第13話 暗躍する人々

コン、コン、コン。

狭い室内にて、指先で椅子を叩く音がする。

それは決して娯楽としてではなく、苛立ちを沈める、あるいは相手を威圧させるためのものであった。

ディスティナ公爵は、その不機嫌さを抑える事を放棄して来訪者を見下ろした。


彼の視線の先には異国の騎士が一人、恐縮したように平伏している。

本来これは騎士の作法ではない。

それでも敢えて平民の様に振る舞っているのは、彼自信の命を繋ぐためであった。


ーーここで判断をひとつ誤れば殺される。


直感から強い警鐘が鳴らされ続ける。

事実立場の脆い彼は、公爵の腹ひとつで首が胴から離れてしまうのだ。

謁見の間はそれほどまでに重圧感が凄まじいものとなっていた。



「何の手柄もなく、おめおめと戻ってきたか。使えねぇ野郎だな」


「力及ばず、申し訳ございませぬ!」


「金も、時間も、どちらも無駄にしやがって。ブレイド、お前はこの失態をどうするつもりだ?」



責任を問われた亡命騎士のブレイドは、腹の中で短く毒づいた。

金が無駄になったというが、それはせいぜい金貨2枚であったからだ。

万全を期すためにはその10倍は必要であったにも関わらず、彼が提案した時は一笑に付されてしまった。

金の代わりに人を寄越されるかと思ったが、それすらもない。


ただ一言『足りなければ工夫しろ』と怒鳴られただけだった。


なのでブレイドは敗戦の原因を、目の前の強欲な豚のせいだと考えていた。

もちろんそんな感情を微塵も示すことはないが。



「あやつらの所在は概ね把握しております。他国に王女の居場所を知られる前に、私に今一度機会を!」


「フン。負け犬の癖に強欲にも再起をねだるか。まぁいい、案があるなら聞くだけ聞いてやる」


「精兵300をお貸しくだされば、王女を見事連れてきてみせましょう。叶うなら、魔法騎士の同行も!」


「テメェ、この期に及んでオレの財布にたかる気か! 死にてぇのかボケ!」



公爵の杖がブレイド目掛けて投げつけられた。

それは額を切って床に転がった。

ツーッとひと筋の血がアゴに向かって流れるが、ブレイドは拭おうとしない。

この場で傷の手当てなどしようものなら、暗に公爵の態度を批判することになり、今の激昂もあいまって殺されてしまうだろう。



「どうぞご検討を。豊穣の巫女を手にしたなら金貨数万、いえ、それ以上の富を手中に出来るのです。そのためにも些細な費用を惜しむべきではありません」


「んな事は分かってるんだよ。それでも兵300は必要ない。無意味なコストだ」


「アルフェリオの連中に感づかれてからでは遅うございます。何卒ご再考を!」


「……チッ。そもそもテメェがしくじってなけりゃ、要らなぇ出費なんだぞ」



公爵は口ひげを指先でこね、思案顔となった。

目は虚ろで口は忙しなく動かされ、そして全てがビタリと止まる。

それから再び濁りきった視線がブレイドに向けられた。



「貸し与えるのは100だ。そして指揮権まではやらん。テメェはあくまでも案内人として同行しろ」


「100……でございますか」


「不服か? オレが与えてやった汚名返上の場が気に入らねぇってのか?」


「いえ、滅相もございません。必ずや達成してみせます」


「ならさっさと行け。グズグズしてると殺すからな」


「ではこれにて」



ブレイドは心の中で唾を吐いた。

数を値切られることを考慮しての提案だったが、それでも200人は回してもらえると踏んでいた。

それが100である。

となると少ない兵で、魔法を放つ謎の男に加え、グランドの相手もしなくてはならない。

まともにやり合ったら全滅しかねないだろう。



「何か策を考えねぇとな。今度も失敗したら、本当に命がない」



ブレイドは兵との合流地点に着くまでに、いくつかの作戦を立案した。

そこからどれを採用するかは兵士の質次第なので、現時点では案を固めず、柔軟に対応しようと考えた。


城門の外で馬とともに待つ。

しばらくすると、門の向こう側から正規兵の一隊がこちらへとやってきた。

騎兵10、歩兵90で計100人のディスティナ軍である。

待望の魔法騎士の姿は1人として見られない。

大きな期待はしていなかったが、公爵のケチさ加減には更に絶望感を強めた。



「アンタがブレイドかい。よろしくな」


「よろしく頼む。目的地はここから南西に進んだ所にある」


「そうかい、だったら寄り道をさせてくれ」


「寄り道だと? それは今でなくてはならないのか?」


「そりゃそうさ。給料をもらいに行かなきゃならねぇ」


「よく分からんが、給金というなら大事な用だな。その場所は遠いのか?」


「安心しな。通り道にあるよ」


「それならば……寄るくらい構わん」



腑に落ちないものを感じつつも、ブレイドは頷いた。

本来なら一刻も早く先を急ぎたいが、部隊と不和になっても困るからだ。


その代わり、行軍時は比較的早めに走らせる事にした。

兵たちは高揚しているのか、それとも練度が高いのか、期待以上に駆けてくれている。

少なくとも士気が高い軍だと言えた。


ーー悪くない。これなら作戦次第では成功するぞ。


ブレイドは僅かに希望を膨らませる事ができた。


それから行程の半分を過ぎた頃、部隊は思わぬ方へと向きを変えた。

そちらには良くある田舎町がある。

給金を受け取る為らしいが、こんな辺鄙(へんぴ)な場所に通うのか……。

ブレイドは妙な胸騒ぎとともに、一行の後を続いた。



「いいかお前ら。期限は半日、それ以上は待たねえ。この後戦闘が控えてる事も忘れんなよ」


「わかりやしたぁ!」


「じゃあ解散!」



隊長の言葉をキッカケに、兵士たちが町に殺到していく。

ブレイドは眼前で繰り広げられる光景に、自分の目を疑った。

町の住民が手当たり次第に斬り殺されていったからだ。

何の落ち度もない無抵抗な人々を。



「おい、止めさせろ! これは何の真似だ!」



ブレイドは剣を隊長に突きつけるが、反応は鈍い。

むしろ鼻で笑われるという始末だった。



「出発前に言ったろう。給料を貰うって」


「それとこれに何の関係がある!」


「オレたちは国から直接金を貰ってる訳じゃねえの。任務を受けたら略奪できる権利を貰ってんの。これでオレたちは生計を立ててんだよ」


「そんな……そんな話が……!」


「止めさせろだと? バカ言うなよ。そんな命令出したら、誰1人ついて来てくれなくなるぞ? それでも良いのか?」


「公爵め……何が『オレの財布』だ」


「まぁまぁ。そんな顔するなって。これが世の中ってもんさ」



ブレイドは話を途中に、町外れまで逃げ出した。

人々の悲鳴に耐えかねたからだ。

奪われ、犯され、殺される嘆きの声に。


助けを求める無数の手から背を向けて、耳を塞いだ。

それが彼に唯一残された自衛の手段なのだった。


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