第48話 安心して輝ける社会
レジーヌの様子がおかしい。
ついでにシンシアの様子が輪をかけておかしい。
原因はきっと『強制愛してる騒動』なのは間違いないが、これにはどう対処したもんか。
例えば食事時。
テーブル向かいにはレジーヌ、シンシアと並んで座る。
これはいつも通りなので良い。
だけど、妙によそよそしいというか、他人行儀というか……。
不快なぎこちなさが目立つ。
「なぁ。枝豆の育ち具合はどうだ?」
「えっ? あぁ、うん。順調よ、周りの子たちと上手くやってるしね!」
このザマだ。
レジーヌはオレと目が合うなり、瞬時に視線を落として飯をがっついたりする。
飛び散る端切れ野菜。
とても姫様とは思えない食べっぷりであり、もしノーマッドが目撃したら発狂するだろう。
「シンシアよぉ。コレどうにかしてくんねぇか?」
「えぇーー? ミノルさまにお願いされちゃあ、一肌ぬいじゃいますよぉもちろん脱ぐのは服じゃないですよぉ? ウェッヘッヘ」
シンシアは目尻に触れるほどに口の端を歪ませ、グニャリと笑った。
そして右手の人差し指を突き立てつつ上下に振り出す。
風切り音が出るくらいに激しいけど、それは何の真似だ。
知らねぇよそんなジェスチャー。
2人の異変はそれだけに留まらない。
オレの仕事中でもお構いなしに家までやってくる。
これまでは呼び出しでもしなけりゃ訪いなんか無かったんだが。
「さぁて、今日もミノルさんは頑張ろうかなぁー内政をちゃんと整えないとなぁー」
「失礼しまぁ~す」
「うおっ、どうした2人して。何か用事か?」
「あ、あの、私は別に! シンシアの付き添いよ、付き添い!」
「お仕事大変だろうと思いましてぇ、オヤツを持ってきましたぁ~ん」
作業机の端にソッと乗せられた2つのリンゴ。
正直あのドカ食いをやって以来、どうにもコイツは苦手だ。
最近は見てるだけで胸焼けがするくらいだからな。
そんな事を思いつつ差し入れを眺めていると、シンシアが耳打ちをしてきた。
そこそこ大きなボリュームでだ。
「大丈夫ですよ。姫さまのはもう少し大きいですから」
「それは何の話だ!? オレが一体何を心配していたと?」
「またまたぁ、惚(とぼ)けないでくださいよぉ。一瞬見てみます?」
オレの返事を待たずに、シンシアがレジーヌの胸元に手を伸ばした。
器用にも片手でブラウスのボタンを1つ2つと外していく。
手早く、よどみなく。
謎の超技術やめろ。
「ちょっとシンシア! 突然どうしたのよ!?」
「え? これは、その……予告編ですよぉ」
「予告でも本編でも良いからさ、オレ仕事したいんだけど?」
「ほら、邪魔になるでしょ! もう行きましょうよ」
「アァン、今一歩ぉ!」
何が今一歩なのか知らんが、シンシアの強制退場によって平穏は取り戻された。
逆セクハラも一発レッドカードだぞこの野郎。
だがまだ安心は出来ない。
なぜならピッチの外、すなわち屋外に出ていった2人だが、やたら近くをうろつくからだ。
農園やら洗濯場やら食堂に行く際に、わざわざ遠回りしてウチを経由しているようだった。
その度に窓からチラチラ覗くもんだから気が散って仕方ない。
次の晩飯の時にガツンと一言叱るべきだろう。
「でも叱るにしても、何て言うべきかなぁ」
もっと具体的に迫られていれば言い様はあるが、現状くらいじゃ指摘の切り口が難しい。
せいぜい悪ふざけを諭すくらいしか無いだろう。
ーー言葉選びに迷われているようですね。私に妙案がございます。
「ふぅん。聞くだけ聞いてみるかな」
ーー『抱いてほしけりゃ相応の態度を示せ』とお伝えください。そうしましたら、2匹まとめて苦もなく手に入りましょう。
「おっそうか。それよりも早く妙案を教えろ」
ーー心行くまで3P(トリオ)な夜をお愉しみくださいませ。
「もういいよ。自分で考えるから」
ほんとどうしたもんか。
いつぞやの様に露骨に迫ってきたなら勢いでキレられるんだが、今回はそれがやり辛い。
さっきのもギリのライン際であり、親切の延長線上に戯れがあるからだ。
あれを止めさせるのは……意外に難しいと感じる。
程よい説得法が見つからずに、思考はクルクルとループを繰り返し続けた。
悩みごとがある時ってのは仕事が捗(はかど)らないもんだ。
そのくせ時間だけはあっという間に過ぎていたようで、外はすっかり暗くなっていた。
ここでようやく腹の虫が鳴る。
考えは大してまとまっていないが、ひとまずは食堂へ向かう。
「ミノルさまぁ、お疲れさまでぇ~す!」
「き、今日は随分遅かったのね。忙しかった?」
後片付けの動きが散見されるなか、レジーヌとシンシア両名は食事に手をつけていなかった。
椀によそってあるシチューには膜が出来てしまっている。
どれだけ長い時間を待っていたのやら。
「お疲れさん。つうかさ、お前らの料理冷めてんじゃん。温め直すか?」
「そ、そんな訳ないじゃない! 私たちもさっき来たばっかりなんだから! ねぇ?」
「ええもちろん。全然待っちゃあいないんでー、この通りシチューもホコホコしてるんでぇー、アチチ!」
湯気のひとつも出ていないスプーンを、これまた安い芝居でシンシアが啜る。
うーん、どうしよ。
もうこのタイミングで切り出しちまうか。
無駄な取り繕いをやらせるのも可哀想だしな。
「あのさぁ、最近2人とも変だぞ。肩が凝るから普通に接してくれない?」
「えっ。いつも通りだと、思うけど?」
「なんつうか、固いっつうかさ。中途半端なノリは止めてくれよ。もっと楽に、フランクにしてくれ」
「……そうだったかもね。思い返してみれば、その通りかも」
「ミノルさまぁ、ごめんなさい。ちこーっと間違えちゃいましたぁ」
「いや、あんま気にすんなよ。次から改めてくれりゃ良いからさ」
素直。
なんの反論も抵抗もなく、オレの苦言は受け入れられた。
実際それからは肩の力がスッカリ抜けていて、いつものように喋れている。
……良かった、これでひと安心だ。
先に離席した2人の背中を眺めつつ安堵した。
長い付き合いになるんだから、気まずい関係ってのは極力避けたいからな。
「ふぅ。どうにか上手くいったなぁ」
ーーお見事でした。相変わらず見事な手腕にございます。
「まぁ今回は思いの外スムーズだったよ」
自宅まで帰る途中にすれ違う人はほとんど居なかった。
どうやらオレは、かなり遅めの時間に晩飯を食ったらしい。
あちこちの家には団らんの灯りが点っている。
今日一日の疲れを家族と共に癒している頃合いだろう。
「……うん?」
自分の家にも灯りがついている。
消し忘れか……?
腑に落ちないながらもドアを開ける。
するとそこには。
「おかえりなさいませぇ~」
「お、おかえりミノル」
妙に薄着の女2人が居た。
それが誰なのか、もはや説明不要だろう。
「お前ら……何しにきたんだよ」
「いえね、中途半端は良くないって言うから……思い切って来ちゃいました」
「目的は?」
「おセックス」
「言葉のチョイスこの野郎!」
「あぁ、もちろんお相手は姫さまですよ。私じゃないです」
「じゃあなんでお前まで同伴してるんだよ?」
「だってミノルさまはお若いでしょ? 一晩で4発くらいやりますよね? だから1発くらいおこぼれ貰おうかなーって」
「だから言葉のチョイス! 少しは包み隠せ!」
シンシアはたまにだが、ビックリするくらい下品になる。
本当に元・宮仕えかと疑ってしまうほどだ。
それはさておき、この2人には引き取ってもらおう。
スマートに、極力傷つけず、説得を試みなくては。
顔は90度右に。
視線は窓の外、決してレジーヌたちを見ないこと。
うっかり彼女たちに向けたならば、一瞬で理性が吹き飛びかねない。
このシーンで『ミノルさん夜用』に変化するわけにはいかないのだ。
「前も言ったかもしれないけどさぁ。もうちょっと自分を大事にしなよ」
「……ごめん。驚かせちゃったよね。でもね、今回は軽はずみな気持ちじゃないの」
レジーヌの声が不思議と耳に響いた。
そして胸の奥の何かに触れ、ひととき鼓動を高鳴らせ、微かに欲望が頭をもたげてくる。
どこか暴力的な心の声と共に。
ーーやっちゃえ、やっちゃえ。一発ヤレばこっちのもんよ。
黙ってろアリア、紛らわしい。
「私ね、考えたの。この世界ではいつ死ぬか分からない。そうでなくても、男の人に襲われたりするでしょう?」
「……この前のエリオスの件か?」
「そうね。アイツに手を出されそうになった時、心から後悔したわ。これまで純潔を守りはしたけど、初めてがコレかって」
「まぁ、強制的にあんなオヤジとだなんて、寒気がするよな。男のオレでも察しはつく」
「だからね、せめて初めての人くらいは、心に決めた相手にしたいの。ダメ、かな?」
「……シンシア、お前もそう思うのか?」
「あ、うーん。私はそれほど。ミノルさまとの子供が出来たらお金持ちになれるんで、そのうち2・3発ヤッてくれたら……」
「今のは聞かなかったことにする」
この話は深刻だった。
開拓村はノホホンと平和を享受しているので忘れがちだが、外の世界は弱肉強食そのものの世界だ。
人命は軽く、強権は横行し、力無きものは奪われる一方という倫理観だ。
女性の権利や安全なんかは言うまでもない。
だからシンシアはさておき、レジーヌの懸念も分からなくはない。
そして、オレの失言が切っ掛けとはいえ、こんな強引な手段に踏み切らせてしまった訳だ。
その胸の内の重荷は決して軽くないと言える。
オレはレジーヌの傍に歩み寄った。
顔を背けるなんて真似はしない。
相手の目を見つめ、華奢な両肩にシッカリと手を乗せる。
「お前の言いたいことは良く分かった。その気持ちはオレに届いてるぞ!」
「う、うん。じゃあ……」
「か弱い女性でも安心して暮らせる世にして欲しい。そうだろ?」
「……ハァ?」
「任せろ。オレがすんごい物作ってやる。今晩は徹夜になるから、悪いが独りにしてくれ」
「ちょ、ちょっとミノル?」
「ミノルさまぁ、そりゃ無いですよぉーー!」
嫁入り前の娘さん方を強引に突っ返し、作業開始。
用意したのはそこらの小石。
手のひらに納まるサイズのみチョイス。
それらに必要分の魔力を次々と込めていく。
イメージ、さも目の前で起きてるかのような鮮明なイメージが大事。
これが中々に難しかったが、10個作った頃には慣れが生じ、以降はスムーズになる。
「よし、こんなもんだろ」
夜明け前に全作業を終えたので仮眠するゆとりまで作れた。
ミノルさんは有能ね、スヤァ。
それから迎えた朝食時。
女性陣に件の小石を配った。
まぁ男連中にも渡しておきたいが、今回は間に合わなかったので後日ということに。
手渡したのは名付けて『救難石』だ。
所有者の身に危険が及ぶと石が輝き、赤い光柱が天高く伸びるという代物だ。
ちなみに屋内外問わずに効果を発揮するという隙の無い仕上がり。
まったく……オレは天才なんじゃないか。
そう思わずには居られない。
「どうだレジーヌ。これで貞操の心配はだいぶ和らいだんじゃないか?」
「え、ええ。ありがとう……」
「どうよアリア。オレの発明家っぷりは」
ーー素晴らしいです。これはある種、乙女心の凌辱と言っても過言ではありません。ドM製造法とでも申しましょうか。
「うるせぇ。分かってんだよ、これが微妙にズレた行動だって」
レジーヌの気持ちは理解できたが、背景が重たすぎた。
この世界の哀しみを、不条理さを背負っての初体験なんて勘弁して欲しい。
やはり初めてというのは、ホッコリやんわりで、暖かくマロォンとしているべきである。
それがミノルさんの童貞論なのだ。
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