第43話 アサシン童女

通されたのは傾きかけの小さな家だった。

屋根や壁は隙間だらけで、暗い室内には外の日差しが乱雑に降り注ぐ。

夏冬のどちらでも住むには苦労しそうだ。

ちなみにここが特別貧しいわけではないらしく、あくまで平均的な世帯だそうだ。



「大事なお客様をあばら家にお迎えして、申し訳ありません」


「うん、うん。そういうの止めよう。アンタらに謝られる度に、ミノルさんの心はダメージを受けちゃうからね!」


「そうだお母さん! あの大事なお茶をいれようよ! ココ一番に使うヤツ!」


「そうねぇ。おもてなしをするとしたら、他には無いかしら……」


ーーミノル様、参考までに報告します。そのお茶とやらは家人どもの年収を遥かに上回る程の貴重品です。熱烈な歓迎ぶりが喜ばしいですね。


「もうホントやめてぇ! オレの罪悪感が限界突破しちゃうよぉー! そこらの水で十分ですからぁ!」



川の水を自分で汲み上げてガブガブと飲みまくり、お腹一杯のアピールを存分にかまし、それからアンノンの話を聞いた。

こうなれば豪華なもてなしをキャンセル出来るに違いないからだ。

ここまで付け入る隙は無い。

我ながら良い仕事をしたもんだな、うん。



「エレナリオという国は広大な領土を有しておりますが、興(おこ)った当初は小国でした。離合集散(りごうしゅうさん)を繰り返した結果、現在の国土を支配する程に至りました」


「そうなんだ。まぁいきなり大国スタートって事はねえよな。きっと都市国家から地道に始めたんだろ」


「我らは朱羽の民と申しまして、かつては独立勢力を築いておりましたが、エレナリオに吸収されたという経緯があります」


「アカバネの民だって!?」


「アケバネ、ですね。驚かれているようですが……いかがなさいました?」


「あ、いや。スマン。ちょっと引っ掛かってな」



いつだったか、話の流れで飯能(はんのう)やら成増(なります)やら出てきた記憶がある。

そしてここでアカバネか。

なぜちょくちょく関東の地名が出てくるのか気になるが、現地人に聞いたところで無意味だろう。



「国家の成り立ちから、必然的に数えきれぬ民族によって国民が形成される事になります。容姿も、文化も、神事すら異なる者たちがです」


「そんなもん上手くいくかね? 結局ケンカ別れして、元の勢力に分裂しそうだけど」


「それは当時の為政者も頭を悩ませたようでして……どうにか国をまとめる策は無いものかと考えたようです。その結果出来たものが……」


「出来たものが?」


「我ら朱羽人(あけばねじん)を不当に差別する事です」



アンノンが冷淡な声で言うが、心の底まで冷えている訳では無いらしい。

彼の視線は、相手を目で焼ききってしまいそうな程に鋭敏だった。



「これまでの場面にて、この国が階級に厳しい事は肌で感じていただけたものと思います」


「そうだな。『オレの死体をどうのー』とか言ってたとき、強めの恫喝(どうかつ)をしてたよな」


「あの程度でしたら優しい方です。上官に逆らえば処刑、失敗の肩代わりをして処刑……立場の弱いものたちは、何かと虐げられる事が多いのです」


「過激な話だな。いや待て、そんな国柄だとすると……もしかして?」


「はい。真っ先に殺され、討たれ、奪われるのが我らとなります」



予感は悪い方に的中した。

ここの人たちは、早い話が人柱というか身代わりみたいなものだ。

あまりの理不尽さに怒りがフツフツと沸き上がる。



「我らは決して要職には就けず、危険な役割を押し付けられるのが常。貧しさも相まって、今日まで無策に数を減らし続けております」


「要職に就けないというが、お前は偉いんだよな? ニトー官だよな?」


「大きな声では申せませんが、出身を偽りました。幸運なことに出世が叶い、それなりの地位を得ました。そして内より国を変えようとしましたが思うように進まず……。改善するどころか、薄汚いものを見続ける毎日に、私の心も疲れはててしまいました」


「そうかい。もしかして、この小さな女の子の将来も……?」


「あと5年もすれば奴隷奉公でしょう。雇い主の慰みものになるか、失態の責任を被せられて処刑か、あるいは野盗どもに弄ばれるか……このままでは明るい未来は望めません」



出自(しゅつじ)だけだ。

自分の産まれた場所だけで、凄惨な人生を、恐ろしく過酷な生き方を強要されてしまう。


誰かの涙と断末魔の上に成り立っている、仮初(かりそ)めの安定。

国の体(てい)を為すために謂われ無き弾圧を受け続ける民族。

これが正しい統治と言えるのか。

多数派の平和の為に、理不尽な苦痛を少数派に課す事が許されるのか。



「許される訳ねぇよな」


「ミノル様、何か仰いましたか?」


「アンノン。これからブッ壊すぞ。このふざけた制度と支配をな」


「……それは誠にございますか?」


「たりめーだ。こんなやり方を許せるか。エレナリオ王には命を狙われた恨みがあるしな。それをキッチリ精算させてもらうぞ」



アンノンがクワッと目を見開く。

それはこれまでに見たなかで、一番心の内が現れた表情だった。

そして頭が床に付くほど下げられる。

何度も示してきた態度だが、今回のそれは明らかに気迫が違う。



「期待していたとは申せ、まさかお力添えいただけるとは……感謝の言葉もございません!」


「あー、そういうの良いから。その代わり洗いざらい話してもらうぞ」


「はい。私めの知りうる情報は全てお話いたします」


「どうぞ。粗茶でございます」


「ありがとう」



出されたお茶は程々にぬるく、渇いた身体には贅沢なものに感じた。

舌には渋味があるけど鼻には甘い。

オレは詳しく無いけども、美味いヤツだと思った。



「ええと、じゃあまずはエレナリオ王の狙いだな」


「お察しかと思います。レジーヌ姫を奪い、生じる富を独占することです。護衛の者は殺せとの命でしたが、我らは当初グランド将軍だと想定しておりました」


「まぁそうだろうよ。オレという新しい駒に気づけなかったことは、お前たちの失態だな」


「あなた様の存在をある程度掴んでは居ましたが、不正確でした。有能な内政官であるとの認識だったのです」



そう思われても仕方ない。

何せ大がかりな戦闘なんて、これまでに数えるくらいしか経験していない。

逃亡兵が各地で宣伝でもしていれば知れ渡ったかもしれないが、オレが無名のままで居られたことは幸運だった。



「そんで、具体的にはどうすんだ。エレナリオにも軍隊はあるだろ?」


「はい。歩兵3000に騎兵500。近衛300の魔法騎士200のおよそ4000です」


「多いな……全部相手にするには骨が折れる」


「ソチャでございまーす!」


「うんうん、ありが……とう!?」



ソチャとは粗茶。

つまりはお茶。

さっき年収がどうたらと言ってた、バカ高いヤツじゃないのか。



「えへへ、美味しいでしょ? それすんごい高いヤツなんだぁ」


「ちょっと奥さんンン!? それは要らないって言ったよねェェ!」


「ええ、そう伺いましたが……男子(おのこ)が重大な話をしているのに、川の水というのも申し訳なくて……」


「気遣いが重たいよぉ! もう辛くって生きてらんないよぉぉ!」


「ミノル様。たとえ出費が大きくとも、あくまでも我らが懐事情。貴国には金銭的な負担は皆無でして」


「黙ってろ冷血漢! オレは繊細なの! お前みたいに物事をキレイに割り切れないの!」


「大丈夫だよぉ。アンナいっぱい働いてお金もらうんだもん。お魚さん捕まえるの上手いんだから!」


「やめて! 子供から労働搾取してまでお茶なんか飲みたくないんだよぉぉ!」



ミノル殺すにゃ毒なぞ要らぬ。

ただ高い茶を出すだけで良い。

事実、気持ちの上では白装束に着替え、何度も切腹を繰り返していたのだから。

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