第46話 責任の所在

「これより、エレナリオ王ことエリオスの裁判を開廷する!」



パンパァン!

木槌は無いので手を叩こう。

特に幸福感は無いけど手を叩こう。

回りの人たちは若干戸惑っているが、やってるうちに趣旨を理解してくれると思う。


裁判長はもちろんオレ、雛壇を作らせて高い位置から見下ろすポジション。

向かって左側に座るのは、検察役のアンノン。

彼の鋭い指摘には期待している。


向かって右手には気絶中の近衛騎士団長が控える。

彼は弁護人であり、王にとっては唯一の擁護者だ。

どうでもいいが、驚くほど弱かったな。

館を取り巻く近衛兵も同様で、軽い運動をしただけで制圧できた。

ディスティナの騎士団に比べて破格に弱かったけど、それはどうしてなんですかね。



「んじゃ被告。そこの証言台に立ってー」



この館に裁判の設備なんか無い。

だから証言台と言っても、木箱を積み上げてそれらしく整えただけだ。

オママゴトみたいで間抜けだが、割と真剣な裁きをするつもりだ。



「なぜ私が、王たる私がなぜ裁かれなくてはならぬ!」


「エリオス。聞こえなかったのか? 何なら略式に切り替えて、火だるまの刑にでもしてやろうか?」


「ミノルさま、チンポロの刑にしちゃいましょうよ! 股間の棒キレをポロンと斬り落としちゃいましょ!」


「うっ……それは、なんつうか、男目線では勘弁してやって欲しいな。レジーヌは?」


「輪切りとか良いんじゃないかしら」


「輪切り?」


「なんというか、こう……可能な限り細かく切り刻むっていうのが良いわね」


「コイツはどんだけ恨みを買ってんだよ……」



オレの後ろに控えた2人が、そんな提案をした。

熱くなるシンシアとは対極的に淡々と述べるレジーヌ。

この温度差はいったいどこから来てんだろうな。


救出されるまでの間、よっぽど怖い目に遭ったらしく、どちらもオレの傍を離れようとはしない。

シンシアには額や手足に暴行の跡が目立つ。

犯人はもしかしなくても、目の前の小男だろう。



「……立つ。ここに立てば良いのだろう!」


「はい良く出来ました偉いねぇ立派だねぇ。じゃあチャチャッとやろうか、アンノン」


「では僭越ながら……。エリオスは王たる身分でありながら、その統治は歪(いびつ)で粗末。見せしめと同義なる『自治者』という蔑称にて民を差別し、多大なる犠牲による見せ掛けの安寧を貪りました」


「それは、私が始めたものではない! 古来より設けられた階級制であり、私はそれを踏襲したに過ぎん!」


「はい被告はまだ喋んないでーアゴの骨砕いちゃうよー」


「グッ……若造め、調子に乗りおって……!」



いまだに若造だの、威嚇する元気があるのが不思議だった。

言っちゃあコイツの『吊し上げ』の真っ最中なんだがなぁ。



「アンノン。コイツの罪はそれだけか?」


「女人と見るや理性が利かず、手当たり次第に乱暴を働いておりました。未婚既婚の隔てはありません。更には夫が健在のご婦人までもが被害に遭われました」


「夫がいるって……もちろん問題になったよな?」


「ええ。知る人ぞ知る『秋の血雨事件』です。妻を汚された中級貴族たちがこぞって宮廷に押し掛けました。妻の名誉回復のために、王へ謝罪を求めたのです。その結果……」


「その結果?」


「すべてが処刑されました。国家動乱罪という罪のもと、その日のうちに捕らえられました。そして彼らに釈明の場は与えられず、全てが首を討たれました」


「お前頭おかしいよ。どうしたらそんな逆ギレできる訳? 性欲モンスターなの?」


「女風情に心を乱し、上奏などする方が悪いのだ! 王たる私に抱かれて女どもも喜んでいたハズだ! むしろ下々の者にまで目を配る、名君だと感謝されるべきであろう!」


「あー、何だよコレ。話聞いてたら頭痛くなってきたんだが……」


「ミノルさま、チンポロやっちゃいましょうよ」


「輪切りよ、輪切り」



魂が楽な方へ流れようとしている。

その心の声を具現化したような声が、2人からドシドシ寄せられた。

オレとしても手軽にブッ殺した方が簡単で良い。

それでも、お手軽にポロンできない理由もアンノンが教えてくれた。



「アンノン。この強姦魔王を殺したら、今後どうなる?」


「はい。王太子(おうたいし)が位を継ぎます。国の統治機構はそのままに、ミノル様と敵対をすることでしょう」


「王太子の出来は?」


「輪をかけて愚劣で残忍」


「いっそ国ごとブッ潰すか……。でもそうなると、大軍を相手にしなきゃダメだよな?」


「まさしく。地方軍を外しても3000強の数です。手間取れば各地より地方軍、そして民兵も召集されますので、万に近い軍勢となりましょう」


「一万相手にすんのは嫌だなぁ……あんま殺しはやりたくねぇよ」



その時チラリとエリオスと目線が重なった。

すると相手は意外な事に、鼻息を鳴らしつつ、下から見下してきた。

状況の好転を見たつもりか、随分な態度だなこの野郎。



「こんな茶番はよせ。時間の無駄であろう?」


「無駄だぁ? 何言ってやがる。お前がどれだけの人に苦痛を与え続けたか……」


「いくらだ」


「……ハァ?」


「身代金はいくらだと聞いている。あまり欲張るなよ、姫の所在をバラすぞ」



ドクンッ!

血が逆流するような怒りが押し寄せてきた。


コイツはこの期に及んで、金で解決すると考えている。

国内に数えきれない悲劇を振り撒き、オレを毒殺しようとし、そしてレジーヌとシンシアを傷つけたにも関わらずだ。

懺悔どころか謝罪の一つも無いくせに、脅しの言葉を付けることだけは忘れない。


その態度ですべてが決まった。

もう裁判も審議もどうでも良い。

私刑(リンチ)だなんだと批判されても構わない。

この男には生き地獄を味わってもらう事にする。



「身代金、ねぇ。それがお前の持ってる交渉材料かい?」


「な、何だ……近寄るな!」


「女をコケにしたり、生まれで差別したりさぁ。どうしたらそこまで性根が曲がるんだよ。厚遇しないまでも、普通に扱うって事がなんで出来ないんだ?」


「ひ、ヒィッ! 誰か居ないかッ!」



エリオスが腰を抜かして逃げようとするが、オレの方が速い。

首根っこを掴んで拘束する。



「事情があって殺しはしねぇ。悪運の良さに感謝するんだな」


「な、何を……ギィヤァァアーーッ!」



エリオスの断末魔が響く。

オレが魔力により、特殊な呪いをかけたからだ。

あらゆる術式や詠唱をすっ飛ばし、膨大なエネルギーだけで発現したシステムは、罪人に対する罰として頭に宿った。

成功の証として額に『犬』の文字が黒く浮かびあがる。



「はい、オッケー。初めてだったけど上手くいったな」


「き、貴様……私に何を……!」


「エリオス。お前はこの場で自分の罪を悔やみ、心から懺悔した。そして仁君、名君となることを誓った。そうだろ?」


「突然何を言い出すかと思えば、ざれ言を!」


「なるさ、お前はな。途方もない苦痛の為にな」



シンシアに手招きをし、傍に呼び寄せた。

さすがに殴打した相手を目の前にして、シンシアも身を固くさせつつオレの背中に隠れた。

ごめんな、ちょっとだけ我慢しててくれよ。



「さぁエリオス。仁君として、シンシアに謝罪しろ」


「ハッ。馬鹿を申せ! 私のような高貴な身の者が、なぜ下賎な女に……アギャァァアーー!」



エリオスが強烈な痛みに悶え、床にのたうち回った。

額の『犬』の文字のうち、第一画目の線が赤く染まる。

ここまでは完全に狙い通りだ。



「ミノルさまぁ、今のは……?」


「呪いのおかげだ。悪いことやら、仁君から外れる行動をしたときに発動するんだ。やらかすと見ての通り、すっげぇ痛い目に遭う」


「あ……あぁ、アゥアゥ」


「へぇ。そうなんですね。どれくらいの痛みなんですか?」


「奥歯をハンマーで叩き割る……くらい?」


「うへぇ。何て言うか、えげつないですねぇ」



もちろん麻酔無しの。

歯医者が苦手なオレならではの罰だと思う。


ちなみに、赤字が第二画三画と増えていく度に症状は酷くなり、最後の点まで変わると発狂死する。

あと猶予は3回残しているが、コイツの性格上明日には死んでしまうだろう。

だから救済措置というか、ご褒美も一応用意した。



「ホラホラいつまで寝てんだオイ。母ちゃんがテメェを産んだときは、そんな程度の痛みじゃなかったぞ」


「き、きさま……何というマネを……」


「ホラホラちゃんと謝って。そのペースじゃ今日明日で死ぬぞお前」


「ぐ、ぐぐ……。わ、悪かった」


「お前謝罪だって言うのに随分偉そうだな」


「ほんとですね。頭もだいぶ高いところにあるんですね」


「す……すいませんでした!」


「固い固い。シンシアがビビッちゃうだろ。もっと語尾に……にゃんとか付けろ」


「すいませんでしたニャン!」


「え、ふざけてます? 謝罪ですよね? もう一回痛い目みます?」


「すいませんでした!」


「どうだ、シンシア?」


「ん……まぁ、良いでしょ」



その言葉が出た瞬間、赤字が元の黒へと戻った。

正しい行いをしたり、誰かに感謝をされると、色が元に戻るように設定したからだ。

その時は痛みではなく、子猫の腹毛のような柔らかさが、ホワッと顔を撫でるようにしておいた。

釣り合わないが、アメとムチ体制だ。

これで名君と呼ばれる日まで頑張っていただこう。



「はぁーあ。しんどかった。アンノン、後は頼むわ」


「承知しました。我が民の悲願を叶えていただき、感謝の言葉もございません」


「良いって事よ。報酬の豆のことを忘れんなよ」


「ハハッ。委細承りました」



それからはレジーヌたちを小脇に抱え、帰路に着いた。

ミノルさんに馬車は要らねぇ。

人目を憚(はばか)る必要がないから、ひとっ飛びでダイナミックな帰宅だ。


家についてからはキングコーンに餌をやり、オッサンに状況を説明し、ウザく絡んで来たミゲルをちょっと氷付けにしてから就寝。

ほんとオレってば働きものだね。


後日、アンノンより報せ。

エリオスが自室で『く』の字になって悶絶している所を発見したらしい。

どうやらアシュレイル宛に共闘の申し出を秘密裏に送ろうとして、激痛が走ったようだ。

それを聞いてふと思う。


……あれ、敵対行動もNGだって伝えてなかったか?


ちょっと記憶にないが、まぁいいか。

その一件でアイツも学んだことだろうから。

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