第51話 村の異変を調査せよ

ジャパン村の少年がもたらした報せは衝撃的だった。

なんでも村が賊(ぞく)に眼をつけられ、金銭をたかられてるんだとか。

要求額は金貨100枚。

日本円にして1000万以上か。


村は徹底抗戦の構えを見せているが、多勢に無勢。

戦えるものは敵の5分の1も居ないんだとか。

不利を悟った少年が村から宝剣を持ち出して、オレたちの所へやって来たという訳だ。


正直、ジャパン村が窮地に陥っていたとは知らなかった。

ディスティナの管理を任せているエグゼだって恐らく把握していない。

あの村の辺りは調度行政区分の境目になっていて、管理が曖昧になってしまってるのが原因だ。

これは今後の課題とすべきだろう。



「何だよ……話聞くだけ聞いて、結局金をくれなかったじゃないかよ……」



少年には情報提供料として、銅貨1枚を渡しただけだ。

何せオレらも金貨100枚なんて大金は持ち合わせてない。

確かに剣は素晴らしい逸品だったが、無い袖は振れない。

彼なりに決死の想いで金策に励んだのに、手にしたのが小遣い程度の額では腹も立つというもの。

むくれるのも仕方ない。



「そう怒るなって。オレらに金は無いが力はあるんだ。全部解決してやるよ」


「……ほんとかよ。あんまり強そうには見えないぞ」



これから少年を送り返すついで、ジャパン村に滞在して調査をする予定だ。

だから遊びに行く訳じゃない。

まぁ1日で終わるはずがないから宿には泊まるがな。

ゆっくりと温泉に浸かり、美味しい料理に舌鼓を打つ事はあれど、これは休暇ではない。

あくまでも厳然たる仕事なのです。



「それにしても温泉ですか。私は初めてですよ! 噂通りに良いものなのですか?」


「え、ええ。そうね」



酷く饒舌な男が一人。

騎士見習いのミゲルだ。

村会議でジャパン村に行くことを決めた際に、コイツも同伴すると言って聞かなかった。

レジーヌが諭しても、オッサンが叱っても、オレが脅してもダメ。

瀕死のセミみたいに駄々をこねまくったのだ。

子供かっ!

歳を聞いたら21だという。

年上かっ!!


その結果、こうして連れて来ざるを得なかった。

おかげでレジーヌとシンシアの表情が浮かない。

道中に絡まれ続けたせいだろう。

オッサンはいつも通りだが、どこか不機嫌そうでもある。



「姫様。ここは恋人らしく、ともに温泉に入りましょう!」


「え!? お前、ミゲルとそんな関係だったのか?」


「ち、違う! 全然違うッ!」



これにはレジーヌも頭と手を忙しなく横に振って答えた。

もげそうな程にブンブンと。

照れているのではなく、怯えているという様子で。



「おいミゲル。妙なこと言ってると捻り潰すぞ」


「黙れ赤貧民! 誰が何と言おうとも、私と姫様は心身のみならず、魂までもが結ばれているのだ!」


「魂って……レジーヌが全力で否定してたぞ」


「それは私が未だに見習いという身分だからだ。晴れて正式に騎士となり、釣り合う身の上となった暁には、めでたく姫様と結ばれる。これは紛れもない事実であり、天上神が決められた揺るぎない約束事なのだ!」



そこで再びレジーヌの方を見ると、彼女はシンシアの背中に顔をうずめていた。

あぁ、これはヤバイやつですわ。

シンシアはギロリとミゲルを睨むが、さして効果は無い。

むしろ新たな燃料を提供する結果となる。



「なんだシンシア。メイドの分際で、私に惚れているのか?」


「ハァーーァア?」


「卑しい身分だが、まぁ器量はまずまず。どうしてもと言うのなら抱いてやらんでもないぞ。地面に頭を擦り付け、私に絶対なる忠誠を……」


「はい、そこまでー」


「ガハッ……!」



新たな技である凍蛇(とうだ)によってミゲルをキュッと氷像化させた。

そして野菜を満載した荷台にイン。

しばらくスイカでも冷やしてろ。

もちろん頭もだ。



「コイツはヤバすぎだろ。いつの間にか拗(こじ)らせやがって」


ーーミノル様。この男は貴重な体質だと言えます。忠誠心が下半身から生じるなど、聞いたこともありません。


「やっぱりか。急ぎで手を打たねぇと、絶対事件がおきるよなぁ……こちとら忙しいってのに」


ーー見習うべきはタフさ、そして貪欲(どんよく)さでしょうか。ミノル様も早くあれの如く旺盛になられませ。


「お前こそ無駄説得を止めろ」



それからは無事ジャパン村へ到着。

宿にて銀貨4枚を払い、女将には恐縮されつつも大量の野菜を渡し、手荷物を預けてから調査開始。

ちなみにミゲルの氷像は庭に飾ってもらった。

オシャレ……ではないが、置場所なんて他にはない。



「なんだか……閑散としてるわね」


「そうだな。活気が全然無いぞ」



村中でどこもかしこも戸を締め切っていた。

田んぼ畑も商店も作業場でさえ人の姿はない。

僅かな物音はしているので、人は住んでいるらしいが。


ピュウウーー。

風が通りを駆け抜ける。

秋に入ったばかりだというのに、辺りには妙な寒々しさが漂っていた。



「さて少年。お前の家は……」


「ハモンだよ。オレの名前」


「わかった。ハモン、お前の家はどこだ?」


「あの丘の上のやつ」



指差された方には、小高い丘の上に大きな屋敷がひとつ見える。

恐らく有力者のものだろう。

つまり、ハモンは良家の坊っちゃんだ。

どうりで肝が座ってると言うか、無駄にふてぶてしいと言うか偉そうと言うか……。

宝剣なんて稀少品を持ち出せたのも一応は納得できる。


丘の上の屋敷を目指して通りを歩く。

するとパタリと物音が止み、代わりに突き刺すような視線が飛んでくる。

住民たちが家屋の中で息を潜めてるんだろう。

姿は見えないまでも、その警戒心は肌を打つほどに伝わってきた。



「空気がすっげぇ張りつめてんな」


「そうね。でもこんな物々しい雰囲気の中で、あの宿は開いてたわね」


「入り口に『一所一宿』って掛け軸があったろ。つまりはそういう事だ」


「えっと……ジャパン村の文化には詳しく無いの。あれはどういう意味?」


「言葉の意味は知らん。でもあれが、あの姿が覚悟の証明ってことだ。根っからの商売人なんだろ」


「そう……。なんというか、生真面目よね」



異世界においても真面目という評価を受けてしまった我が同胞たち。

これを誇らしいと思うか、カタブツ過ぎると感じるかは微妙なラインだ。

というか、そもそも彼らは日本人ではない。

極めてソックリなだけの、ジャパン村民なのだ。

今みたいにうっかり混同すべきではない。


村落を抜け、小川に架かる橋を渡り、坂道を登る。

すると、ハモンの言う屋敷へとたどり着いた。

こじんまりとした門の所には腰の曲がった老人が独り。

そしてその男は、こちらを見るなり静かに頭を下げた。



「ようこそいらっしゃいました、異邦人の方々。孫が世話になりましたようで……」



しわがれた声が優しく出迎えてくれた。

お辞儀もお手本の様に丁寧で、一切の敵意を感じさせない。

だが、彼の容貌は異質だった。


右の眼が大きく見開かれ、ガラス玉のような瞳がギョロリと動く。

それと反比例するように、左目はうっすらとしか開いていない。

何をどうしたらこんな表情になるのか不思議に思う。


ひとまず、切っ掛けである剣を手渡した。

老人が恭しく両手で受けとる。

何か小言があるかと思ったが、しげしげと手の内のものを眺めるばかりで、しばらく無言だった。

思案の最中のようだが、オレは頭頂部めがけて話しかけた。



「ハモン、アンタの孫だけどさ。この子から不穏な話を聞いてな。観光のついでに世話を焼きに来た」


「そうですか……。立ち話もなんですから、どうぞ中へ」


「警戒しないのか? オレが悪党だったらどうすんだよ」


「自慢じゃあございませんが、孫は人をよく観る子でしてなぁ。少なくとも、この老いぼれよりは目利きですよ」



引き笑いをあげながら老人が館へと消えた。

これは付いてこい、という意味だろうが、少しばかり躊躇(ためら)われた。



「ミノルさま、行かないんです?」


「うーん、あの爺さん、何か怖い」


「人を見かけで判断しちゃダメよ。穏和で優しそうだったじゃない」


「なんかなぁ、怖いおとぎ話に出てきそうでさ……」


「何訳の分からない事言ってるの。お爺さんが入り口から手招きしてるわよ」


「ヒェッ!?」



引き戸からシワだらけの手が伸びてる。

怖すぎるだろ。


だがオレの抵抗も虚しく、屋敷の中へ足を踏み入れることとなる。

オッサンはもちろん、レジーヌやシンシアまでもが恐怖心を理解してはくれなかった。

あぁ……やっぱり人材不足だ。

せめてあと1人だけでも日本人メンバーが欲しいと思う。


観念して手招きの方へ。

屋敷の中は薄暗く、妙にひんやりとしてて怖い。

軋む廊下を迷路の如く歩かされ、襖(ふすま)で締め切られた部屋をいくつも通過して怖い。

そして辿り着いた怖い部屋はさらに暗く、灯り取りの窓も怖1個だけで、補助的な灯り怖いもロウソク一本というほんと怖い。

怪談でもする気かよ、断裁するぞボケ!


お茶が木椀で人数分出された。

もちろんオレは手をつけない。



「遠路はるばるお越しいただき恭悦至極(きょうえつしごく)にございます。私はこの村の長を務めております、クラクマと申します。以後、お見知りおきを……」


「そうかクラクマって言うんだなよろしくな、オレたちは大森林からやってきた愉快な森の一家だから安心して共闘しようぜ話はもういいか?」


「ミノル……何で早口になったの?」


「何かに急いでますねぇ。おトイレですか?」


「厠(かわや)でしたらソチラに……」


「いやいやトイレじゃない! もうホント絶対にだ!」



こんな場所でトイレなんか借りれるかよ。

肛門もげるわ。



「先程のお話では、どうやら事情もご存じのようで……そして、ご助力いただけるとの事ですが」


「そうだぞスッゲ闘うからマジで当てにしてくれていい」


「お気持ちは嬉しいのですが、お断り致します」


「えっ!? お爺ちゃん、どうして? 私たちは別にお金とか取らないわよ?」


「そうですそうです! 悪いヤツらをパパーッとミノルさまが倒してくれますよ!」



唐突に2人が大声を出すが、クラクマは首を横に振るだけだ。

ゆっくりと、だけど力強く。



「私らは元来、どこにも属さず、独自の文化を保って参りました。それは誇り、民族の魂と申し上げてもよい」


「確かにこの村は異質だ。大陸のどこにだって2つとあるまい」


「ですが、先々代は掟を破り、隣国に従いました。それは苦渋の決断であったそうですが、誤りであると私は考えます。迂闊に頭(こうべ)を垂れたばかりに服従の、飢餓の、屈辱の時代が訪れたからでございます」


「ディスティナによる支配だよな。確かにあの国はえげつなかった」


「左様。奴隷として連れ去られ、帰らぬ者は数知れず。九公一民という年貢を課せられ、誰もが痩せ細り、失意の中で死に行きました。そういった時代を経て、我らは想い至ったのです。二度と他国の支配を受けてはならぬ……と」



クラクマの眼が充血し始める。

眼球が飛び出しでもしそうなほど、凄まじい圧力が感じられた。

怨念、怨恨、そういった負の感情が部屋の中を吹き荒れた気がする。

妙に寒気を感じるのはコレが原因かもしれない。



「何のもてなしも出来ておりませぬが、どうぞお引き取りを……我らは何者の庇護も必要とはしません。客人としての逗留(とうりゅう)であれば歓迎をしますが、従属のお誘いでしたらお断りいたします」


「敵は多いと聞いてる。場合によっては皆殺しになるぞ」


「構いませぬ。滅びるのであれば、華々しく戦って散るのみ。大国にいたぶられながら、誇りも無いままに死に行くのは、あまりにも惨めでございます」


「ねぇクラクマさん。私たちは酷い事なんてしないわよ。みんなで仲良く、幸せに暮らせる国作りを……」


「レジーヌ、よせ」


「でも……」


「こういう手合いに説得なんか無意味だ。そうだろう?」


「はい。誠に恐れ入りますが、一歩たりとも譲ることは出来かねます」



予想通り、交渉の余地はなかった。

いくら口先で懐柔しようとも、壮絶な過去がそれを受け入れない。

つまり、ここに居ても時間の無駄というものだ。



「邪魔したな。帰る」


「ご理解いただけまして、感謝致します」


「ねぇ、ミノル、ミノルってば!」



襖の部屋を脇目に歩いていく。

行きには不気味に感じられた部屋も、不思議と怖さを感じなくなっていた。

あの爺さんの腹の内が読めたからだろうか。



「ねぇミノル! このまま引き下がっていいの!?」


「何が?」


「だって……このままじゃみんなヒドイ目に遭うのよ? それを黙って見てるなんて、あなたらしく無いわ!」


「落ち着けよ。というか、さっきの話を聞いてなかったのか?」


「さっきの……って、どこの?」


「客人としてなら歓迎するって言ってたろ。つまりは、勝手に居座って暴れる分には文句ねぇって事だ」


「あっ……!」


「食えねぇジジイだな。オレらに従わねぇが守ってくれって話だよ。報酬も臣従も無しにな」



上手くやれば宝剣をくれるかもしれないが、それはこちらの勝手な期待だ。

なんの見返りも無い事だって十分に有り得る。



「でもさ。あの宿が変わっちゃうのは嫌だもんな。10年後も20年後も気持ち良く世話になりてぇよ」



独り言。

そのつもりだった。

だから後ろを歩く連れは答えない。

なのに、突然背後の襖がカタカタ揺れた。

まるでオレの言葉に答えるかのように。


やっぱ気味悪いな。

オレは最速の摺り足にて屋敷を後にした。

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