第44話 慧眼の名探偵
日暮れを待って村を後にした。
特に計算やら作戦があった訳ではなく、オレがショックを受けていた為に動けなかったのだ。
PSTDなんて言葉は、この世界には無い。
すれ違う人たちは皆ひどく汚れている。
これから北部の村へと帰るんだろうが、その足取りは重たい。
未就学児くらいの子供の姿も散見される。
アンノンは時おり目を細めるが、手を差し伸べたりはしなかった。
「つうかよ、オレの事を『優秀な内政官』とか言ってたけど、何をさせるつもりだよ? 敵地の真っ只中で一人きりじゃ何の手段も無いぞ」
「ご冗談を。あなた様は人智を超える力をお持ちでしょうに。一国の持つ武力に比肩するほどの」
「なぜそう思うんだ? 1度でも戦う所を見たか?」
「いえ、戦働きについては存じません。根拠は館での毒です」
「毒だと?」
「あれは致死性のものであり、抵抗や解毒には多大な魔力を要します。熟練の魔術師でも助かるかは五分(ごぶ)であり、並のものが口にしたならば助かることはございません」
「ふぅん、魔力ねぇ」
「その魔術師でさえ、快癒には3日ほど費やします。そこをあなた様は僅かな時で復調されました。我らの常識では決してあり得ぬ事です」
当時を振り返ってみる。
食って倒れて、担架に乗せられ運ばれ……その途中で復帰か。
たぶん20分くらい、かな?
アンノンの話に誇張がないようなら、文句無しの化け物だろう。
「たまたまかもしれないだろ。オレは単なる野生の宰相で、偶然にも難を逃れただけの、貧弱なあんちゃんっていう可能性も……」
「それはあり得ません。あなた様は天上界について語られました。只者でないことは自明です」
「……馬車の中の話か」
「そして不可解なるディスティナの陥落。上層部は大魔獣の襲撃だと考えていますが、それは誤りです。無防備な貧民がおしなべて無事である一方で、防壁はわずかに崩れ、国の重鎮のみが死に至っております。このような細やかな戦略は獣などには出来ません」
的確な推論が迫る。
犯人が名探偵に追い詰められる気分とは、こんな感じかもしれない。
アンノンの目は鋭い。
推理は大詰めだ。
『私がやりました!』と自白したい気持ちが込み上げ、オレの視線はヒョッコリ弁護士を求めて四方をさまよう。
「あなたがやりましたね!」
「ヒエッ!」
「あなたが、カガクと呼ばれる力で、ディスティナを攻め落としたのですね?」
「うん? うん、全然違うぞ」
最後の最後で読みを外してくれた。
そのしくじり方が余りにも馬鹿馬鹿しく、おかげで瞬間的に冷静さを取り戻す。
そもそも犯人扱いってオイ。
オレは結果的に人助けしたんだからな、ノットギルティだろうが。
「おや、誤りでしたか……どこで推論を間違えたのでしょうか」
「それよりもホラ。南部に着いたぞ。こっちはやっぱり裕福なんだな」
辺りは大規模な農園が広がっていて、農地の隙間には家々が立ち並んでいる。
目につくもの全てが立派な家屋ばかりだ。
広さや造りについても北部の村と比べるまでもない。
これが貴族の屋敷ならまだ納得するが、一般庶民の農家だという。
「南に産まれたというだけで、我が民とはこれほどの差が生じます。都市部は言わずもがな。そもそも王都に朱羽人(あけばねじん)は入れませんが」
「これは流石に露骨だな。お前たちの不満は貧富の差か?」
「いえ、不公平さです。怠け者が貧しくなるのは当然の理でありますが、生まれ育ちが理由では納得がいきません。北部の民はどれほど優秀で勤勉であろうとも、報われる日が来る前に命を落としてしまうのです」
「お前、ここのお婆さんを親切にしてたよな。恨んでないのか?」
「下々のものたちは慣例のもとに差別し、無自覚に虐げているのです。そもそもは制度が原因。罰を受けるべきは支配者どもであり、庶民は被害者であるとみなせます」
アンノンはそう言うが、それは民族の総意なんだろうか。
きっと途方もない恨みを抱えている人だっているはずだ。
これからエレナリオを解放したとして、それが治安を乱し、統治を妨げやしないか。
問題の根は深い。
やがて、オレたちは迎賓館に戻ってきた。
敵の親玉は到着しているらしく、周辺には護衛の兵士が目立つ。
アリアが言うには近衛兵50人で固めているらしい。
もしかしなくても全てが精鋭だ。
「ふむ、なるほど。到着間もなく。館の灯りからして……なるほど」
「何がなるほど、だよ」
「王は2階最奥の大部屋に居ります。レジーヌ姫とお付きの方もご一緒です。お付きの方は殴られて気を失い、王が姫様に害をなさんと、強引に迫っている所です」
「これだけで良く分かるな!? 名探偵かよ!」
「十分すぎる情報が眼前にありましたので」
オレも同じもの見てるが、全く共感できなかった。
せいぜい兵士が強そうと思ったくらいだ。
「ミノル様、時は一刻を争います。すぐにでも介入すべきです」
「介入って言っても、どうすりゃ良い?」
「館の屋根にある時計塔を壊しましょう。この位置から可能ですか?」
「まぁそんくらいなら出来るぞ。吹き飛ばせば良いのか?」
「はい。塔の造りは節状になっていますが、下から2番目だけを跡形もなく破壊してください」
「2番目『だけ』かよ!?」
「はい。それが叶うなら、以後の戦闘が楽になり、救出もスムーズですが……難しいですか?」
「わかったよ、やってみるよ!」
狙いを慎重に定め、魔力を強く、鋭く充填する。
……満ちた。
「駆けろ、雷虎(らいこ)!」
金色の虎が夜空を疾走する。
小さな稲光を撒き散らしつつ、時計塔に向かって翔び、直撃した瞬間。
「弾けろ!」
壮絶な破裂音とともに虎が爆(は)ぜて、宙を鋭く破壊した。
それは見事標的だけに留まり、屋根も部屋も被害を与えなかった。
雷虎に限り、だが。
「何だ、何が起こった!?」
「襲撃だ! 敵の捕捉はできたのか!」
「塔が崩れるぞ、退避しろぉ!」
足場を失った時計塔が自立できず、屋根や壁を伝いつつ地面に落下した。
調度そこには近衛兵の部隊が陣取っており、狙い済ましたかのようにガレキが、巨大な塔が直撃。
地震のような揺れと、耳に刺さる爆音、そして膨大な砂埃が辺りを襲う。
「お見事でございます。ここまで狙い通りに運ぶとは、立案者冥利に尽きるというものです」
「お前……割りとえげつない事やらせんのな」
「王の卑劣な手を止め、さらに兵どもの足も止められます。これぞ一挙両得というものです」
「まぁ、いっか。ともかく救出に行くぞ!」
「お気をつけて。私めは外で馬を手配しておきます」
視界がいまだ不明瞭の中、館へと飛び込んだ。
誰かがオレを指差して何かを叫ぶ。
でもそれは何の障壁にもならず、悠々と屋内を駆け抜けた。
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