第47話 豆ガチャ

あれからエレナリオは一応の平穏さを保てている。

稀に王宮では断末魔が響いてるらしいが、エリオス王はいまだに生存しているとの事。

つまりは半強制的な名君化に成功したと言える。



「これか……エレナリオから送られてきたのは」



食堂のテーブルには大きめの革袋が置かれている。

送り主はアンノンで、エレナリオが保有する豆の全てがここに有る。

目録にも『宝物庫より全232ヶ』とあるので、ひとまずは信じることにする。


この場にいるのはシンシアのみ。

他の者は仕事のために出払っているところだった。



「ミノルさまぁ。コレがお探しの豆なんですか?」


「中身までは知らない、開けてみないとな……」



これは所謂(いわゆる)ガチャだ。

スマホゲームでは一般的なシステムだが、異世界でも豆ガチャをやる羽目になるとは思わなかった。

袋の結び目を解き、いざ開く。

すると、その中身は……。



「ぐ! クソッ! 枝豆かッ!」


「ほぇぇー。ひよこ豆とはまた違いますねぇ。ミョーンと長い……あ、所々が膨れてるんですね」



ハズレだ。

またもや大豆を手に入れる事は叶わなかった。

ビール党なら気が狂うほどに喜んだだろうが、あいにくオレは典型的な下戸(げこ)だ。

夏のお伴なんていうイメージは持っておらず、居酒屋のお通し程度の認識しかない。

もちろん全然嬉しくない。



「アリア。また外した。大豆ってのはどこにあるんだろうな?」


ーー大豆? ハッ、知りませんよそんな事。例の頼りになる、へちゃむくれクソ金玉芋虫ゴミカス野郎に相談してみてはいかがですかーぁ?


「まだキレてんのかよ、機嫌直せって!」


ーーはぁ? 別にぃ、いつも通りですけどぉ? 変な言いがかりは止めてくださーい。



コイツはずっとこんな調子だ。

どうやらアンノンとポジションが微妙に被り、そして活躍させすぎた事が問題らしい。

裁判中は気味悪いくらいに大人しいと思ったら、コッソリと拗ねてた訳だ。

こんな態度も早10日。

実害こそ出ていないものの、いい加減鬱陶(うっとう)しくて仕方がない。



「ミノルさまぁ、そう落ち込まないで……このお豆さまも食べちゃいましょう。きっと元気が出ますよ?」


「うん? そうだな。そうしよう」



シンシアが微妙に狙いのズレた気遣いをしてくれた。

今のは失意からくる無言じゃなくて、アリア対策を考えてただけなんだよな。

まぁ食うことには異論無し。

さっそく厨房へと向かった。



「さてと、今回のお豆さまはどうするんです?」


「そうだな……枝豆だろ? やっぱ塩茹でかな」


「塩茹でですか。具体的には?」


「レシピかぁ……。アリアはどう思う? 知識豊富なお前なら知ってるんじゃないか?」


ーーはぁ、塩茹でっすか。えっとぉ鍋に枝豆入れます。それを咎人(とがびと)の肝臓とぉ、変質者のスネ毛とぉ、処女の生き血と一緒に茹でれば何か出来るんじゃないですか?


「何かは出来るよ、この世の果てみたいな代物がな」



アリアはほんとダメだ。

若干持ち上げつつ頼ってみたが、少しも響かなかったらしい。

いっその事コイツの機能をオフに出来ないもんかね。



「ミノルさま、とりあえず鍋に水入れて火にかけましたけど」


「じゃあ豆を投入だ」


「投入しまーす」


「んで塩も入れよう」


「どれくらいですかぁ?」


「塩味が付くくらいだよな……ドボドボ入れよう」


「え!? しょっぱすぎませんか?」


「良いんだよ。夏場は汗かくだろ? 塩分を補給するためには塩辛いくらいが調度良い」


「ホントなんですかねぇ……」



大量の塩がドッサリ、沸騰しかけた湯に溶けた。

対流する鍋の中で踊る枝豆さん。

得意のステージを用意されたのが心底嬉しそうである。



「そんで、ボチボチ茹で上がったら火を止めて、お湯を切る」


「うーん。そろそろですかね、湯をきりまーす」


「それでだな、えーっと。完成だ」


「え、ほんとに? これで出来てます!?」


「うんうん。最後にダメ押しの塩を振り掛ければ尚良しって所だ」


「どんだけ塩好きなんですかねぇ……」



ひとまず鍋から皿に盛る。

まだ暑い時期だというのに、お豆さんからはホコホコと湯気が立ち上っていた。



「じゃあ、いただきます……アツッ!」


「アチチ。これ熱すぎません?」


「冷やす工程が必要だな、アチチッ!」


「あ、でも美味しい、かも? 塩辛いですけど」


「そうだな。塩入れすぎたか。正直そこが気がかりだった」


「その割にはやたらと使わせようとしませんでした?」


「うん、何か楽しくなっちゃって」


「少年ですか?」



シンシアは責めるような目つきだが、手元にはそこそこ枝豆のカラが溜まっていた。

これぞ夏の7不思議のひとつ。

酒飲めないくせに枝豆食っちゃう謎、である。

今だに暑さの衰えない毎日だ。

この塩加減は案外ハマるかもしれないぞ。



「意外に美味しいですね。姫さまにも教えなきゃ」


「つうかさ、レジーヌには枝豆も栽培して貰わねえと。未調理のヤツは手を出しちゃダメだぞ?」


「そうでしたね。んで、ここにお呼びしましょうか?」


「うん。暇そうなら呼んできてくれ」


「わかりましたぁ、行ってきまーす」



シンシアが上機嫌に駆けて行った。

オレは一人食堂にて、枝豆をモソモソ食ってる。

微妙に気まずい空気なのはアリアのせいだろう。

姿形は無くとも、一応は親しくしている味方なのだ。

それと仲違いしているっていうのはどうにも辛いもんだ。



「なぁ、アリア。いい加減機嫌を直してくれって」


ーーはぁぁ? 別にぃいつも通りじゃないですかぁ? 何かご不満でもぉぉぉぉ?


「だからさ……、埋め合わせするから。勘弁してくれよ」


ーーそうですか。では愛してると言ってください。


「は? 何でそうなる!?」


ーーこればかりは譲れません。愛してると言ってください。



ポンコツ女が謎の要求をしてきた。

愛してると言えだなんて、唐突すぎるし理不尽だろうが。

でもアリアは冗談を言っている訳ではないようで、本当に譲歩してくれなかった。

押し問答の甲斐も無く、結局はこちらが折れた。



「……愛してるよ」


ーー瀕死の蚊が鳴くような声ですね。響きません。


「愛してるって」


ーー繁殖期のバッタ程度でしょうか。響きません。


「愛してる!」


ーーそれはアレですか? 別に本気のヤツじゃなくて、ちょっとした嗜好品とかにも言うレベルのですか?


「ホント面倒くさいなお前ェ!」



何度言ってもOKが中々でない。

こう言えだの、気持ちを込めろだのオーダーが色々多い。

モンスタークレーマーかよ!



「ねえミノルー。シンシアに呼ばれたんだけど、用事ってなぁにー?」


「愛してるよ! お前を本気で!」


「ええ!? どど、どうしたの急に!」


「世界で一番! 混じりっ気ナシの本気の本気で、お前を愛してるよッ!」


「えぇーー!?」


ーーはい。存分に味わいました。ありがとうございます。


「はぁ、はぁ、やっとかよ……」



気がつくとレジーヌの姿が見えた。

顔を真っ赤に染め、体が小刻みに震えている。

この様子はもしかしなくても……。



「ご、ごめんなさい! ちょっとだけ考えさせてぇ!」


「おい、待て! レジーヌッ!」



無情にも扉は閉まる。

そして窓の向こう。

シンシアがこちらを見てニタリと笑い、それから言葉も無く消えていった。

これはきっと、とてつもないほどに面倒な事態となりそうだ。



ーーミノル様、ごちそうさまでした。


「アリアてめぇ。ハメやがったな?」


ーーいえいえ。まさかここまで上首尾になるとは想定外です。運が味方してくれました。


「それ即ちオレの敵じゃねえか……。何が目的だよ?」


ーーそろそろ馴染みの女の1人も必要です。そして、これ以上グズグズするのは得策ではありません。ミノル様は、孕ませるべき女どもの数を1度でも数えた事がありますか?


「テメェはオレの事を何だと思ってやがりますか?」



ミノルさん、見事に奸計(かんけい)にハマる。

そして危惧したとおり、これ以降に割と面倒くさい出来事が待ち受けているのだった。

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