第12話 小さな小さな開拓村

お味噌さん

お味噌さん

あなたは今、どこにいる。

壺の中、袋の中、棚の奥に机の下。

無いと分かっていても探してしまう。


ポタージュ見ては思い出す。

パンを見るたび涙する。

今ここにあなたが居たならば、塩気で脳が痺れるほど、あなたの色に染まるのに。

遠く離れた私には、記憶の中でしか会う事はない。


お味噌さん

お味噌さん

異なる世界であなたの事を、いつまでも待つ。

心揺らすこともなく、いつまでも、いつまでも。



詩が浮かんできたから書いてはみたものの、実際文字に起こすとチープなものだった。

頭の中にあるうちは名作だと思ったんだが。

羊皮紙一杯に書いた文字は達筆だが、肝心の中身がお粗末なせいで、そのアンバランスさが一層寒々しかった。


ーー詩を書かれるとは、繊細な趣味をお持ちですね。


よりによってアリアにバレてしまう。

まぁコイツに隠し事そのものが無理なんだが、大人の配慮でスルーして欲しかったと思う。



「ちょっと書いたみただけだ。別に普段から嗜(たしな)んでるわけじゃないぞ」


ーー初めてでこの出来栄えですか。なるほど。その事実も加味しつつ、この詩を10段階で評価したならば……。


「したならば?」


ーー脇汗レベル、でしょうか。


「10段階で表せよ」



そんな揶揄(やゆ)を聞き流しつつ、小棚の奥に羊皮紙をしまった。

別に捨てても良かったんだが、もしかすると後世の人間が有難がって大切にしてくれるかもしれない。

オレが大人物になったとしたら、それも有り得ない話じゃないだろう。

博物館に寄贈されるようになったら嬉しい……とか絵空事を夢想してみたり。


それはさておき、拠点の様子だ。

あれからオレとトガリの頑張りにより、開拓は極めて順調に進んだ。

住居は新たに4軒建ち、その中心には井戸まで作られている。

生まれて初めて井戸水なんか飲んだが、程よく冷たくて心地良いものだった。



「この世界は空気も水も美味いな。元の暮らしじゃ味わった事ないぞ」


ーーお褒めいただいて恐縮ですが、どれほど感銘を受けるものであっても、水では能力が伸びません。


「良いんだよ別に。成長するだけが人生じゃないだろ。もう少し大らかに生きようぜ」


ーー大らか、ですか。それは貞操や性生活についても同様ですか?


「それは別もんだよ。そういうのは慎ましくあるべきだ」


ーー男心というのは難しいものです。メスに興味はお有りなのに、一向に手を出そうと為さりません。


「興味はお有りって、何を根拠に言うのだね。こう見えて私は紳士なのだよ?」


ーーミノル様は昨日だけでもメスどもの胸の膨らみを24回、尻の丸みを36回、胸元から見える谷間を6回盗み見ております。故に興味がお有りだと判断を……。


「うーん本当に開拓は順調だなぁ良いことだ!」



新しく出来た住居は、それぞれが個人宅として運用されている。

オレ、レジーヌ、シンシアは独りで1軒を占有。

残りの1軒はオッサンとトガリが同居となった。

どうやら書見やら薫陶(くんとう)の為にも2人は同居の方が都合良いらしい。

あんな暑苦しいのと暮らすだなんて、新手の拷問のように思えるが、トガリは嬉しそうだった。


居住区の端には大きめの倉庫を建てた。

そこには燃料として蓄えた薪、収穫した果物や魚の干物、他にもシンシアがコツコツと製作した布が備蓄されている。

外界と交易できるようになったら、それなりの金になるかもしれない。

もちろん自分たちで消費するのも良いだろう。


食事を摂る時は、当初からあった猟師小屋が使われている。

住居が建っていないうちは全員で入れないほど手狭なものだったが、新しい建物が出来るなり猟師小屋の中の物がそちらに移された。

それにより小屋に十分な広さを確保する事が出来たので、食堂として利用する事となったのだ。

今そこにはシンシアだけが居る。

食事は終わったので、彼女だけで後片付けが為されていた。



「住環境は整ってきたな。狭っ苦しい共同生活なんて息が詰まるもんな」


ーー生産施設、防衛施設が不十分です。特に防衛力は皆無に等しいので、早急に建造されるべきでしょう。


「それも近々やるよ。最後に畑の様子も見ておくか」



食堂裏手の畑もそれなりに広がっていた。

オレが片っ端から木々をなぎ倒すので、農地候補となるスペースに困ることはない。

そこをレジーヌが農作物を植えてくれている。

彼女には特別な『豊穣の加護』という力があるので、育ちや実りが異様に早い。

食糧難になる事が無いからとても助かるんだが……。



「何やってんだお前?」


「えっと、ミノル……、ちょっと助けて」



新しくカブを育ててたんだが、レジーヌは今日も失敗したらしい。

急速に生長した葉っぱが体に巻きついてしまい、身動きが取れないようだ。

その姿を見て古い洋館を思い出した。

外壁にツタが絡まって、良い雰囲気だしてるヤツを。

高貴な身分にもなると自身にツタを巻きつけたりする……事は有り得ないか。

そんな文化が根付かれても困る。



「まったく、世話の焼ける姫さんですね」


ーー提言致します。この葉や茎をうまく活用すれば、ミノル様好みである触手もののエロスが現実のものと……。


「はーいパパッと助けちゃうよミノルさんは紳士だからね何処に出しても恥ずかしくない紳士だからねー」


「あ、ありがとう。どうして急に早口になったの?」


「うーん何でだろうちょっと耳障りな幻聴が聞こえるからかなぁHAHAHA」



止めてくださいアリアさん、完全に言いがかりですから。

茎が服に食い込んでシルエットが強調されてるーなんて思ってないから。



「ところでレジーヌ。ここでの生活はどうだ?」


「うん、おかげで快適よ。あなたには本当に助けられてるわ」


「そりゃ何よりだ。実は次に何を建てるか迷っててな。防壁や見張り櫓(やぐら)を考えてるが、他に要望はあるか?」


「そうねぇ、お風呂が欲しいかな。今は布で体を拭いてるけど、湯船に入れたら嬉しいわね」


「あー、そうだよな。お風呂は欲しいよなぁ」



それを聞いてイメージしたのは、賃貸のバスルームでも、ホテルのシャワールームでもなかった。

箱根旅行で行った温泉宿のヒノキ風呂だ。

毎日温泉に入れる暮らしとか、良いよね。



「温泉……温泉宿とかつくっちまうか」


「オンセンヤドって、なぁに?」


「あれだよ。超でかい風呂があってさ、景色が良いところで昼寝できたり、美味い飯が食えんの」


「何それ、最高じゃない! ご飯ってどういうの? ポトフとかローストビーフ?」


「いやいや、そこは味噌おでんだよ。味噌田楽とか、味噌ラーメン……とか」


「ミノル?」


「味噌焼おにぎりとか、味噌こんにゃく、鯖の味噌煮味噌パン味噌カツ味噌カレー味噌煮込み甘辛ダンゴ味噌からあげ納豆ぅぅうーーッ!」


「ちょっと、シンシア大変! ミノルがアッチに行っちゃったよぉお!」



味噌はダメだ。

味噌の事を思い出すと、あらゆる思考を奪われてしまう。

オレが味噌を見るとき、味噌もこちら側を見ている、という事なのか。


全身が痙攣し、意識は薄れゆく。

わずかに残された時間に、心の中でそっと呟いた。


それでもオレはあなたを愛し続ける……と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る