第52話 武神オカミの爆誕

肝が冷えたら身体も冷える。

よってまだ陽が高い時間だけども、ひとっ風呂浴びる事にした。

別に全員がオレに付き合う必要は無いんだが、なぜか揃ってあとに付いてくる。

RPGかよ。


宿に戻ると、女将の出迎えは無かった。

仕事で外しているのか付近に気配は感じられない。



「うーん。どうしよ。勝手に部屋あがるか」


「良いんですかぁ? お部屋の案内ってまだでしたよねぇ?」


「オレらの荷物置いてある部屋に行きゃあ良いだろ」



村のようすとは違って館内は騒がしかった。

あちこちの襖の向こうから楽しげな声が聞こえてくる。

もしかすると繁忙期なのか、団体客でも来たのか。


ひとまず2階へ行き、前回通された客室を覗くと1発で正解。

部屋の角にオレたちの荷物がキチッとまとめられていた。


それにしても、まるで時間でも止まったかのように、全てがあの時と同じままだった。

家具の配置に、壁のシミも変わらない。

そして、収納の奥に無数に貼られたお札も。

いや……むしろ前回からちょっと増えてるくらいか。

一体何を鎮めてるんだろう、怖い。



「あれ? 今の何でしょうかねぇ?」


「どうしたのシンシア?」


「いえね、そこの紙が貼ってある板の後ろ側が、一瞬キラリと光ったんですよ」


「ほんとに? 見間違いじゃなくて?」


「確かに見たんですよぉ。嘘じゃないですって」



少しむくれたシンシアが四つん這いになって押入れの中に潜り込んだ。

遅れてレジーヌも参戦して、早くも満員状態になる。

2つ並んで揺れる尻。

縦横無尽に踊る尻。

それをしばらく眺めていると、両手が手持ちぶさたなように宙を掴んだ。


……危ない、なんて吸引力だ。


今ここでその丸みを愛でる事は容易いが、その直後に全てを失うだろう。

信頼も、仲間も、せっせと築いた地位も。

チカンはダメ。

それは異世界でも同じ事なのだ。



ーー左の尻に6秒、右の尻に9秒凝視。眺めるばかりで手を伸ばそうとなさらない。ミノル様、なぜその激情を放たれないのですか?


「お前の知った事か。それに何度も説明しただろうが」


ーーちなみに女という種は視線に敏感です。先程のものも気付かれています。


「この状況で? そんな訳が……」


ーー気づかれています。


「嘘だろオイ、いくら敏感だってそれは……」


「ああーーッ!」


「ヒエッ!?」



中から2人の絶叫が聞こえた。

もしかして性犯罪が成立したのだろうか。

だとしたらオレの冒険もこれまでだ。

以降は牢屋にでも収監され、命の炎が消えるその日まで無明の闇を……。



「ミノル! なんかすっごいの見つけたわ!」


「え、ええ? 何か隠されてたのかい?」


「うん。よく分からないけど、なんかすっごいの!」


「やったね、さすがはレジーヌとシンシアだ! ホント頼りになるなぁ!」


「えっと……どうかした? 何か変じゃない?」


「いやいやいつも通りだよぉ。早いところ収穫を見せてくんな!」



誤魔化せ、転生者!

自分の未来が少しでも良くなるように!


2つの丸尻が揺れながらコチラに迫る。

落ち着け、堪えろ。

『刃』に『心』と書いてミノル……とは読まないけど、ともかく今は耐え忍ぶんだ。



「見てくださいよぉ、ホラ!」


「こんな所に武器が隠されてたわ。グランド、これが何かわかる?」


「見慣れぬものだ。槍ではなく、グレイブと似ているが、恐らく非なるもの。刃の反りが独特だ」



オレは見た瞬間ピンときた。

これは薙刀(なぎなた)だ。

確か女性が扱う長モノの武器だっけ。

まぁ本当の問題は、武器の形状や名称ではなく『なぜそこに封印されていたのか』という点だがな。


刀身が光を美しく反射する。

まるで外に出られたことを喜ぶかのように。

手入れしていた様には全く見えないが、錆(さび)のひとつも無かった。



「ミノル、これどうしよっか?」


「従業員を探そう。こんな危なっかしいものを放置できないだろ」


「めんどうね。元に戻す?」


「戻すっていっても、お札破いちゃってんじゃん。これはもうダメだろ」


「オフダってその紙ですか? 破いちゃダメなやつ?」


「そうだね。絶対やっちゃいけないやつ」



途端に2人が青ざめるが、やってしまったものは仕方がない。

もし怒られたなら一緒に謝ろう。

それで何というか、先程の不埒な振る舞いをチャラにしていただきたい。


その時、大きな物音が鳴る。

男の怒声がそれに続いた。



「テメェ! ふざけてんのかこの野郎!」


「ヒィィッ! すいません大事なものだって知らなかったんですよぉー!」


「シンシア違うぞ、他所の話だ」


「はぇ……?」



ちゃぶ台返しでもしたかのような騒音が、この部屋まで届いてきた。

騒ぎの出所はそれほど遠くない。

部屋から廊下に顔を覗かせると、突き当たりの客室から飛び出した食器が散乱していた。

陶器やガラスが多数割れていて、かなりの惨事が起きている。



「ちょっと見てくる。オッサン、ここを頼むぞ」


「承知した。メイシンと『ミャンミャンミャン!』つ事にする」


「くそ、相変わらすわ溺愛しやがって……」



子猫を顔に這わせたオッサンに後事を託す。

真面目な話の時くらいイチャつくの止めろよな、ほんと。


突き当たりの客室は大部屋だった。

中には10人くらいのでっぷり太ったオッサン、頬を押さえて倒れ込む女将に、それを心配そうに付き添う子供が2人。

これは事件だ。

光景を見た瞬間に粗方を把握した。



「おい女将。これは何事だ?」


「あぁ……申し訳ありません。ここは危のうございますので、どうかお部屋のほうに」


「いやいや、こんな状況を放っておけるかよ。何があったか話してみな」


「オウオウオウ! 何だテメェは、横からシャシャリ出やがってぇ!」



手前に座る半裸のおっさんが威圧しながら立ち上った。

豚足よりも太い腕には桜の入れ墨。

脅しの効果は無く、異世界にも桜の木があるんだなぁって思うだけだ。



「何をカッカしてんだよ、いい大人がさ。落ち着けって」


「誰に向かって指図してやがる。オレたちゃ湿地の疾走森の牙ファング団だぞ!」


「ごめん、もう一回言ってくれるか?」


「湿地の疾走森の牙ファング団!」



噛まないで言えたすげえ。

まぁ名前のイジリはこの辺にしとくか。

疾走を湿地で打ち消してるし、牙とファングでかぶってるし。

ともかくネーミングセンスが無いと思う。

……あれ、前にどこかで聞いたような?

ふとウッスラと記憶がよぎるが、まぁいいか、成敗。



「公共の場で騒ぐんじゃありません!」



おっさんの浴衣の袂を引っ掴んで、高い高い。

首が絞まって魂もあわや高い高い。

そのまま精密に窓から外にポイ!

ついでに雁首揃えたお仲間もポイポイ!


連中はそのまま小川に頭からダイブし、川底に突き刺さった。

まるで定規でも当てたかのような横1列に。

お行儀よし。



「大丈夫かよ女将さん。怪我してないか」


「ええ、私はどうにか。それよりもお客様、お逃げください。ここに居ては必ずや報復されてしまうでしょう」


「報復? 誰からの?」


「連中はこの村に悪さを企んでいる賊の一派にございます。数え切れないほどの手下を抱え込み、今にも村を攻め落とさんとしているのですよ。あなた様が見つかってしまえば大変危険でございます!」


「なるほどね。まぁオレの安全についてはさておき、今の騒ぎは嫌がらせみたいなもんか?」


「いたぶっているだけかもしれません。童が虫で遊ぶように」



女将が視線を落として畳に目をやる。

気持ちは折れかけているようだ。

苦難に立ち向かう気概よりも、現実に白旗をあげようとしている気配の方が余程濃厚だった。



「なぁ、アンタはそこで終わって良いのか?」


「そこで……とは?」


「村が戦火に焼かれる危険性のある中で、宿屋を懸命に切り盛りしている。それは立派だし尊敬するよ。でも今のはダメだ。女将であるなら、毅然とした態度で悪辣な客と対峙すべきだよ。簡単に弱みをみせちゃあ接客業はできないぞ」


「そうは仰いますが、女の細腕ではどうにもなりません」


「気持ちの話さ。敵の目の前で折れちゃいけないってね」


「はぁ……勉強させていただきます」


「そうだ。それはそうと、部屋に妙な物があったんだ。ちょっと見てくれるか?」


「妙なものですか。何かこちらの不手際がございましたでしょうか?」



すんません、完全にウチの連中の失態でございます。

そんな返しがノドまで出掛かったが、ギリ堪えた。

責任の所在については事態を把握しきってから追求しても遅くはない。

可能であれば、薙刀は最初から放置されていた、という所まで持っていきたいくらいだ。


オレはいったん部屋に戻り、件のものだけ手にとって、ふたたび廊下へとやってきた。

女将はそれを見ても小首を傾げるだけで、特に目立った反応は無い。



「これだ。この薙刀が中にあったんだ」


「そうなのですか? 私は存じ上げません」


「マジかよ。見覚えや心当たりは?」


「いいえ……特に何も。差し支えなければお預かりしますが?」


「そうだな。部屋にあっても邪魔だし、頼むよ」


「承知しました……!?」



女将の手が柄に触れた瞬間、その本体が浮き上がった。

薙刀自らその手に納まりに行く。

そして両手でシッカリ握られると、突然膨大な魔力が目の前に生じた。

付近の、いや大陸中に漂う魔力の元が、大挙して押し寄せてきたかと思うほどに膨大だった。

ここまでの力の流入を生身の人間が耐えられるのか。

実際女将は白眼を向き、立ったまま痙攣を起こしている。



「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」


「ア、アガ……アガガ……」


「これはヤバイ、急いで手当てを」


「ウガァァァアアーーッ!」



柄の石突部分で床が叩かれる。

そして辺りが大いに揺れた。

それは力任せの振動ではなく、魔力の放出によるものだった。

だから床に穴は開いていない。

すげえ技だと思うが、人間の所業じゃない。

こんなもの熟練者どころか達人でも簡単に出来やしないだろう。


小さな笑い。

女将が俯きながら笑っているようだ。

それは次第に大きくなるばかりで、彼女は止める素振りすら見せない。



「フフ、ウフフフ、アーーッハッハッハ!」


「おい女将! 大丈夫か? 正気を保て……」


「ウフフフフ。こんな素晴らしいものを、ありがとうございます。確かにお預かりしました」


「え、ちょっと、平気なのか? おい!」



オレの質問には答えずに女将は立ち去った。

そして1度として振り返ることなく、階下へとゆっくり消えていく。

これは何というか、本当にやらかしてしまったかもしれない。

とんでもない化物を生み出してしまった気がする。


誰からも叱責は無い。

だが、その事実が逆に不安を掻き立てた。

人を叱り付けるほどに状況を理解している人物が、今現在1人も居ないという事だからだ。


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