第50話 転売少年

今日は久しぶりとなる交易の日。

前回との違いは2点。

こちらの出し物に枝豆が加わったこと、そしてオレらサイドにもお金がある事だ。

だから売る一方じゃなくて、買取りセンターなるブースも用意してある。


対象となるのは鉄製品の農具や日用品だ。

すべて使い古し品だが、無いよりは遥かにマシというもの。

買取り担当はマルガリータ。

補助にシンシアを付けているので、機能的にはたぶん問題ない。



「枝豆はいらんかナァ。おいしく眠たい枝豆なんだナァ」



新キャラクターによる売り子は大人気を博し、早くも長蛇の列が出来ている。

ひよこ豆には劣るものの、成功と断言して良いほどの反響だ。



「すっごい人よねぇ。村の人の何倍いるのかしら?」


「ついさっき1000人を突破したぞ。どうやら前の交易が評判になってるみたいだ」


「へぇー。そうなんだ。これだけの人が楽しみにしてたなんで、何だか嬉しいわね」


「そうだろ。だからお前も着ぐるみをしっかり頼むぞ?」


「ねぇ、私がこの格好を続ける必要ある? どこかで大人しくしてる方が楽なんだけど」


「ダメ。それ着てて」


「どうして?」


「可愛いから」


「……その、その返しは卑怯よ!」



ピヨピヨと喚くピヨリーヌを引き連れ、方々の巡回を開始。

すると一瞬のうちにワアッと子供たちが押し寄せてきた。

目的はもちろん着ぐるみであり、目映い笑顔に絶叫という熱い歓迎で迎えられ、レジーヌも暑さにめげずに応える。



「いやぁ、やっぱり子供には絶大な人気があるもんだ。善きかな善きかな」


「ねぇお兄ちゃーん。これホンモノー?」


「どうだろうねぇ。触って確かめてみるかい?」


「いいのぉ? ギューしていいのぉ?」


「もちろんだよ。遠慮しないでホラ」


「ちょっとミノル! 勝手に決めないで……」



オレの言葉で子供たちがこぞって抱きつき始めた。

丸っこくてフワフワのピヨリーヌに。

あぁ……なんて素晴らしい光景だろう、ここは楽園なんじゃないか。

魂の底から安らぐ、安らぐ。


女の子たちは脇腹にしがみついて体毛を優しく撫でたり、背伸びをして頭を撫でようと頑張る。

甘く親しみのある愛で方だ。

男の子たちはリンゴを食べさせようとしたり、跳びはねて驚かそうとしたり、ケツを蹴ってみたり。

その結果ピヨリーヌの怒りを買い、クチバシでついばまれたり。

子供というのはいつも全力で来るよね!



「アリア。レジーヌはどれくらい保つと思う?」


ーーお答えします。30分後には力尽きるでしょう。


「そうか。じゃあしばらくは放置していいな」


ーーミノル様が時おり見せる鬼畜加減には、ついゾクゾクとさせられます。



そのままやって来たのは枝豆ゾーン。

ここにはグランドが扮(ふん)した『グラぴよ君』を解雇した代わりに、新たな着ぐるみを用意している。


マメリーヌちゃんである。

房をさながら信号機のように地面と水平にし、左端の膨らみ部分をくり貫いて、そこから顔を出すように設計した。

若干アンバランスだが、その不安定さも魅力のひとつと言える。



「大臣さまぁ。今日は枝豆がお買い得なんだナァ」


「繁盛してんな。ちなみにオレに売りつけても意味は無いぞ」


「そうなのかナァ。それよりもこれ、頭が重たいんだナァ。そのせいで眠たいんだナァ」


「理由は絶対違うけどな。眠かったら寝てても良いぞ」


「じゃあ寝るんだナァ。おやすみ、また明日……」



そう言ってマメリーヌは店舗の一画で眠りだした。

まだ昼前なんだが、明日まで寝る気なんだろうか。

下手するとコアラやナマケモノより活動してないんじゃないか。



「さてと、次いくか。ピヨリーヌは……まだ余裕だな」



少年たちと熱戦を繰り広げるヒヨコを見つつ、残り時間を概算した。

あの足さばき、体幹の揺れ具合……うん、まだイケる!

交戦中の友軍を置き去りにして、離れのブースへと移動した。


やって来たのはジャンヌの店だ。

そこは動物たちと触れ合えるスポットであり、広大なスペースに子供たちが大勢詰めかけている。

まぁ触れるのは災害クラスの大魔獣ばかりだがな、不思議と人気度が高い。



「お兄ちゃんいらっしゃーい!」


「おうジャンヌ。様子はどうだ?」


「みんな良い子だよー、ホラ!」



ジャンヌが指差したエリアには勤務中の獣たちが顔を揃える。

ケルベロスは地面に横たわり、子供たちに体毛を揉みくちゃにされている。

目と口はガッチリと閉じたままに。

それはまるで滝行を試みる修行僧のようで、辛抱強く堪えているようだ。


一方キングコーンは無闇に触らせたりはしない。

その代わりに子供たちを背中にのせ、辺りを軽く散策している。

いつもと全く違う景色に誰もが大興奮だ。

たまにビックリして泣き出す子も居るが、怪我や事故はいまだに起きていなかった。



「へぇ。みんな頑張ってくれてんのな」


「そうなの。ケルルちゃんもコンちゃんも、それからヘンテコおじちゃんも!」


「ヘンテコおじちゃん!? 知らねぇよ誰だよ」


「あそこに居る子だよ、この前拾ってきたんだぁ」



ジャンヌが指し示したのはキングコーンの隣にある木の柵だ。

その内側に見知らぬオッサンが独り座る。

区画は家一件分あるかどうかのスペースがあるだけで、壁や床どころか屋根すらない。

そんな辺鄙(へんぴ)な場所に満面の笑みを浮かべた四十男が正座してるんだから、景観の破壊力が凄まじい。

もはやホラーと呼ぶに相応しく、無抵抗の暴力と言い切って良いほどだ。



「何してんの? お前誰だよ?」


「初めまして! 私は名も無きおじさんです!」



寒気がするほど真っ直ぐな眼だ。

無邪気で曇りなく、正面から快活にオレの両目を射ぬいてくる。

その様子がかえって邪悪さというか、狂気を感じさせた。



「どうしてこんな所に居るんだ?」


「いやはや、先日ジャンヌちゃんにスカウトされましてな! 私は少女に飼われるという夢が醒めやらず、鬱々とした時間を過ごして参りましたが、今やこうして正式なるペットとして……」


「はいギルティ」



名も無きおじさんは問答無用で追放処分とした。

煩わしい裁判も要らねぇ。

ミノルさん自らアルノー山の山麓(さんろく)に置いてきてやった。

そして戻るなりジャンヌを叱責。

今後おじさんは飼育禁止だと厳しく申し付けた。



「さてと、そろそろ戻りますかねぇ」


ーーそれが宜しいかと。ヒヨコの皮を被ったメス豚は、間もなく稼働限界を迎えようとしています。


「そっか、割と時間を食ったな。早く戻ろう」



豆売り所に戻ろうとしたとき、ちょっとした人だかりが出来ていた。

騒ぎのもとは買取りセンターだ。

何かいさかいが起きたらしいので、ここは責任者っぽく仲裁に入る。



「おいどうした。何か揉め事か?」


「あぁん、ミノル様ぁん。このボウヤを何とかできません?」


「別に揉めてねぇよ! 良いから早くこの剣を買い取ってくれよ! 武器だったら買ってくれるって言ってたじゃないか!」


「オーケーオーケー、話ならオレが引き継ぐぞ。ともかく経緯を教えてくれ」



喚いてるのは立派な剣を抱えた少年だ。

ジャパン村から1人でやって来たので、保護者や連れ合いは居ない。

売り物として剣を持っており、それを換金したいんだそうな。

そこまでは別に問題じゃねぇが……。



「この子がねぇ、売値が金貨100枚だって譲らないんですよぉ」


「金貨100!? なんだってそんな大金を?」


「頼むよ! 世界に2つと無い名剣だって爺ちゃんが言ってたんだよ! だから100枚くれよぉ!」


「あのねぇボウヤ。それだとちょぉーっと高すぎてねぇ」



その莫大な請求額よりも少年の気迫の方が気になった。

100枚で売りたいというよりは、100枚で売れないと困るという口ぶりなのだ。

これは立ち話で終わらせるようなものでは無いかもしれない。



「なぁ少年。ちょっと奥で話をしないか?」


「何だよそれ……金をくれないのかよ!」


「そんなバカでかい金額をポロッと渡せるかっての。こんな人通りのあるところじゃなくて、ゆっくりお喋りしましょって事だ」


「わかったよ。その代わり、嘘だったら承知しないぞ! この剣はすげぇ切れるんだからな!」


「そうカッカすんじゃないよ。良いからついてきな」



剣呑(けんのん)な少年を引き連れて食堂へと向かう。

大事な話になりそうだから、レジーヌにも同席してもらう事にしよう。

そう思って、道すがら豆ゾーンへとやってきたのだが……。



「み、ミノル……助けて……」



こっちはこっちで修羅場だった。

転がされたピヨリーヌの上を、悪ガキたちが飛び跳ねている。

その笑顔は達成感に溢れ、富士山の登頂でも成し遂げたようである。


オレはこっちの少年たち全員にシッペを漏れなく配布した。

着ぐるみに乱暴は禁止だと、強めの言葉も添えて。

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