と犠牲になる。
声が、槍の擦れる音、血の臭いがここまで近づいてくる。
それが目の前に迫った時、私は死ぬんだろう。
漠然とした恐怖。
終わりの見えない戦いに、心が挫けそうになる。
でも、後退する気は無かった。
私の離脱は『集魔の法』の復活を意味し、それはミノルを即座に窮地へと追い込むハズだ。
逃げられない。
危うくなったら引くとは言ったけれど、逃げるつもりは更々無い。
……ミノル。がんばって!
出来る事をひた向きにやる。
私たちがするべき事を懸命に向き合う。
今は余計な考えを挟むことを止めた。
「おい、何だあれは!?」
兵士の1人が叫ぶ。
そして、即座に空が光り、熱風が押し寄せてきた。
眩む瞳を凝らし、どうにかそちらを見る。
燃えていた。
恐ろしく醜悪で、巨大な木が、それよりも高い炎に包まれて燃やされていたのだ。
それを見た瞬間、私は祈りの構えを解いた。
「みんな! ミノルが倒してくれたわよ! あともう少しだけ頑張って!」
「やったぁぁ! オレたちの勝利だぁーーッ!」
「アンタら! 喜ぶのはこのピンチを生き残ってからにしな!」
メイファンの言う通りだ。
巨木が死を迎えようとしているのに、目の前の木人鬼の動きに変化は見えない。
力が衰えることも、主の方へ救援に向かう事もしなかった。
敵はただこちらに向かって攻め寄せ続けたのだ。
「防げ! 助けが来るまで、どうにか防げぇ!」
味方が討たれていく。
疲れや怪我のせいか、みんなの動きは格段に落ちていた。
押し返すのが難しくなっている。
それは流石のグランドやメイファンでも変わらないようだ。
再び、死という言葉が頭をよぎり、汗となってこぼれ落ちた。
前線の兵はより強く感じているだろう。
撤退を命じるべきだろうか。
でも私たちが逃げたら、外に避難している人たちの命運はどうなるだろう。
その不安が判断を迷わせる。
心の天秤は揺れ動き、考えがまとまらなかった。
すると、その時だ。
敵の背後より鋭い声が響き渡った。
「アシュレイル軍、一丸に突撃せよ!」
騎馬隊が背中を討つようにして、攻撃を開始した。
その動きは思わず見とれてしまうほどに美しく、実際にしばらく魅せられていた。
その突撃は止まること無く、こちらまでやってきた。
先頭の男に見覚えがある。
彼は間違いなくアシュレイル王だ。
「龍人王、約定に従い参戦する!」
「ねぇ、ミノルは? 天馬に乗ってた男の人はどうなったか知らない!?」
「安心しろ。アヤツは力を使い果たして眠っている」
「良かった……ところで約定って?」
「それもアヤツだ。口頭ながらも休戦協定を結んだところだ。故に今は味方だと思え!」
レアルがそう言うと、再び馬首の向きを変えて突撃していった。
やはり凄い突破力だった。
彼らが一斉に駆け出したなら、木人鬼と言えど障害物にすらならないらしい。
ぶつかる度に敵の体が四散していく。
「よっしゃあ! 一気に攻勢に出るよ! アタシに続けぇ!」
「グランド隊はメイファン隊の裏に! 討ち漏らしを確実に葬るぞ!」
こうなると、途端に空気が変わった。
勝ちを確信したせいかもしれない。
アシュレイル軍が敵陣を駆け抜け、細かく分断していく。
そこへメイファンが襲いかかる。
時おり攻撃から溢れた敵が突出してくるけど、それはグランドが全て打ち倒していった。
そのまま事態は変化すること無く、着実に敵を葬っていった。
そして、最後の一匹が両断された。
するとどちらの軍からか、歓声が巻き起こった。
「勝った! 我らの勝利だ!」
「アンタら、勝鬨(かちどき)をあげな! 景気良くやれよ!」
兵士たちが割れんばかりの声で答えた。
泣きながら抱き合うもの、呆然とするものと色々な反応だったけれど、誰もがこの勝利を心から噛み締めていた。
「ふぅ……まさか無事で済むなんてね」
これもレアル王のお陰だろう。
いずれ敵同士になるとはいえ、お礼くらいは言っておきたい。
そう思って、ここから少し離れている騎馬隊の方へ向かった。
「レアル……」
話しかけようとして、思わず言葉を引っ込めた。
あれだけ雄々しく戦っていたレアル王だが、今は見る影もない。
彼は馬の背に前進を預けるようして、騎乗のままで倒れ込んでしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます