第11話 おじさんのヒミツ

騎士団長グランド。

バレーボーラー並みの長身で、レスラー並みの筋肉を持ち、ニンジャ並みの身のこなしのできる怪物だ。

それだけの身体能力を持ちながらも、流浪の姫様に仕え続ける忠義者でもある。

他国に仕官したら重宝されると思うんだが、そんな素振りを見せることはない。



「走る時は雑念を捨てろ。無駄な思考が足を鈍らせる」


「はひぃ、きをつけまぁす!」



そして面倒見も良い。

相変わらず虚弱なトガリの相手を、辛抱強く鍛えようとしている。

今日まで訓練は1日として欠かされた事はない。

オレがグランドの立場だったら、数日で育成を諦めているだろう。



「朝の調練終わり。しばらくは体を休めておけ」


「はひぃ、ありがとう、ごじゃいましたぁー!」



グランドは調練後に決まって遠くへ出る。

後をつけて分かった事だが、どうやら見回りをしているようなのだ。

怪しいヤツは居ないか。

何か不審な点はないか。


代わり映えしない景色を、淡々と確認しては方々を回る。

2キロ四方くらいは見てもらえているようだ。

うーん、勤勉なヤツ。


そして今現在はというと、グランドは高台から遠くを眺めていた。

北の方にディスティナ公国の街がボンヤリと見える。

思い入れがあるのか、単に確認作業の一貫なのかは、傍目から分からなかった。



「監視のつもりか?」



グランドが片目でこちらを見て言った。

どうやら追跡がバレてしまってたらしい。



「そんな訳無いだろ。ただ、何をしてんのかなって気になっただけだ」


「ワシは裏切らん」



グランドは再び視線をディスティナの方へ向けた。

その横顔はどこか寂しそうだった。



「何だっけ、あの裏切り者。名前はたしか……」


「ブレイド。副官だった」


「そうそう。アイツってどんなヤツだったの?」


「可もなく不可もない男だ。強いて言えば、人の心を読むのが上手かった」


「あぁ、だから管理者側に選ばれたのか」



そして、だからこそレジーヌを裏切ったんだろう。

心を読むのが上手いから、兵士たちの疲れ方や警備の穴、そして高く売り込める相手も把握していたはずだ。


グランドが武闘派で、ブレイドが交渉や運営なんかをしていたとしたら、2人の相性は悪くなさそうだ。

それでも最終的には人生観が合わず、袂(たもと)を分かつ結果となった訳か。



「ブレイドは逃げたぞ。今ごろ山賊どもと一緒かもな」


「それはない」


「なんでだよ。連中と一緒に襲ってきたぞ」


「特定できてはいないが、他国が絡んでることは確実だ。ブレイドほど頭の回る男が、大陸情勢を見誤るはずがない」


「つまり、裏で糸を引いてんのはどっかの国。ブレイドや山賊は使い走りって事か?」


「間違いあるまい」



そう言い残して、グランドは去っていった。

もう話すことは無いらしい。



「……主を売る、ねぇ。ギスギスした世の中だな」



頼れる部下に裏切られて、オッサンの心中も苦しいそうだ。

遠くに去りゆく背中に向けて、そっと呟いた。


それからしばらくして。

昼飯時になったから、小屋へと戻った。

すでにシンシアは準備を済ませていて、小さなテーブルには大きな鍋と、4本の焼き魚が乗せられていた。

みんなもこれから食べようとしているらしく、小屋は手狭な感じになっているのだが……。



「あれ、オッサンは?」


「今さっき出ていったわよ。少し外すとだけ言って」


「何だろ。シンシア、何か知ってるか?」


「いいえー。特に何にもですねぇ」


「トガリはどうだ?」


「はぃぃ! 団長からは特別なお話を受けておりませんん!」


「まさか……な」



背中に冷たいものが走る。

もし、これまでの恭しい態度が、全て演技だとしたら?

実はグランドも裏切り者で、それを上手く隠していたとしたら?


副官だったブレイドと、本当は今も繋がっているんじゃないか。

レジーヌを確実に拐(さら)うとしたら、どんな手段に出るか。


それは、オレたちから信用を得ることだ。

武力に訴えることなく、一番油断している時を狙えば、確実に成せるだろう。

そして昼飯時に動き出したのはなぜか。

メンバーが小屋に集まるので、外で動きやすくなるからだ。


ここまで見えた瞬間にオレは席を立った。



「すまん、オレもちょっと外すぞ!」


「待って!」


「レジーヌ……」


「私も連れていって。お願い」



何かを察したらしく、真剣な顔だった。

確かにコイツにも立ち会ってもらうべきだろう。

万が一グランドと戦闘になったとき、オレの方が立場上不利なので、こっちが内通者と疑われかねない。



「わかった。だが、辛い結果になるかもしれないぞ?」


「覚悟の上よ。気遣いならいらないわ」


「じゃあ急ぐぞ!」



レジーヌの手を掴んで小屋を飛び出した。

アリアに所在を確認すると、オッサンはここからおよそ1キロ離れた森の中に居るとの回答があった。

……どうにか思い過ごしであって欲しい。

主君を見限るならまだしも、売り飛ばすなんて最低の発想だと思う。



「頼むぞオッサン。そんな情けねぇ姿は見たくねぇからな……!」



祈るような気持ちで森を駆け抜けた。

そして、報告されたポイントまでやってくると、確かに居た。


森の中でオッサンが独りただずんでいた。

珍しく落ち着きが無く、しきりに付近の様子を確認している。

追跡者への警戒か、それとも待ち合わせる相手を探しているのか。

その姿にはいよいよ疑惑に信憑性が帯びていった。



「ねぇ、ミノル。グランドは……グランドもそうなの?」


「わからん。だが、何かを隠しているのは間違いないぞ」



草むらから監視しているので、今一つ全体がハッキリしない。

ギリギリまで顔を出してみる。

すると、グランドの様子はさらに怪しくなった。


反対側に見える草むらの前で土下座の真似事をしているのだ。

膝と両手を地面につけ、立派なヒゲも砂を掻いている。

まるでアゴヒゲで床掃除でもするかのようだ。

それから、姿勢変えずに片手を草の方へ伸ばす。

そして……。



「ミーヤゥ」


「待たせた。腹を空かせたろう」


「ミーヤゥ、ミーヤォ!」


「今日のご飯は魚の身だ。塩は取ってある」



子猫だ。

生後半年にもなってない子猫を、図体でかいオッサンが抱き抱えている。

まず手のひらに乗せたエサをやり、食べ終えさせると今度は水筒で水を飲ませていた。

……って何だそりゃ!

こっそり猫を飼ってたってだけかよ!



「はぁ、アホらし。帰るぞ」


「ねぇミノル。あの子可愛い欲しい飼っていい?」


「ダメだ。動物の世話は大変なんだぞ?」


「お願い、ちゃんと面倒見るから!」


「そんなこと言って、結局母ちゃんがやることになんだからダメだ」



お決まりの台詞を言って、ふとイメージが過る。

筋骨隆々の立派なヒゲを生やしたお母様。

エプロンと口紅だけを付け加えたグランド母様。

やばい、これはちょっとキツいもんがある。


危うく吐きかけたが、昼飯前で良かったと思う。

そして、裏切りじゃなくて良かった……とも。


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