第21話 腸にねじ込め、転生者!

崖の上から遠くを見る。

うっすらと霞かかった景色に、ディスティナの街があった。

あそこには今もお豆さんが囚われている。

今頃どんな目に遭わされているかと思うだけで、胸が張り裂けそうになる。


火にかけられちゃいないか。

熱湯に茹でられちゃあいないか。

まさかとは思うが、カラッと揚げられてなんかいないだろうな。


大豆は味噌にするに限る。

これは宇宙の真理であり、疑問の余地を挟むことすら許されない理(ことわり)である。



「アリア、あの国を攻め落としたい。それは可能か?」



幾度となく聞いた質問を敢えて訊ねた。

もちろん回答は聞くまでもない。

無情にも『不可』という言葉が返ってくる。



「ここにはオレ、オッサン、ケルベロスという武力が集っている。それでも無理なのか?」


ーー南方国であるアルフェリアが活発な動きを見せています。まるでこちらの隙を窺うかのようです。お三方を出陣させたなら、本拠を攻め落とされる危険があります。



戦力から考えて開拓村を守るには3人で問題ないが、攻める場合は別物となる。

拠点を守りつつ攻め込むには1人しか出すことが出来ない。

無茶な話だと思うが、アリアの出す案はいつも孤軍奮闘プランだった。


そして人選に選択肢などは無く、事実上の1択となる。

オッサンは大多数と戦うのに不向きだし、ケルベロスは魔獣使いのお嬢ちゃんとのセットじゃないと戦ってくれない。

流石に幼子を戦地に向かわせる訳にはいかないだろう。

そもそも、あのケルベロスとかいう獣は外征を好まなそうで、主人の少女を守ることしか考えていない気配がある。


つまり、どちらも単騎突撃ができない人材となり、あとはミノルさんしか残らない。

遠距離から魔法、接近してはアツい拳、天下無双の転生者さんだ。

だがそれも無理な相談との事。



ーーゆくゆくはお一人でも可能となりますが、今現在は成長が追い付いていません。戦闘中に力尽きて返り討ちに遭うでしょう。


「例えば、散発的に攻めるのはどうだ? 短期決戦じゃなくて、日替わりに兵100人ずつ血祭りにあげるとか」


ーーそうしますと各国が一致団結してしまい、付け入る隙が無くなります。すなわち、勝機が消滅致します。


「そうなったとしたら、マズイなんてもんじゃねぇなぁ」



大陸の情勢として、国同士の仲は微妙らしい。

戦争する程ではないが、水面下で頭の取り合いが起きていて、互いに出し抜いてやろうと牽制しあっている。

レジーヌを協力して捜さないのもその為だ。


そこにオレたちの活路がある訳で、仮に連合策など取られたらお手上げの状態になってしまう。

だから連中の足並みが揃う前に一国くらいは陥としてしまうべきだ。



「結局オレが強くなるしかないかー。ええと、飯をたくさん食え……だったか?」


ーーまさしく。大規模、対多数の戦闘行為に臨むには、魔力が著しく不足しております。


「攻めるも守るも魔力が必要な体って、変な仕組みしてんな」


ーー逆に言えば、魔力さえあれば良いのです。魔力を培うには糖分が必要です。ご検討ください。



ちなみにディスティナを陥とすのには魔力増大が必須事項で、最低ラインを超えるには砂糖換算で5キロ分を摂取しなきゃならんらしい。

アホか。

糖尿なるわ。



「はぁーー。やれるだけやってみるか」



それから高台から村へと戻っていった。

道すがら、ケルベロスとすれ違う。

その背中に魔獣使いの少女も居る。



「ミノルお兄ちゃん、こんにちわ!」


「おう。今日は良い天気だな」


「ほんとだね。ケルルちゃんも凄く機嫌が良いの!」


「グルルルゥ」



上機嫌らしいケルベロスが唸った。

口の端からゴツい牙が見え、両目も鋭くギラリと光る。

気の良いヤツだが、見た目は化け物級に醜悪だった。


面白いことに、村の子供たちは全員ケルベロスに馴染んでいる。

逆に大人たちは忌避するか怯えるかの2パターンだ。

やっぱり歳を取るほどに順応性ってヤツが損なわれるんだろうか。


でっかいペアとはそこで別れて大食堂に向かい、室内へと入った。

出来て間もない建物は、今も木の匂いが感じられる。

奥の厨房にはシンシアが食事の準備をしているからか、広い室内にも関わらず、入り口付近でさえ微かに美味そうな匂いが漂っていた。



「おいシンシア。ちょっと良いか?」



厨房に一番近いテーブルに腰かけつつ、中に向かって声をかけた。

構造上厨房と食堂に壁は無く、境界線のように調理台があるばかりだ。

だからこの場所からでもシンシアの様子がよく見えた。



「この前チラッと話した件だが、今お願いできるか?」


「えっ。本当にやるんです? 私は別に良いですけど……」


「頼む。オレはやらなきゃならねぇんだ」


「……わかりました。そこで待っててもらえます?」


「ありがとうな」



大して待たされること無く、テーブルに大皿が用意された。

大量のリンゴにたっぷり蜂蜜がかけられたものだ。

サイズ感としてはパーティ向けと言って良い。

ビュッフェで並んでたとしたら違和感ない感じだ。



「……いただきます!」



オレは片っ端からリンゴにかぶりついた。

この果実の山を、蜂蜜の海を、一人で完食させるのだ。

時間もおおよそオヤツの3時くらいだから、モチベーションだって申し分ない。


シャクリ、シャクリ、ズゾゾ。

添加物不使用の素材はかなり美味しい。

生前に高級ホテルに泊まったときに食べた物よりも、味は濃厚で食感や風味も上等だった。

だが、それでもキツい。

どんなに絶品であっても辛い作業だ。


シャクリ、シャクリ、ズゾゾ。

食事として愉しめていたのは最初のうちだけだ。

リンゴも3つめとなると、少しばかり嫌気が差してくる。

蜂蜜の方も全然減ってない。

まだ全体の2割も食えてないんじゃないのか……。



「ミノルさまぁ。無理はならさない方が……」



傍では固唾(かたず)を飲んで見守るシンシアの姿がある。

その顔は苦痛に染まっていて、当事者のオレよりも辛そうに見えた。



「大丈夫だ。心配はいらないぞ」


「そう、ですか。私に出来ることがあったら何でもします! お気軽に言ってくださいね!」


「ありがとう。こんな事に付き合ってくれてさ」


ーーこのメスは何でもすると言いました。ここは『貴様の母乳を寄越せ』と返答するが吉でしょう。おあつらえ向きに、この個体は乳房が無駄に大きい……。


「さぁーて、ジャンジャン食うぞぉーい!」



シャクリ、ズゾゾゾ。

シャクシャク、ズゾゾ。

飽きが来ないようにリズムを変えてみた。

体は既に拒否反応を見せ始めている。

自分の事を上手く騙すしかなかった。


それでも限界はあった。

いつ間にか右手は止まり、左手は脇腹に。

目はやや斜め上の天井ばかりを見つめ、口は半開きのまま動かせなかった。

胃の中の空気を吐きたいのか、それとも全く別のモンが飛び出てしまうのか、オレにはわからん。

ただ1つ言えるのは、これ以上食いたくないってということだ。


どれだけそうしていたか。

5分か、50分か、5時間って事は無いだろうな。

時間を知るにも時計は無いし、窓の方を見れば良いが体を一ミリも動かしたくない。

下手な力を入れようものなら、口から本日の成果が飛び出してしまい、ここまでの努力と食料が無駄になる。

そればかりは阻止したい。


シンシアに聞こうと思ったが、彼女は傍を離れて厨房の方に居るようだった。

孤独の旅人。

時間からの解放者。

ちょっとだけ自分を格好よく言ってみたが、単なる胸焼け起こしたあんちゃんだ。



「はぁー、お腹空いたぁ!」


「ひ、姫様ぁ! 我が主君に敬礼ぃぃ!」


「あらトガリ、それにグランドも。あなたたちも晩御飯なの?」


「うむ。調度書見に区切りが付いた」


「じゃあ一緒に食べましょう。トガリもさぁ、敬礼とか止めてもっと楽に接してちょうだい」


「ではぁぁ! 大変にぃ、真にぃ恐縮にございますがぁ! 楽に、極楽に過ごさせてぇ、いただきまぁぁあす!」



外が騒がしい。

やがて入り口が開き、数人が入ってきた気配がある。

まぁレジーヌたちだろう。

アイツらの視線は、この食堂に独りしか居ないオレへと向けられる。



「ミノル……なぁにそれ!?」


「うぇっぷ」


「こんな大量に食べるなんて無茶よ。体壊すわよ?」


「うぇっぷ」



レジーヌがオレの両肩を揺さぶろうとしたので、手を突きだして阻止した。

ともかく放っておいてくれ。

そうジェスチャーしたつもりだったが、上手く伝わったらしい。



「よく解らないけど、何かと戦ってるのね。邪魔してごめんなさい」


「ぇっぷ」



レジーヌは申し訳なさそうな顔を送りつつ、大人しく立ち去ってくれた。

いつぞやのリバース事件の再来とならずにホッとする。


さて、食事の方。

オヤツ・晩メシ・夜食を兼ねた大皿料理は、ようやく折り返しを迎えた。

腹に僅かな隙間が出来ると、少しずつ頬張る。

ここは作戦を変えて、牛歩戦術で攻めることにした。

一歩一歩確かめるように。

一筆一筆塗り進めるように。



「ミノルさまぁ、あと少しです。頑張ってください!」



シンシアの声がする。

もう仕事は終わったんだろうか。



「あとちょっとよ! ゴールは目前だわ!」



レジーヌがテーブルの向かい側でエールを送った。

そう、残り僅か。

最後の一口。



「あ、あぁ……」


「がんばれ、がんばれ……」


「お願い。負けないで!」


「うんッ!!」


「た、食べたぁー!」


「ミノル! やったわね!」



とび跳ねて喜ぶ2人を両手のジェスチャーで制した。

振動が腹に響いて危険だったからだ。

今は絶対安静であり、パンパンに膨らんだ水風船以上に危険な存在と化していた。


……オレ、やったんだなぁ。


改めて巨大すぎる皿を見る。

10人前いや、20人前は優に収まるだろう。

それを半日がかりとはいえ、独りで平らげたんだ。

自ずと達成感に包まれる。



「アリア。オレはやったぞ。成し遂げたんだ」


ーーおめでとうございます。精神が肉体を凌駕(りょうが)する様は、脱帽ものにございました。


「これで、これだけ食えば、砂糖5キロいったよな?」


ーー1キロです。


「……はぁ?」


ーー本日の作業で1キロ分の作業となります。甘味を食べても太りにくいようにという、天上神様のお計らいの結果が出ております。


「ふざ、けんな……」


「ちょっとミノル! ミノル!?」



オレの意識はそこで途絶えた。

あれを後4回やれと、バカじゃねぇの?

少なくともリンゴはしばらく食いたくない。

もうミノルさんは一生分摂取しましたからねこの野郎!

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