第20話 親方の諦念

許せねぇ。

ふざけてるとしか思えねぇ。

あのミノルとか言うガキは、一体何を考えてやがる。



「何もねぇじゃねぇか。製材どころか丸太すらよぉ……」



防柵に大食堂の建築を頼まれたんだが、肝心のモノがカラッきしだ。

このオレ様をおちょくるとは良い度胸だ。

海の向こうまでブッ飛ばしてやろうか。



「おーい、トガリー」



標的がノコノコと阿呆面さげてやってきた。

早速木槌を構えて一気に振りきってやる。

確実に頬を狙ったんだが、簡単に避けられちまった。



「おっと、今は親方なのか。スマン」


「スマンじゃねぇぞボケナス! 避けてねぇで怒りの鉄槌をくらいやがれ!」


「鉄じゃなくて木だけどな。何をそんなに怒ってんだよ?」


「アァ? 見てわかんねぇかよ! モノがねぇんだよモノが!」



資材置き場には何もありゃしねぇ。

村のガキどもが砂遊びで占領しちまうくらいの寂れっぷりだ。

この有り様を見ても、ミノルの野郎は驚きもしねぇ。

そのマヌケ面がまた腹立って仕方ねぇぞ。



「そりゃそうだろ。今は木こりたちに作業頼んでんだから。資材が集まるのはもう少し先だぞ」


「まだ先だぁ? だったら何で依頼なんか出しやがった!」


「いやいや。完成予定日は来月って伝えたろ。どうせ柵も食堂も半日くらいで建てちまうんだ。数日待つくらい問題ないだろ」


「んな訳あるか! オレはなぁ、依頼を受けたらその日に着工、その日に完成をモットーにしてんだよ。どうにかしてかき集めて来い!」


「知らね。なんだよその無駄なこだわり。もっとおおらかに生きたまえよ」


「おいミノル! 待ちやがれ!」



去り行く背中に向かって石を投げつけてやったが、それさえも避けられちまった。

本当に気に食わねぇ若造だ。



「ッたくよぉ。切れッ端しか残っちゃいねぇ。……うん?」



茂みの方から視線を感じる。

ガキだ。

新顔のヤツらのモンに違いねぇ。


ーー早ぇとこ消えてくんねぇかな。


オレ様はガキが嫌いだ。

ピーピーうっさくて、モノの役に立たねぇ。

それに冷たくあしらうと、グランドのオヤジに叱られたりする。

関わってもロクな目に合いやしねぇ。



「なに見てんだよ。あっち行け」



手首の先だけで追い払おうとしたが、ガキは全然動こうとしねぇ。

怒鳴り散らしても良いんだが、そうすると後が面倒になる。

どうにかなんねぇもんかね。



「お兄ちゃん、大工さんなの?」


「ァア? 見てわかんねぇのかよ」


「あのさ。もしそうならお願いがあるの! 聞いてもらえる?」


「ハァーー。言うだけ言ってみろ」



家だの遊び場だの作れとでも言いてぇのか。

そんな用事なら問題ねぇ。

なんせ建材がねぇから断るのも簡単だ。

そうなりゃガキも消えてくれるだろう。



「あのね、ケルルちゃんの犬小屋を建てて欲しいの」


「ケル……誰だソイツ?」


「ワンコなんだぁ。フッサフサでかわいい子!」


「犬って、村でそんなモン見かけねぇが」


「まだパパとママには言ってないんだぁ。だから森の奥でコッソリ飼ってるの。お家が無いと可哀想だから、建ててあげたいの」


「テメェ。オレ様に僻地まで行かせて犬ッコロの小屋を建てさせようってのか!」



オレ様の怒鳴り声でガキがビクッと震える。

犬小屋分の建材くらいなら一応揃うが、礼儀がなっちゃいねぇ。

今のは社会勉強ってヤツだよ、覚えときな。


ガキは大人の怖さを理解したらしい。

手ぇひとつ上げてねぇのに、すぐに涙声になった。



「エグッ、エグッ。建てて、くんないの?」


「しつけぇな! オレ様は忙しい……ッ!?」



やべぇ、グランドのオヤジが戻って来やがった。

こんな場面を見られたらタダじゃあ済まない。

延々とネチッこい説教をくらっちまう。

これまで繰り返し何度も何度も何度も聞いた話を、次の夜明けまで付き合わされるぞ。


オレはガキを小脇に抱えて森の奥へと向かった。

こうなったらメンツがどうのって話は要らねぇ。

とっとと小屋建てて終わりにしてやる。



「ガキ、早ぇとこ泣き止め! そんで犬ッコロんとこまで案内しろ!」


「おうち、建ててくれるの?」


「ああやってやるよ、大陸一立派なヤツをな! だからさっさと案内しろ!」


「ありがとうお兄ちゃん!」



そんで泣き止むんだから現金っつうか何つうか。

もしかして嘘泣きか?

これだからガキってのは気に食わねぇ。


ちなみにだが、すげぇ走らされた。

森の中と言っていたが完全なデタラメで、隣山の中腹まで連れてかされた。

どんだけ人をおちょくれば気が済むんだか。

親の顔が見てぇわ。



「ここの穴だよ! いつもケルルちゃんと遊ぶの」


「お前、これ洞窟じゃねぇか。魔獣とか出ねぇのかよ?」


「大丈夫だもん。平気なんだもん」



年相応に世の中を舐め腐ってやがる。

マジで鉄トカゲあたりに食われても知らねぇぞ。

まぁオレ様には関係ねぇけどよ。



「んで、ソイツはどこにいんだよ。寸法計るから呼び出せ」


「わかったー。おーい、ケルルちゃーん!」


「……うん?」



洞窟の奥が一瞬だけ赤い灯が灯った。

中は松明も日差しもない、完全な闇のハズなのに。

……いや、見間違いじゃない。

その赤い二点の光は、ゆっくりと膨らみつつコチラにやってきた。

大きな地響きとともに。

そして。



「ケルルちゃん、遊びにきたよー!」


「GyaoooOOOON !!!!」


「だ、だだだ大魔獣ケルベロスじゃねぇかッ!」



どこがワンコだボケナス!

こいつは災厄レベルの化けモンだぞ!

騎士団が大軍で迎え撃って、それでようやく追い払えるってくらいのとんでもねぇ怪物なんだぞ!



「ケルルちゃん、良い子にしてた?」


「グルルル……」


「そう。じゃあーお手!」


「ォン!」


「お座り!」


「オン!」


「バク転3捻り!」


「オンオン!」


「からのぉー、たそがれ! そして発情!」


「ォオン!」


「はい良くできましたー、えらいえらい」


「ワン! ワォン!」



嘘だろオイ……。

完全に飼い慣らしてやがる。

ケルベロスの方も、ひと飲み出来そうな人間のガキに従うなんて、気でも狂ってんのか?

いや、まてよ……。



「お前、もしかして魔獣使いか?」


「マジューツカイってなぁに?」


「そのデカブツやら、色んな魔獣を家来に出来るヤツのことだ」


「うーん。分かんないけど、でも動物さんとは仲良くなれるの! みんなみーんなお友だち!」



こりゃ驚いたな。

魔獣使いってのはかなり珍しく、ある意味魔術師よりも重宝がられたりする。

それがこんなチンチクリンのメスガキに才能があるっつうんだから、世の中わかんねぇもんだ。



「へぇ。お前がねぇ。こりゃ両親も喜ぶだろうさ」


「ほんと? パパとママはほめてくれる?」


「だろうな。なんせ貴重な魔獣使いだ。引く手あまたで、あっという間にお金持ちさ」


「やったぁ! みんなに自慢してくるね! 行くよケルルちゃん!」


「ォオオン!」


「おい待て! ソイツは置いてけぇ!」



それから村はちょっとした騒ぎになった。

最悪死人を出しかねなかっただろうが、それはミノルによって防がれた。

というか、何を考えてんのか知らんが、アイツはケルベロスと素手で殴りあってた。

んで、しばらく続けると、互いに握手。


アホか。

何で撃退しねぇんだよ。

アイツらセットで気持ち悪ィな。

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