第49話 婚活ブーム

うちの村で唐突に婚活の気運が高まりだした。

切っ掛けは先日配布した『救難石』のようだが、真相は定かじゃない。

まぁ察する所、安心感が高まったり自分の性を意識した結果、アレコレどうにか何やかんやって感じだ。

そもそも原因はどうだって良い。

重要なのは目先に起きている事件の方だ。


まずは一例目。

村の見回り中、ケルベロスの背に跨がって散歩中の少女と出会う。

もしかしなくてもジャンヌだ。

彼女はオレを見つけるなり、年相応の真っ直ぐな笑顔とともに挨拶をしてきた。



「おにいちゃーん、おはよー!」


「おうジャンヌ。今日も元気だなぁ」


「そうなの、コンちゃんもケルルちゃんも元気なの!」


「そうかそうか。今日は天気も良いから散歩日和だなぁ」


「だよねー。だからケッコンしよ?」


「うーん。論法が独創的すぎて、お兄ちゃんには理解できなかったなぁ」



一部の住民がこんなノリだ。

挨拶感覚で求婚してくるからホント困る。

それも適齢期の女性ならまだ良いが、小学生くらいの年齢の子まで言うのだから、扱いが面倒だ。

相手が繊細な子だった場合は、無下にすると泣かれたりするからな。

ホントどうしたもんかねぇ。



「なんでよー。ケッコンしようよケッコンー!」


「あのさ。意味はわかってる? 結婚は好きな人同士がするもんなんだよ?」


「知ってるよぉ。ジャンヌはお兄ちゃんの事好きだもん!」



『私はリンゴを好みます』くらいのテンションで言われてしまった。

もちろん恋愛感情からは程遠く、親しみの念一色という様子だ。

なぜオレとのゴールインにここまで固執するのかは判らんが。



「あのさ。どうしてそんなに拘(こだわ)るの? 歳の近い男の子だって居るだろう」


「うんとねー。ママがね、ケッコンするなら、お兄ちゃんみたいな人にしなさいって!」


「そっかぁ。でもミノルさんは、ちょーっとだけジャンヌと歳が離れてるかなぁ」


「あとね、シンシアお姉ちゃんも言ってた! お兄ちゃんとケッコンすると、色々楽だって! たくさん動物も飼って良いんだって!」


「そうなんだぁー。アイツは後でケツ棒の刑だなぁー」


「だからお願い! この子たちも飼っていいでしょ?」



ケルベロスの巨体の後ろには、何やら珍妙な生き物が並んでいた。

ウニュルニュル。

ペッポンペッポン。

ムフリ、モフリ。

生態も不明な、そもそもセキツイ動物かすら怪しい何者かが、妖しく艶やかに蠢いている。

拾ってくるにしても家畜と成り得るモノにしておけと。



「ダメです。元居た場所に戻してきなさい」


「ええーーッ!?」



ピヨピヨと細かく抗議されたが、ミノルさんはノーと言える男。

肩を落として遠退くジャンヌを強い気持ちを持って見送った。



「まったく……困ったもんですな」



他人事のような感想が漏れる。

だがその舌の根も乾かぬうちに二例目、三例目と立て続けに見ることとなる。



「おーす。頼んだもの出来てるかー?」


「あんらまぁ大臣様! ようこそいらっしゃいましたぁ!」


「ようこそなんだナァ。眠たいけど歓迎するんだナァ」



裁縫所に着くと、マルガリータとネムリータ母子が出迎えてくれた。

次の交易日に向けて新たな着ぐるみを発注していたので、その進捗を確認するために来たのだが……。



「例のお品物ですねぇ? もうバッチリのヒョッコリでございまぁすの!」


「そっか。じゃあ見せてくれるか?」


「承りぃ~ですわぁ」



足音を立ててマルガリータが奥へ引っ込んだ。

そして大荷物をひっくり返したような騒ぎが起きる。

一体何が起きてるのやら。

そのまま成り行きを見守っていると、袖をクイと引かれた。

ネムリータがいつもの薄目を向けてオレを見ている。



「大臣さま。眠たくなったら言うんだナァ。ベッドを貸してあげるんだナァ」


「うんうん、ありがとう。でもオレは平気だぞ」


「お待たせしましたぁ~ご依頼の品でございまぁす!」


「おう、上手にできてそう……だ!?」



目ん玉飛び出るかッてくらいに驚いた。

依頼していた着ぐるみに、じゃない。

マルガリータがなぜか下着姿で現れたからだ。

布面積が極めて乏しい、戦闘服と呼ぶに相応しい格好だった。



「お前、お前ェ! いきなり何してんだよぉお!?」


「あんらぁ、お気に召しませんでしたぁ? 未亡人はお好きでなくってぇ?」


「好きとか嫌い以前の問題だ! 良いから服を着ろよォ!」


「カカ様、失敗なんだナァ。ここは素直に引き下がるが吉だナァ」


「残念ねぇ。ここで落としたら贅沢三昧だったのにぃ」



けしからん動機を呟きつつマルガリータが去っていく。

どうやら誘惑だったらしいが、オレの心に響くどころか、気まずさを感じさせただけだった。


例えるなら友達の家に遊びに行って、そこのお母さんの着替えを目撃したような罪悪感に似ている。

そこまで考えが至ると、フクナガ君の事を思い出された。

あれは忘れもしない小5の夏。

懐かしいなぁ……。



「カカ様でダメなら、ネムリィを奥さんにして欲しいんだナァ。たくさん愛して欲しいんだナァ」


「うんうんそっか。君は今何歳だい?」


「12になったんだナァ。立派なレディなんだナァ」


「なるほど、立派な子供だね。まだ10年は早いぞ?」



ここにも婚活の魔の手が。

こんな幼子にまで忍び寄るんだから、全く油断がならない。



「歳の差なんて関係ないんだナァ。大臣さまと結婚したら、お昼寝し放題だって聞いてるんだナァ。そんな暮らしをしてみたいんだナァ」


「それいつも通りじゃん。普段から散々寝てるじゃないか」



その後母娘に聴き込みをしたところ、やっぱりシンシアの影が見え隠れしていた。

これは1度折檻(せっかん)が必要だろう。

裁縫所を後にするなり手頃な木の棒を拾い、容疑者を捜しに出た。



「ったく。みんな結婚ケッコンってさ。それがどういうモンか分かってんのかねぇ?」


ーーミノル様は独身ですが、果たして答えをお持ちなのでしょうか?


「そりゃお前アレだよ。結婚ってのは、こう……ホワッとしてて、暖かくて、とにかく良い感じのヤツだよ」


ーー分かりました。ミノル様がお分かりで無いことが。


「何だよアリア。お前こそ知ってるのか?」


ーー任意のメスを孕ませるため、重点的な種付けをする儀式です。ライバルと成り得るオスを遠ざける効果もあります。


「身も蓋もねえ事を言うな。そういうんじゃねえよ……」



じゃあどういうモノかと考え出すと、やはり答えは出なかった。

これまで見かけたような、打算やら役得の為じゃないとは思うが……では正しい解釈とは何か。

分からない。

そもそも自分が未婚だから、湧き上がるイメージは全て漫画やドラマの受け売りでしかなかった。


そんな思考のループを回していると、見回り中のオッサンと出会った。

これは幸い人生の先輩。

子猫がヒゲにぶら下がっているというバッドステータスはあるにせよ、彼には大いなる経験則というものがある。

ここは一つご教授願おうか。



「ようオッサン。見回りか?」


「ミノル殿か。左様だ」


「そっかそっか。ところでオッサンは結婚してるか?」


「随分と唐突な質問だな。子はおらんが妻が1人居る」



子供がいないとは意外だ。

オッサンも一応は騎士団長で貴族様なんだから、世継ぎはたくさん必要だろうに。

まぁそんな心配も余計なお世話か。



「結婚してたんだな。何年めだ?」


「一昨年から。まもなく2年だ」


「えっ。最近じゃん! 相手はどんな人? 何歳?」


「当時15歳だったと聞いている」


「ええっ!? それってロリ……」



流石に『コン』まで言うのは憚(はばか)られたが、これはかなりショックだ。

真面目一辺倒な男がローティーンの少女と結婚していただなんて。

歳の差は30歳くらいあるだろうか。

それがこの世界の常識だったり、貴族様の慣例だったとしても、今後は偏見の目をもって接してしまいそうだ。



「随分歳が離れてるんだな。下世話な事聞くが、夜はやっぱり、その……」


「夫婦の営みであればまだだ。メイファンは未熟者のため、そのような行為は一人前になってからとなる」


「ああ! そうだよな! うんうん、そうあるべきだよな!」


「何がそんなに嬉しいのだ?」


「気にすんな、こっちの話だ。ところで、その嫁さんは村に呼び寄せてるんだろ? 一度くらい紹介してくれよ」


「いや、それは叶わぬ」


「……どうして?」



ここでオッサンの顔が急に曇りだした。

もしかすると、2人に何か悲劇があったのかもしれない。

この質問はさすがに無神経過ぎたか。



「あれは婚礼の儀を済ませた直後、大陸南西部の『帰らずの森』に出かけた折の事だ」


「帰らずの森……?」


「供の者は無く、その森に向かったきり、メイファンは……」


「オッサン、話辛かったら止めても……」


「武者修行の旅に出た」


「……ハァ?」



貴族の少女が武者修行?

何だってそんなハードな人生を歩んじゃうのさ。

立場的には物見遊山(ものみゆさん)を嗜(たしな)む程度で済ますもんじゃないのか。

まるで少年向けバトル漫画のような展開に、早くも脳が混乱を起こし始めた。




「ワシと手合わせをした際に、手も無く捻られたのが悔しかったのだろう。大陸最強の称号を手に入れるまで戻って来ない、とだけ言い残して消えた」


「どんな嫁さんだよ、ほんとに。花もはじらうような乙女じゃないのか?」


「気丈かつ逞しい女だ。花よりも大斧の方が良く似合う」


「しかも斧使いかよ……ゴリラ感すげぇな」



それからもオッサンは『あれは才能の塊だ、筋は良いが荒削り過ぎる』だの、十二分に事細かな説明をしやがった。

これは惚気(のろけ)の亜種だと思って良いんだろうか。

夫婦というより、師匠と弟子の話を聞いてる気分になり、やがて聞く側も疲れだしてしまう。

普段は寡黙な男の癖に、妙に饒舌(じょうぜつ)だったのも何かムカついた。


冗長かつループする話を、延々長々と聞いた後にようやく解放された。

自然に深い溜め息が飛び出る。

この頃にはもう当初の疑問なんてどうでも良くなっていた。


結婚とは何か。

うん、わがんねぇ。

考え方は人それぞれなんだから、好きに結びつけば良いと思う。

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